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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
却説:逍遥周回

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82/200

082_継暦136年_秋

「ザールイネス公爵閣下」

「公爵の位はもうないよ」

「とはいえ、その知識や技術は有しておられるのでしょう。

 それは公爵の位を持つことに等しいものです」

「……とてもじゃないけど、ご先祖様が残した全てを理解し扱えるほど私は優秀じゃない」

「ソクナ様を殺し、名を奪った魔術士であるあなたが優秀ではない?」

「そんなことまで調べているんだ。

 優秀なんだね、管理局は」


 優秀だ、というのは手放しで褒めているわけではない。

 危険視や不快感などもないまぜの上での称賛ではある。


 見るものが見れば、二人の視線がぶつかり合って見えざる火花が散っていると映るかもしれない。


 爵位を持つものにはありがちな話ではあるが、個というものが複雑になりがちである。

 現在においてソクナと呼ばれているその人物は幼名でハルレーと名付けられており、

 ソクナの名は、幼いハルレーにあてがわれていた教師役をやっていた冒険者のものであった。


 冒険者ソクナは旧公爵家の持っていた知識を求めて潜り込んでいた。

 結局のところ、その企みは弟子であるハルレーによって明かされ、その手で殺された。

 ハルレーにとって幸運だったのは、ハルレー自身が冒険者を追い詰めたのをみたものはなく、ソクナの荷物一式がひとまとまりになっていたことだった。


 公爵家からも、ソクナからも教えを全て吸収していたハルレーは以後、ソクナとして活動をはじめる。

 タグは他人のものであり、それを使ってすぐさま成り代わることなどはできないが、

 それでも、抜け道はある。

 多少の時間は掛かったものの、ハルレーはソクナとして生きることに不便はなく、冒険者としてギルドから依頼を受けられる状態ですらあった。


 生来好奇心旺盛だったハルレーはソクナとして活動する中で罪を犯すことも多く、やがて投獄されることもあったが、それを破り、それが数度に渡った辺りから『破獄』の二つ名を与えられることになる。


 それらのことをヘイズが語ると、一段ソクナが構えているその警戒心が高まる。


「冒険者ソクナではなく、ザールイネス殿としてお伺いしたいことがあります」

「……なんだい」

「彼に執着はありますか?」

「そりゃあ、あるさ。

 約束をしたからね」

「あなたがソクナの身分ではなく、ザールイネス殿として協力してくださるなら、

 再会の可能性を提示できますがいかがですか?」


 ヘイズはその長年の人生から自らの感情や態度を偽ることを武器とすることができていた。

 かつては西方のエルフ、その姫君であったが、管理局の一員として過ごした時間のほうがもはや長くなっていた。


 主であるライネンタートすら危険視、或いは恐怖や畏怖にも似た感情を向けていた相手であるザールイネスに対して、内心では焦燥感にも似た感情が心を熱とともにいぶしていた。


