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008_継暦141年_春/08

 よっす。


 オレは賊だぜ。


 今回は若いボディだ、珍しい。体のキレが違うね。

 元の記憶からこの体に関しての役に立ちそうな情報はない。

 親は不明、育ての親も不明、勝手に育った賊子供(ゾクガキ)の典型例だ。

 当然のことながら、際立った能力も備えちゃいない。


「カシラあ、本気ですかい」


 声が聞こえてくる。

 それを聞きながら周囲の状況を理解しておこう。


 ここは街道沿い、それなりの密度の林に潜む賊、賊、賊。

 カシラに付き従う賊の数はかなりの規模だな。

 既にグループ分けじみたことはされているようで、話し声はやや離れた場所から。


 グループ分けがされるってことはそれだけ人数が多いってことでもある。

 ざっと数えて三十人以上はいやがる。既に配置が終わってる奴らもいるなら四十、五十とかいるかもしれないのか?


 この規模は結構珍しい。


 体験した最大人数だとそれよりも遥かに多かった気がするが、何分記憶はどんどん消えていくもの。

 ここ最近では最大人数ってことで振り返りは終わらせておこう。


 全員の装備はまちまちだ。

 オレに与えられている装備は、甲革の軽防具に刃こぼれ満載のしょぼい剣。

 うーん、グループで何をさせられるかはわからないが、この装備は実に心もとない。

 こんな剣を振るうよりも投石でもしている方が役に立ちそうなので手頃な石でも探しておくとしよう。


「ああ、本気に決まってんだろ。

 そのために人数だって揃えたんだぜ」


 カシラが集めた人員の数と苦労を誇る。

 どこだかの村近くの連中や、

 なにがしかの洞窟に潜んでいた連中に、

 だれそれの兄弟が集めた野盗まで組み込み、

 更には好敵手の連中にまで声をかけたんだと偉そうに語っていた。


「ですが、冒険者ギルドの人間を(さら)うなんて正気じゃねえっすよ」


 その努力と労力の口上は残念ながら手下の心には刺さらなかったらしい。

 真っ当な神経じゃ賊はできない。

 つまり、あの部下はあまり賊向きの性格ではないようだ。

 仕事を選べるような奴は少ないからね、こういう不幸な人事もよくあることだ。


「正気で賊ができるかよ」


 ふてくされるようにカシラ。


「護衛だって付いてますぜ」

「守衛騎士が護衛ってわけじゃあねえんだ。

 どうせ冒険者だろう?

 この人数だぜ、余裕だろ」


 冒険者ギルドの人間を拐うなんて確かに命知らずだ。

 そんなことすりゃ、ギルドでどんな依頼を作られるかもわからない。


 そもそも、ギルド関係者ってそこそこの実力がある人間じゃないと正規雇用されないなんて話も聞いたことがある。

 しかも、そこに護衛までいるって話ならカシラの計画しているであろう誘拐計画は前向きな自殺にしか聞こえない。


 だが、これはチャンスかもしれない。

 戦いには参加せずさっさと死んだふりでもをして、

 その間に上手く全滅してくれりゃまた冒険者チャンスが……──


「おい、オレたちはそろそろ行かないとだぜ」

「拉致チームなんて緊張するよなあ」

「護衛と正面からやり合うよりはマシだろう」


 そいつらが動き始め、その一人が

「なにしてんだ!さっさと行くぞ!」

 怒鳴ってくる。


 え?オレも拉致チームなの?

 ……死んだふりをするにしても、

 タイミングを考えないと熊の目の前で死んだふりするのと同じことになりかねない。


 熊の代わりは勿論、賊だ。


 ────────────────────────


 戦いが始まった。

 護衛を引き付けるのは賊の殆ど全員で、カシラも含めての大乱闘になっている。


 隠れつつ、そして迂回しつつ馬車へと近づく拉致チームの皆さん。


 流石は冒険者ギルドというべきか、護衛も冒険者を動員しているようで、しかもその戦術レベルは高水準だ。

 当然、それを実行できる個々人の力量も。


 護衛をちらりと見た感じだと、人数は三人。


 大剣使いの男、男女定かでない斥候風、僧兵の女。


 男は武器はゴツいが防具はそうでもない。動き易さ優先ってことだろうか。

 斥候風はかなりの速度で跳ね回っているので詳しくはわからない。

 僧兵の女が一番着込んでいるというべきか、防御優先といった感じの装備だ。

 ギャベソンに盾、武器はなし。杖もなし。

 杖があったほうがインクの扱いが楽だなんて話を聞いたことがあるが、つまりは請願使いでもないってことか?


