079_継暦136年_秋/A06
前回は『066_継暦136年_秋/06』となります。
よお。
見知らぬ少女?少年?に見つめられているところで目を覚ましたオレ様だ。
え、マジで誰?
「やあ、先輩。
ぴくりとも動かないから置物かと思っていたところだったよ」
ショートカットの髪の毛をいじりながら、オレを先輩と呼ぶ人物。
服装は簡素な貫頭衣。
周りを見渡せば石畳。簡素なベッド。
しんと静まった空間。
全体的に薄暗い。
ここはなんだ?
……相部屋の牢屋?
「オレ様はお前みたいな美形ですっぱい臭いがしない後輩なんて持った記憶がないんだが」
「あはは。
君のほうが先にこの牢屋にあったんだ、だから先輩でしょ?」
一つ前にやっていたことの記憶はあれど、この体がここになぜあるかの記憶がないから返答も難しい。
敬う心がそこにあるかは別としても、変に喧嘩腰で来られたりしないのならそれが一番だ。
「ここはどこ?って顔をしているね。
まさか眠ったままここに運ばれでもしたのかな。
だったら運がないね。
ここはエセルド監獄。
継暦の中でずーっと改築され続けて、今や難攻不落となった場所だよ」
「……監獄かあ」
なんでそんなところで目を覚ましたのか、と言いたいところだが、今までも妙なところや状況で目を覚ますことも少なくない。
自由がないのも含めて気にならなかった。
エセルド監獄は現在のメイバラの、その辺境に存在している。
監獄に名付けられているエセルドも旧地名。
んで、そこは戦乱王なんて呼ばれる人物から信を得ていた人物に与えられた。
「辺境都市メイバラかあ。
計画魔術士のゴルティアの領地だったっけ」
戦乱王の腹心にして、占領地の再建に貢献した人物。
王国でもあまり好まれていない人物だが、誰かがやらねばならない再建を引き受けた魔術士。
「ゴルティア?
あー、そうだね。最初に街を発展させた領主はたしかゴルティア卿だ。
今はアルティア卿か、いや、その叔父だったかが今の実質的な支配者のはずだよ。
どうにも悪辣な手でアルティア卿を追い出したとかなんとか」
古かったらしい。自覚のない記憶なんてそんなもんだし、
つまりはオレの知識なんてのはそんなもんだ。
記憶喪失の割にものは知っていると褒めてほしい。
少年……?少女……?
どちらとも取れる人物はひとまずは会話を楽しんでくれているようだ。
なんでこの人物は捕まっているんだろうか。
食うに困っての窃盗とか……じゃあないよな。
身なりがいいし、手入れもされている。どこかの貴人であろうことはわかる。
仮に窃盗だったりとかだとして、その程度の罪でこんないかつい牢屋にブチ込まれるとは思えない。
オレ自身にも言えることだけど、こんな牢獄に入れられている時点で何かしらの事情があるのだ。
……オレも何をしてここにブチ込まれているんだろうな。
「難攻不落にぶちこまれているってのに、ずいぶん余裕そうだな」
ともかく、眼の前にいる彼?彼女?は焦ってもいなければ、投獄について悲観しているわけでもない。
自然体、そんな言葉が似合う。
「ん?
そう見えるかい。
これでも焦っているんだけどなあ。
余裕のある態度を取るのを心がけているんだよね、態度で焦ったところで意味もないだろ?
ああ、でも、こういう態度が癇に障ったなら謝るよ」
「いや、構わないよ。
オレ様も似たようなもんだし」
石壁にもたれかかり、大あくびをする。
牢獄に捕らわれたところから復活なんて運のない。
ま、こうなってしまえばゴロゴロする以外に何もあるまい。
話し相手がいるなら上々だ。
「『オレ様』か。
……ふふ。
自尊心が高いもの同士だ、相性はいいかもしれないね」
「同室の相手に嫌われるのと比べれば相性がいいに越したことはないね」
見たところ、年齢はオレと同じくらい。
ただ、纏っている気配、漂うその匂いが只者じゃない。
よほど長い時間を何かの研究に費やした人間のような、
その研究のために多くの他者を犠牲にしてきたような……、
そう、血の匂いだ。
血の匂いを感じる。
「おや、匂ったかな。
一応、体は拭いてきたんだけどね」
内心を察されたのか?
