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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
客体:趣意輻輳

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99/204

099_王国暦413年 - 継暦135年

 王国暦413年、冬。


 未然王の祖父にあたる寧歳王(ねいさいおう)統治の時代に吾──後にダルハプスとも名乗るものは生まれた。


 親が誰かは知らぬ。

 物心ついたときには寧歳王を支える術士組織の下部構成員をしていた。


 寧歳王は世間的には平和な時代を作っており、その子である兵革王(へいかくおう)の対極にあったとも言われる。

 優しく穏やかで、別け隔てない清き王。……そんなことはない。


 寧歳王は死を恐れるあまりに各地から術士を集め、延命手段を探していた。


 流石に強引な手段まで取れとはいっていないが、一部の忠臣たちが暴走し、その方策を取り続けた。

 吾のような親もいない子を引き取り、育て、術士として鍛え上げた。

 百人以上いた吾のような身の上の、同世代のものたちは最終的には吾だけが残ることになった。

 他は死んだか、逃げたか、器量の良いものは何者かにもらわれていったとも聞いた。


 他のものどもは弱いから死ぬのだ。

 吾は違う。

 吾は他のものどもと違う、同じであってなるものか。


 ───────────────────────


 王国暦438年、春。


 死を恐れ続けた寧歳王は各自の努力も虚しくその生涯を61年で幕を閉じた。

 王冠を戴いたのは後に兵革王と呼ばれる青年であった。


 その戴冠には国を切り取ろうとするものたちとの血みどろの争いから始まった。


 吾は死した寧歳王が求めていた『延命』の研究を続けるための資材調達班の中心的人物となっていた。


 元々立場にあったものたちは寧歳王死後のドタバタで逃げるものも多く、

 或いは賊のような行いを研究施設で行うなどして争いになった挙げ句命を落としたりしたからだ。

 吾が生き残ったのはひとえに実戦経験の多さによるものであった。


 生き残るために何をするべきか。

 簡単なことだ。

 どさくさに紛れて名も身分も捨てる。

 もともと番号で呼ばれるような存在であったからこそ、吾を完全に知るものは多くない。

 雲隠れするのは簡単であった。


 ───────────────────────


 王国暦468年、夏。


 全て上手くいっていた。

 延命の研究は実際のところ、まるで無意味というわけではなかった。


 永遠の命など作り出せるようなものではないが、寿命を五年、十年ほど延ばすまでは可能であった。

 この三十年近くをその研究にある程度、時間を投資した結果である。


 何のために研究を続けていたかといえば、当然、銭のためだ。

 当時、一部の貴族は先代である寧歳王が延命の儀式を『完成させた』などと思っていたらしく、

 寧歳王の研究に携わっていた吾をありがたがる貴族がそれなりにいたのだ。

 馬鹿げた話だ。寧歳王が死んだことが答え合わせであろうに。


 今日もまた、命数を欲しがる貴族のもとへと参じていた。


「お初にお目に掛かります、ドップイネス卿」

「よくぞ参ってくれた、マイシング卿」


 卿、と呼ばれているのはある仕事で家名を報酬として頂戴したからだ。

 これのお陰で吾は貴族どもとパイプを繋げることができた。

 今ではマイシング卿と呼ばれることが自らの名前と同じように感じている。


 ドップイネス。

 公爵であるザールイネスの分家貴族で、宮中伯だと聞いている。

 でっぷりと太った男は、その体型のせいで年齢がわからない。


 こうした体型の人間は延命云々をいじったとしても不摂生によって命を落とすことになる。

 今までもそうした貴族を多く見てきた。

 ただ、こちらとしては報酬を貰えれば問題はないし、あえて彼の健康について口を出すこともない。


「本日こうして伺ったのは」

「はっはっは、勿論延命のことだとも。

 うんうん、君の評判はよーく聞いているぞ」

「それはありがたいことですな。

 話も早いと考えてもよいのでしょうかな」

「はっはっは、待ちたまえ。

 延命についてのことで呼んだが、別に私は延命したくて呼んだわけではないのだよ。

 このとおりの体型だ、命数を延ばせるとも思っておらんしな。はっはっは」


 ウソの色の強い笑い声をあげながらドップイネスが言う、その内容を理解しきれていない。


「では一体」

「その延命の技術を王国に貸して欲しいのだよ。

 湯水のように使える研究資金に道具に献体。

 求めるだけの報酬も得られる。

