078_王国暦467年_春/09
よっす。
言いがかりを付けられているオレだぜ。
教賊なんて名乗ったこともねえ。
多分。おそらく。いや、記憶がないときに名乗ったとしたら、どうしよう。
「教賊?」
「西方で捕まえた商品どもを解放して巡り、正しさを説く。
お前たちがいたエルフの里に転がる死体の幾つにも殴打されたような痕もあった。
拳で教えを説くと聞いていたが、拳ではなく印地だとは思わなかったが」
……まあ、身に覚えがあるかと言われればゼロじゃないけども。
そんな風に有名になるのは想定外でもあるし、何より不本意だ。
「アンタだってやろうと思えばできることだろ、ってことは特別なことでもない」
「できるということと、実行することは別だ。
お前は実行したではないか。
そして、その結果として」
助けたエルフたちを指す絶対王者さん。
「それらを逃がすことに成功した」
「成功?
最後の難関が眼の前にいる気がするけどよ」
「何をしてでも逃がすつもりだろう」
この男の言う通りではある。
確かに何をしてでもヘイズたちを逃がそうとは思っている。
ただ、まだその肝心の何をするかが空っぽのままだ。
一方でお相手は大剣を肩に担ぐ。
いや、隻腕のアイツにとっての最も洗練された構えなのかもしれない。
「私はお前に決闘を挑む。
それに乗るというなら、見逃そう」
え?
マジでそれでいいの?
全然乗るけど。
「それはありがたいね。
けど、なんでそれで見逃してくれるんだ」
「俺は正しいことをするものに討たれるべきだからだ。
だが、それは自殺であってはならない。奪ってきた命のために、俺もまた奪われねばならないからだ」
無茶苦茶な理屈だ。
思いっきり心を病んでいる。
が、それでもいい。
相手からヘイズを逃してくれる条件をくれるなら──
「そんなことを許されると思っているのですか」
横から口を出すのはヘイズ。
……まあ、そうだよな。
彼女もオレに(或いは故知らぬ賊に)恩義を感じているというなら、
そこらの賊であるオレと、明らかに決闘慣れしていそうな剣士の戦いなんてさせられないよな。
病んじゃいるが見るからに強いウォルカールと、大したことのなさそうなオレが戦えばあっさりと殺されるだろうってのは火を見るよりも明らかだ。
「ヘイズ、良いんだ」
「何が良いのです。そんなこと、通せるわけないでしょう。
せめて私も戦わせてください」
ここで問答をしてもいいが、ウォルカールを待たせることにもなって、今は冷静な態度を取ってはいるが気が変わって、
やっぱり全滅させよう!なんて言われたら最悪だ。
さて、ヘイズにはなんといってここから退かせるか。
そう考えていたところで、状況はさらに転がっていく。
「そこまでだよ、ウォルカール」
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別の方角から声。
それに応じるように、半ば囲むように兵士たちが現れる。
「シメオン卿、なぜ貴殿がここに」
声の主、シメオンは長い髪を垂らした美青年であった。
ただ、どこか爬虫類にも似た、表情を読ませない冷たい顔つきがそこにある。
「当然、彼らを回収するためさ。
エルフを必要としている貴族は少なくないことは成り上がりの君でも知っているだろう」
「ここでの仕事は俺の仕事であったはずだが」
「君には甘いところがあるからね。
