080_継暦136年_秋/A06
よお。
監獄徘徊中のオレ様だ。
牢を抜け、そのまま地上ではなく地下へと進み保管庫で首尾よくソクナの杖や衣服を回収することができた。
勿論、オレの装備も。
といってもオレの装備に関してはこういう状況で役に立つものはない。
他に何か無いかと探していると、雑然とものが置かれている『用途不明』の棚に置かれていた剣……のようなものに目がいった。
殆どがガラクタ(人によっては宝もあったかもしれないが)だった中で、それだけが実に輝いて見えた。実際には他のガラクタと同じくらい埃を被っていたけど。
剣『のようなもの』と言ったのは、刀身部分の根本から二叉に分かれている点にあり、また刀身部分を刃と称さなかったのはそれに切断能力がないからだった。
触れればわかる。
これは魔剣の類だ。
オレのインクを吸い尽くしたあの魔剣と同じような代物。
「アルヅァの崩剣か、珍しいものがあるね」
ソクナはオレが持っている『剣のようなもの』の名を判断する。
「仰々しい名前だな」
「北方にあったアルヅァって術士の一門が作った代物で、魔剣だとかって言われる一種だよ。
王国があるよりも昔の時代の、まさしく遺物だね。
今でも動作するものがないわけじゃないらしいけど」
ソクナが『少し貸して』という感じで柄と手に触れたので、剣を渡す。
その手から燐光が漏れる。恐らくはインクを流し込もうとしているのだろう。
魔術士にはそういうことができるものもいるんだろうか、それともソクナが特別なだけだろうか。
「こうしてインクを籠めても反応がないんだ。
大抵の魔剣は本領を発揮しなくても魔術や請願を行使できるものなら物自体が唸るくらいはするんだけど、
アルヅァ製の武器はこれという持ち主を定めると他の人の言うことは聞いてくれないんだ」
骨董品としての価値ならそれなりにあるから持っていくかい、と。
オレは返されたそれに少しだけ集中する。
今まで触れてきた様々な付与術が関わるようなものと同じように、扱い方に触れようとする。
見えてくるのは今までのものとはまるでことなる、複雑で、迷路のような光景であり、
それは滝のように降り注ぐ数字のようでもあり、嵐の日の木の葉のように舞い踊る文字の壁でもあった。
だが、そのいずれもにどうすればいいかがわかる。
自分の技巧への理解を深められる機会であると思えた。
全てが偸盗の力なのか。
それとも別の力が作用しているのか。
オレには判断ができない。ソクナのような眼力があるわけではない。
じりり、じじじ、と崩剣が唸りを上げる。
やがて、光が二叉の間から漏れ出て刀身を形成した。
「……先輩、なにをしたのかな」
「盗んだ」
「盗んだって、何を?」
「わからない、けど、多分……この武器の所有権のようなものを、だと思う。
正直まだ手探りだからなんとも言えないけど」
「偸盗にそんな力があるとも思えないけど……他の技巧が影響しているのかな。
それについては……って、そうだった。先輩は記憶があやふやなんだったよね」
記憶がないことはソクナも理解しているところだ。
実際には何度も死んでいった記憶はあるが、
それ以前の多くのことに対しての記憶は実際にないのだから嘘をついているわけでもない。
「その武器が使えるなら、他のものは要らないね。
下手に荷物を抱える必要もないし」
「それじゃ、いよいよ探すか。
生命牧場とやらを」
「……それなんだけど」
ソクナはオレを見る。
感情は読めない。
あえてラベリングするなら、困っている人間の表情に近い。
「なに」
「その、やっぱりここまでにしよう。ここで解散にしようよ、先輩」
「いきなり興を削ぎまくるじゃん」
「削ぎたいわけじゃないけど、……うん、隠しておくのはフェアじゃないって思って」
ソクナが語るのは、生命牧場の危険性についてだった。
かつて作られたそこは集積された知識という名の、宝物庫であった。
だからこそ、それを狙うものは後を絶たず、ゴルティアは終わらないイタチごっこに明け暮れた。
そこにソクナのご先祖様が協力を申し入れたらしい。
条件はご先祖様が集めた知識も一緒に保管すること。
そして、そこにある知識の全てを共有すること。
正直、狙っている連中とやろうとしていることは殆ど同じだったが、ソクナのご先祖様ってのは相当の貴人だったらしく、ゴルティアは信用することにしたらしい。
そして作り上げられたのが生命牧場最強の防衛機構。
時間が経過するなかで殆どの防衛力は失われたと思われるが、それでも一つだけは絶対に残っているものがあるはずだと言う。
「アンデッドだよ、先輩。
でも、そこらにいるようなアンデッドじゃない」
「何が普通じゃないの?」
「執着さ。
この生命牧場を守ろうとする意思そのものがそのアンデッドに桁外れの執着をもたらして、
この土地からインクを少しずつ吸い上げて存在し続けている」
「土地のインクを、って……そんなことできるのか?」
「できるさ。
この土地の支配者であれば、幾らでもそういう細工ができる」
「支配者?
