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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
客体:趣意輻輳

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97/200

097_継暦133年 - 135年

 見習い騎士ヤルバッツィ

 ビウモード伯爵が短期間で鍛え上げた冒険者の青年。

 助けたいと強く思う一人の少女のために寝る暇もないほどに学習と戦闘を繰り返し、その才能を開花させた。

 しかし、心に鎧を纏う術を学ぶ暇はなかった。

 継暦134年、冬。


 自分は戦っていた。

 ただ、口上と名を述べる誇りある騎士の行うそれではない。


 かつてはカルザハリの土地を守るべくして運用されていたであろう砦の成れの果てが今夜の自分の戦場だった。


「ええい、ようやく手に入れた偉大なる教えを奪わせてはなりません!」

「信徒たちよ!武器を持って立ち上がるのです!!」


 矢が飛ぶ。

 敵が死ぬ。


 矢が二つ飛ぶ。

 敵が二人死ぬ。


「突き進みなさい!教えを胸に進むのです!」

「あの男は古の時代から現れた魔王の手先に違いない!殺すのです!

 功徳を得る機会ですよ!

 全員で掛かりなさい!」


 今日、殺さねばならない相手は決まっている。

 ビウモード伯爵領の外れで跳ね回る『教会』の分派だ。教会だとか分派だとかは彼らが勝手に名乗っているだけのようだが。


 その教会の人間たちは遠間から自分──ヤルバッツィを脅威であると認識する声を発している。

 個別に戦うな、数を頼みにしろ、そんな相談だ。

 以前の自分の実力では引き出せなかった言葉。


 自分は今、敵対するものに大きな恐怖を与えることができている。

 それだけの力を得て、それだけの力を相手に見せてきたからだ。


 隷属の儀式によって、その力を得たわけではない。

 伯爵閣下が手ずから弓と矢の扱いを教えてくださった。


 閣下の腕前は戦歴の多い騎士や高い位階を持つ冒険者に並ぶであろうほどのものであったが、

 何よりその技の教え方については、学のない自分でもすんなりと理解できるほどに上手だった。


「カルザハリの知識は我らのもの!

 伯爵家如きが手を出していいものではな──」


 弓が鳴ると、知識の所有権を高らかに謡う男を射殺した。


「司教様が射たれた!治癒を使えるものはどこだ!」


 ときには寝る間もないほどの戦いの日々で自分は急速に成長した。

 閣下は自分に弓の才があると云ってくださったのが大いに励みとなった。


 相手を恐怖させるのは単純な弓と矢の威力だけではない。それも教えられたことだ。

 遠間から、冷静にして冷酷に射殺し、或いは弱らせる。

 恐怖は威力そのものだけでなく、手の届かない場所から飛来するものにある、と。


 伯爵閣下から受けた任務の間は冷酷になれた。

 冷酷になれた分だけ、強くなることができた。


 その冷酷さは任務の間だけのもの。

 だとしても隷属には命令に従うものの心に安定や思考を差し挟む余地を埋めるような作用があるらしい。

 この作用がなければとっくに心が壊れていただろうという自覚はある。


「生きているものは、生きているものはいるか!?

 わ、私だけなのか……?