 ああ、それと──人からもらった爵位と名前ではない生活も……おっと、これは余計かな。はっはっは」


 マイシングについてのことは誰も知らないはずである。

 知り得るとすればかつてマイシングの家名を持っていたものだが、それらは全て死んでいる。

 どうやって知り得たというのか。

 ドップイネスは値踏みするようにこちらを見てはニヤニヤと不快な笑みを浮かべていた。


「どうかな。

 君にとっても悪い話ではないと思うが」


 そのとおりだ。

 色々と延命の研究で試したいことはあるが、人員、資材、費用その全てが足りずにやれていないことは多い。


「お断り申し上げたら」

「そのときは帰っていただくだけだとも。

 ああ、命の心配をしているなら安心したまえよ。

 私は人を殺すのはあまり好きではないからねえ」


 これもウソだろう。

 いや、自分の手を使うのは好きじゃないが、命じるのは嫌いとも言っていない。

 貴族たちとの付き合いは長く、彼らの言葉の殆どがウソや方便でできているのを知っている。


「勿論、お受けいたしたく」

「はっはっは、そうこなくては」


 こうして、再び王国が有する延命についての研究に携わることになった。

 人生とは数奇なもので、或いは人生とは元の場所に戻ってくるようにできているようだと思っていた。

 結局、最終的には故郷で暮らすことになる人間が多いが、

 つまりは吾にとっての故郷とはそうした研究施設であるのかもしれなかった。


 ───────────────────────


 王国暦474年、冬。


 寝る間も惜しんで続けた七年間の研究でわかったことは延命には限界があるということだった。

 人間である限り、いつかは体内で行われる『インクの発生』が切れる。

 血液が止まるように、インクが止まれば人は死ぬ。

 いくら肉体などを延命の力で維持しようとしても、限界はあるのだ。


 その結果を理解した吾は数年間、実に苦しんだ。

 ここでの研究を持ち逃げした後に、永遠の命を得られると思っていたからだ。


 カルザハリ王国の全力とも言える研究で答えが『限界がある』のであれば、それ以上の答えはない。


 それでも研究は続けられた。

 外の出来事は殆ど耳に入ってこない。

 研究室に籠もるというのは、少なくとも吾にとってはそういうことであった。


「やあ、マイシング卿」

「ドップイネス卿、このような場所に珍しい」

「あー、ちょっと二人きりにしてもらえないかね」


 ドップイネスは研究所ではボーデュラン卿に並ぶ責任者の一人として知られており、

 その発言力の強さは絶対的なものだ。

 研究者たちが部屋から去る。


「これで話せるね。

 マイシング卿、一言で説明するよ。

 えー、この国は終わりです」

「……は?」

「そして研究もお終いです。

 はっはっは、困ってしまうね」

「わ、笑っている場合ですか」


 国の一部が現王への反乱を企てている。

 それは大規模なものではなく、国王としての責任を問い、処刑に持ち込むという形で行われるのだという。


「これでようやく研究の最終段階がやれるというものだね」

「け、研究?」

「君が数年前に出したものだよ。

 ボーデュラン卿に否定された、アレさ」


 先代の王、つまりは兵革王は戦死の可能性を見て長年、命の研究をしていた。

 この研究所も成り立ちはもともとがそこにある。


 王族のインクは通常のものと大いに異なる作用がある。

 その血や肉を得られたなら、大いに研究が進むかも知れない。


「だが、卿も存じていると思うが延命の技術には限界が──」

「はっはっは。何を仰るか。

 それは普通の手順でやった場合の話だろう、マイシング卿。

 王は普通ではない。特別なお方だ。

 今こそ、研究を次のステップに進めるときではないかね」


 ───────────────────────


 王国暦474年、冬。


 端的に言おう。

 吾は暗殺計画を企て、失敗した。


 そもそも、この暗殺計画自体が失敗に終わるようなものだったのだ。

 しかし、ドップイネスはこれを踏み台にして不信の火種を得た。

 それを大きくしていき、国を傾けようとしている。


 吾は消費されたのだ。


 許せぬ、許せぬ。


「逃げても無駄だ!どこまでも追いかけてくれるわ!」


 騎士たちの声が聞こえる。

 本当にしつこい。

 ここ数日、買うなり盗むなり奪うなりして馬を何度も変え、逃げていた。

 傷は浅くない。

 数日の間は多少の治癒魔術によって凌いだが、限界は近い。


 それから更に逃げ、やがて朦朧とする意識と共に転がりこんだのは沼地だった。

 騎士の脚であれば躊躇するかも知れないと、腐敗したような臭いの中を進む。


「ひい、はあ……ひい……」