 交渉や外交、或いは(はかりごと)に関して上回れるものは未然王を除いては存在しなかった。


 宰相はザールイネスとの関係性からも上回る必要がなかったからこそ、対等であったが、

 管理局の人間相手には常に恐怖を与えるに十分な行動を取り続けていた。


 今のザールイネスはかつてのそれではない。

 経験の薄い子供でしかないはずだが、その天才性は十分に受け取ることもできたし、

 破天荒さにおいては『破獄』の二つ名を持つ時点で十分と言えた。


「……わかった。

 けど、家を継いだ覚えはないから、呼ぶならせめてハルレーと呼んで欲しい」

「承知いたしました、ハルレー様」

「それで、彼にまた会えるっていうのは」

「説明をする上で、お聞かせいただきたいことがあります。

 閣下は造成種(オートマタ)の話について、耳にしておられますか」


 人形、人造生命などとも呼ばれる存在。

 概要についてはハルレーも理解している。


 ただ、ここでの質問はそうしたことではないだろうし、ハルレーもまたソクナとして動いていたときに聞いた噂話くらいはあった。

 そもそも、それこそがこの生命牧場を探すきっかけでもあったからだ。


 ───────────────────────


 継暦135年、秋。

 季節は晩秋の気配が深まっていた頃。


「久しぶり」


 軽薄な笑みを浮かべて当主の部屋に入ってきたのはハルレーである。


「ハルレー、おかえりなさい」

「……つまんない反応だなあ」


 公爵家は王国が滅びるとき、共に消えたとされている。

 しかし、ザールイネスの血統そのものが潰えたわけではない。


 王国の晩年に彼女は自らの血肉と忌道を使って子を儲けることすら可能となっており、

 そうして作り出された(彼女が主体となっている)ザールイネス一族は公爵家と切り離される形で存続した。


 公爵家が本当に残しておきたかったものの全ては彼らこそが管理を命じられて。


 彼らは表向きではザールイネスと名乗らず、辺境にて静かに暮らしていた。


「我ら一族がニチリンのものと手を結んでいるのは知っているでしょうに」

「バレないと思ったんだけどなあ」

「それだけ派手なことをしておいて、よくもまあ」


 ハルレーと話しているのは淑女だった。

 顔立ちはハルレーとよく似ている。顔立ちは、だが。


 彼女はかつてはグラマラスな美女だったのだろうが、年を経た今ですら十分な艶やかさを持っていた。

 老齢と言っても差し支えないはずの女性ではあるが、生物として備える魅力はときとして年齢というものを超えることがしばしばあった。


 つまり、ハルレーにとってコンプレックスの根源こそが彼女──このときのザールイネスであった。

 勿論、ザールイネス公爵その人ではない。血肉と忌道によって生み出された子の、その血裔である。


「ニチリンの情報収集能力は本物だったってわけだね」

「ええ。かつては公爵閣下と独占契約を結んでいた一族ですからね」

「……で、戻ってこいって符丁を出したのはなんで?

