085_継暦136年_冬/A07
よお。
荒くれた賊の包囲と襲撃を遠巻きに見ているオレ様だ。
うんうん。うまくいっている。
護衛どもが馬車を守るために出て、そして馬車は包囲の穴を衝いて逃げ出している。
包囲から抜け出した先にはオレと、選りすぐりのヤバい賊がお待ちかねだ。
馬車以外を包囲から漏らさないように動く賊ども。彼らの働きは見事で、上手く分断している。
ただ、その状態でも簡単には討ち取られていないのもわかる。護衛の腕前は中々のもの以上だってことだね。
あの荒くれものどもは、ここですっきりきれいに護衛の手で終わらせてくれるだろう。或いは、オレも含めて。
「ひゃっはー!」
「止めろ止めろ止めろ止めろ!馬車をォ!止っめろォー!」
流石、厳選したヤバい奴らだ。
馬車に突き進んで何人かは轢き殺された。
更に何人かが馬車を止める。
何がヤバいって、馬は殺してない。
賊として商品になりそうなものを殺したりしないって冷静に判断をしているわけだ。ただただ狂っているわけじゃないのが恐ろしい。
馬車の扉がゆっくりと開く。
身なりのいい男だ。年齢は結構な老齢。
両手を上げて抵抗の意思がないことを示していた。
「……わ、私が誰かわかっているのか。
私はビウモード家に雇われたイミュズの魔術学し」
「知らねーッ!!」
一人がいきり立って彼を殺してしまう。
学術の都市としても高名なイミュズって名前を出したのがよくなかったのか、学者ってのがよくなかったのか。
怒りの琴線がどこにあるかわからない。
馬はすぐに売れる。最悪食事にもできる。
だが、男である被害者そうはいかず(下手人にそういう趣味はなかったらしい)、
しかも老齢(扱いが難しい)。
そして学識がある(ムカつく)。
だから死ね(結果)。
シンプルな構造だ。
文化的な場所ならその頭脳に値段を付けたかもしれないが、ここにいる賊はとびきりの脳筋野郎たちなのだ。
「おかしらあ、馬車の護衛どもが戻ってきましたぜえ。
相当減っているみてえだが、残ってるだけあって中々骨の太そうなやつらっすねえ!」
「あ!あの外套に刻まれている文様、俺は知ってるぜえ!
実験のためならなんでもするって連中だ、賊仲間も何人もさらわれてエグい目に遭わされたって噂もあるぜ!
ところで実験ってなんなんすかね?」
「どうやって噂になったんだよ!」「知らねーッ!ぎゃはっ」
有益な情報が彼らの口から出ている気もするが、彼らも理解して喋っているわけではないだろう。
完全に聞き流すではないが、問い詰めても無駄なこともわかる。
何より、ここまで追い詰めりゃ大丈夫だって思ってたけど、護衛もやるもんだ。
とはいえ、腕利きの護衛たちがこっちに来ているのは嬉しくない報告だが、ただの賊であれば絶望的な状況だが、こいつらは違う。
残っている全員に号令を出す。
「包囲から抜け出してきた外套付きとかも来ましたぜえ!」
「関係ない!殺してこい!」
オレの号令に喜色をあらわにする賊たち。
「ういーっす!」「仲間の仇だぁ!誰か覚えてねえけど!」
「ひゃっはー!」「殺しだあ!」「身ぐるみも皮も骨も剥ぎ取ってやるぜえ!」
賊が言ってたこと、つまりは拐って実験と称してエグいことをしているってのは気になる。
とはいえ、護衛を捕らえて尋問するなんて高等技術をオレを含めて賊ができるとも思えない。