……まさか、そのアンデッドって」
「そう。
ゴルティア卿だよ。
私のご先祖様はそれほどまでに守りたいのなら、自分で守り続ければいいじゃないかと考えて、
卿をアンデッドにしてしまった」
アンデッドとなって正気を失ったゴルティアは、それからずっと生命牧場に侵入しようとするものを殺し続けた。
やがて、ゴルティアの血統はそれが恐ろしくなり、封印をした。
エセルド監獄は拡張と強化がされ続けている。
それはここの監獄が大人気の収容施設だからってわけじゃない。
この監獄から、アンデッドと化して、莫大な力を備えた王国末期の怪物であるゴルティアを外へと解き放つことをさせぬための、封印だという。
「ソクナ、もしかして」
「いや、違うよ?
全然違う。先輩が言おうとしていることは理解できたけど、そんな真っ当な人間じゃないよ。
なにせ『破獄』だよ、私は。
そんな二つ名を与えられるくらいの悪党なんだ」
そうは言うが、ご先祖がやった非道に決着をつけるためにここまで来たのだろう。
当人がどう言おうと、オレにはその行いが正しいものだと思えたし、できる限り手を貸したいとも思った。
「わかったわかった。
それじゃあ解散ってことで」
そういってオレは目的地へと行こうとする。
つまりは、ゴルティアが居るであろう階層へと。
地図に行き方は書いていなくとも、明らかに下層への道があるであろう構造になっている部分は地図から読み取れる。
「待って、先輩。
だから、その……」
「いやいや、オレは全然大丈夫だって。
ただ、後輩が煩わしいと思っていることを片付けるのは先輩の仕事だろうなって思っただけで、
あと勝手に、こっそりとそれを片付けてサプライズにしたら面白いだろうって」
「あー、わかった!わかったよ!確かに意地を張ったよ!」
明確に困ったというか、弱ったという表情を浮かべる。
こういうやり取りになれていない、そんな風情だ。
「無茶はしないでよ、先輩。
わかったよ、本心から言えば一人でやるには少し……怖い」
「怖いもの知らずに見えたけど、意外だな」
「そりゃそうだよ。
ご先祖はとんでもない悪党で、外道で、でも魔術を始めとしたインク関連技術を発展させた大天才だ。
そんな人が作ったアンデッド、私一人でどうにかできるかの自信があるかって問われたら……」
「そうかそうか。
じゃあ、よかった」
「よかったって、何が?」
「オレ様も実はめちゃくちゃ怖かった。
そんな封印された存在なんてオレ様如きが敵うわけないからな」
「じゃあなんで」
「でも、後輩と一緒ならできそうな気がするんだ。
わかんないけど、きっとこの湧き上がるものを勇気だとかって呼ぶのかもだ」
「先輩、それは、……ふふ。
ちょっと青臭すぎるかも」
困った表情から、ようやく普段の余裕のある笑みを見せてくれた。
「だから、一緒に戦ってくれよ、ソクナ。
ソクナが怖いって思う気持ちはオレが引き受けるから、オレの恐怖は後輩が和らげてくれ」
「わかったよ、先輩。
共闘、よろしくお願いするね」
ソクナが手袋を脱いで片手を差し出す。
オレもそれに応じて、握手する。
少し体温が高い。思えば他人とこうして手を触れ合うなんていつぶりだろう。
「その、先輩。
……ちょっと恥ずかしい、かも」
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階層を下へ下へと進む。
拡張されたエリアとはいえ、もう百年以上も昔の話だ。
それも人の出入りや管理がなければ建築物の劣化は早まる。
かつてはそれなり以上に飾られていた空間も、今では石畳と石壁を晒すのみであり、
魔術によって稼働している床や天井はかろうじてといった感じではあるが、視界の確保をしてくれていた。
「知識が集まっている、みたいな話だったけどさ、それそのものはまだ存在しているの?」
「恐らく、ここの生命牧場にはないと思う」
「ここの?どういうこと?」
「生命牧場は複数あるんだ。最終的にはボーデュラン卿が運営していた生命牧場に集約されたはずだよ。
……いや、ライネンタート卿のだったかな。
とにかく、ここにあるものといえば、アンデッドの無念くらいのものだろうね」
ああ、でも、とソクナは立ち止まって、
「運が良ければ、知識を得られるかもしれないよ。
記憶喪失なんだよね、先輩は」
「ああ、自分のことも曖昧なくらいには。
でも、他人から与えられる記憶って、それは自分のものじゃなくない?」
「うん。だから知識さ。記憶ではなくてね」
まだ言いたいことの本質が見えてきていない。
それは?と会話の次を求める。
「ここにはご先祖様の知識が眠っている。
遠い未来に託すためにそれを何かしらの形で保存しているかもしれない。
そういう、知識の継承めいたことって前例がないわけでもないんだ」
なるほど。
記憶喪失だから、入ってくる記憶だったらなんでもいいよね、とソクナは言いたいわけではない。
ご先祖様から得られた知識を得ることができれば、記憶喪失を解消する手段を得られるかもしれないよと、そう言いたいのだ。
「でも、問題があると思うけど」
「なんだい、先輩」
「ご先祖様は魔術だのなんだののエキスパートなんだろ?
