18・緊張の皇居へ
私も人の子だったのねぇ…と思い知る。前世を思いだしてからは特に、あまり緊張するタイプでもなくなった私が…流石に今日はダメ!
朝からランドン家の面々もどこか落ち着かず、あれをしなきゃ、これの方が先~!と右往左往の大騒ぎ。何だか毎回、私の為に申し訳ない…
そんなこんなでやっと用意が出来た私は、よし!と気合いを入れる。じゃないと、口から心臓が飛び出しそうよ~
そして緊張MAXのままランドン邸の玄関を出て、そしてクルッと振り返る。
「では、行ってまいります!」
「アリシア、しっかりな!陛下はとても優しい方だから大丈夫だ!安心しなさい。正式な謁見でもないんだから、気楽な気持ちで行くといい」
そう呑気にアドバイスする父にちょっと呆れる。本当に優しい人が、戦争でこれだけの国を従えたりしませんよね?と。怒ったらきっと怖いに違いない!そうは思うが…いくら何でも、令嬢に対して怒ることもないだろうと思い直す。
「はい…気楽はとてもじゃないけど無理です。だけど精一杯頑張って行って参ります!」
もうこうなったらヤケだ…開き直って行くしかない!同じく緊張でガチガチのロッテを伴って、馬車へと乗り込む。
それから馬車が軽快に走り出して、どんどんランドン邸が遠くなって行く。これから皇居までの一刻ほどの道のりを、ドキドキしながら進むと思うと、なんだか気が滅入る…
「お嬢様、今回はどうしてロッテなんですか?動悸がするんですけど…。こんな小娘のメイドに皇居は、荷が重いですー!」
「まあまあ、そう言わずに…だって皆んな、嫌だって言うんだもの~。それにさ、皇居に行けるなんて一生の思い出だと思わない?そしてロッテの子供が生まれた時、お母さんは皇居に行ったことがあるのよ!って、言えるのよ?」
適当にそんなことを言ってみたけど、ロッテはまんまとその気になっている。そして目を輝かせながら…
「そうですよね!一生の思い出…そして孫にも、お婆ちゃんは昔皇帝陛下にお会いしたのよ?なんちゃって!」
しめしめ…機嫌が直ったな!ロッテが皇帝陛下に会うことはないと思うが、少々の脚色は許されるだろう…将来の子孫達に伝えちゃって~
そして物凄く遠くに見えていた皇居がどんどん近くなる…それに伴って、ロッテじゃないけど動悸がピークに!
この帝都に来てから、皇居のすぐ近くには行っていなかったが、その圧倒的な存在感に唖然とする。お祖父様のところのルーベルト侯爵邸や、キャロラインのところのアロワ公爵邸の大きさにも相当驚いたが、それの比じゃない。それと比べちゃダメだ…規模が全く違う!
前世でよく、建物の大きさを東京ドーム◯個分という例えが多かったと思うが、もはやそんな例えさえも許されないような気がする。皇居の内部に向かうには石畳の道を進んで、それは大きな橋を渡り、そしてやっと城門まで来ると、ギギーッと大きな音を立てながら開かれていく。その向こうに見えるのは、豪華という言葉だけでは言い尽くせないくらいの巨大な建造物だった…
それから馬車から静々と降りた私達を待っていたのは、背の高い初老の人物。だけど普通の皇居の使用人とは思えない、不思議な迫力がある。なんというか…只者ではない感じ?
「そうこそいらっしゃいました、ランドン伯爵家令嬢のアリシア様ですね?私はこの皇居の侍従長を務めております、ジャックマンと申します。どうぞお見知り置きを」
そう言ってその人は、深々と頭を下げる。私もそれに驚きながらも「本日はよろしくお願い致します」と返した。お見知り置き…って、また来ることなどあるのかしら?と疑問に思いながらも…
「ランドン伯爵家の使用人の方は、専用の控の間がございますので、そちらでお待ちいただきます。その間はご自由にお過ごしいただいて構いませんので。そして軽食も用意してありますので、そちらに居ります使用人にお申し付けくださいませ」
チラッとロッテを見たそのジャックマンは、そう丁寧に伝えて安心させる。ランドン家の使用人に対してそれは破格の扱いだ。それからロッテはすっかり気を良くして…「頑張って下さい!」と小声で私に伝えてから、さっさと侍従に連れられて行ってしまう。食べ物で釣られて裏切り者~なんかムカつく!
それから一呼吸おいた私は、ジャックマンの案内に従って皇居内を歩く。そこかしこに豪華な調度品が置かれて、気にはなるがもはやそれを見る余裕もない!もう緊張で手足が同時に出そう~。だけどそんなことをしたら、後で絶対語り草になってしまうわ!と、心の中で「右、左、右」と唱えながら何とか付いて行った。
我ながらこういう時は小心者なんだよね…そう思って思わずクスッと笑う。それを振り向いたジャックマンは、私の心が分かるのか意外にも微笑んでいた。そして、大きな扉の前に来て止まる。
「こちらは陛下の執務室でございます。ですから…緊張なさらなくとも大丈夫ですよ?今回は全くの私的な訪問になりますので…ドンと構えて下さい!」
そう私に気を遣い和ませてくれるジャックマン。この人…物凄くデキる!そんな激励を受けて私の心は、落ち着きを取り戻していた。
──トントン。キィッ!
その執務室の奥から、鮮やかな碧眼が私を捉える。その瞬間私は、身動きが一切出来ない。だけど次の瞬間…その端正な顔をちょっと崩しながら、優しく微笑む皇帝陛下のお姿が!
──こ、この方が、皇帝陛下なの!?
「今日はよく来てくれた。アリシア…って呼んでもいいかな?」
その柔和な笑顔と優しげな口調からは想像も出来ないような、ビィーンと響き渡るような威厳ある声が聞こえる。私もそれに身の引き締まる思いがして、スッと身を正した。そして…
「ランドン伯爵家、アリシアでございます。わたくしの名は、いかようにもお呼びくださいませ。本日はこのような名誉をくださり、恐悦至極にございます」
そう挨拶をし、膝の辺りが見えるまで頭を下げた。そしてそのまま陛下のお声を待つ。
「いやいや、アリシア。今日は本当に私的なお願いで来てもらったのだ。そのように緊張されたら、何も言えなくなるだろう?早く頭を上げて!」
そう言われ、おずおずと身体を起こした。そして改めて目の前の皇帝陛下を見ると…
父と同じくらいの年齢だろうか…恐らくは四十半ば。思っていたよりもお若くていらっしゃる。スティーブ殿下と同じ、眩しいほどの金髪に紺碧の海のような美しい碧眼で…それに髭を蓄えておられる。私の生命を救ってくださった皇帝陛下は、このようなお方だったのか…
「そろそろ私の顔は確認出来たかな?息子にそっくりだろう?さあ、こちらに来てケーキでも食べなさい!これは街で評判の店から取り寄せたのだぞ?さあさあ、早く近くに!」
陛下が私のためにケーキを取り寄せてくださった?そのあまりの歓待ぶりに驚いた。そしてますます不思議に思う。今日は何故、私をお呼びになったのだろう?と。それは私の想像通りなのだろうか…
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