こうなりゃ馬車をいただく準備をして、ヤバい賊が全滅したのを見計らって逃げるとするかな。
であれば、まずやるべきは馬車のチェック。
御者はすでにいない。逃げたあとだ。
殺された学者だかの死体を避けて、中へ。
かなり広い。
だが、そこにふんぞり返っている貴族や、怯えている貴人がいたりはしなかった。
予想していた人物の代わりに一つの人影があった。
金色の髪を長く伸ばし、瞳には生気ってのが感じられない、一人の少女。
手枷も足枷も、首輪と縄まで付けられている。
体に傷はないようだ。
衣服も整ったものを与えられている。
だからこそ、その枷が異質だった。
「あー、……どういう状況だ、これ」
少女はどろりとした瞳を向ける。
「殺して……。もう、こんなところから……解放して……」
「なんでそんなことを」
「苦しいよ。呪いが、私を、いじめるから……とっても、苦しい」
どういう状況かはさっぱりだが、わかっていることがある。
オレはこういう状況で、こういう相手を殺せないってことだ。
彼女に手を近づけると、恐怖して固まってしまったか、目を強く閉じていた。
よほど無体な扱いを受けていたことがそれだけでわかる。
呪いか。
どれほどの苦痛をそれによって与えられているのだろう。
出会ったばかりのオレにはそれを斟酌してやることはできない。
枷に手を触れる。
偸盗の技巧がオレにこれをどうすればいいかを教えてくるようだった。
彼女の枷や、或いは彼女に触れると膨大な情報が頭に流れ込んでくる。
膨大な数の付呪が刻印されている。
身体能力の低下やら、体内によくないものを取り込むような呪いやら、娘一人を動かさないでいるためにはやりすぎなほどに。
例えば制御。
人間一人の動作をあれこれと指示するためのもの。
魔術や請願の知識に深い造詣があるわけじゃないから正確ではないだろうが、この制御関連の果てにあるものが『隷属』なのかもしれない。
彼女は隷属されているわけではないが、刻印された制御の力が彼女の動作を支配しているようですらあった。
わからないものに触れるのも怖い。
理解できている範疇で、なおかつ変なことにならないものに的を絞るべきだろう。
つまりは制御にぶら下がっている束縛の付与術などを対象にするのがいい。
そうしてオレは束縛に関わるものを片っ端から機能を停止させていく。
機能が切れると足枷、手枷、首枷がその戒めの力を失い、あっさりと外れた。
苦しさも少しはマシになるといいが。
「これで自由だよ」
「自由……?」
「なにかしたいことはある?……って聞きたいところなんだけど」
馬車の窓から外を見ると、賊が次々と片付けられているのが見えた。
いつのまにやら馬車の包囲を崩そうとしている、外套付きの護衛たちの実力は確かなものであるようだった。
「このままってわけにもいかないよね。
君はこれからどうしたい?
あの護衛に保護されたいならそれでもいい。
もしくは、オレ様と一緒に来るか。
一緒に来るってなら、多少は自由の楽しさがわかるかもしれないよ」
「……自由。
知りたい、それを」
それを聞ければあとはやることは一つ。
彼女を抱えると、オレは一目散に森へと逃げ込む。
この辺りのことなら既に廃砦で予習済みだ。
案外、勤勉だろ?