記憶を取り戻す手段を得たとしても、それにインクやその操作が必要ならどうしようもないぞ」
「あはは、そのときはやり方を教えてよ。
私が先輩の記憶を取り戻す手伝いをするから」
「それはありがたいね」
ありがたいが、実は別に記憶なんてそれほど重要じゃない。
願わくば、こうして先輩後輩の間柄でいる時間をもう少し長く楽しみたい。
そちらのほうがよほどオレの望みに近いことだ。
だが、それを許してくれる旅路ではない。
進んだ先の部屋で、それは起こる。
空気は冷え、悍ましい圧迫感がオレを包む。或いは、ソクナも。
「██、████……。
██████████……」
人の声。
ただ、何を言っているかまではわからない。
やがて、それほど重さを感じさせない足音とともに、部屋の奥の闇から片手に杖、片手に剣を持った骸骨が現れた。
「ゴルティア卿ですね」
「████……。██、█████████?
███、███████████████████」
「あなたを呪ったものの、その血裔です。
あなたを解放するために参じました。
それを望むでも、望まないでも……ごめんなさい、終わらせなければなりません」
「███、███████。███████。
████████████。████████。
███、███████████████……。」
ゴルティアと呼ばれたアンデッドは、スケルトン種と呼ばれるものだ。
骨だけが残り、それに意識が染み付いたもの。
大抵は会話など不可能だが、ゴルティアのように意思疎通が可能なものもいる。
ああ、意思疎通が可能といってもオレにはできない。
あくまで、ソクナのようにアンデッドと会話を成立させる特異な技術があれば可能、というだけだ。
「先輩」
「話は終わったか」
「うん。ここからは力をお借りするよ」
「期待はあんまりしてほしくないかな」
そういって、オレはアルヅァの崩剣に刃の構築を命じ、忠実なしもべのように魔剣は機能を発揮する。
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ゴルティアは理性的に話しているようにも見えた。
しかし、戦端を開いたのもまたゴルティアだった。
ソクナと何を話したかまではわからない。
ただ、わかることは今のゴルティアには意識はなく。
防衛するための装置として、オレたちに牙を剥いているということだけだった。
「██#2、██#3」
何かを唱える度にソクナの周囲には光の球が浮かび、それが意思を持っているかのようにゴルティアへと襲いかかる。
魔術だ。
しかし、詠唱らしい詠唱もない。
一方のオレは崩剣を握り、踏み込んでいた。
戦闘系の技巧はないが、手に持つ剣をどのように振るえばいいか、その理解だけはあった。
どの距離から切れば最適か。どの距離であれば相手より有利に立ち回れるか。
まるで優秀な教師が側についているかのようにして、的確な動きを選び取り、ゴルティアと斬り合う。
この場所を守り抜いてきたゴルティアの力はやはり、ただの冒険者では過ぎたる相手である。
何度も危ない場面はあったものの、その度にソクナの魔術が攻撃を払い除けてくれた。
自在に操られる光の球は威力そのものの恐ろしさも勿論あるが、ただ射出されるだけよりもよほど恐ろしいものに見えた。
ゴルティアが踏み込む。
オレも同じように踏み込む。
アンデッドの剣が振り下ろされ、それを受け太刀で応じる。
互いに踏み込んだが故に、がっちりと刃が噛み合う。
これだよ、これを待っていた。
「ソクナぁ!やれぇッ!」
「██#1、██#7」
その言葉と共に、幾つもの光がゴルティアを刺し穿ち、或いは貫く。
とどめをソクナに討たせる。これがオレの中の絶対条件だった。
そうしないと、ソクナの中にしこりが残る。
あっさり死んで次に行けるオレとは違う。ソクナとしての未来はこれからも続く。であればしこりなんてのは無いほうがいいに決まっている。
多少の苦労はあったものの、目的は果たされた。
「……ふー……やったな」
「君のおかげさ、先輩」
「で、次はどうする?」
「ここまで来たから、多少は荒らし回ったって文句は言われないよ。
先輩の記憶復旧の助けになるものを探して、君と地上で美味しい食事といい宿を取れるくらいのものを──」
ソクナが不意に黙る。
そして、オレも言葉を失った。
眼の前に続く通路だけではない。
オレたちの背後からも音が聞こえ、やがてその姿が明らかになる。
一人二人ではない。膨大な数のゴルティアが現れたのだ。




