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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
客体:趣意輻輳

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98/200

098_継暦135年

 継暦135年、春。


 あれから数日。

 三賢人が関係するものを集めようとしていたが、道中の村がたちの悪い賊に日々襲われ、荒らされる状況に遭遇。

 先を急ぐのは間違いないが、道の途中だったからと自分に言い訳をして賊を討伐した。


 一応ではあるとは言え、ビウモード伯爵領にある村であり、自分も伯爵領の禄を食んでいるようなもの。

 問題解決に乗り出す理由はある。


 と、言うのが自分への言い訳だ。

 本当のところは、ここで彼らを見殺しになどしたなら、いよいよ自分が許せなくなる気がしたから。

 賊討伐の礼にと一晩の宿をと言われたが、歓待するような体力が村にあるとも思えず、辞退した。

 自分に礼をして村の人間にしわ寄せが来るようならばやっていることは賊と大差ないように思えたからだ。


「賊はおかしな様子の集団に雇われて、それらの依頼で生贄を手に入れるために来ていた」


 そんな情報を得れたのは善行の報いというべきではないが、望外の情報であった。

 結局、その様子のおかしい集団からもザールイネス卿が書いた書物を得ることもできて、

 ようやく帰還してもいいだろうというだけの成果を得られた。


 ビウモード城へと戻ってきた自分に、


「おかえりなさい、ヤルバ」


 柔らかい表情で向かえてくれたのはメリアティ様だった。

 今回は何とか、メリアティ様に顔向けできると思えていた。


 ───────────────────────


 継暦135年、春。


 自分は……ヤルバッツィは傲慢だった。


 彼女は何も知らないはずだ。

 その身の呪いを解くために、伯爵や他者の命だけでなく自分の命を害してまで解決しようとしていることを。

 そんなことを優しいメリアティ様が知れば、自死を選びかねない。

 いや……きっと、それを選んでしまうのだろう。


 そんな風に彼女のことを勝手に決めていた。


 メリアティ様と出会ってから一年以上が経過した。

 あれから意識を失い、昏睡同然になることも少なくない。

 それでも自らの運命を呪うでもなく、むしろ伯爵令嬢としての立ち居振る舞いが身についていった。


 彼女のお誘いで中庭でのティータイムを楽しませてもらうことになったある日。


 休息をしている暇ではないとは思っていたが、伯爵閣下からも太子からも『メリアティと一緒にいる時間を作れ』と言われてしまい、

 ありがたくも、こうして机を挟んでメリアティ様とお茶を楽しませてもらっていた。


「父上からも伺っています、皆を困らせていたものを成敗したと」

「ええ、……しっかりとこなしました」


 討伐した『教会』の分派をはじめとした連中はいずれもが人々を騙し、そして殺しもした悪党だ。

 それは確かに間違いない。


 だが、自分が手を下した理由は『教会』の分派に拐われた家族に依頼されただとか、

 大切な人が生贄にされた復讐にだとか、

 そういうものではない。

 結局、突き詰めて言ってしまえば彼らのものを奪うために殺したのだ。


 自分の手は彼らの血で汚れている。

 メリアティ様とは話をしている。応対に綻びもないはずだ。

 つまらないわけがない。

 彼女との会話は間違いなく、自分の心を癒やしてくれていた。


 そのとき、声が掛かった。


「ヤルバ、帰ってきてたんだね。

 ……随分疲れているようだけど」


 グラムさんと共に戦い、それ以後も肩を並べて戦うことも多い魔術士のルカ。


 姿が見えたから立ち寄った、そんな感じだった。

 メリアティ様の護衛はルカに丁寧に挨拶している辺り、彼女も伯爵家から一定以上の信頼を得ているようだった。


「ルカ、君も相当疲れているようだが」


 はあ、とため息をついて

「君ほどじゃない」

 などと言われてしまう。

 そんなに疲れた顔を見せてしまっていただろうか。


 ルカは自分が不在の間、メリアティ様を守ってくれている。

 ウィミニアも同じく、持ち回りでそうしてくれているらしい。


 尤も、ルカは

 『伯爵家には魔術ギルドにもない書物がある。

  滞在すればその書物から勉強ができる、だから別に護衛しているつもりはない』

 それが彼女の言い分だった。


 だが、自分もウィミニアもルカが定期的に巡回をし、メリアティ様が散歩するときも、

 寝るときもそれとなく側にいてくれることをドワイトさん伝てで聞いていた。


「メリアティお嬢様、そろそろお時間です」

「もうそんな時間なのね……。