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活力の水薬を口にしながら、狼人の大男は周りを見て、愚痴を吐いた。
「こいつら、ただの賊じゃあない。
イカれているが、実力も半端じゃなかったな……」
この集団を動かす上で、代理として立てるために騎士の称号を与えられた男、それがこの獣人であった。
ビウモード伯爵に叙勲されたからこそ仕えているが、彼が従うのは忠義によってではなく金銭によってのみだ。
代理とはいえ、それでも騎士に任ぜられるのは彼の実力と経歴あってのもの。
もしも彼が忠義を持っていれば行動騎士にも任命されていたかもしれない。
実力はそれほどに高かった。
彼──獣人の騎士ケルダット──は自分と同じく、金で雇われたものたちを見やる。
随分と数を減らされた。
誰も彼もがケルダットが自ら人事をした傭兵であり、高額なだけあって、実力は十分だったはずだ。
「こっちは何人持っていかれた?」
「七人だ、そのうち息があるのは三人」
戦闘中に四人も取られるのは異常な事態だとケルダットは思う。
彼は各地で転戦する中で、大いに評価されたのが人を見る目である。
正邪の判断ではなく、実力に関しての観察眼だ。
その観察眼によって選びぬかれた護衛が、戦闘中に四人殺された。
相手は戦闘中であってもきっちりと相手にトドメを刺すまで持っていける実力があるということである。
「そうか。ではそいつらは殺せ」
「いいのか?」
「こっちは金で護衛と口止めの両方を依頼されているんだ。
怪我をなんとかしてやって、それで生き残られて、でも戦えないから情報を売ろうなんて思われてみろ」
「ああ、確かに……」
怪我人までもを殺し、死体は適当に転がして道の外れに捨て置いた。
それに目もくれず、ケルダットは考えを取りまとめていた。
「男爵同盟か、その息が掛かったものかと思ったが、こんな危険な奴らを雇うほど人間にゃ困ってないはずだ。
……おい、馬車は!」
「ダメだ、ナウトン博士は死んでいる」
ナウトン。
正直な話、馬車を守っていた腕利きたちは好いていなかった。
そもそも、ナウトンが彼らを嫌っていたのもある。
学者肌と言えば聞こえはいいが、彼は明らかに学者以外の人間──伯爵すらも見下していた。
ただ、彼にはその不遜が許されるだけの学識があったし、実績も挙げていた。
それでも、普段から彼が傭兵たちと気さくに対応していれば生き残っていた可能性がないわけではなかろう。
ともかく、傭兵たちはいずれも彼の死を悲しむことはなかった。
「そっちはまあ、依頼に含まれてはいるが本筋じゃない。
もう一人のほうは」
首を振る。
つまりは逃げられたということだ。
「クソッ、だから馬車の中にも護衛をいれておけといったのに、この有様か」
ナウトンは武力を毛嫌いしていた。
平和主義者というわけではなく、単純に武人たちを見下していたのだ。
その差別意識が護衛も近くには置かせてなかった。そして、それこそが彼の命を奪ったかもしれなかった。
周りを見渡す。
ここは森を貫くようにして作られた交易路だ。
ただ、道の先には交易でろくな売上が立たないような場所ばかりであるため、ひと気がない。
であるのに、集中しても逃げれば発生する木々が擦れる音なんかは聞こえなかった。
襲撃者は何者かはわからないが、目的はわかる。
嬢の奪取だ。
嬢と呼ぶのは護衛たちがその人物の名前を教えられていないからだ。
流石に依頼者によって「彼女は重要な人物だ」と言われている以上は「オイ」とか「そこのお前」なんて風には扱えない。
名前を聞いてもナウトンが何も明かさないため、やむなく嬢と呼ぶに至っているだけだった。
ケルダットはビウモード家の秘事に関わる『大きな問題』に必要な鍵となる人物こそが嬢であったと内心で推察していた。
襲撃者はどこでそれを知り得たのかはわからないが、
少なくとも、嬢を狙い、奪う計画を立てるだけの情報を集める能力と、それを完遂するだけの実力があることだけは確かだった。
代理とはいえ騎士として受勲されることなど含めて、破格の扱いではあったが、それでもケルダットは厄介な仕事を受けてしまったなと後悔していた。
あれほどの賊を集め、全滅するまで戦い続けるようなカリスマを持っている首魁とは何者なのか。
「もうだいぶ遠くまで逃げられたか」
強力な襲撃者に、装備のない状態で森に行けないという事情。追跡を諦めるには十分な理由だ。
