25・この世界の中で
「もう嫌っ!いつまでこんな生活を続けるの?あの子のおかげで、私達の人生はめちゃくちゃよ!多額の借金に、自由な時間もない…それで生きていると言えるの?」
「な、何を言ってるんだ!あの子だって懸命に頑張ってるんだぞ?それに今日は、外出許可を貰って家に…聞かれたらどうする?」
「私だって本当は、こんなこと言いたくない!だけど…もう無理なのよ。◯◯だって修学旅行にも行けずに…」
「だ、だが…」
そんな母と父の会話に、私の身は凍り付いた。やっぱり私…迷惑なんだね?そしてトボトボと、今来た廊下を戻る。
それから自分の部屋に入って戸をピッタリと閉める。すると…涙が出てきた。
お母さんが悪いんじゃない!ましてやお父さん、そして弟も。私がやっぱり一番悪いんだろうな…
今日は病院の先生の許可を取り、久しぶりに家に帰って来た。ほんの少し前には、家族で笑いながら夕飯を食べてたんだよ?それなのに…
私がこんな病気になって、その看病の為にお母さんは仕事を辞めた。そして一人で入院費を稼がなければならなくなったお父さんは、馬車馬のように働いている。弟には我慢を強いて、楽しいこともさせてやれない。そうだ…私が、家族の人生を壊してしまったんだね?
その事実にやっと気付いて、ベッドの脇に身を抱えるようにして座る。膝を抱えて、そこに頭をコツンと付けたまま考える…どうしたらいいんだろうと。このままでは父も母も弟も、不幸になってしまう。もう病院には戻らないと言おうか?それで大丈夫?そう考えあぐねていると…
「ゴホッ、ガハッ…グハッ!」
手が真っ赤に染まる…血を吐いたようだ。そして咳が止まらない!咳をする度に身体が大きく揺れて、その振動でお腹も痛くなった。
「グホッ…お母さ、おと…」
そう何とか声にして、もう目の前が暗くなった…もう私、死ぬのね?だけどこれで私の家族を救える。耐えきれない程の苦しさの中で、私は少し安堵していた…
そこに大きな音が聞こえて…目の前にはお母さんが!泣いてるの?
さっきはあんなことを言ってたけど、お母さんが私を見て泣いている。切実な顔をして何かを叫び続けているけど、もはや耳も聞こえず何を言っているのか分からない…
お母さん、大丈夫だよ?泣かないで…そして恨んでなんてないから。ちょっとだけ疲れちゃったんだよね?分かってる。
それより私…家族を救えることが嬉しいんだ。さようなら…もうこれでお別れみたいだ。でも苦しい!!ああ…苦しくて堪らない。くる…
「く、苦しい?」
そう声を出してバッ!と起き上がる。その瞬間涙と共に汗も流れ落ちる…
「な、何?今の…前世の記憶?」
どうやら私の前世の記憶のようで…それに胸がドキドキして止まらない。うわ…私って、ああやって亡くなったんだ。思ってもみなかった壮絶な最期に、動揺せずにはおれない。ああ、怖かった…
そしてそれは夢だと分かっても直ぐには収まるものでもなく、胸を押さえながら呆然としていた。深く長い呼吸を繰り返して、落ち着け…落ち着け!と何度も呟く。すると…
──バン!
「アリシア、今日は休みだ!お出掛けしよう」
それにギョッとして見つめる。お、お父様…ノックは?
それに驚いたのは私だけではなかった。父は満面の笑顔で入って来たのに、私の様子がおかしいと気付いてサッと顔を曇らせる。そして…
「ア、アリシア?どこか辛いのか?それとも学園で何か!」
学園で何かはアリアリだが、お父様に心配をかける程ではない!…ないよね?
そう思って、つい最近やらかしたあの一件を思い出す。
あれからスティーブ殿下とルーシーは、ゴーイングマイウェイだ。あの二人は自ら茨の道に進んだらいいと思う。どうぞご勝手にっ!そして馬にでも蹴られてしまえばいいんだわ~
そして先日、私が見聞きしたことを皇帝陛下に報告に行った。すると…非常に苦いお顔をされていた。そしてこれからも報告をと言われたけど、どこか陛下は上の空だった…やっぱり殿下の将来を考えると辛いんだと思う。私だってその気持ちは分かる。だけど…スティーブ殿下が変わらない以上、それを助けることも出来ないし…
それに一番腹が立つのは、ルーシーに悪びれた様子がない…ってことだ。人の婚約者と付き合っておいて、堂々としているなんてどうゆうこと?
これみよがしにスティーブ殿下とイチャつくルーシーは、何とも嫌な表情をしている。以前私はルーシーを、性根の腐った人物ではない…と思っていたけど、それを撤回せざるを得ない状況かも?あの子のどこが、健気で可愛いんだろう?態度はわざとらしく、そして人によってそれを変える。その代名詞ともいえる可愛さだけど、それを上回るあざとさが鼻に付くのよ。あの攻略対象者達め…眼科に行くことをお勧めするわ!
…うん?ルーシーのことを考えていたら、さっきまでの恐怖が無くなった!まさかあのルーシーに、こんな効能があるとは~
「アリシア大丈夫か?無理していることがあるのから、父さんに話してみなさい!いつでも私に頼っていいんだよ?」
そう心配してくれるお父様に、笑って目を細める。ああ、大好き!
そう思って隣で心配そうに私を見つめているお父様にぎゅっと抱き着く。
「何だ?今日は甘えん坊だな」
そう言って嬉しそうな顔をするお父様…それに私も微笑んでいるけれど、心の中はほんの少し複雑な気持ちになっている…
──私はきっと、愛を求めてこの世界に生まれて来たんだ…そう確信した。
前世の最期の記憶を思い出した今思うのは、決して不幸せじゃなかった…ってこと。あの時母はああ言ってたけど、きっと言ったことを後悔したに違いない。そしてこの世界に転生して、ここでも病気になってしまったけど、今はそれがなかったかのように過ごせている。それには母が…
今世では、母がまるで私に命を分け与えたかのように亡くなってしまっている。そのおかげで皇帝陛下からの薬が間に合って、完治したのだと思う。母の愛…そして父の愛…それが私の身体を造っているんだ。そのことに感謝しよう!それから…
母を亡くしている三人…私とキャロライン、そしてスティーブ殿下。それは偶然?そしてそれは三人だけではないかも知れないわね…どうなんだろう?だけど今は…
「お父様、今日は一緒にお出掛けしてくれるんでしょ?どこへ連れて行ってくれるのかしら?」
そう言って再び腕の力を込める。「今日はずっとお父様と一緒よ?そして今日だけじゃないわ」そう笑いながら…
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