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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
却説:逍遥周回

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91/204

091_継暦136年_冬/A07

 よお。


 今度こそイセリナを逃せたオレ様だ。


 逃せただけだ。

 そして、彼らに一時的に預かってもらうだけ。

 必ず自由にする。仮に記憶を奪われたとしても、絶対にそれだけは実行する。

 魂に刻み込むように誓いながら、状況を見渡しなおす。


 ここに残ったのはオレと、アルタリウスと、そしてダルハプスだけだ。

 魔剣はよく頑張ってくれた。

 それでもオレの体やインクよりも先に限界が来たのは魔剣の方だった。


 無茶な使い方をしたのはわかっていた。

 ここまでよく持ってくれたほうだと言うべきだろう。


 ケルダットが殺した一体。

 その後に襲ってきたのを含めれば四体。

 最初のも含めて徹底的に撹拌した、撃破として扱っていいだろう。


 だが、


「苦しそうだな」「もはや立つ気力もないと見える」

「そろそろ止めをくれてやろう」


 死に慣れたわけではないだろう。

 恐怖は感じる。

 それでも勝利を確信したダルハプスどもは嬉しそうに声を上げていた。


『まだ手はあります』

(アルタリウスを消費すれば、って?

 冗談でしょ。

 そんなのごめんだ)


 考えの全てを手にとるようにわかるわけではないが、それでも言いたいことはわかる。

 アルタリウスは、表現方法が正しいかはわからないが、インクに根ざした生物なのだ。

 つまり、その肉体を削ぐようにして力を発揮すれば、彼女の全てを使い果たせば大量のインクを得ることができるだろう、それを云おうとしたのだ。


 絶対にお断り。

 命の軽さだったらオレの勝ちだ。


『ですが』

(時間は稼いだ。獣人の脚力なら今頃街の外。

 それに経験が豊富な傭兵なら万が一の状況になってもアンデッド対策だってできるだろうし)


 ゆっくりと立ち上がる。


(消費するのはオレ様から。

 アルタリウス、付与術の組み換えを手伝ってもらえるかな)

『……承知しました。

 君の望みは』

(当然、こいつらを消し飛ばす。それだけの出力の一撃だ。

 ケネスの魔剣には悪いけど、オレ様と心中してもらう)


 ケネスの魔剣。

 無理をさせとおしたけど、もう少しだけ付き合って。


「終わらせてやろう」「吾が怒りの前に」

「蹂躙してくれる」


「終わるのはお前らだよ、ダルハプス」


 魔剣からとめどなくインクが垂れ流しになる。

 臓器の一部が軋む。


『……っ』


 アルタリウスが息を呑む。

 オレの何かしらが悲惨な状態なんだろうな。

 インクを司るなにがしかの臓器が壊れた。二度目の経験。だが、これでいい。


「消し飛べ、ダルハプスッッッ!!」


 放つと共に魔剣は砕けて、膨大なインクの光の奔流がダルハプスたちを飲み込む。


『──ダルハプス残数……ゼロ』


 消えゆく意識の中で、アルタリウスの報告がやけに鮮明に聞こえた。


 ───────────────────────


 ビウモード伯爵領、その地下。

 そこは『イセリアル』にとっての母胎の一つであった。


 かつての生命牧場が存在する。正確にはそれを模造した研究施設だ。

 殆どのものは今の技術では作り出すことが難しいため、様々な生命牧場を荒らして持ち込んだものだ。


 この研究所の存在を知るものはそう多くはない。


 ビウモード伯爵、管理局局長ウィミニア、行動騎士ヤルバッツィ、行動騎士ドワイト。

 魔術士ルカルシも途中までは携わっていたものの、今はそこから距離を置いていた。


 上記の人間に紐づく形で家臣の一部も一応は存在を知ってはいるが、それが生命牧場であるかどうかまでは理解していない。

 多くの場合は地下に存在する研究施設でしかなく、ビウモード発展のために学術的な何かをしているのだなあ、くらいのものだった。


 以前はここにイミュズの研究者たちが数名いたが、ナウトンが去ってから彼らもここから消えた。

 消えたのが身柄か、それとも命なのかを知るものもまた、多くはない。


 イセリアル──イセリナが戻ったあと、彼らは言い争いに近い形で言葉の干戈を交えた。

 この場にいるのは伯爵、ウィミニア、そしてドワイト。


 そして彼らの部下たちが何名か。

 少人数とは言えない程度の人数だ。

 イセリナの護衛として立つのはここまで彼女を連れてきたケルダットがいた。


「守れなかったのは確かに私の不徳だ」


 伯爵は無念を隠さなかった。

 それに対して噛みつくような物言いをするのがウィミニアであった。


「不徳?

