24・思わぬ助け
その場に凛とした声が響く。それを誰もが驚き、辺りを見渡す。そして…校舎の陰から現れたのはフィリップだ!そしてじっと殿下を見据えている。この帝国の皇太子殿下を前にして、その表情には恐れも動揺も一切ないかのように見える。
それからフィリップは、スッとこちらに近付き、私の前に立ちはだかる!まるで私を守るかのように。そして左腕は腰の辺りで、手の平を私に向けて置かれている。それは私を安心させようとワザと向けられているようで…
「君は確か、ロード辺境伯家のフィリップだったか?それに中等部の生徒ではないか…何故ここに?」
思ってもみないフィリップの登場に、殿下は目を見開いている。そして少し困惑しながら、フィリップにそう聞いた。そして…
「実は私とランドン令嬢は、旧知の仲なのです。それで懐かしくなり、会って欲しいと私からお願いしました。だけど婚約者でもない令嬢と二人で会うのは迷惑でしょう?あらぬ疑いをかけられてしまいますから。ですから…人目の少ないお昼休みに校舎の陰で会う約束をしました。それは間違いないことですが…それを令嬢の口から皆の前で言うのは、憚られることかと。ですから…お察し下さい、殿下」
そうフィリップは堂々と言い放つ。その真摯な態度は誰が見ても好感を持ち、嘘を言っているとはとても思えない。それで…
「そうなのか?確かに理由はどうあれ、二人で会っていたなどとは言い難いだろう。だからここから一人、現れた理由を言えなかったのか…。ではランドン嬢でなければ誰が…」
すっかりスティーブ殿下は、それを信じたようで。それはそうだろう…自分の父である皇帝陛下は、共に戦場で戦ったロード卿を非常に信頼している。その息子であるスティーブもそれに習って、辺境伯家を信用たる家門だと思っているのだろう。
おまけにフィリップは、更に校舎の反対を指差しながら…
「殿下に生意気な発言をした犯人をお捜しなのですか?それですが…私とランドン令嬢と別れて直ぐ、校舎から出て向こうに駆けて行く怪しい人物を見かけました!男…かと思うのですが。あっという間に走り去った為、顔は見えませんでした」
「な、何だと?怪しい人物…それに男か?」
フィリップがそう殿下に伝え、皆はその指差した方向を一斉に見る。その先にはもう既に誰もおらず、木々が風で揺れているのみだ。そんな時、意外な人物が声を上げる…
「私も犯人は、男だと思います。令嬢があのような言葉遣いなどあり得ません。おまけに、もしもランドン嬢が教室で叫んだのなら速すぎませんか?あんなに短時間で、令嬢の身でここまで来れるでしょうか?」
それは私が二段飛ばしで階段を降りたから!と言いたい気持ちを抑えて、そう言った人物を驚きの眼で見る。そしてフィリップの情報をも裏付けるようなことまで言ったその人は…何とロブ!私はそれを信じられないという思いで見ていた。
側近中の側近のロブがそう言ったことで、スティーブ殿下は一気にトーンダウンする。そしてちょっと困ったような顔をしながら…
「すまない!ランドン令嬢。どうも誤解があったようだ…確かにあれは男だったように思う…赦して欲しい!」
意外なことに、素直に謝る殿下が。さっきまでの苛立ちはどこへやらシュン…としている。おいおい、どうしたの?
そう驚いて見つめた先のスティーブ殿下は、先程までの剣幕は影を潜めて、それからニクソンに「まだその男が彷徨いているかも知れないから見に行こう!」と誘ってさっさと行ってしまって…
そしてここで見ていた生徒達も、「何だか間違いだったみたいだ」と口々に言いながら、続々と中庭へと戻って行く。一緒になって騒いでいたくせに!とは思うが、疲れてもはやどうでも良くなった。そしてフゥーッと大きく安堵の息を吐いた…
一時はもうダメ!と思ったのに、何故かあれよあれよという間に誤解が解けた。ホントは誤解…ではないんだけどね!意外と鋭い殿下の指摘に心底肝が冷えた。そして私を驚かせたのはロブの発言…
ロブは恐らく、私に借りを返そうとしたように思う。きっと私が言ったんだと分かった上で、ああ言ったように思うんだけど?もう一つ考えられる理由が、ルーシーを殿下に取られた腹いせ?だけどやっぱり私を助けようとしたんじゃないかと思う。それから…
未だ私の目の前で盾のように、しっかりと立っているフィリップ。それを背中から回り込み顔を見上げた。すると…優しい笑みを浮かべている。それはさっきまでの剣幕など嘘のように優しく、別人のよう。そして私と視線が合うと、恥ずかしそうにはにかむ。
──これ…懐かしい笑顔…あの時のままよ!
「本当にありがとうフィリップ様。私を助けてくれたのでしょう?」
「はい。たまたまこちらに用事があったのですが、そしたら一方的にアリシア様が責められているのが見えて…黙ってなんていられませんでした!何とか助けなくてはと…その一心で」
そんなことを言われると、流石の私もポッと頬が赤くなる。なんだかとっても恥ずかしい!そう柄にもなく照れまくって、「そうなの?良かった…」そう返すのがやっとだ。
「さあ、アリシア様。お昼休みが終わってしまいます。どうぞ昼食を!そしてもう危機は去りましたから、握っている手を緩めましょう?財布がペチャンコになってますよ」
──えっ…お財布?
そう言われて初めて気付いた!今まで陥ったこともない窮地に緊張したのか、ぎゅうぎゅうに財布を握り締めていた。
「いけない!こんなに縒れちゃったわ…」
それには二人で、顔を見合わせて大笑い。それから…
「助けてくれたお礼に、是非家にご招待したいんだけど…受けてくれる?忙しいのなら無理にとは言わないけど…」
そう遠慮がちにお誘いしてみる。前から一度、フィリップとは話してみたいと思っていた。四年前の、あの時の思い出を共に辿ってみたいな!って。そして返事を聞こうとフィリップを見上げると…
「是非お伺いしたいです!アリシア様の方こそ、迷惑じゃないですか?じゃなかったら、凄く嬉しいです!」
そう言ってニコッと笑うフィリップが…
──ま、眩しい…眩し過ぎるっ。なんだろう?この発光体は!
自分から誘ったくせに、すっかりと動揺してしまった私がいる。色恋に免疫のない私は、いつもの強引さなど全くという程なく、ちょっと引き攣った笑顔でブンブンと頷くだけ…
それからロード辺境伯家の帝都邸に招待状を送るわね!と約束して別れる。それにホッとしていると、「あっ、ランチ~」と思い出し、カフェテリアへと駆け出した!
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