 でも、これ以上疲れているヤルバを付き合わせてはいけませんね」


 まだ大丈夫だと言いたいが、メリアティ様にもご予定があるのだろう。

 もう少しだけ一緒にいたいがルカの視線が痛い。

 お前は休めよ、と言いたげだ。


「ねえ、ヤルバ。

 貴方が休んだあと、外の様子を聞かせてくれるかしら……。

 私にできることがこの街の外にもあるような気がしていて」


 彼女は忘れ去られた人々のことを知らない。

 そうした情報はドワイトさんに厳しく制限されていた。


 最初こそ、情報を規制しているのを知ったときは

 『彼女を操り人形に仕立てようとしているのでは』と少し訝しんだが、


 彼女を知れば知るほど、メリアティという人は他者を助けるためであれば無茶をやりかねない性格の持ち主であることを理解した。

 ドワイトさんは規制が間違ったやり方だとわかりつつも、それでもと情報を止めていたのだ。

 全ての情報を共有すればどんな危険なことをやるかもわからない。


「はい。

 では一休みさせていただいたあとに、必ず」


 何もかも情報を規制するのは個人的には反対だった。

 メリアティ様がお休みになられている間にドワイトさんと相談する必要がありそうだった。


「とっても楽しみです。

 ですから、貴方も深くおやすみくださいね、ヤルバ。

 私と話すのはきっと骨が折れますよ、質問攻めにしてしまうかもしれませんから」


 メリアティ様は惜しむような表情をしながら、

 「では、おやすみなさい、ヤルバ」と言ってくださった。


 彼女が去ったあとにルカは自分をじっと見てくる。


「なんだい」

「何をしているかまではわからないけれど、それでも……きっと血の匂いがするような行いはメリアティ様を傷つけるんじゃないか」


 ルカは何かを知るわけではない。


 ただ、一を聞いて十を理解するような頭の回転を持つ優れた魔術士である彼女は、

 自分がしていることを何かしら、断片的にでも直観しているようであった。


「……ああ、そうかもしれない」

「否定はしないよ、きっと重要なことなんだろうから。

 メリアティ様のためにやっているっていうも振る舞いでわかる。

 でも仲間なんだ。君も、ウィミニアも。

 私に何かできることがあれば、したい。……気が向いたらでもいいから、相談してほしい」


 グラムさんが死んでから時間は確かに流れた。

 年上からしてみればたった一年と少しだろうと笑われるかもしれないが、自分にとっては怒涛で濃密で、一年とは思えないほどの時間だった。

 その時間の中で多くの戦いと冒険を経験した。

 駆け出しから一気に一人前かそれ以上にステップアップした自覚を得ることができるくらいに、多くのことを行い、或いは多くの命を消し潰した。


 知り合いも増えたし、同僚や同輩も増えた。

 けれど、仲間と呼べるのは相変わらずルカとウィミニアだけだ。

 ああ。確かに、彼女たちに黙っているのは……裏切りなのだろうな。


「わかった。

 話せるかどうか、少し考えさせてほしい」

「うん、待ってる」


 そう言ってルカと別れ、あてがわれている自室へと戻る。

 装備を外し、或いは下ろし、着替えたりする気力もなくベッドへと倒れ込む。


「……きっと話せない。

 ……話せば君たちだって、自分と共に殺しの行脚に関わろうとするだろうから」


 仲間だからこそ、わかる。

 仲間だからこそ、汚れてほしくはない。


 このときの自分はそう思っていた。

 それがひどく傲慢な考えで、大きな間違いだったとすぐに気がつけなかった。


 後に未熟な自分を恥じるべきか、傲慢な自分を呪うべきかを悩むことになる。


 ───────────────────────


 少し休むつもりが、丸一日眠りこけてしまった。

 誰か起こしに来てもいいだろうにと思っていたが、伯爵閣下が休めるのならじっくり休ませるようにと仰せに、とメイドから聞いてしまえばご厚意に感謝するしかない。

 メリアティ様は一足早く起きて、街での奉仕活動をし、再び眠りについたのだという。


 会話をするのは次に持ち越し。自分の眠りの深さを恨んだ。


 残念がっても仕方がない。

 研究所へと向かい、次にどこへ向かうべきかを話し合う必要があるだろう。

 伯爵閣下には行き先が決まり次第、その報告をすればよい。


 研究所は都市内に幾つか分散して配置されている。

 分野の違いであるらしいが、詳しいことはわからない。


 少なくとも自分がよく行っている場所は手に入れた書物の解読や解析を主に行っている場所で、秘匿性が高いからこそ城外に置かれているらしい。

 家臣にも知られたくないということだろう。


 『貴族は足の引っ張り合いが好きだからね』

 そんなことをウィミニアが言っていた。


 だとしても、伯爵令嬢の危機とも言える状況で足を引っ張るだろうか?