 沼を這うように進む。

 手にはごつごつとした感覚が当たる。

 なにかと思って見ればそれは人骨だった。

 珍しいことでもない。

 恐らくは兵革王の時代に虐殺でもあったのだろう。


「このような汚らわしい場所であれば我らが踏み入れないとでも思ったのなら、恐ろしい浅知恵だな。

 生かしておくなというのが上の命令でな」

「……な、何故だ」

「さあな。

 お前が企てた計画が何かしらの形で漏れたら困るって人が依頼者なんだろう。

 我々は騎士といっても金で雇われている身分なのでな。

 お前を殺せば金になる、それだけわかっていれば十分だろう」


 じりじりと後ずさる。

 騎士たちが一歩前に。


 逃げ場はない。


「運がなかったな」


 騎士の剣が振り下ろされた。


 命が尽きる。

 転がる骨と同じように、何も得られずに死ぬ。


 どうせこれで終わりだというなら、試すべきことがある。


 かつて、兵革王が死んだ後にやるべきこととしていたもの。つまりは復活。

 結局のところ、『死した人間の再生成』を行うことはできなかった。


 兵革王の目論見はつまりはアンデッドとなって蘇ることであったが、忌道に含まれるアンデッド生成の技術は眉唾でしかない。


 闇夜を彷徨うアンデッドたちの殆どは生前の由来に縛られるものであり、アンデッドとして復活できるかどうかもかなり限定的、確率に頼るものでもある。

 さらに言えば、アンデッド化できたとして正常で、持続的な自我や思考力が残るかも怪しい。


 それら全てを解決して、完全な形でアンデッドにできる可能性があるとするなら、

 死した人間が死んでいる中で自らをアンデッドへと変化させる方法だけ。

 問題点がわかっている人間が儀式の中で問題の修正をし続けることができれば、多くの問題を片付けることができる。


 だが、それは矛盾だ。

 人間は死ねば動くことができなくなる。

 しかし、死ななければ死の中でアンデッド生成の技術──屍術を使うことはできない。


 今、自分は死にかけている。

 もしも死の中で、唱えられたなら、アンデッドとなるだろう。


 無念の中で死したものたちよ。

 何者かによって虐殺され、打ち捨てられた亡骸たちよ。


 吾が礎となれ。

 吾が延命の糧となれ。


 吾はそれをのみ祈った。


 ───────────────────────


 継暦135年、夏。


 自らの成り立ちをふと思い出していた。

 結局のところ、屍術による延命は不完全な方法だった。

 ボーデュランが手を出さなかったのも頷ける。


 確かにアンデッドは不死不滅のようでもあるが、肉体には限度がある。

 吾の屍術のせいか、そもそもがアンデッドという存在がそういうものなのかまでは判明できていないものの、

 何度かの乗り換えを行っているが、行うたびに自らの存在そのものが劣化していくことがわかっている。


 予備として『種』を太子や騎士や娘に撒きはしたが、移り変わりができるのはあと一度ということはないが、二度か三度が限界だろう。

 それを超えて行えば移り変わる途中で存在ごと霧散することになる。


 未然王に偏執的な愛を向けていたボーデュランは、いや、三賢人などと呼ばれたものどもは王の変質を許せなかったのであろう。

 だからこそ、屍術による延命を諦めたに違いない。

 研究を続ければ吾のように最高の延命が可能となっていたというのに。


 ただ、前述の通り、吾が行った屍術(或いはアンデッドそのもの)は不完全である。

 どうあれ消える定めであるかのようではあるが、吾は一つの解決策を得ていた。


 自らの子孫や、その婚姻関係、恋愛関係などによって結ばれた接続(パス)を通じて、命を吸い上げる方法。

 これは吾ながら素晴らしいものであった。薄れゆく存在を、命を使って補うもの。

 これさえあれば吾は本当の意味で不死不滅に至るはずであった。


 だが、不敬なるものたちによって封印された。

 先代の(名義上の)伯爵の謀反だった。

 それによって吾は封印された。


 そんなことをしても吸い上げる機構は止まらぬ。

 予定と違って、あらゆる命を吸い上げることは忌々しい封印のせいで行うことはできない。

 だが、封印もまた完璧ではない。

 自由に闊歩できないとでも思っているならば、それもまた愚かな間違いだ。


 今まで吸い上げた命によって、吾は肉体を八つ作り上げた。

 吾らは吾であり、吾は吾らであった。

 封印が緩んでいるのであれば、本体たる『肉の器』が外に出られずとも、八つの吾は自由に動くことができる。


 吾は不滅の存在となり、全てを蹂躙する至高の存在へと辿り着くのだ。


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