 伯爵家めえぇぇ!!この私が、お前たちを゜」


 最後に立っていた騎士風の男も(たお)れる。


 ……今日この戦いで胡散臭い『教会』の分派が一つ壊滅した。

 いや、この手で壊滅させたというべきか。


 ───────────────────────


 生存者は一人もいない。

 『教会』の分派が根城としていたそこは巨大な共同墓地と化した。


 賊の畑でもあるのかと思うほどに、そうした連中が現れる時代。

 カルザハリ王国が健在だった頃は人々を導き、安寧を与えた『教会』は都市の外では賊の言い換えのような状態になっている。

 少年王がこうした教会を名乗るものたちの振る舞いをみたなら悲しむのだろうか。


 転がる死体を幾つも跨いで進み、最奥で陣取っていた『司教』と呼ばれていた男の胸元を漁る。

 現れたのは一つに纏められた研究日誌と思わしきもの。


 筆跡から著者はボーデュラン卿のものであることはわかる。

 この一冊の価値のほどは、学者ではない自分にはわからない。


 読んでみた中で理解できたことは、付与術に関わることのようではあった。

 人体に付与術を直接的に行うのは難しいが、義肢であれば可能かもしれないとか、そういう内容のようだが詳しいところはわからない。


 書かれている内容にあるように、義肢に付与術を与えたならどうなるのだろうか。

 意思のままに動く新たな手足になったりするのなら傷痍軍人の未来を作れそうなものだけど。


 そうしたことに個人的には興味が湧くが、研究者たちはザールイネスのものを最も重要視しているようではあった。

 ボーデュランの書き記したものは

 『安全性を考慮した書き方をしていて、技術としては素晴らしいが、今の状況には即していない』……のだとか。


 一方でザールイネスのものは危険や人道といったものを一切勘案していない内容らしく、今となっては逆にその成果を受け取りやすいらしい。

 直接的な物言いのほうが伝わるのは言葉でも文章でも同じということか。


 しかし、まさか百年以上も経ってボーデュラン卿も、そのように研究者たちに言われるとも思ってはいなかっただろうな。


 メリアティ様の呪いを祓うために必要なものは、王国に生き、王国とともに消えた伝説たちが遺した研究成果。

 伝説とはつまり、


 『妖物(ダムドシング)』ライネンタート。

 『秘術拾い』ボーデュラン。

 『汚泥からの祈り』ザールイネス。


 かつて存在したカルザハリ王国末期を支えた三人の賢者、

 三賢人とも呼ばれる彼らは、国へと捧げた叡智の結晶を後世へと遺した。


 今こうして自分の手に日誌が収まっているように、多くの叡智が存在している。


 その日誌を見つめながら、自分は思い出していた。

 今の主であるビウモード伯爵の言葉を。


 ───────────────────────


 継暦133年、冬。


「そんなものが存在しているのですか?

