17・ランドン家、激震が走る!
あれから滞りなく婚約は解消されて、私は身軽になった。まだ高等部の一年だし、将来の結婚は考えなくてもいいだろう。それこそほんの少し前までは、生きていることすら難しい状況だったのだから…
それにこんなに早く婚約するのは、この世界では一般的ではないのだ。よくそんな設定があるけれど、ここにはそれが当てはまらない。ただし皇族は別だ…やはりいち貴族が皇族の一員となるには特別な教育が必要になる。そういう意味で、キャロラインは早々に選ばれたのだろう。すっごく気の毒…
それから私とロブの婚約なんて、知っている人すら少ない。だから婚約を解消しても騒がれないっていうか…まあ、バレても私はいいけど?
そうして平穏を取り戻したランドン伯爵家…だけど今朝は違っていた!!
ことの発端はお父様だ。珍しく朝食を一緒にとろうと、先に席について待っていてくださった。それに嬉しくて、笑顔でいそいそと父の前の席に座る。
「お父様、おはようございます。今朝はゆっくりなんですね?珍しく」
そう声をかけると、それに明るい笑顔で返されるお父様。そして…
「そうなんだ、アリシアに話があってな。実は…お前に、皇帝陛下が会ってくださるそうだ。謁見ほどの緊張したものではなく、個人的にだぞ?どうだ楽しみだろ」
「は、は、は、はいっ?」
そんな素っ頓狂な声を上げた私。その瞬間、その場にいたロッテをはじめとする使用人達も、一斉にざわつく!
「こ、皇帝陛下が、私にお会いくださるの?何故!」
そう言って行儀が悪いが、思わずカトラリーをカラン!と落としてしまう私…
「何故って…アリシアに会ってみたいんじゃないかな?」
──だから!どうして私に会いたいのか?って聞いてるのにぃ~
そう思って口を尖らせていると、お父様は「いいから、いいから!」と笑っている。
お父様は毎日だって皇帝陛下に会えるかも知れないが、こんな学生の十六歳には荷が重過ぎるっ。第一、何をお話しする訳?お薬のお礼を言ったらそれで、話が終わってしまいそうよ~
「そこまで肩肘張らなくていいと思うが?アリシアの首席挨拶の内容が御耳に入って、それで会ってみたくなったんだろう。遊びに行くつもりで…行ってみたらどうだろう?」
あ、遊びにって!友達じゃないんだから…それに、今や私の天敵とも言える皇太子殿下もいるだろう皇居に、おいそれと行ける訳もなく…
まあ、あれだけ広い皇居だから、殿下に会うことまではないかも?だけどね。だけどせっかくのお招きを、こちらから断れる筈もなく「分かりました…」と返事をした。
実はそれからが大問題だ!屋敷中が上へ下へと大騒ぎになった。まず、着ていくドレスがない!そして急遽ブティック『カトレア』に行って、相談して仕立てることにした。だけどこんな小娘が万端に用意するなど不安が一杯で、ここは再びあの方にお出ましいただきましょう!叔母様の出番よ~
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「それでアリシア、生徒会でも君とスティーブ殿下の仲が噂になっているよ。君が全勝だって聞いてるけど?」
そう言うお兄様にギョッとする。お兄様とは、私の従兄弟のディラン・ルーベルトだ。あれからお祖父様の目を盗みながら何度もルーベルト邸を訪問している私は、今ではすっかりと家族のように溶け込んでいる。それでディラン様を、お兄様とお呼することを許される。兄妹のいない私達は、それに満更でもない!お互い一人っ子同士だし、今は本当の兄妹のように過ごしている。今日は叔母様に皇居への訪問についてのアドバイスを貰おうと、ルーベルト邸へと訪れた。そしてそのお兄様の言葉に、ハハハ…と苦笑いする。
「そうなの…殿下って、本当に大人げないのよ?キャロラインに憎らしいことばかり言うんだから。まさかこの帝国の後継者になるかも知れない方が、あんな人だとは思わなかったわ…」
「そうね…私のところにも、それは聞こえてきているわ。婦人方の間でも、それが問題になっているの。キャロライン様にはお母様がいらっしゃらないでしょう?もしもアロワ公爵夫人が健在だったら、国をあげての大問題になってたでしょうね!」
叔母様のその言葉に頷いて同意する。アロワ公爵夫人は、キャロラインが幼い頃にお亡くなりになっている。年の離れたお兄様が一人いるそうだが、領地の方で事業の経営に携わっておられて、長い間会っていないそうだ。おまけに公爵様もお忙しい方なので、キャロラインは家でも一人、そして今までは学園でも一人と、どれだけ寂しかったかと思う…
私達二人とも母を亡くしている共通点があり、だから尚更守りたいと思うのかも知れないわね。
「そうでしょうね…だからこそ、私は負けられないの。それに間違ったことなど言ってないし」
そう言って二人の顔を見つめる私。それに叔母様やお兄様は不安な顔をする。
「だけど、相手は皇太子殿下だ…気を付けないといけないよ?学園で何かあった時は、俺だって庇うつもりでいるけど、諌めるにしても言葉だけは丁寧に…な!」
私もそれには気を張っている。どんなに理不尽で腹が立ったとしても、それを前面に出し過ぎる訳にはいかない。その駆け引きというか…加減が本当に難しいのだ。だけどおかしいことを、おかしいと言う…それが許されないのだとしたら、この帝国はどうなってしまうんだろう?
「あのね…わたくし思うんだけど、今回のアリシアちゃんの件、皇帝陛下はそのこともお話しになりたいんじゃないかしら?」
そう言われてハッとする。確かに…可能性は大だと。実は私、キャロラインの件で本気でスティーブ殿下に不敬罪を問われたとしたら、一回だけ皇帝陛下が助けてくれるのじゃないかと思っている。お父様がどれほどの忠臣なのかは知らないが、あれほどの量の薬をくださったのだ…集めるのにも相当な労力がかかっているだろうし、費用も相当だ。それ程に私の病気を治そうと思ってくださったということ。だからその可能性はあると…
そしてそのようなお方なら、きっと息子の件で、御心を痛めてらっしゃるかも知れない。キャロラインに対してすまないと…
「きっとそうだと思います!でなかったら、このタイミングで私と会う必要なんてないですよね?これは…責任重大だわ!」
そしてその皇居への訪問は、一週間後に控える。もしも想像通り、皇帝陛下を味方に出来たら…キャロラインの断罪を阻止する大きな第一歩になるかも知れないと、それに勇気を持って挑むことに決める。すると…
「アリシアちゃん、頑張って~」
「アリシア…兄さんも付いてるぞ!ランドン伯爵家だけじゃなくて、ルーベルト侯爵家をも敵に回すことになるのだと思い知らせてやろう!それと余談だけど、スティーブ殿下の教育係はお祖父様だったんだ。だから殿下は、お祖父様に頭が上がらない。だからイザとなればお祖父様に登場を願うから、大船に乗ったつもりで!」
またまた新真実~!お祖父様が!?と驚いた。まだお祖父様とは、お会いしていないけど、いくらお母様が勘当されていたとしても、危ない時には助けてくれるかも知れないとほんの少し安心する。そしていつの間にかそんな戦いの場にすり替わっていて、アハハハと笑ってしまう。そして私には、これだけの心強い味方がいる…そう勇気付けられた!
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