現に今も彼らエルフを逃がす選択肢を作っただろう」
シメオンはやや小高い場所に陣取って、こちらの状況を見下ろして確認していた。
「それは──」
「所詮、君は貴族ではない。
貴族以外は家畜のようなもの、いや、けだものに過ぎない。
そこに価値を与えるのが我ら貴族であって、野生に逃してやることは価値を与えることにはならないのだよ」
生まれついての貴族ではないものへ、懇切丁寧に教えてさしあげようと言いたげだ。
「おいおい、本気でそう言ってるのか?」
流石に空の上かってくらいの大上段からの物言いに口を挟む。
「教賊、君こそ我らが絶対に殺さねばならない相手であることを自覚しているかい」
「あ?……まあ、人材商の商品を逃したりしたからか?」
この賊生ではないにしろ、彼らに損害を与えたのは事実だし、印地による殺傷からオレを教賊と同定されても、オレはそれを否定する要素を持っていない。
「違う。
君という存在そのものが我ら貴族の否定なのだ」
「否定なんざしたこともない。
そもそもアンタと出会ったのも初めてだぜ、オレは」
「出会いなど関係ないよ、教賊。
君が人々を解放して周り、ヒトでありながらエルフたちから信頼を勝ち得る君は、
いつかヒト種の支配領域に踏み入ってエルフを愛玩し、楽しんでいる貴族を打倒する鏑矢になる。
我らは他の生命を道具として弄ぶからこそ、特権でいられるのだ」
「おいおい、冗談で言ってんだよな。
シラフだとしたら相当ヤバいぜ、その発言」
「それが我ら男爵というものさ」
「他の男爵と貴族に迷惑かかるから総意みたいに言うのは止めとけよな」
ふん、とあざ笑うように鼻を鳴らすシメオン。
参った。
本気で言っているし、総意だとすら思っている。
こいつが言っていることはオレがよく知る賊と何も変わらない。
他人を力によって蹂躙し、奪い尽くす。
そう考えれば理解もできてしまう。
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「……をするな」
「なんだね、ウォルカール卿」
「邪魔をするなと、言ったのだッ」
振り返り、ぎろりと睨む。
ウォルカールの身長は170cmと少しくらい。
筋肉もそこそこ程度。
隻眼隻腕という姿もあって、見た目の威圧感はそれほどでもない、
だというのに、怒りを発した一言で周りの兵士や、エルフたちが萎縮したのがわかる。
「それは命令をしているのかね、ウォルカール卿」
一歩も退かないシメオン。
言っていることは終わっているが、こいつもこいつで折れず曲がらずの矜持があるらしい。
……この状況、利用できそうだな。
「おい、ウォルカール!
どうするんだ!
こっちがやる気になって、そっちは面倒事でキャンセルなんて言わないよなぁ!」
「当然だ、教賊」
「で、その決闘とやらにお前の愉快なお友達付き。
エルフを見逃してくれる約束はナシ。
名誉もクソもない虐殺を決闘って呼ぶのか、アンタは」
そんなわけがあるまい、と睨む。
よしよし、頭に血が上がってきてくれたな。
「オッホエ!」
不意を打つように、オレはエルフたちを囲んでいる一人に対して石を思い切りぶち当てる。
ぎゃっ、という声と共に倒れる兵士。
それに激情した兵士たちがエルフやオレへと殺到する。
「おいおい!こっちはアンタがやらねえから決闘の手はずってのを進めてやったのに、
これじゃあやっぱり、決闘ってのは誉れもクソもねえのか!