 誰もそれを責めているわけではありませんよ、伯爵閣下。

 ただ、家臣の目に触れるような形でイセリアルを動かすのは危険だともお伝えいたしましたね」

「ウィミニア、待って欲しい」


 詰問するような物言いのウィミニアに待ったを掛けるのはドワイト。


「それに関してはこのドワイトが悪いのだ。

 イセリアルを家臣たちに見せることでメリアティ様の状態を察知されぬように──」

「愚かなことを。

 ルカルシは皆様に伝えていたはずですよ。

 メリアティ様が目を覚ましたときにどのように考えるかを思うべきだと」

「……伯爵家のためでもあるのだ」


 ドワイトは私を利用して、メリアティ健在の噂話を広めたかったのだ。

 実際に、メリアティは元気になればトライカの市長となる人物であり、

 少し前までは市長代行という形で、見習いながらも働いていたが、彼女の施策は尽くがうまく運び、トライカは花咲くトライカと謳われるほどに急発展した。


 それが数ヶ月前には突如意識を失い(それまでも寝たり起きたりはないわけではなかったが、長期間に至ることは殆どなかった)、街の混乱を少しでも遅らせるために城郭都市で姿を見せることで代行が一時的に帰郷したのだと思わせたかった。


 しかし、残念ながら、その噂はいい方向にはいかず、

 メリアティに似たイセリナを愛妾とした伯爵の歪んだ兄妹愛があるだのなんだのという噂が流れてしまう。


 イセリナは眠っているメリアティにしか会ったことはない。

 特になにか思うこともない。

 強いてあげれば、


「ああ、呪われているな。生まれた時点で刻まれているものだ。

 強い呪いというよりも、もはや肉体の一部のようですらある。

 近づけば確かに呪いが私へと寄ってくる。

 その全ての呪いを引き受けるために生まれたのだな」


 そんな風に感じたくらいだ。

 悲観しているわけではない。

 むしろ、他の人間よりも『自分が何者か』というモラトリアムに囚われることがなかったと喜ぶべきですらあるとイセリナは思っていた。


 彼──ヴィルグラムと出会うまでは。


 生まれてからメリアティの呪いを引き受けるための行為を続けることで、イセリナは苦しみ続けた。

 生まれてからそれが続いていたのだから、それが当然だとも思っていた。


 時折、ウィミニアから聞かされる外の世界の話には興味もあったが、

 さみしげというか、かなしげにしている彼女を見ると外の世界なんて良いものじゃないのかも、ともイセリナは思っていた。


 イセリナはメリアティを模するために、彼女が持ち得るような知識を教育されていたこともあって、比較的以上に高度な知性と判断能力を有していた。


 それがこの施設で発揮されず、苦しさを時折呟くことしかできなかったことが、どれほど彼女を苦痛の沼地に浸からせていたかがわかるというものだろう。


 その苦しみから解放してくれたヴィルグラム。

 彼は自由を教えるとイセリナに伝えた。

 短い時間だったけれど、謳歌できた自由はイセリナが初めて得た人生だと言えた。

 彼女にとってあの自由な時間は本当に楽しいものだったのだ。


「イセリアル」


 伯爵が彼女を呼ぶ。


「……イセリナです」

「イセリナ?」

「私にそう名付けてくれた人がいるのです。

 ものではなく、人としての名を。

 ですから、どうか私を呼ぶときはイセリナと」


 お付きの一人が険しい顔をして、叱責しようとする。

 それを伯爵が手で制した。


「そうか。

 ……よい友を持ったのだな、イセリナ」