いや、待て。
拭いてきた?……ってことはここに入ったのもつい最近の話なのか?
どうせやることもないのなら、質問を投げかけてみて損はなかろう。
その前に名前だな。
相手の名前を知りたいが、まずは自分から名乗るべきだが……。
「あー、オレ様はローグラム」
牢屋の中のグラム。
わかりやすい。記憶しやすい。そのどちらもなければ名乗ったとしても反応が遅れる。
すぐに反応できないような名前にするのはよろしくない。
「私はソクナ。
『破獄』なんて二つ名もあるよ」
「『破獄』?牢獄から逃げる、アレか?」
随分な二つ名だ。
が、二つ名を持つって時点で只者じゃないってことでもある。
騙りの場合もあるが、ソクナに関しては本当に何者かに与えられた名で、恐らくは多くの人間が知るに至った二つ名なのだろうことが理解できる。
自分で破獄なんて名乗る奴がいるとも思えない。何かの由来を感じる。
「そのとおり。
ここで捕まっているのは趣味ってわけさ」
「え……っとー……それは、あれか?脱出するために?」
「そうだね」
「へ、変なやつ……。
いやさ、高尚で特異な趣味をお持ちで」
「言い換えても遅いよ、先輩」
けたけたと笑うソクナ。
とりあえず付き合いやすそうな性格はしていそうだ。
「なんてね。
確かに牢獄から逃げ出すのは趣味みたいなものだけど、今回は別の目的もあるんだ」
「別の目的?」
「このエセルド監獄に伝わる、ちょっとした伝説に興味があってね」
時間はある。
ソクナも会話を続けてくれそうだ。
オレはその聞き役に徹することにした。
───────────────────────
まだ王国が各地を平定するための無茶な戦いを繰り返していた頃、
エセルド監獄は実質的に人材商の財産保管庫として活用されていた。
そうした扱いになっていたことを王国は暫くの間、把握することはできておらず、
ライネンタートを頼って逃げてきたエルフやドワーフ、そして獣人の情報提供によって判明。
国が腰を上げて監獄を支配下においた。
その際に信頼できる管理者として人品共に信頼のおくことができるゴルティアに土地の運営込みで任せた。
……というところまでは表向きのこと。
ゴルティアはこの監獄を改造し、魔術や請願、儀式に付与術などの力を研究する施設を作るように命じられていたのだという。
そうした施設はここだけではなく、各地に作られてはいたらしいが、ソクナが確信を持って見つけたと言えたのがこの監獄であったという。
「その施設はいずれも『生命牧場』と呼ばれ、命の在り方の研究をしていたんだそうだよ。
全ては短命の呪いを持つ少年王のためにね」
「で、ソクナはそれを探している……ってことは、ソクナも短命の呪いを?」
「いや、これに関しては私の単純な興味だよ。
私のご先祖様がこの生命牧場の成り立ちに関わっていたらしくてね」
今更だけど、とソクナが言う。
「あー、ところで……さ。
私の声は、その、聞き取りにくいかな」
確かに不思議な声音ではある。
時折、人の喉から出るのとはまた別の、どこか異質な音が混じることがある。
「聞き取りにくいってことはない。いい声だとは思うよ。好みかどうかで言えば好みの範疇だ。
でも、時折不思議な音も混じるのもわかる」
「あはは。褒めてくれてありがとう。本心なのも嬉しいね。
ああ、で、その混じる音っていうのが、ご先祖様の遺したものの一つなんだ」
声が、それとも、喉そのものが、気にならなくはないが踏み込むほど距離が詰まっているわけでもない。
好奇心は猫も人も殺すのはよくよく理解しているから、ひとまず知りたいという欲求は抑え込む。
「そのために私の一族はみんな、どこかしら体をいじっているんだ。
より高度な魔術や請願を扱うためにね。
今となってはどうしてそうしているかもわからないことが多いのに、続けている。