ウォルカール、それがアンタの得たいものだってのか!」
「そんなわけがあるかッ!!」
それを叫ぶと、ウォルカールもシメオンの兵士を撫で斬りにした。
「こいつらを片付けたあとはお前だ、教賊ッ!」
へへへ。成功成功。
オレはヘイズの横へと並ぶ。
「あなたは……本当に……」
悪辣な言葉で同士討ちを誘発させたことに対してか、頭を抱えたくなるような、という表情をする。
美人はどんな顔も絵になるねえ。
表情は変えつつも彼女もエルフたちを助けるために矢を放っている。
とはいえ、殆どの兵士は仲間であるはずのウォルカールの裏切りに混乱している。
武器を向けるに向けられないのは男爵同士が手を取り合っているということを知っているからだ。
下手に敵対すれば自分たちの主からお叱りを受けることになりかねない。
そういう意味では、彼らはよく躾けられていると言えるんだろうな。
ヘイズの弓矢、オレの印地、そして突然味方殺しを始めたウォルカールの大剣は瞬く間にエルフたちの包囲を崩していく。
「ウォルカール卿、正気を失ったか。
それほどまでにアルバートとやらを越えたかったのか。
貴族となり、そして戦いに勝ち、生き残っている時点で勝利ではないのかね」
「俺は勝ちを譲られ王者となり、そこから貴族にはなった。
だが、それは譲られたことから始まっていた。
戦いに勝った?いいや、勝っちゃいない。過日のアルバートに比べれば、どれほどナマクラになっていたか。奴は死に場所を求めているに過ぎなかった。
生き残ったなど、ただ呼吸をしているだけを言うのであれば何の意味もない」
だが、とウォルカールは続ける。
「正しいことを為すものと戦えば、そもそもの正しさを何か知ることができる気がしている。
それがあれば、勝ちを譲られたあの日にどうすればよかったのかを知ることができる気がしている、それによって納得を得られる気がする。
わかるか、シメオン卿」
「私にわかるのは君が乱心したということだけだ、卿よ」
「いいや、乱心などしていない。
もはや、乱れる心もないのだからな」
「ならば、次はその命をなくしていってもらおうか。
死後のことは気にしなくていい。
卿の領地は私がしっかりと運営して差し上げよう」
シメオンが指を鳴らすと、彼の後方に控えていた兵士たちがぞろりと姿を表す。
そうしたやりとりの中でオレはヘイズの手を掴むとさっさと後方へと走り出していた。
共闘しそうな気配を出して逃げるなんて最低だって?
賊がそんな正統派なことするかよ!
ヘイズも、里のエルフも走らせる。
こっからは運動がものをいうぜ。
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「……ラスグラ様」
「なんだ?」
「こんな状況ですが、いえ、だからこそ妙なことを伺っても?」
「なんだい」
「どうして、我々のために命を投げ出したのです」
「……は?」
え?
急にどうした?
なんでオレが助けたことを知っているんだ。
いや、会話や説明に穴があったとは思えない。
なのに、
……なんで復活のことを知っている?
「その反応はやはり、あなたが──」
何かがオレとヘイズの間にすっ飛んでくる。
大きな音と共に土煙が舞い上がった。
これは見たことがある。
大矢だ。
王子様を襲った馬車にしこたま打たれていたやつだ。
「ヘイズ、先に行け」
「……ですが」
「いいから。オレのことを少しは知っちまったなら、そういうことだ。
オレの命なんざ軽いんだよ。
だから、行ってくれ」
大矢は連発できないのはわかっている。
だが、ここで立ち往生するってわけにもいかない。
復活のことは知ってほしくはなかった。
何故だか人を不幸にする気がしていたから。
けれど、相手が知ってしまったのなら、オレにどうこうする力はない。
だからこそ、目の前でいきなり命を落としたりする不幸には見舞われてほしくなかった。
「そのうちさ、また会おうぜ。生きていても、死んじまってもさ。
オレが死んで、そんでヘイズのこと忘れちまってたら、そんときは許してくれ。
そんなに出来の良いオツムじゃないんでな」
大矢が放たれる音。
精度はそれほど高いわけじゃあなさそうだが、オレたちは大げさに回避行動を取った。
万が一にも当たったら跡形も残らないだろうって威力だからだ。
「行け、ヘイズッ!」
オレは石を掴むと大矢が飛来した方向へと走る。
彼女はオレに手を伸ばしかけ、それを引っ込めると、里のエルフたちを先導する。
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記憶は持たない。
オレは十回分の生き死にしか記憶できない。
死ねば、いつから始まっているかもわからない始まりに立ち戻る。
悲観をするなんて気持ちはない。