 ただの噂話ではなく……?」


 伯爵に『隷属』してから、彼のもとに通うことは格段に増えた。

 学のない自分に彼は自ら多くのことを教えてくれた。


 言葉にこそしないが、いずれは息子であるビュー伯爵太子にも仕えることを望んでいるのだろう。

 自分にとってもそれは望むべきことであり、

 それを目指して自分が知らないことを学習できる機会もまた楽しい時間であった。


「ああ、そうだとも。

 カルザハリは現代では考えられないほどに進んだ魔術も請願も、それ以外の術も大いに発展していた。

 わしが知る限りでも、実際に当時の貴族たちは延命に関わる何らかの術によって数年の猶予を得るものがいたそうだ。

 ただ……、それは正常な命を持つものに限られるそうだがな」


 伯爵閣下も長く呪いに対抗するために多くのものを集めたと聞いている。

 その中で延命云々の記録を見つけたのだろう。


「かつて、末期の王国を支えた爵位持ちたちがいる。一人の公爵と二人の侯爵。

 ザールイネス公爵とボーデュラン、ライネンタート両侯爵。

 彼らこそがカルザハリ王国の終焉を引き伸ばした才人であり、そして今のこの世……つまりは混沌とした時代を残した罪人でもある」


 琥珀色の酒をグラスの中でゆっくりと回しながら、伯爵は続ける。


「彼らが望んだのはカルザハリ王国の延命ではない」

「では、何を?」

「王国最後の王、未然王とも呼ばれた少年の延命だ」


 未然王。

 王が健康を手放し、政治を行えなくなってから、父王の代理として権力を振るった少年。


 その未然王は優れた人物だったそうだ。

 政治的にも、個人の能力としても、人を惹き付ける風靡を纏う人物。

 だが、長所があれば短所があるのが人間というもの。


 未然王はその対価の如くとして、呪いを持っていた。

 それが『短命の呪い』だったという。

 人生を凝縮したかのような能力を持つ代わりに、凝縮した分だけ短い命となっているかのような。


「短命の呪い……」

「それをなんとかしようとした才人たちの、その研究過程やその成果。

 まさしくそれこそが」


 酒を傾ける伯爵に続けるようにして自分が言葉を紡ぐ。


「メリアティ様をお助けるための答えそのもの、ということですか」

「……そうだ。無論それは一面的なものに過ぎぬがな。

 尤も、未然王自身は短命の呪いで死ぬではなく、配下の手によって処刑台に送られて首と落とされて死んだそうだ。

 短命に関する研究は無駄に終わったのであろうな。

 まったく、とんだ悲劇だ」


 一面的、の意味は測りかねた。

 ただ、それを聞き出せるような間はなかった。


「ともかく、だ。

 カルザハリの俊英たちがこの世を去って既に百年以上が過ぎた。

 その雷名はやがて信仰という形となり、新たな神を求めるものたちの祈りの対象となった」


 かつての時代は、神に祈りを捧げることが大多数であった。

 『数多の遺児のための教会』の庇護者でもあった未然王の死によって、ご利益のなさが露呈したからなのか、その権威は失墜した。

 今では細々と進行するものと、団結力のある賊を作るためのお題目として使われることがもっぱらだ。


「人間とは、祈らずにはおれぬ生き物なのかもしれぬ」


 閣下はそのように仰った。

 便利に使われている請願は、便利ではあるが、根底にあるのは祈りである。

 今の時代で、神の代わりに祈られる対象は個体や教えではなく、発生する結果そのものに対して。

 そしてその『結果そのもの』と請願であれ、他の術であれ、それらの祖たる偉人や名人たちの遺した力だ。


「心の拠り所だったんですね」

「そればかりにはとどまらぬがな。

 かつては教義こそ法律(ルールブック)であった時代もあったそうだ。

 カルザハリ権勢の時代より遥か過去であったり、我らの知らぬ遠い土地の話であるようだがな」


 人間というのはどうしても自分より上位のものを作りたがるものだと伯爵は仰った。

 雷名纏う三賢人はまさしく人間が求める『自分たち以上の存在』であり、『次代の神』扱いするにふさわしい存在だったのだろう。


「それらを集め続ければやがて道は開かれるはずなのだ。

 どのような形であれ」


 それは祈りのような言葉でもあった。

 神に救いを求めるような、そんなか細さすら感じるような。


「この身を賭して伯爵家に成果をもたらします。

 閣下はどうか心を波立たせぬよう」

「……心を荒ぶらせ、命数を削っているかのように見えたか」


 老伯爵は小さく笑った。


 かつて存在したエルフたちの多くは神が去ったときに殉死を選んだと故郷で聞いたことがある。

 樵の家で生まれればエルフたちの話は避けて通れない。

 神代において自然、とりわけ木々や森林は彼らの領域であったとも云う。


 ともかく、信仰の果てには死があるとも伝えられている以上、伯爵閣下もまた終わりへと向かう信仰を続けているように見えた。


「ヤルバよ。

 いずれお前が騎士としてビウモードに尽くしてくれる日が来ることは祈っている。

 だが、今のお前が尽くすべきはビウモードにではない。ただ、メリアティを思うのだ。

 よいな」


 その言葉の真意は掴みあぐねたが、頷くことで閣下の心が安んじるのならばそれでよかった。


 ───────────────────────


 継暦135年、春。


「警告する。すぐさまボーデュラン卿が遺したという研究日誌を渡すのだ。

 そうすれば領内での勝手な勢力作りの罪は赦す、解散して再び馬鹿げた宗教を興さないのならばだが」


 どうして『自分で定めた上位種()』を崇めるものたちはいつもカビ臭い遺跡に入り込んでいるのだろうか。


 町中でやれというわけではない。


 それなり以上に人数がいるのだから、掃除の一つでもすればよかろうにと思う。

 思いながら、自分は矢をつがえていた。


「な、ない!

 ここにそんなものはない!

 ボーデュランの名を騙ったのはそれに名声が伴ったからだ!