「はい、本当に素敵な人と出会えました」


 伯爵の表情は暗く、重い。

 しかし、それを許さぬかのように研究者の一人が枷と服を運んできた。

 あれらはイセリナの自由を奪い、再びつらく、苦しい呪いの肩代わりをするための道具だった。馬車の中でヴィルグラムが解除したものとまったく同じものである。


「手を出しなさい、イセリアル」


 研究者の一人が云う。


「控えておれ」


 その言葉を止めたのは伯爵だった。


「イセリナ。

 もう、我が妹のために苦しみたくはなかろうよな。

 我々はお前を作り、そして無体な真似をし続けた。だが、幾人かの話を聞いてそれが間違いだったと遅まきながら気がついた。

 お前は呪いを吸い上げるための装置ではなく、我々は人間を一人作り出してしまっていた。

 それに気が付かず、無体な苦痛を与え続けたことを……ようやく知った」


 今更になって彼女は参列する人間の中に見知った顔を見つけた。

 ディバーダンだ。

 きっと今回の件をネタに自分を売り込んだんだろうなとイセリナは思う。

 彼の言葉があって、ビウモード伯爵の態度に繋がったのかもしれない。


「伯爵、メリアティに会わせていただけませんか」


 その言葉に流石に我慢できないとしてドワイトの側に付いていた騎士の一人が声をあげる。


「なりませんぞ。ドワイト様、お止めください。

 かのようなものをメリアティ様に会わせるなど、何をするかもわからない。

 彼奴は造成種──」

「黙りなさい」


 その言葉を閉ざさせたのはウィミニアである。


「イセリアル──」


 そう言いかけてから、


「イセリナは我ら管理局と、

 ボーデュラン侯爵の末たるルカルシが全力を賭して作り上げた傑作。

 それが今、自らを制御する自我をも身に着けて戻ってきたのです。

 造成種といって区別することはこの管理局局長の名において許しません」


 怒号ではないが、怒号よりも確かな怒気を孕んでいたのを一同は感じた。


「何を!お前たちとて彼奴を道具として扱っていたではないか!」

「矮小な自我未満が浮かんでは消える幾つかの反応があった頃は、ええ、そうです。

 ですが、今は違う。

 彼女はその肉体にふさわしい意思を持って戻ってきたのです」

「研究成果を汚すなと言いたげではないか、魔女め」


 ドワイトはビウモード譜代の騎士であり、彼に従うものも同様に譜代の騎士たちである。

 急に現れてビウモードの勢力を引き裂くように力を得た管理局のウィミニアと、魔術士ギルドのルカルシはそうしたビウモードの人間からすれば異物であり、半ば敵対的な感情すら持っていた。


 魔女呼ばわりは明確な、そして行き過ぎた侮辱の言葉であった。


「下がっていなさい」


 ドワイトはそう云うが、侮蔑の言葉に対しては訂正を求めなかった。

 彼もまた少なからずそう思っているのだろう。


「メリアティ様と引き合わせることは、私も反対です。

 イセリナ……殿が、」


 イセリアルと言いそうになって、ウィミニアが我が子のようなものだという発言を思って、言い換えたのだ。


「危険が一切ないとは言えぬは事実でしょう」


 伯爵もそれは理解している。

 ドワイトに目を向けていた伯爵だが、ゆっくりとその視線をイセリナへと戻した。


「メリアティに会うということか、ここではなく、お前を苦しませつづけたトライカの地に赴くということがわかっているのか」

(彼が私を見る目は騎士たちとは違う。

 本当に私を人間だと見ているのですね)


