009_継暦141年_春/08
よっす。
助けた理由の返答に窮するオレだぜ。
「強いて言うならキレイな人が乱暴されるのを見ていられなかったから。
理由になるかな、これ」
内心の口調はいつも通りなんだが、一応外見通りの語りにしておくか。
媚びってやつさ。
おっさん臭い口調のガキなんて可愛げもないからな。
「貴方も、その……」
賊なのでは?
そう言いたいらしい。
しかし、口に出さないのは命を救ってくれた相手であるがゆえか。
であれば、こちらから自分の立場というものを表明しておくべきだろう。
賊に生まれ変わってしまうだけで、賊というものにプライドがあるわけでなし。
「生まれは選べないけど、その後の行動くらいは選べるでしょ」
彼女はどうやらレッテルを貼りかけたことを恥じた様子だが、そこに声がかかる。
「イセリナ!大丈夫か!……ここにも賊がいたか!」
庇うようにしながら大剣をオレに向ける。
あんなでけえ武器を片腕で持つとかどんな筋力だよ。
そりゃあカシラとその自慢のご友人たちが壊滅させられるわけだ。
「待ってください、ガドバル!
彼は私を助けてくれたのです!」
「助けたって、賊が……──いや、そうか。
早とちりしちまった、すまねえ」
「いや、賊なのは変わりないから」
ガドバルと呼ばれた男は微妙に噛み合わなかった会話に疑問符を浮かべつつも、
周りの賊を全滅させたことを彼女へと報告した。
ああ、彼らがオレに「賊なのに」と言いかけてしまうのはそれだけ世間様じゃあ賊ってのが問題となっているんだよな。
だから正しいのはあちらさんだ。
オレが同じ立場でも賊が人を助けたなんて言われたって、
後々になったら、『騙して悪いがこれも食うためなんでな』ってなるに決まってるだろと疑う。
そう考えれば疑わず、むしろ謝罪してくれた彼らの善性に拍手を送りたいね。
「とりあえず、こっちの一党との合流を頼む。
……小僧はどうする?」
小僧、つまりオレのことだ。
ガドバルは見たところ二十代後半くらいだろうし、オレは十代前半。小僧扱いもやむなしだよな。
「お礼もしたいから、付いてきてくれないかしら」
どうしたものかと思っているとイセリナが誘いを掛けてきた。
「うん」
謝意と誠意は素直に受け取っておく。
どうせここにいても仕方ないしな。
ガドバルの一党は僧兵っぽいのが一人、斥候っぽいのが一人、そして前衛の(大剣使いの)ガドバルで構成されているのは拉致前に確認した通り。
あんまり護衛向きな一党とも思えないが、構成以上に実力が高いか、イセリナと呼ばれた金髪の君に信頼されてるってことだろう。
馬が拉致に至る過程で殺されたので徒歩での移動。
ここからなら半日ほど歩けば都市に到着できるはずだ。
「あの、君は……」
僧兵の少女……いや、少女といっても今の肉体で言えば少し年上であろうが、ともかく彼女が声をかけてくる。
が、言葉尻が詰まる。
なんと呼べばいいか困ったのだろう、まさか『賊くん』と呼ぶわけにもいかないだろうしな。
こういうとき呼ぶのに困らない職能があれば便利なんだろう。
ガドバル相手なら『戦士さん』とかって言えるものな。
「えーと、名前言ってなかったね」
名前か。毎回困るんだよな。
適当な偽名でよかろう、適当なもので。
前に名乗った名前は前回冒険者登録したんだったよな。
被ったところで問題もないとは思うが気分は気分。
多少なにか加えておくか。
といっても、何を加える?何がここらにある?……周りをちらりと見ると朽ちた立て看板の残骸がある。
掠れて読みにくいが、ヴィルなんたらと書かれていた。
目に付いたしお借りするとしよう。
「ヴィルグラム」
オレの名前はそういうことになった。
「貴族みたいな名前だな!」
ガドバルが茶化すように。
「名前くらいは見栄を張りたくってさ。
身なりは賊でも心は王族さ」
言われて見れば確かに偉そうな名前だったので、そのように誤魔化す。
長く賊として生きて死んでいると言い訳ばかり上手くなるもんだ。
オレの言葉にガドバルは馬鹿笑いして「気に入った!」と背中をバンバン叩いた。
「ええと、ヴィルグラムくん」
僧兵の子だ。
戦闘中はその武器無しスタイルばかり見ていたので気が付かなかったが、
淡い水色の髪の毛にくりくりとした瞳が愛らしい。
賊は彼女を狙わないわけもなさそうだ。
しかし賊が群がりそうな少女だというのに武器を持たないのって、
もしかして彼女がデコイ役に徹して、攻撃手の二人が敵を倒す戦術を取るため……とか……いやいや考え過ぎか。
考えを飛躍させている場合ではない。
名前を呼ばれたからには反応せねば。
無視していいのは賊の怒号だけだ。
「ヴィーでいいよ、そう呼ばれてたから」
今決めた名前なのでそう呼ばれたことなんてあるはずもないのだが、
長すぎる名前は呼ぶのも呼ばれるのも大変だ。
「そ、そう?じゃあヴィーくん。
一つだけ請願をかけてもいい?」
少し焦ったような、困ったような風にも見える。
いきなり愛称で呼べってのは馴れ馴れしい態度過ぎたか。
賊とは違うコミュニケーションの距離感ってのは難しい。
「いいけど、どんなの?」
「その……ごめんね」
彼女は申し訳無さそうにしながら、
「街に入るから清潔にしておいたほうがいいと思うから」
端的に言うと「お前、ばっちいぞ」と。
そりゃあまあ賊なんてばっちいよ。風呂に入るなんて贅沢しないし。
んで、『請願』ってのは不思議な力だ。
文字通り特定の結果を祈ることでそれが発揮される。
自分の肉体が持ち得ない力を行使することができる不思議な力で、当然だが賊には縁遠いしろものだ。
彼女が身の穢れのことを言ってきたということは、
体やら衣服やらを清潔にする祈りを掛けてくれるということだろう。
「綺麗にしてくれるってこと?
