2・私の日常
「ゲホッ…ゴホッ。はぁ…はぁ、もうダメだわ!」
アリシアは、余りの具合の悪さにそう弱音吐く。最近ずっと、こんな調子だ…いっそ、もう死んだ方が楽なんじゃないか?とさえ思う。この五年という間、ずっとこの病に悩まされている。この身体を蝕む病は、原因も治療法も解明されていない稀な病気だ。だから考えられるありとあらゆる治療法を試してみたのだが、今のところ効果があるものは見つかっていない。そしてこの五年で、元々身体の弱かった母が看病疲れでこの世を去り、それによってもう完全に生きる希望を失ってしまう。私のせいね?そう考えると、生きる気力さえ失ってしまって…
「そんなことは言わないでくれ!ほら、皇帝陛下がお前の為にこれだけの薬を探してきてくださったぞ?後生だと思って、これを飲むんだ。父の最後の頼みだと思って、これだけは試して欲しい」
目の前の父は、そう言って涙を流している。そんな切実な父の想いに、もう一度だけこの薬に賭けてみようと思った。そして何より、あの皇帝陛下が用意してくださった薬だから…
父はこの帝国の財務省に勤めている。そんな大事な部署を任されている父だけど、かつて大陸の中の一国に過ぎなかったこのローゼンジア。そんな国が、帝国と呼ばれるまでの大国に押し上げたのは皇帝陛下の力。小競り合いが多発していた諸外国を平定したのがちょうど十年前。それを陰でお支えしたうちの一人が父で。だけどその後は後処理による激務で、領地にも年に一度来ることが出来れば良い方。そして妻の死に目にも逢えなかった父に、責任を感じられた皇帝陛下。唯一の家族である私を何とか救おうと、ありとあらゆる国から薬を取り寄せてくださった。そして三年ぶりにその薬を携えて領地に帰って来たのが一週間前。それで何とか力を振り絞って、やっとのことで身体を起き上がらせた。
「ほら…少しずつ飲んでごらん?今日はこれを。そして明日はこれを飲んでみような!」
飲むとは言ったものの、渡された薬瓶を口に含んだ途端、何とも言えない味が口の中に広がる。それを何とか飲み干して、バタッとベッドに倒れる。
──苦い…苦過ぎる!これが毎日続くの?
「お父様…この薬を全て飲んでも効果が無かったら、もう諦めます。お父様を一人残してこの世を去るのは心残りですけれど…だからどうかお赦しになって!」
もう遺言のつもりでそう口にした。正直、もう疲れて果てている。期待するのも、落胆するのも…もうこの先は静かに見送って欲しいのが本音よ。それにポロポロと涙を流し、久しぶりに父の腕の中で目を閉じた。
──なのに…人生とは本当に不思議!
何が効いたのかは正直分からない。皇帝陛下から下賜された中のどれかが、劇的に効果があったよう。あんなに苦しんでいたのが嘘のように、病を克服して…
──はあっ?どうして…
嬉しいのはもちろんだけど、もう殆ど諦めていたから戸惑いの方が大きい。亡くなった母が治してくれた?もはやそうとしか思えないわね。
それからランドン伯爵家の領地ルブランは、打って変わってお祭り騒ぎになる。ずっと私に気を遣って、祭りが長い間開催されなかった為、領民の熱狂は凄まじく、連日連夜踊りや歌が響き渡ることに。そして…
「アリシア!帝都に行かねば。今ならまだ、帝都学園の高等部の新学期に間に合うだろう?用意しないと!」
父が一番お祭り騒なよう…そりゃあ長患いの娘の病気が治ったのだから。その気持ちは痛い程分かるけどそれと学園に通うのにどう関連が?
そう思って途方に暮れるけど、嬉しそうな父の顔を見ていたら…それに口を挟むのは無理だと諦める。この国に住む貴族は、帝都にある学園に通うとが義務付けられている。帝国となってまだ数年の今、これからこの帝国を担っていくだろう若者を育成するのは急務なのだろう。だから勿論それは分かるけど…
「お父様それ、私も行かないといけない?だって私まだ病み上がりで…。確か特例で通わなくてもいい場合もあった筈です。私はそれに当たるのではなくて?」
そう言って父の顔を見上げると、何故か肩をポンと叩かれる。うん…?
「アリシア良く聞きなさい!お前を治してくださったのは陛下だろ?もうきっと既にお前の回復は御耳に入っているだろうと思う。そうなったらどうするべきだ?まずはその元気な姿をお見せする必要があると思わないか?となると帝国学園に元気に通うのが、手っ取り早い方法だ!」
そう言って父は、間違いない!と言わんばかりにウンウン頷く。それには…
──悪い予感しかしないんですけど!
何故なら、学園に通うとは思ってもみなかった私。全く勉強していない!このランドン伯爵家に、そしてお父様に恥をかかせることになったら、どうしたらいいのかしら?そうなったらもしかして、皇帝陛下にも恥じをかかせることになってしまうんじゃあ…
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