 物のように、道具のように扱われていた日々があったからこそ、イセリナは他人の視線が何を意味するかに敏かった。


「それでも、私が苦痛を受けた相手がどのような方か……知っておきたいのです」

「わかった。

 ……もしもその目で見て──」


『彼女を哀れんでくれるなら、再び呪いを受けて欲しい』

 伯爵がそう言おうとして、かぶりを振るう。

 そんなこと、道具ではない、一人の娘に言えるわけもない。


 そして、


「ウィミニア。管理局でイセリナを保護するように。

 彼女の行動範囲はビウモード城に限定する、部屋は客間を」

「承知いたしました」


 部下であり、騎士でもあるドワイトに守らせるのが普通であっても、

 それをしなかったのは単純な理由だ。

 ドワイトも、彼の部下も皆、イセリナを言葉を話せるメリアティのための治療道具という認識から抜け出しきれてないのだ。

 そんな人間たちにビウモードは彼女を任せるとは言えなかった。


 ───────────────────────


 正直、ここまで割れるとは思ってもいなかった。


 若くして聡明なる賢君。

 戦いにあっては意気軒昂な伯爵などとおだてられることもある私──ビウモードはそれまでの成功がただのおべっかではなかったのかと思うほどに、意見が割れた。


 その意見というのは、イセリナをどうするべきかというものだ。

 片方は今まで通り道具として扱うべしという強硬派やメリアティを大切に思っているものたち。

 もう片方は自我があるイセリナを人間として遇して、メリアティの救済を頼みたいものたち。

 どちらかと言わずとも、私の立場は後者であったが、譜代の家臣の多くは前者を選んでいた。


 未だ私はビウモード伯爵としての格が足りていないのだと痛感する一件になった。

 ドワイトはよく尽くしてくれているし、領地のためにと騎士たちも気合を見せてくれることが多い。


 だが、どうあっても物として認識しているイセリナについて、彼らの態度は冷淡なままだった。


 道具は道具だと。


 その理屈がわからぬわけでもない。

 貴族や貴族騎士という特権階級にあって、その生命は平等ではない。


 作り出されたものであればそこらの犬猫に劣る価値だと判断してもおかしくはない。

 それに、そのことについて自分がそうしたものに染まっていないとは言わない。

 事実、あの日、メリアティに会いたいとイセリナが云うときまで私も同じ考えだったからだ。


 メリアティのもとへ行くのは結局、管理局に全て任せることになった。

 本当であれば私が共に向かいたいところだが、その後の話し合いの折、これ以上自分を厚遇するのは問題になるかもしれない……冷静にイセリナが私に説いた。


 調整の結果は、前述の通り管理局に任せることになった。

 信頼できる傭兵としてケルダットと、イセリナに関わる情報を持ち込んできたディバーダンという魔術士風の男をはじめとして、信頼できる傭兵や冒険者を数名同行させる。


 護衛に騎士たちを使わず傭兵や冒険者たちで『間に合わせた』ことで、イセリナを上位に置かないように見せることでガス抜きとした。

 勿論、間に合わせどころか、選んだ冒険者は私が心から信頼できるものたちばかりである。

 思うべきことではないかもしれないが、護衛には騎士に比肩するか、それ以上の実力者も含まれている。


 本来であれば私が最も信頼できる騎士でもあるヤルバッツィを向かわせたかったが、彼は管理局の要請もあって各地を巡っている。すぐに戻ってこれる状況でもなかった。


 トライカ行きの草案を提示してくれたのはイセリナであり、

 呪いを受けさせて苦痛を与える無体をしたというのに、それでも彼女はビウモードの領地運営のことを考えての提案をしてくれた。


 ───────────────────────


 ビウモード伯爵はよくしてくれた。

 その上で彼は今までやってきたことを水に流せるとも思っていないとも云った。

 イセリアルであった頃の記憶は正直、辛いことしかなく、殆どなにも覚えていない。

 時折話に来てくれたルカルシやウィミニアのことは覚えてはいる。

 彼女たちこそが当時の私の、数少ない痛み以外の思い出だった。


 話は戻そう。

 私がメリアティに会いたいとワガママを言ってから半月でようやく移動の計画が固まり、

 そこからひと月近くの時間をかけてようやくビウモードからトライカへと移動することができた。

 遠かったわけではない。

 トライカはビウモードからそれほど離れてはいない。馬を飛ばせば数日で到着できるだろう。

 その時間がかかった理由は何かと言えば、予想できていたことだった。

 私をイセリアルとして扱うか、イセリナとして扱うか。


 一度は襲われた私が、再度襲われない保証などない。

 しかし、城郭都市ビウモードに置いておくことも意見が割れた中では難しい。

 トライカ行きの決定はそうした側面からも許されたところもある。


 トライカはそれなりに発展はしていたが、どこか影もある。


「以前は華やかだったのですがねえ」


 残念そうにディバーダンが街を歩きながら云う。


「メリアティ様が市長代行として奮起しておられた頃はまさしく『花咲き誇る美しい街』そのものだったのですが……」

「今も花なら咲いちゃいるが、まあ、確かにお前の云いたいこともわかる」


 例え花が咲き誇ろうとも、どこか町の人々の表情が暗い。

 花の魅力をそれらが台無しにしていた。


「ヤルバの野郎も悲しむだろうな」

「ああ、先代殿が最後に受勲された方でしたかな。

 優しい方のようですが、城郭都市での評判はイマイチでしたねえ」