報告を優先するべき正しい状況だとケルダットは判断する。
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『ヤバい賊は、それだけヤバかった』
ヴィルグラムやケネスが考えていたヤバさは、それよりもヤバかった。
そのヤバさが何かといえば、死ぬまで戦ったことだ。
彼らを従えていたヴィルグラムもそこまでヤバいとは思いもしなかった。
彼らは狂ったように戦い、ケルダットたちに大いなる被害を与えた。
勿論、賊にそれだけの忠義があったわけではない。
彼らは戦いになって、頭に血が昇って、死ぬまで冷静でいることを忘れていただけだ。
だが、そんな事情をケルダットが知ることはできない。
彼らは金で雇われた傭兵でしかないが、誰もが戦闘経験も、技量もそこらの騎士を上回っているという自覚があった。
であるのに、蓋を空けてみれば七人が殺されたことになる(若干名は自らの手で処刑はしたものの)。
「このまま追いかけてなんとかなるとも思えんしな。
一度ビウモード伯爵に下知いただくほかなかろうさ」
嬢と、それを連れ出したものが逃げたであろう森を見やる。
「嬢を連れて行った奴がどれほど強いかもわからんのに、行く勇気があるやつがいるのか?」
ケルダットと同じ方向を見ていたものたちは小さく笑う。
「まさか。
そこまでの金は貰っていませんや」
「あんな賊を纏めているカシラだろ、どう考えても割に合わないですな。
ケルダット隊長、ソイツを追えって話になるならボーナスの交渉期待してますよ」
金次第で命も捨てる。
傭兵として生きるというのは、そういうことだ。
「ビウモード伯爵閣下は俺たちの生き方ってのを理解してくださっているさ。
ボーナスもきっちり出るだろうよ」
契約した依頼内容には『全滅の恐れがある相手に対しての逃走権利』を盛り込んでいる。
それでも行動騎士のドワイトやヤルバッツィは嬢を奪われたことを激怒するだろう。
だが、ケルダットには関係のないことだ。
命をかけて守れというのならば、もっと金を積むべきだっただけだ。
(……積めないわけはなかったはずだ。
ここ最近はトライカも商業的に盛り上がっていると聞く。
商業的な成功度合いで言えばルルシエットには及ばずとも、ビウモードは相当の収益を挙げているはずだ。
だというのに金を積まずに逃げる権利を許していた)
路肩に転がされている死体の一つ、ナウトンに目が行く。
扱いにくい偏屈な学者。
彼と嬢がイミュズに向かうのにはそもそもビウモード伯爵は大いに反対した。
お互いに譲れない一線があるからこそ言葉での殴り合いに発展しているのをケルダットは知っている。
ビウモード側は嬢を外に出したくない、秘密にしておきたい。
ナウトンは研究のためにか、研究者の名誉のためにか、イミュズまで連れていきたい。
結果として、どうやら嬢に何か細工を施すためにはイミュズに行くのが必要であるという証明を出されたのか、
伯爵家はナウトンの意見を飲んで、現状に至った。
(ナウトンが殺されるまでが計画だったんじゃないのかね)
いや、計画とも思えない。
なにせあの賊だ。爵位に従うとも思えない。ああいうのが従うとしたなら同じ賊だけであろう。
(……偶然の戦いだった可能性もあるのか。
つまり)
ここから更に進めば伯爵が雇っている暗殺部隊が潜んでいる可能性もある。
伯爵とあれほど派手に言い争いをしたのだ。
貴族が名誉を汚されたとでも思えばどんな手を使ってでも報復するだろうとケルダットは思っていた。
或いは、嬢に関する何かしらの研究に目処が付いたからこそ、口を封じる予定がそもそも存在していた可能性もある。
どうあれ、この先に進めばそうしたことに巻き込まれる。そんな予感がケルダットにはあった。
「賊が再来しないとも限らん、戻るぞ」
その辺りのことは気がついていないことにすればいい。
杞憂の可能性だってある。
ただ、ケルダットは帰路は護衛中よりも神経を尖らせて移動した。
傭兵は金次第で命も捨てる。
ケルダットもその意識は騎士となっている今も捨ててはいない。
だからこそ、金にもならない暗殺者との戦いや、まして暗殺者に口封じされるなどごめんだった。
金にならないことはごめんだ。
ケルダットは模範的な傭兵であり、それ故に今日も生き延びた。
この道の先では、確かにビウモード伯爵が雇った殺手が待ち構えていたのだから。