ご先祖様は本当は何をしたかったのか、それが生命牧場にあるんじゃないかって」
我慢した知的好奇心を多少は抑える程度の情報はもらえた。
それに、オレみたいな命まるごと根無し草みたいなのとは違う。
ちゃんと自分が生まれた理由に向き合っているのだ。
「立派なことだ。
少なくとも、ソクナはどこから来て、どこへ行こうかを決めるだけの心があるって証拠だから」
「ふふ、面白い感想だね。
そういう君はどうなのかな」
「悪いけど、ソクナみたいな立派な理由はない。
どうしてここにいるかの記憶はないけれど、何をしたいかくらいの思考はある」
「それは」
といったところで足音が聞こえる。
「メシの時間だ」
太い声の看守がそう言いながら牢獄へと近づいてくる。
看守が盆に乗せた料理を一つずつ専用の小さな入り口を使って入れようとする。
汁物が多いからしっかり受け取れとのことなので、オレが近づく。
普通であれば動くなとか、可能な限り壁に寄ってろと言われそうなものだが、
「食事時間は三十分。急いで食べるんだな」
そう言って兵士が去っていく。
「そこそこ美味しそうだ」
「確かに、悪くはなさそうだね」
「なにより追加のトッピングがいい味出してくれそう」
「追加のトッピング?」
そんなものがどこに、と見渡すソクナ。
「これだよ」
そういってオレが掌で挟むようにして見せたのは鍵だった。
それも一つ二つじゃない。
「記憶ってのが歯抜けでもさ、できることってのは忘れないものみたいだね」
記憶に関しては完全に正しい発言ではない。
実際覚えていることも少なくはないからだ。
「技巧かな。
……面白いね。
盗む能力を含んでいるものかな。偸盗、とか」
じっとオレを見る。
見抜いてくる、というべきか。
「わかるのか」
「そこかしこを弄っているからね、とはいっても万能じゃない。
見えるものもそう多くはないし、私の知識にないものは見通せない」
偸盗に関する知識だけではない。それ以外にも膨大の知識を蓄えているのだろう。
ソクナは見た目通りの年齢ではないのかもしれないし、見た目通りの年齢ではあっても常人とは違う過酷な人生を送らされていたのかもしれない。
ただ、それをオレが知ることはできない。
あれやこれやと質問すればするほど、人様の人生に土足で踏み込むようなマネになるだろう。
「話しているよりも行動しようよ、ソクナ。
食事が始まって十分。残り二十分でひとまず次の手を取れる状況にするべきだと思うけど、どうだろう」
「脱出するにしても、探索するにしても、だね」
ともかく今いる牢から逃げ出すという一点において、オレとソクナの意見は統一されている。
───────────────────────
不思議だ。
来た記憶のないこのエセルド監獄を、頭の中に地図があるみたいに行動できる。
ソクナもひと気のない場所で「来たことがあるの」と聞いてくるが、
オレは素直に答えた。
「来た覚えはないはずだけど、でも、記憶があるんだ。
いや、知識がある……っていうべきかな。妙な感覚だよ」
「あはは、ちょっとわかるかも。
知識があるのに記憶がないのは気持ちが悪いんだよね」
そんな話を時折しつつ、移動を進める。
拡張された施設だからか、記憶にある地図と実際に行ける場所には違いがあり、
ないはずの場所に道があったり、あるはずの道がなかったりしていた。
道中で寄ることができた休憩室に忍び込んで、地図やら服やらを拝借する。
道筋に関しては地図があれば何とでもなるだろう。
服装も貫頭衣ではなく、看守のものであれば遠目からならごまかせるかもしれない。
近づかれたら知らない顔だって所からバレる可能性が大きいが、貫頭衣のままよりはよっぽどマシだ。
お互いに着替えるときには近くには在れど、見ないようにする配慮だけはした。
