プロローグ
貴族家の令嬢アリシアは、目の前の圧倒的な建造物を前にして、すっかりと怖気付いていた。
「これからここで、学ぶの?」
ド田舎出身の伯爵家の令嬢であるアリシア。最近この帝都学園に通う為に、重い腰を上げてここまでやって来た。この帝都学園は、国によって貴族の令息令嬢は通うことを義務付けられている。だけどアリシアは少し前まで、自分は通うことなんてない…と思っていた。最近まで死の病に冒されていたから…。だからまさか自分がここに通うことになるなんて、夢にも思っていなかったのに?
一体何が効果があったのかは今でも分からない。私を不憫に思った皇帝陛下から、山のような量の薬が下賜される。この帝国のものだけでなく、遠く離れた国のものまでも…
この原因も分からぬ病気の為に、ありとあらゆる所から薬を取り寄せてくださったのが何と!皇帝陛下で。だからこの病を克服した今、学園行きを辞退する訳にはいかなくなっていた。そして私を突き動かしたのは、皇帝陛下に私の元気な姿を見て欲しいという思い。実際に見て頂く機会などないだろうが、風の噂程度にお耳に入れば本望じゃないかと。そう思って頑張って来たけど…
「怖気付いたらダメ!こんな情けない姿は、皇帝陛下はもちろん亡くなったお母様も悲しむわ。きっとお友達が沢山出来て、楽しいことがひっきりなしに起こるはずよ」
そう自分を元気づけて、帝都学園に一歩足を踏み入れる。すると…
「えっ、キャッ!」
──ドサッ…
何故だか、転んでしまった。転ばせるような物など何も無かったのに、思いっきり転んでしまっている。おまけに、無茶苦茶膝を石畳に打ち付けてしまう…は、恥ずかしい!こんな初っ端からなんてある?
俯いている自分の顔が、熱を持って真っ赤に染まったのが分かる。それを道行く生徒達が、何事かと通り過ぎる度にジロジロと見られて。こんな所で蹲ってるだなんて、恥ずかしいし、邪魔だろうし…。希望を持って足を踏み入れた筈が、こんなことになり途端にワクワクしていた心が萎む。もう泣きたい!だけどいつまでもこんなところに居る訳にはいかないと、擦り切れて血が滲む手の平を石畳に押し付け、エイ!と力を込めて立ち上がろうとした。その時…
「大丈夫ですか?手と膝を怪我していますわ!どうぞわたくしにお掴まりになって」
そう言って、スッと手を差し出してくる人が!その指は細くて長く、まさに白魚のような手ってこんな手なんだろうな?と、こんな時だけど思ってしまった。そんな美しい手を、泥が付いた自分の手で握るなんて、とてもじゃないけど出来ないと遠慮する。すると…ギュッと力強く握られる。
「どうぞ手をお取り下さい。汚れても全然構いませんから。あなたの怪我を手当てする方が大事ですから…」
それには驚いて、咄嗟にその人をバッと見る。そして…固まった!
──う、美しい…こんな綺麗な方、生まれて初めて見たわ。こんな方がこの世に存在するなんて!
今まで見たこともないような美しい少女がそこいた。それには同じ女としてでも胸がドキドキしてしまう…。鮮やかなエメラルド色の大きな瞳、そして流れるプラチナ色の長い髪。桜色の小さな唇に白くて滑らかそうな肌を、思わずマジマジと見つめてしまって…
それには向こうも驚いたようで、その宝石のように煌めく瞳を見開いている。そしてその目と合った瞬間…何か奇妙な感覚に揺さぶられる。
──あれ、何だろう?既視感…とは違うのかしら。
この人とはまた違う、ピンク色の髪で藍色の瞳の愛らしい少女の姿が突如頭に浮かぶ。誰だろうこの少女は。だけどこの珍しいピンク色の髪は…あの人?おまけに美麗という言葉がピッタリの背の高い男性、そして筋肉隆々の…騎士かしら?そして中性的な小柄の男性、それとはまた違って落ち着いた長髪の大人の男性が見えてくる。それから…ええっ?その中の一人の男性には間違いなく見覚えがあって…
「あの…本当に大丈夫ですか?わたくし、誰か手助けしてくれる方を連れて来ましょうかしら」
そう声を掛けられ我に返る。そしてその人を再び見つめると…
「もしかして、皇太子妃に内定された方?」
「あら、わたくしをご存知なの?わたくしはアロワ公爵家のキャロラインですわ」
──ヤバいこの人、断罪される!
突如そう頭に浮かぶ…今まで会ったこともないその人に対して。何故そうなのって?この人を見た瞬間、私は思い出していた…前世を!その前世で私は病弱な女子高生だった。そして一つ確かなのは…この世界は乙女ゲームの中なんだということ。ヒロインの為だけにある、攻略対象者達との恋愛ゲーム。何故か私は前の人生を終えて、このゲームの世界の中にいるよう。そしてそのゲームについて記憶にあるのは、この美しい人は断罪される運命にある…ってこと。
そう気付いて、目の前で優しく微笑むその人を見る。これは本当に前世の記憶なの?そう突如頭の中へと流れ込んでくる情報を、なかなか整理できずにいると、私達二人に近付いてくる一団の気配が…ハッ!
「キャロライン。君はまた、懲りずに人をイジメているんじゃないだろうね?」
突如頭の上から、冷ややかな声が聞こえてくる。それに驚いて見上げると、さっき思い浮かべた美麗な人物…皇太子殿下の姿が!
──も、もしかして今の言葉は、皇太子殿下が言ったものなの?
その言葉が持つ余りの冷たさに驚く…かりにもキャロラインとは婚約者同士の筈よね?そう思ってからハッと気付く。そうだ…今ここで、恋愛ゲームが始まったんだ!だけど待って…
──今のこの時点で、理由を聞きもせずにイジメだと…決めつけている?
そう唖然としていると、隣にいるキャロライン嬢の身体が強張っているのが分かる。そしてぎゅっと握る手は力加減が出来なかったのか、爪が食い込んで血が滲んでいるのが見える。はあぁっ!どういうコト!?
それから私は、何故か初めて会ったこの人を守らなければならないと思いに突き動かされる。この人の為に…そして自分の為に!
そしてその集団の一番後ろに、こちらを心配そうに見ていながらも、まるで助け舟を出そうとする気配もないピンク頭が見える。前にいる男性の背中からひょっこりと顔を出し、キョトンとした顔でこちらを見つめていて…それに無性に腹が立つ!
「ヒロインのヤロウ…赦すまじ!」
そう自分にしか聞こえないように密かに呟いて、その言葉とは対照的に鮮やかな微笑みを浮かべた。そして…どうせこの学園では誰もが平等な筈だわよね?と、臆することなく皇太子殿下を正面から見つめる。そして…
「恐れながら申し上げますわ!何故…そう思われるのです?」
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