 いや、引っ張るからこそ呪いの話は限られたものにのみ教えられているのか。


 自分が選ばれたのも貴族や騎士ではないから、という側面もあるのかもしれない。

 以前にいた三人はそうした身分だったらしいが、今どうなっているかまでは知らない。

 死んだのか、生きているのか、忠実だったのか、裏切ったのか。


 ───────────────────────


「ヤルバッツィだな」


 その道中。

 昼にあって闇夜のように暗い裏通り。

 研究所への道ということもあり、それとなく警邏(けいら)が見回りを強化させられている場所だからチンピラなどはいない。

 つまり、ここに現れて、わざわざ自分の名を当ててくるものと言えば


「邪魔をするな」

「そう冷たくするものでもない。

 いずれ貴様とは家族となる間柄なのだから」

「何を──」


 眼の前に現れたそれは、まるで闇や影を纏ったかのような、不気味な姿だった。

 闇を衣にした、痩せぎすとも、中肉とも言えない姿。

 一定の姿を保っていないというよりは、何人かの姿が重なって見えているような。


「ヤルバッツィよ。

 吾には貴様が必要なのだ、貴様という器が」


 躊躇は不要だ。

 伯爵家に縁のある人物かもしれないが、脅威は払わねばならない。

 弓を構え、抜き打つように矢を構えて放つ。


 それは肉を撃ったではなく、水面に当たったかのようにして波紋を起こし、体の一部が霧を払うようにして崩れる。

 だが、それも次の瞬間には戻っていた。


「なっ」


「惜しくすらない。

 貴様程度ではこれが限界よ」


 声が背後から聞こえ、転がるようにして右へと避ける。


「もはや、逃げ回ろうと遅すぎる」


 再び声が背後から。

 いた場所にはその男が。

 転がって、先程までの場所にも、その男が立っていた。


「か、怪物め」

「怪物?

 ハハハ、失礼な奴よな。

 吾を知らぬとはいえ」

「ならば名乗れ、怪物と呼ばれたくはないお前は何者だ……!」

「吾が正しく名乗りをあげようとも貴様はそれに聞く耳も持つまい。

 故に吾はこう名乗ろう。ビウモード領となる以前にあった、しかし忘れ去られた美しき湖沼と同じもの……ダルハプスと」


 声がそこかしこから響く。

 全て同じ声。

 悪い夢でも見ているのか。


「或いは、こう名乗ったほうが理解しやすいか」


 だが、これはまごうことなき現実だった。


「吾こそが、貴様たちが呪いといって忌み嫌うそのものである。

 吾から血を与えられながらも、吾に従わず贄を守らんとする不忠ものどもに最後の機会を与えてやりにわざわざ現れたことを深甚に思うがよい」


 その言葉が終わるかどうかのタイミングで再び抜き打ちで矢を放つ。

 矢が影を散らす。

 声がする。

 次は、周り全てから。

 闇が自分を包む。


 声が


「安心せよ、ヤルバッツィ。

 お前のことはずっと見ていた」

「伯爵太子の(なか)から」「当代伯爵の(なか)から」


 声が、声が、


「メリアティの(なか)から」

「血に由来しないものを呪うのは難しい」

「当代めのお陰でインクによる接続(パス)を得られた」「愚か者め」


 声が声が声が、響く。


「貴様のメリアティに対する一途な思いが」「貴様の戦いに対する苦悩が」

「吾の手を延ばす拠り所()となった」

「深い眠りを味わったろう」「メリアティと同じものを得られた」

「喜ぶがよい」

「安心せよ、ヤルバッツィ。

 どうせ既に脱線した人生であろう。

 有用に使ってやろう、安心せよ」「安心せよ」


「ヤルバッツィよ、安心してダルハプスの闇に抱かれるがよい」


 落下するような感覚を払おうとしながら、しかし、その抵抗はまるで無意味だった。

 自分の意識は落ちていった。闇の中へと。


 ───────────────────────


 意識が一瞬飛んでいた気がする。

 こんな道端で。


 薄暗い場所で、元はチンピラがたむろしていたような場所だ。

 警邏が回っていて既にかつての治安の悪さはないというが、それでもぼうっとしているとは何事だ、ヤルバッツィ。


 まったく、長い眠りもそうだが……ビウモードに戻って気が抜けたのだろうか。

 時間も肉体も余裕がないというのに、自身を叱責する以外の感情があることに気がついた。


 見つけた感情はほのかな喜び。

 気が抜けたといえるくらいにビウモード伯爵領が自分にとっての故郷になった、そんな気分になれたことがまた、嬉しかった。

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[一言] この呪いもう関わっている全てを殺すしか解決策がないのでは?
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