「そんなことまで調べてんのか」

「どの情報が命綱になるかわからないのは私のようなものでも、傭兵である貴方でも同じかと思いますが」

「違いない」


「彼女は……メリアティは愛されていたのですね」

「彼女が街と人々を愛していたのでしょうね。

 その愛の深さが失われれば、与えられていたものの大きさに気がつく。

 人間はいつだって失ってから気がつくものですから。

 ……おっと、失礼。まだ失われているわけではありませんでしたな」

「眠っているだけとは云うが、数ヶ月眠り続けてるんだものな。

 事情を知らない街の人間からしてみれば自分たちは捨てられたと思っても仕方ねえか」


 ───────────────────────


 メリアティの屋敷は必要以上の人間がいるわけではなかったが、それでも厳重な警備が敷かれていた。

 厳重具合で言えば城郭都市を超える護衛の質だった。

 移動するたびに誰何に応じて、ようやくメリアティの部屋の前に到達する。


「申し訳ないが、室内に入れるのはイセリナ殿だけとなっている」


 その言葉に護衛を代表して共にここまできたディバーダンとケルダットだったが、

 顔を見合わせて、

 中の護衛の状況などを問う。

 部屋の入口を守る護衛も心得ているようで、多少は濁すものの二人が求めていた答え、つまりはイセリナの安全についてを納得した。


「嬢、そういうわけだ。

 俺たちはここで待っている。

 万が一なにかありゃ声を出せば何があっても守りに行く」

「ご安心くださいますように、イセリナ様。

 ヴィルグラム殿にどんな目に遭わされるかもわからないのですから、必死ですよ。我々もね」


 そのような軽口を叩く。

 彼と別れた状況はディバーダンも理解しているが、だとしても彼はヴィルグラムの生存を信じていた。

 曰く、あの少年は守れる範囲なら約束は守るタイプだと見ているらしい。

 守れない範囲のことについては、ここにいる人間では知り得ないことだ。


「行ってきます」


 入り口の護衛が扉を開け、中へと通される。


 戦場かと錯覚するような鎧姿の騎士が三人。

 一切の身じろぎもせず、まるで彫像のように立っている。

 彼らが一流の騎士であることは疑いようもない。


 小綺麗に纏まった部屋は大貴族のものとは思えないくらいに実務的なもので、

 ここで長い時間、事務をしていたことが理解できた。

 体調が優れないことが多くとも仕事を欠かさない人物だったのをイセリナは知る。


 ベッドには無表情に横になる自分とそっくりな娘がいた。

 似ているのも当然だ。

 イセリナは、彼女を最大限模して作られているのだから。


「お久しぶりです、メリアティ」


 返る言葉はない。


「……折角なら、貴方とお話がしたかった。

 恨み言なんかじゃなくて、普通にお話がしたかったのです」


『恨みがない?

 馬鹿げたことを云うではないか』


 明確にどこから、というわけでもなく、声が響く。

 その声はイセリナのみならず、邸にいる全ての存在の耳に届いていた。或いは、頭に直接響くような。


 むくりと立ち上がったのはメリアティではあったが、その立ち上がり方は人間のそれではない。

 まるで糸で吊るされた人形のように起き上がったのだ。

 直後に彼女の周りから闇と影の霧かもやのようなものが走る。


「メリアティ様!?」


 騎士たちは流石にその様子に狼狽を見せるが、次の瞬間、メリアティの影から現れた無数のトゲが騎士たちを貫かんと動く。

 だが、騎士とて一流。とっさの一撃でぼうっとして命を落としたわけではない。

 イセリナを守るように動き、別のものはイセリナを抱えるようにして扉へと飛ぶ。

 やるべきことは完遂しながらも、騎士たちは全員がトゲに穿ち、殺された。


 扉は獣人の手によって破壊され、騎士とディバーダンと共に強引に入室する。

 ディバーダンとケルダットはイセリナを守るように立ちふさがる。

 入り口にいた護衛は状況をすぐに判断し、三人を外へと向かわせようとする。

 再びトゲが襲い来るが、入り口の騎士は仲間たちがいかにして命を落としたかを瞬発的に判断していたようで、盾と剣を使い、うまく攻撃を逸らす。


「お三方、お急ぎを!」


 その声に三人は外へと向かおうとする。

 後ろでは騎士の断末魔が聞こえていた。


 この日、トライカに発生したのは意思ある闇。

 多大な死傷者を生み出す闇と影の怪物はトライカを支配した。


 闇の名はダルハプス。

 己こそがカルザハリ王国をも為し得なかった統一国家を作り出す、新たなる神であると宣告した。


 いつも感想、誤字(誤用)報告、評価などで応援してくださってありがとうございます。

 再び作者の資産金属が底を叩いてしまいました。

 兄弟たちの優しい声援のお陰で本作への意欲には火が点きっぱなしですが、補充のためにいっとき離れさせていただきます。


 再開は二週間後、12月16日の00:00を予定しております。


 ちゃーんと帰って来るから安心して待っていてくれよな、兄弟!

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― 新着の感想 ―
[一言] 兄弟、俺たちは待つことしかできねえ。 でもそれがきっとお前の力になるって信じているつもりだぜ。 へへ、底辺の言葉の軽さなんて兄弟が一番知ってるとは思うけどな、まぁ枯れ木も山の賑わいって言う…
[一言] 待ち遠しいがゆっくり掃除でもしながら待ってるぜ 体調に気を付けるんだぞ兄弟
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