それなら掛けてくれるなら嬉しいな」
「うん、それじゃあ……」
祈るような姿勢を取り、彼女は「《払拭》」と祝詞を唱える。
変化を感じられるのは顔のこわばりや髪の毛の重さだ。
風が吹くと髪の毛が揺れるようになった。どんだけ風呂に入ってなかったんだろうな。
「ありがと、えーと」
「フェリシティだよ、名乗り遅れてごめんね」
「ありがとう、フェリシティ」
「長かったらフェリでいいからね、ヴィーくん」
素直に好意を受け取る人間が珍しいのか、オレの感謝の言葉にフェリは微笑みで返してくれた。
「流れに乗って拙者も名乗っておくでゴザル」
全身をフードやらマントやらで隠した正体不明の人影。
声からすると女性だが、実態は不明だ。
「拙者はニチリン、斥候をやっておるでゴザル。
見たところヴィーは武器を帯びておらぬ様子だが」
ニンジャ?スカウトじゃなく?
ニンジャってなんだ?
が、質問に質問で返しても不毛だよな。
「ああ、助けるときに投げてそのままだった。
あと一回二回も振れば壊れそうだったし惜しくもないけど」
「投げる!」
ほうほうと興味深げに頷くニチリン。
「もしかしたなら拙者と同じような技巧を持っておられるのかもしれぬでゴザル。
よければこれを持っておくとよい」
手渡されたのは変わった形の刃物だった。
握りがなく、刃だけで構成されている。
「これは?」
「拙者の『さいどあーむ』でゴザル」
そのサイドアームとやらが三つ。三枚と数えるべきなんだろうか?
「戦輪という奴でゴザル。
上手く当てれば大体真っ二つになるような力が込められているのでゴザルよ」
「ニチリン、いいの?」
フェリが確認をするように。
見るからに不思議な力が込められているのがわかる、つまりはそれなり以上の値打ち物というわけでもある。
賊のオレが目利きと笑われるかもしれないが、
むしろ賊だからこそ襲って逃げるまでの時間を短くするためにも目利きは勝手に成長していくものだ。
とは言え、超常的に色々なことがわかるわけではなく、何となくいいものなのだろうなあとか、
何か力が秘められている気がするけどなあ、くらいのことしかわからないので大ぴらに目利きができるとは言えない。
「はっはっは!我らの攻撃手の尻拭いをさせてしまった事実は消せない罪でゴザル!
せめてもの礼として受け取られよ!」
「ありがとう」
こいつはいざというときの奥の手になりそうだ。
……まあ、オレがあっさりとくたばらなければ、だけど。
「オレもなんかヴィーにやりてえが、お楽しみはこの後に取っといてくれ」
「なんか悪いね」
「リンも言ってたろ、お前がいなけりゃイセリナを守れなかったかもしれねえ。
油断してたわけじゃないが、こんな都市の近くであの数を揃えられるなんて思ってもみなかったんだ」
カシラが頑張ったからね。
賊ってのは本来ああいうことをするような手合は少ない。
ある意味であのカシラは特異な才能があったと言えるんだろう。
もしも賊が今回のように団結することを「有効だから普通にその手段を取る」なんてことになったらヤバい。
蹴散らされるばかりの賊ではあるが、数だけは半端じゃない。
賊同士であったり、拐ってきた相手であったり、ともかくそうして産み落とされた賊二世が生まれる時代に入っている。
ただでさえ世相として賊に就職してしまう連中が増えている傾向があるってのに、
自然発生するが如くに賊子供が溢れる時代に突入しつつあるのだ。
冒険者たちは賊がいるなあ、くらいのものでしかないだろう。
いや、多くの人間が賊が増えていることに気が付いていないのかもしれない。
増えているという実感は賊だけの、或いはオレだけしか知らないことなのだろうか。
「こんなことなら途中で臨時してくれた子たちと分かれるべきじゃなかったかも……」
「後悔は尽きませんなあ……」
どうやら彼ら以外にも護衛がいたようだ。
しかし、ここにいないということは先に戻らせたのか、それとも。
一党が反省会ムードになりそうになったところで、イセリナは――
「でも私は無事ですから!
皆さんのおかげですよ!」
「ああ、オレだけじゃあの場しか切り抜けられなかったから、オレからもお礼を言わせてほしい」
と、オレの言葉はちょっと空々しい弁護かもしれないが、それでも一党は慰められたという自覚からお礼を言ってくれた。
善人の一党だ……。
賊ばっかと付き合っているとこういう場が新鮮で良いんだよなあ。
ああ、それと少しばかり考えも変える必要がある。
三人組で女を二人侍らせてるような奴は、なんて言ったこともあったが例外はあったな。
色眼鏡で見るのはやめよう。