 お前もそれを目当てできたのだろう、ならばわかるはずだ。

 彼の、彼らの名前そのものが人々を誘引し、一つの集まりとなり、願いを纏め、団結し、

 この混迷の時代を」


 矢を放つ。

 それは熱く語る男の頬をかすめた。


「ご高説には感謝するが、興味がないんだ。

 もう一度問う。

 ボーデュラン侯爵が遺した研究に関わるものはここにはないのだな」

「あればもっと喧伝しておるわ!」


 その言葉が終わるかどうかのタイミングで矢は正確に頭を射抜く。

 痛みを感じる間もなく絶命しただろう。

 別に、それが救いになるとは思ってもいないが。


 冒険者の業務のときとは違い、闇に溶け込めるような色合いの軽甲冑と外套を纏う。

 顔を隠せるフードとマスク。

 どこに出ても恥ずかしいくらいの暗殺者装束。

 そして、事実やっていることといえば暗殺と虐殺だ。


 自分の手は汚れている。

 だが、それでも汚れた分だけ三人の賢人が遺したものを集めることができている。


 今しがた殺した人間の懐を漁ると、一冊の手記が出てきた。


「持っているじゃないか」


 寝る間もないほどに続けた勉学、調査、殺人によって三人の筆跡をすぐさま理解できる程度には自分も成長している。

 それに、こうした人物が本当に渡すことができないものを肌見放さず持っているであろうということも見抜く眼力も得ている。


 手記は残念ながら求めている短命の呪いについてのものではない。

 ちょっとしたレシピブックだった。

 どうにもボーデュラン侯は料理が達者で定期的に未然王に食事を求められていたらしい。


 ライネンタート、ボーデュラン、ザールイネスの三人はまるで競うかのように多くのことを記し、遺した。

 或いは、大量に書き残すことで本当に隠したかったもの(研究)を隠そうとしていたのかもしれないが。


 レシピブックもなにかの暗号によって真実が隠されているかもしれない。

 その辺りの研究は伯爵が行っておられるから、捨てるわけにもいかない。

 今しがた殺した彼に倣って、本を懐へと収める。


「もう一箇所巡れそうだな」


 この時代、人々は救いを求めている。

 都市の外であれば、それは一層強く求められる。


 この教会の分派のような、異端者が人を扇動し、一つの組織を作り上げることは珍しくない。

 小鬼(ゴブリン)どもの巣穴が生まれるのと同じくらいの速度で、そうした妙な集団が形成される。


 ドワイトさんとその部下が調べ上げた情報によって行き先(怪しい根城)には困ることがない。

 問題は時間が無限にあるわけでもなく、こうした業務をこなせる人材は自分を含めてごく少数しか伯爵の下にはいないことだった。


「……?」


 次へと向かおうとすると、足が動かない。

 まるで大量の鎖が絡みついて、身動きを封じているかのように。

 わかっている。

 冒険者の行いとは言えない、殺人行脚が弱い心を苛んでいるのだ。


 動け。動け動け。

 ここで止まってどうする。ここで諦めてどうする。

 こんなところで止まるくらいなら、何故殺傷行為をこれほど重ねた。

 他人の命を積み上げてでもメリアティ様の命をこそ大事に思うと決めたじゃないか。

 歩け。歩け歩け。……歩け!


 気を吐くようにして念じて、ようやく足が動く。


 屋外に出ると、カビ臭い匂いから解放され、夏の訪れが近いことを知らせるような緑の匂いを感じ取れた。


 もう少しで、グラムさんの死んだ季節がやってくる。

 今の自分の姿を見ればあの人は怒るだろうか、悲しむだろうか。

 彼の背中は心のなかに刻まれたが、彼そのものを自分はなにも知らない。


 英雄などと勝手に理想を押し付けられて迷惑しているだろうか。

 けれど、もう少しだけ。


 もう少しだけ心の拠り所にさせてほしい。

 メリアティ様のためにと殺しを続けるこの心が摩耗しきらないように。


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