ソクナが少年なのか少女なのかわからない以上はそうするのがベターだろう。
その配慮が何が面白いのか、ソクナに笑われた。
「笑うところあった?」
「ここに投獄されているのに紳士だなって思ってね」
「そりゃあ、まあ、どうも」
褒められている、そう思っておこう。
「脱出の目処は立ったね」
ソクナは少し息を落ち着かせてからそう言う。
「見張りも思ったより少ないしな。
そろそろ騒ぎになる頃のはずだが、特に何も起こらないのが不思議だが」
「逃げる分には騒がないのかも」
「なんでだ」
「問題になったら責任が生じる。
けど、問題にしなければ責任は生じない。
そして、熱心に罪人の出入りを監視するような場所じゃない、……のかもしれないね」
ソクナは自分の意思でここに来た。
つまり、下調べはばっちりしているってわけだ。
もしかしたなら、オレと一緒に逃げているのも余計なお世話だったかもしれないが、まあ、そこは考えないでおこう。
「で、ソクナはどうするのさ。これから」
「持ち物の回収かな。
ここに入る上でお気に入りの服も装備も取られちゃってるから」
「ってことは、うーん……下の階層にある保管庫ってところにある……か?
もしくは出入り口に近い事務所か。
上に行くよりは保管庫のほうが近いし、そこを当たってみるか」
「当たってみるか、って……先輩は脱出すればいいじゃないか」
「なんで?」
「なんでって、そりゃあ、うーん」
逃げたところで何かあるわけでもない。
ソクナとは結構話も気も合いそうだ。
何をするかが気にもなる。
ただ、そういうことよりもう少しシンプルな理由があった。
「先輩なんだろ、オレ様は。
だったら後輩の面倒を見ないとだ。違うか?」
後輩ができたのは初めてだ。
せっかくなら猫可愛がりしてやりたくもなる。
「命懸けになるよ」
「脱出したあとだって命懸けになる時代だろ」
「……わかった。
じゃあ、もう少しだけ付き合ってね、先輩」
声も仕草も、こいつは人誑しだなと、そう思った。
───────────────────────
「先輩は脱出すればいいじゃないか」
「なんで?」
「なんでって、そりゃあ、うーん」
悩むことだろうか。
彼と私では目的が違う。
むしろよくもまあ、偽装するための看守の服を私の分まで持ってきたり、地図をくれたりするものだ。
自分でいうのも悲しい話だが、私の一族の多くはグラマラスな体型の人が多い。
残念ながら、私は突然変異的に『持たざるもの』であってしまった。
いや、年齢が年齢だ。悲観するのは早い。
……ではなく。
即物的な好意の対象で見られるとすれば、すぐにわかる。
けれど、先輩からは何も感じない。あるがままに私と接していた。
「先輩なんだろ、オレ様は。
だったら後輩の面倒を見ないとだ。違うか?」
はあ?と言いそうになる。
先輩と呼んだのは私だ。
でも、そんなのはちょっとした遊び心の愛称だろうし、彼もそれは理解しているはずだった。
「命懸けになるよ」
「脱出しても命懸けになる時代だろ」
この先輩は想像以上にばかで、命知らずなようだった。
けれど、そのばかさ加減と命知らずぶりは、私のために向けてくれているのも理解できる。
他人についての情緒の薄い血統ではあるが、それが理解できないほど冷血でもない。
おそらく、ここで断ってもこっそりと私の手伝いをするだろう。
偸盗の技術は盗むだけじゃない。
先輩がその真価に気がついているかまではわからないが、隠密行動にもその威力はある程度作用する。
影から私を支えようと思えば、いくらでもできてしまう。
それはなんというか、手間を増やすだけだし、そうなるくらいなら一緒に行動したくもある。
「……わかったよ。
じゃあ、もう少しだけ付き合ってね、先輩」
私の言葉に彼は微笑んで頷く。
声も仕草も、先輩は人誑しだなと、そう思った。