 あなたがようやく死んだと思って帰って来たのに、ピンピンしているし」

「見た目ほど元気ではないのだけれど、それはいいでしょう。

 そこの机にあるものに目を通してくれるかしら、ハルレー」


 ハルレーが唯一、黙って従う相手こそザールイネスであった。

 渋々置かれたもの──書類に目を通す。


「冗談でしょ?」

「冗談なものですか。

 書類にある通りですよ、ライネンタートもボーデュランも既に墓穴から這い出て、予想もしない形で行動をしているのです」

「殺してこいって言いたいの?」

「流石にあなたでもそれは荷が重いでしょう」


 その言葉は流石に聞き捨てならなかった。

 とはいえ、そうした言葉を使うだけあってザールイネスは準備があった。


「そんなことよりも」


 そう言ったのだ。

 一族はいつか復活することを予見していたライネンタートとボーデュランに対して、そんなこと呼ばわりをした。


「……そんなことよりも?」


 ザールイネスに良いように転がされている自覚はあるが、生来好奇心が強い、というのは害意すらも封じてしまう。


「ご先祖様が残した生命牧場の位置がわかりました。

 生命牧場を何かしらの形で起動した余波でしょうね、他の生命牧場の反応を掴めたのです」

「百年以上探し回って見つからなかったのに、皮肉だね。

 ライネンタートたちのお陰で見つかったわけだ」


 ザールイネス、ボーデュラン、ライネンタートはそれぞれがいがみ合った関係である。

 ハルレーは細やかな意趣返しとして皮肉を言うが、勿論そんなものがザールイネスに通用するわけがない。


「本当にね。菓子折りでも持っていってもらおうかしら。

 ……でも、それはすぐにではない。

 あなたに頼みたいのは生命牧場の破壊です。

 特にエセルド監獄にあるものは絶対に破壊をしなければなりません」

「随分と……らしくないね。ご先祖様の残したものをありがたがるくせに」


 ありがたがられた結果が、自分を改造するなどという暴挙だ。恨みがましくもなる。


「命の扱いは人間には過ぎたるもの。

 あれの利用方法を思いつくような輩が現れてしまったなら、私たちではどうしようもなくなる」

「私が悪用するかって考えないわけ?」

「生命牧場を破壊すれば、もうあなたを呼びつけるようなことはやめましょう。

 名は引き継いでもらうけれど、それ以外に望むことはなくなります。

 好きに生きてよいと、ようやく言えるのです」


 ハルレーは十分に好き勝手に生きてきた。

 が、それはあくまで行動に過ぎない。


 心が自由になることはなかった。

 常にいつか来るであろう公爵家としての責務と、多くの仕事が襲ってくるのだと思っていたからだ。


 だが、ザールイネスは名を引き継げと言った。そして、好きに生きていいと。

 それは公爵家として終わりにしてもよいし、或いは別の道を模索してもいい。

 何をしてもいい。ザールイネスの血統のその全ての責任を扱えるという約束だった。


 ハルレーに対して絶対的な命令権限を持つものがいなくなることを示している。

 勿論、目の前の老淑女が『お願い』をしてきたなら聞かねばならないかもしれないが、それは最早命令ではないのであれば、従う必要もなくなる。


「承るよ。

 破壊した時点で後は自由にさせてもらうからね」

「ええ、勿論よ。

 でも気をつけなさい」

「生命牧場に?」

「いいえ」

「じゃあ、何に?」


 ザールイネスは代々それぞれが異なる力を発現する。

 ハルレーの学習能力やそれに紐づいた速読、速記、記憶などの力がそれに該当する。


 当代のザールイネスにおいては、妙な勘の鋭さというか、第六感というか、未来予知にも似た感性を持っていた。

 幾つかの情報を俯瞰することで生み出す、推理の結果から来るものである。


 それらの能力はご先祖とも言われるザールイネスが備えていたものであり、今ではその断片を子孫たちが覚醒するのに精一杯であるが、さておき。


「なにかあるってこと?」

「ええ。でも外したら恥ずかしいから黙っておこうかしらね」


 こういうところのあるのがまた、ハルレーが彼女が嫌いなところだった。

 妙な可愛げがあるところが憎々しい。

 つまるところ、ハルレーは母親であるザールイネスを愛してもいるのだ。だからこそ、短絡的なこともしないし、本当にひどい悪態をついたこともない。


「まあ、わかったよ。

 けど、これっきりだ」

「ええ、これっきりね」

「それじゃあ、行ってくるね」


 吐息を漏らす。

 ザールイネスは「この一件で運命的な出会いをするかもしれない」とは言えなかった。

 そうでなければただの妄言である。


 しかし、管理局どもの動きを予想しているザールイネスだからこそ、その予知めいた思考は当たるだろう。

 そして、それによって我が子は心を揺さぶられることになる。


 何故か。


 それは単純なことだった。男の趣味というのはどうにも遺伝するものであるからだ。

 彼女もまた、ある意味で『彼』の被害者でもある。それも随分と昔の話だが。


 ───────────────────────


 何もかも突然やって成功するわけがない。

 突発的で衝動的な行動に見えても『破獄』のソクナとしてハルレーが実行するものは全て裏打ちと予定によって確立された計画でしかなかった。


 ハルレーは下調べをしていた。

 生命牧場について、ではない。

 エセルド監獄についてでもない。


 調べるべきは復活したライネンタートとボーデュランについて。

 正直、出てくることはあまりない。

 ただ、イミュズの学者たちがビウモードに招聘され、その中でも筆頭と扱っていいだろう学者であるナウトンはごく親しい人間にこう漏らしていた。


「管理局の怪物を出し抜くための準備をしている」


 管理局の怪物、その言葉に見合うものはライネンタートをおいて他にいない。

 それらについてのことはハルレーとして大いに学習していることだった。

 長い沈黙から目が覚めた管理局がすぐさまアレコレと手を伸ばせるとも思えないし、目を覚ました理由もあるはずではある。


 調べを進めると、管理局再起の協力者はビウモード家であり、それらは生命牧場を幾つも漁って『なにか』を作り上げようとしていた。


 そのなにか、というのが『造成種』だ。

 何のために今更、オートマタづくりなどしているのかはわからないが、

 母親であり、当主でもある人物から依頼されたエセルド監獄に存在する生命牧場の破壊、そこに眠るものこそが彼らが求めているものであることはすぐにわかった。


 そこからは時間との勝負だった。

 ハルレーは監獄でもそれなりの立場の人間を買収し、牢獄に入れられる約束を取り付ける。

 そうした依頼は監獄側では少なくない。

 外で悪さをしたものが逃げる場所として使ったり、牢獄に入り、脱獄し、他の囚人を暗殺したりと、出入りに関しての注文はそれなりにあるのだ。


 ただ、オーダーしたのは個室であり、誰もいない場所でといったはずなのに、そこにひとつのものがあった。


 それは目を奪われるような美しい少年の姿をしたものだった。

 暫し、観察しているとそれは突然に心臓を打ち、息をし、目をゆっくりと開いた。


 そして、きょとんとした表情を浮かべていた。

「マジで誰?」と言いたげに。

「マジで誰?」はこっちのセリフだったが、そんなことを言っても仕方ない。


「やあ、先輩。

 ぴくりとも動かないから置物かと思っていたところだったよ」


 ともかく、ハルレーはハルレーとしてではなく冷静沈着で不可思議でときに凶暴なトリックスター、『破獄』のソクナの姿勢を取ることができた。


 ───────────────────────


 ともかく、きっかけは造成種であった。

 それを止めるために急ぎ生命牧場へと進み、ローグラムと出会い、そして喪った。


「造成種の話について、耳にしておられますか」


 ヘイズの言葉に対して、


「勿論知っているさ。だからこの生命牧場の機能も、技術も、知識も破壊した。

 何も残っちゃいないよ」

「ええ。

 ですが、我々の求めているものはそれではありません」

「……じゃあ、何を求めているんだい」

「屍術や忌道に関わるものを破壊しに訪れるであろう、あなたを求めに」

「誘い文句にしてはパンチが弱いかな」


 殺し屋や始末屋を求めているだけなら、何も自分である必要はないだろう、と。


「彼について、知りたくはありませんか?

 ヴィルグラム氏について」

「ヴィルグラム?」

「ああ……偽名を名乗っているという可能性を失念していました。

 彼はなんと?」

「ローグラム、そう名乗っていた。

 ……まあ、偽名にしちゃささやか過ぎるかな。

 それで、あの人についてなにを教えてくれるの?」

「ここでの説明は難しいので、付いてきていただくことは可能ですか?」

「管理局の巣穴に?」

「ええ」

「怖いなあ」

「……そうは見えませんが」


「この亡骸はこちらで回収させていただきます。それも条件の一つとなりますが、いかがですか?」

「……」


 そっと、手に触れる。当然だが、握り返してはくれない。

 あの握手はハルレーの心を変質させるだけの威力があった。


「死体に未練はないよ」


(時折、年齢相応に嘘が下手になりますね、ハルレー様は)


 ヘイズはローグラムの亡骸を回収する。

 それは最上の丁重さで行われることであり、その所作には貴族としての教養を持つハルレーも舌を巻くほどに美しいものだった。


「では、参りましょう、ハルレー様」


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