 紙切れを引き裂くように賊が倒されていく。

 カシラ自慢のお友達であろう賊が彼の頑張りには見合わぬ蹴散らされ方をしているようだった。


 だが、それこそがカシラの計画だったのかもしれない。

 数を頼みにした前線は護衛と馬車を引き剥がすのに成功している。


 本当のところは、

 馬が走り出したせいで護衛が引き離されたってのが正しいので状況的にはただの幸運に過ぎない。

 いや、もしかしたらカシラが集めた中に目端の利くやつがいて、

 そいつが馬車に何かしらやったのかもしれないけど。


 このまま彼、彼女を観察していたい気持ちもあるが、

 この後に計画しているオレの行動──つまりは逃走を仲間に疑われたりするのはマズい。


 拉致チームの後ろへと付いていくしかオレに選択肢はない。

 彼らが冒険者ギルドの馬車へと近づき、扉を破壊するのをオレは見届けていた。


 ややあって、賊が首尾よくギルド関係者を掴むことができたらしい。

 下卑た笑い声が聞こえ、そしてそれはすぐに消えた。

 馬車の外で待機していた賊たちの前に転がってくる突入者第一号。

 乗り込んだものの、関係者に短刀で突き刺されて死んだようである。合掌。


 それを見た第二陣が馬車へと駆け込む。

 女性が相手を責める声が聞こえてきた、関係者は女の人だったのね。

 何かしら賊に言っているようだが無駄、というか連中の暗い情欲に火をつけるだけだ。オススメしないぜ。


 どうやら彼女は短刀を手放してしまったらしく、そのまま後続によって引きずり下ろされた。


「貴方たち、こんなことしてなにを──」

「黙らせろ!」


 周りの人間が彼女に布を噛ませ、手足を掴んで運んでいく。

 残る拉致チームは三名。どれも小汚く酸っぱい臭いがするベテランの賊だ。


「都会的なイイ女だぜえ……」

「拉致するだけなんてもったいないよなあ」


 獣じみた視線を向けられた女性。

 賊の言った『都会的』というのは外見のことだけではないようだ。

 彼女は三人に、いや、三匹の獣に向けられる不快な視線に心を折られそうになっていた。


 垢抜けた制服のデザインに、金色の髪は腰辺りまで伸ばされており、よく手入れされている。

 纏っているのが制服でなければどこかの神殿の聖女だといっても通じそうな魅力を備えている。

 賊たちのいやらしい視線に対しても屹然と睨み返しはするが、その瞳の奥には恐怖心が隠しきれていない。


 えっさほいさと運びはじめる賊たちだったが、いよいよ欲求に蓋をしきれなくなってきていた。


「が、我慢できねえよオレ」

「ちょっとくらいならいいよな!」


 一人が彼女を組み伏せる。

 このまま賊らしくご相伴に預かるって選択肢があるかもしれない。


 だが、これは岐路であるように感じる。

 ご相伴以外の選択肢がある。


 期せずして幸運が転がり込んできたのではないか。

 あの娘に賊が群がっている間にオレはこの場から離れて、街に進む。

 街までの道のりは記憶にあるし、道中の守衛騎士(ガーズ)が出没するポイントも抑えている。

 確実に街へと辿り着ける。

 そうすりゃまた賊から冒険者になれる可能性が大きい。


「い、いや……!」


 今がチャンス、今がチャンス……。

 賊が娘さんに群がっている今なら抜け出したってバレやしない。


「いや!やめて!助けっ」

「誰も助けに来やしねえよ!布をもっかい噛まさせろ!」

「むぐ、むー!むーっ!」


 ……クソッ!

 わーったよ!!次のチャンスを待てばいいんだろ、待てば!!


 オレは組み伏せようとしている男に投石をぶち当てる。

 最高の速度と角度で命中した。間違いなく即死だろう。

 それに反応するのは手足を抑えている二人だが、片方にはしょぼい剣を投げつけ、串刺しにする。

 もう片方が立ち上がり、武器を手にしようとしたのに対して投石……は避けられる。


「てめえ!どういうつもりだ!」

「お前らにはその人はもったいねえよ!」

「何を言いやがる!」


 投石!……避けられる。

 こいつ、記憶の中に情報がある。賊の取りまとめ役の一人で、拉致チームのリーダーだ。

 ああ、畜生。最初の投石はこいつにしておけばよかった!


 残りは一発。

 そしてそれ以外に武器になりそうなものはない……さて、どうしたものか。

 最後の投石を使ったら肉弾戦で、その間にギルドの人には逃げてもらおう。そうしよう。


 即死させられなくたっていい、彼女が逃げられるならそれで。

 となれば、頭に当てようとするのはリスキーだ。

 万が一外しでもしたら……。

 胸や腕の辺りを狙って攻撃精度の低下でも狙うとするか。


「オッホエ!」


 気合と共に投げられた投石は狙い通り、相手の腕の付け根に命中する。

 更に運がいいことに相手の武器──磨かれた短刀が転がる。

 こっちも石の残弾はゼロだが素手同士なら即死はなかろう。

 泥仕合なら任せとけ。後先考えないヤツの怖さってのを教えてやるぜ。


「痛ってえなあ、この野郎ッ!」


 片腕をだらりと下げながらも激昂している賊。

 懐の内側からもう一振りの短刀を引き抜く。

 それは話が違うんだが。泥仕合も何もないよ。即死が見えてきちゃうよ。


 相手がオレに詰め寄る。

 オレはギルドの女性へと声をかけようとする。

「逃げろ!」……と、しかし、オレの言葉が吐き出される前に男が倒れた。


 男は背中からギルドの女性に刺され、最期の言葉もなく絶命した。

 最初に取り落とした短刀を使ったようだ。


「……おお……見事」とオレはなんだかマヌケな感想を呟いてしまう。


「君、その……どうして助けてくれたの?」


 と疑問を彼女も呟いて、すぐに顔を振る。

 今言うべきことはそれじゃない、と。


「違うよね、ごめんね。

 ……助けてくれてありがとう」


 美人にそう言われて嬉しくない男なんていないよな。


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― 新着の感想 ―
この手の小説で主人公が好都合に悪役に急に助けられたりする、それはこいつだったのかもしれんなあ。なんてw
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