なにせ新鮮な気持ちで再スタートを切るわけだしな。
ただ、今回の周回は楽しかったな。
普通の賊生じゃあ味わえない刺激的な出会いが多かった。
その記憶を引き継げないのは残念だが、せめて次の周回が彼らの助けでもできるようなものであることを祈ろう。
全力で走って、必死に隠れ、それを繰り返していくと弓を持った人影が見えてくる。
マフラーで口元を隠したローブ姿の弓手。
恐らくは男性だろう。年齢はわからないが、若いって感じはしない。
持っている弓こそゴツくはあるが巨大ではない。
ただ、打ち出しているのは矢ではなく槍だった。
「よう、王子様を狙ってたのもお前らだな」
「……あの計画で生き延びたものがいたとは聞いていないが……何者だ」
「四才でも腐っても王族だぜ、目も耳もそこら中に配しているさ」
嘘っぱちだ。
だが、会話にさえ応じるってなら、即座にあの馬鹿げた大矢の餌食にされることはない。
いつも通り、時間稼ぎ。
そこに好奇心を満たせる要素がありゃ言うことなしだ。
「……そうか、ニチリンの手のものか。
それとも、次代のニチリンか?」
こういうときに全然知らない名前とか出ると困るんだよな。
ニチリンってのはなんだ。組織?人名?それとも別の何かだろうか。
ええい、適当に乗っておけ。
「ニチリン以外にも王子様のお抱えってのはいるんだぜ」
この言い方なら組織でも人名でも行けるだろ。
それ以外だったら訝しがられるだけだろうが、その時はオレの印地が唸りを上げるぜ。
「よもやニチリン以外にも王太子を担ぐ馬鹿がいるとはな」
「おいおい、王太子以外に担ぎたくなるような奴がいるのかよ。
まさか男爵の皆さんなんて言わないよな」
ふむ、と弓手は小さく吐息を漏らす。
「協力者ではあるがね、我らの名誉のためにもそれは否定しておくよ。
だが、お互いに情報を吐きすぎるわけにもいくまい」
そりゃそうだ。
ここで死ぬなら情報収集も無意味かもしれない、が、そんな風に諦めて死ぬだけってのはオレのガラじゃない。
「名前ぐらいは名乗っておこうぜ。
オレはラスグラ、二つ名なんて洒落たものはないぜ」
少しでも、欠片でも、無意味になっても、次に繋がるものに手を伸ばしておこう。
「シャルティだ。
『不文律』のシャルティ、まあ、自分の名前というよりも群れの名前だがね」
「オレも同じようなものさ、シャルティ」
「であれば、ここでどちらかが死んでも別のラスグラと遭うかもしれないか」
「かもな。
ああ、名前は違うかもしれないし、一方的にこっちが覚えているだけかもしれないが」
「それは恐ろしい。
悲しいすれ違いになるかもしれないな」
「かもな。
けど、ここで手を取り合うって選択肢はないんだろ」
「ああ、仕事を放棄すれば殺される。所詮は一山幾らの殺し屋集団に過ぎんよ、我々は」
「弁の立つ殺し屋が一山幾らかよ。
技術と命の廉売にも程があるぜ。
……けどまあ、それ以外に道はねえもんな」
ため息を吐いてから。
「それじゃあ、やるか」
「ああ」
勝負は一瞬だった。
弦が引かれる。
それよりも早く、オレの投擲の技巧がシャルティの肩を射抜く。
矢は放たれるも制御を失った大矢はオレに到達することはなかった。
「逃げる言い訳には足りないか?」
「……いや、十分に足りそうだ」
「じゃあ、さよならしようぜ。
会話に応じてくれた奴とこれ以上殺し合いをしたくない」
「この時代には考えられない甘さだ」
「一人くらい甘ったるいのがいたっていいだろ?」
「かも、知れないな。
ラスグラ、お互いに生き延びることができればまた会おう。
一山幾らの命だが、それでも幾らかの価値はある。いつか返すとするぞ」
「おう、またな」
果たされるかもわからない約束を立て続けにする。
今の命に執着している、未練がましさを感じなくもない。
「で、そっちは終わったのか」
「ふふ……逃げられてしまったか」
シメオン男爵とやらが満身創痍で現れる。
「あの大剣使いもただものじゃないって雰囲気だったが」
「闘技場の絶対王者だからね、只者ではないさ」
白々しいことを聞く。
相手が白々しいと思うかは別で、こういうところから会話を広げていかないとするりと言葉を聞き出せない。
「ただ、あのように乱心するとは……予想はできなかったがね」
「殺したのか」
「ああ、殺した」
じゃらりと複数の刃が接続された、ムカデのような剣をしならせる。
確かに血やら何やらが付着していた。
「で、わざわざオレのところに来た理由はなんだい?」
「言い訳を立たせるために、死んでもらいたくてね」
「里のエルフを逃し、大剣使いを乱心させた悪党、ってところか」
「ああ」
「連戦はしんどいが」
「付き合ってもらおうか」
ひゅるりと武器を構えた。
前にも見たな。
名前は知らないが、いつぞやの『旦那』が持っていたものと同じ。
お貴族様のトレンドなのか?
