33・ルーシーという人
夏季休暇が終わって、新学期が始まった。だけど秋だというのにまだまだ暑い。おまけにこの学期からは、とうとうあの授業が始まるのだ…ダンスだ!
「どうしよう…私って、ダンス踊ったことないんだよねぇ。皆んなはもう踊れるんでしょ?中等部でマスターしちゃった感じ?」
そう恐る恐る聞いて、皆んなをチラリと見上げる。妃教育を受けているキャロラインは完璧だろうし、侯爵家の令嬢のクリスティーヌも絶対踊れるだろう。頼みの綱は、同じ伯爵家出身のブリジットだけど…
「私?もちろん踊れるわよ!だって身近なところに練習相手がいるのよ?」
「で、ですよねぇ~」
全員消えた!とショックで机に突っ伏した私に、キャロラインは優しく声を掛けてくれる。
「アリシア…大丈夫よ!きっとあなたなら直ぐ踊れるわ。それにレベルに分かれて練習するから、基礎から学べるわよ?これで二年後のデビュタントは間に合う!」
そう力強く言ってくれたけど、デビュタントまではたった二年しかない…
この帝国では少し遅いと感じるかも知れないが、デビュタントは学園を卒業する年の十八と決まっている。以前はもう少し早い十六だったらしいが、陛下がそんな若くしての結婚出産は、令嬢にとって負担が大きいと新たに定められた。てことは、前だったらもうこの年で結婚していたかも知れないのね…そうなると学ぶ機会が失われるし。陛下、ナイスです!
それで私はといえば、学習面では意外に大丈夫…どころか、ぶっちぎりトップだったけど、ダンスはねぇ…ちょっと分からなさ過ぎる!そもそもやったことすらないから、センスの有る無しさえ知らないし。
「どうしても覚えられなかったら、スコット邸に来いよ!いくらでも相手になってやるから…なっ?」
アンドリューが、そんな泣かせることを言ってくる。それにはちょっと泣きべそをかきながら、「ここに神様が~」と見つめる。それにポッと頬を赤らめるアンドリュー。グハッ…可愛い!!
「そんなあなたに朗報ですよ!あのね…学年末に、ダンスの成果を披露する目的でパーティーが開かれるのよ?まあ、デビュタントの前哨戦ってやつね!おまけにそれは…学部合同でーす!」
──はぁっ?学部合同…ってコトは、中等部も一緒ってことなの!?嫌ーっ!
「クリスティーヌ!全然朗報じゃないじゃない!カッコ悪いダンス姿を見られるってことじゃない…フィリップに!ダメだ…絶対にダメだわ!」
そんなショックを受けている私の様子にクリスティーヌは、「そう?喜ぶと思ったけど」なんて言っているが、これは由々しき事態でしょう?だって学年末ということは、後半年もない…ってこと!そんなの無理じゃない?
「あいつは中等部の令嬢達に囲まれているだろうし、大丈夫じゃね?きっと見てないって。ようし!僕がひと肌脱いでやるから特訓だ!そして当日は一緒に居てやるから安心しろ」
ええっ…それってもしかして、私とパートナーになるってこと?それはそれで困るような…だってアンドリュー、あなた可愛い過ぎるでしょう?私よりも可愛いなんて、公開処刑にならない?
そんな声にならない叫びを上げたけど、練習はして欲しいから黙っておく。そして来週から始まるダンス授業に、フゥーッと大きな溜め息を吐いた。
+++++
「今日は初めてのダンスですね?こちらのクラスは初級クラスです。基礎から始めますので安心して下さいね!」
ダンス教師ソフィア・ブルックス先生がそう言って、皆を励ます。私はもちろんそれに心強い思いがするが、それとはまた違うこの状況に戸惑いまくっている。
「ええっと、アリシア・ランドン令嬢にルーシー・バーモント令嬢ね。それから…」
取り敢えず先生は、この初級クラスの生徒達を名前を読み上げる。総勢たった十名ほどの生徒…その中に、何とルーシーがいる!普段のクラスはAとCに分かれて、クラス合同の化学実験の時と体力強化の時しか接点はない。それが…よりにもよって、ダンスが一緒だとは…終わった!
だけど未だ皇太子殿下は学園に現れない。あと二週間は謹慎なんじゃないかと噂で聞いているけど…だから新学期が始まって、私の視界に存在が認められなかったから安心してたのにー!まさかダンスが同じレベルだとはね。フフンと自虐めいて笑って、それから覚悟を決めた。
別にダンスのクラスが一緒だからって、仲良くする必要はないと思うし。そう心を切り替えて、授業に臨んだ。なのに…
「ワン、ツー、ターンよ!はい上出来!繰り返して~」
ブルックス先生の掛け声の元、クルクル回る私達。そして何故か二人並んで授業を受けている。ルーシーだってバツが悪い筈だが、流石ヒロイン!気にしている様子もない。この子も踊れなくて焦っているのか、一心不乱にダンスに打ち込んでいるよう。皇太子殿下とペアになりたいと思ってるのかしらね?だけど何でルーシーは踊れないの?中等部でやらなかったのかしら…あっ!確か、合宿で怪我をしたって言ってたわね?
ロブが言っていたことを思い出した。だけど、どこを怪我したのかは聞いてない。脚…なのかしら?そう思って見ていると…
「はい!今度は隣の人と、二人一組になって~」
その先生の声にブルッと身震いする!二人で…?と。そして思っていた通り、この並びではルーシーとペアになる。おまけに片手はしっかりと繋がないといけなくて…思わず顔が強張る。
「ワン、ツー、ツー&ワン!はい向きを変える!そこで優雅に振り向いて〜」
そんな硬い表情のまま、ルーシーと踊った。まだ終わらないのかしら?と思っていたところに…
「………、…、…、。」
「えっ…何ですって?」
目の前のルーシーが、何か呟いている。だけど小さな声過ぎて、全く聞こえない。おまけに踊ってる最中なのに?と戸惑っていると…
「そんなに私と踊るの嫌なのか?って言ったの!」
──へっ…?嫌でしょう、そりゃあね?
「どうして?どうしてそんなに私が嫌いなの!」
「あ、あなた!何を言って…」
「はい、終了~!皆さんお疲れ様でした!」
そんな先生の声に、即座にバッと身体を離すルーシー。そして唖然としている私には一瞥もせず、さっさとダンスホールから去って行こうとする。おまけに自分が言った質問の答えを聞こうともせずに…
途中までは普通だったとは思う。私とは今までに色々あったといえばあったけど、それは間にキャロラインという存在があってこそだった。だから直接関わるのは、今日が初めてだったと思うけど?おまけにヒロインらしからぬ言動で…何だろう?何かが引っかかるわ!
それにはどうにも思い当たらない。私は呆然として、去って行くルーシーの背中を見ていた…
気に入っていただけたらブックマーク、下の評価をよろしくお願いします!
 