「では、参るぞ」
鞭を構えようとした瞬間にぐしゃり、と音がした。
鉄塊が、いや、鉄塊に等しい大剣がシメオン男爵を叩き潰した。
その背後にいるのは、ウォルカールだった。
手を下したであろうシメオン自身が『殺した』と認識できるほどに酷い傷だった。
このまま放っておいても、恐らくは死ぬだろう。
「……正しきを為すものに、殺されなければ……」
それは許しを請うような声音だった。
シメオンの言う通り、壊れちまっている。
だが、このまま彼を放っておけない気がした。
オレが救えるなんて思っちゃいない。
ここで傷を癒やす手段を何かしらでやったとしても、解決にならないことも理解している。
だから、やれることは一つだった。
「ウォルカール。
アンタの好敵手であるアルバートはきっと、今の姿を悪くないって言うんじゃないかね」
「この姿をか」
「ああ、許しを請うような、その姿がさ。
きっとアルバートは必死になって何かを為そうとするその姿をこそ、近くで見たかったのかもな」
「今となっては、虚しい言葉だ」
「ああ、殺しちまった。死んじまった。そうだ。虚しい言葉さ」
「……お前は」
「だからさ、ウォルカール。
オレが正しいかなんて、オレには判断できない。
けど、お前がオレを正しいものだって言ってくれるなら、ここで決着を付けようぜ」
いつものように、石を拾う。
中々にいい具合のものを見つけた。
「解放してやるよ、ウォルカール。
オレのできうる限りの力でな」
「ウウ、ウオオオッ!!」
ウォルカールが叫ぶ。
その突撃は命を惜しまないもののそれだ。
だからこそ、オレの投擲じゃあ止まらないだろう。
彼の命が消えたとしても、確実な一撃をオレに叩き込む。
それでいい。
「オオォォッッホエェェェッッ!」
全力で石を投擲する。
加速したそれがウォルカールに突き刺さり、明らかな重要臓器を粉砕し、貫通するも彼もまた止まることはない。
わかっていたことだ。
走ってきた勢いのままに、倒れ込むようにして大剣が振られ、深くオレの体を切り裂いた。
「何故……避け……ない」
「確実にアンタを殺してやるためさ、ウォルカール。
……十分に苦しんだろう、もう寝ちまいな」
「……俺如きを……そんな風に……。
教えで、他者を救う……教賊、か……」
また、俺は選択を誤ったのか、そう言いかける。
「ウォルカール。アンタは間違っちゃいないさ。
オレにお前を救わせてくれたんだろ、オレの命に意味が生まれたんだよ。
アンタのお陰で、オレは満足して死ねるんだ」
「……ああ、なんという……。
教賊よ、感謝……します……」
まるで神か何かに祈るように姿勢を正そうとし、彼の命はそこで尽きる。
その表情を見ればわかる。
きっと苦しみからは救われたのだろう。
オレも、自己満足の中で死ぬことができる。
なんとか、ヘイズたちが去っていった方向を見ようとする。
姿は見えなかった。
それは逃げることに成功したことを意味している。
良かった。また一つ、命に意味を持てた。軽い命だけど、それでも多少は価値を持てただろうか。
意識が闇に溶けていく。
この周回は惜しいが、悲嘆に暮れる必要はない。
目を覚ませば、新しい日が訪れる。新しい日が、また。




