077_王国暦467年_春/09
よっす。
公爵の邪魔にならなかったと思いたいオレだぜ。
気を取り直して、今回のオレを取り巻くあれこれだが、もう状況が始まっちまっている。
戦いだ。
大乱戦である。
相手はエルフとドワーフの混成軍。
もう一方が人間の、恐らくは王国軍の兵士。
が、オレはそのどちらにも属していない。
周りには賊が
「よし、紛れることができた。
このままエルフの里からもらえるものを貰っちまうぞ!」
などと仰っている。
つまり、今回のオレは火事場泥ってやつだ。
戦場によく現れる類の賊であり、注意を払えば危険は少なく見返りが大きい。
ただ、本来はこの場所を制した勢力の持ち物を横からかっさらうわけだから、危険は少ないといっても、秋の空と同じくらいに変わりやすい。
ただ、危険が少ないタイミングってのは図ることができる。
例えば今である。
両軍が現在進行形で戦っている状態であれば占領して何かをするなんて余裕はない。
火事場への見回りを割けるほどの余裕もない。
「へへ、見ろよ。
エルフの細工物だ、木製だってのにこんなに見事な」
「そんなもんよりエルフはいねえのかよ。
お楽しみ考えたらそっちの方が優先だろ」
賊の数は二十人はいる。
結構な大所帯だが、体の記憶からすると彼らを統率しているカシラは存在しない。
そこかしこから集まってきた賊の群れに過ぎないってわけだ。
「こういうのはな、隠れている場所ってのがあんのよ」
にたにたと笑いながら、年嵩がやや上の男が周りを見渡す。
「あそこだ、あそこの木。
恐らくどうにかすりゃ中に入れるはずだ、そこが避難場所になっているはずだぜ」
「なんでわかるんだ?」
オレは興味本位でそれを聞くと、
「俺は元々ある男爵家で斥候として働いていてな、そこでの仕事がこういう里を荒らす下調べだったのよ。
仕事の一環として教わったのさ」
その男爵は公爵様に噛み付いてぶっ殺されたけどな、と笑っていた。
笑いつつも彼は木を開けようとしているところへと歩いていく。
うーむ。
こんな時代だ、火事場泥くらいなら別に何も思わないが、
人材商絡みとなるとなあ。
あんまり好みではないのだよなあ。
なにより隠れているって話だけど戦闘能力がない一般市民しかいないってわけでもないんじゃないのか?
蓋を開けたら精鋭がどーん!みたいな可能性だってゼロじゃないはずだ。
そうなったらなったで、あいつらには全滅してもらってその間に逃げるのもアリか。
どうあれ、手元に武器はあったほうがよかろう。
オレは手頃な石を幾つか拾っておこう。
オレと話していた賊が扉の開き方のレクチャーをしている。
そのときだった。
矢が飛来すると、その彼の頭を見事に射抜く。
すぐさまオレは物陰に隠れる。
他の連中は怒鳴り上げて、混沌とした状況の中で武器を構えたり、射抜かれたりしている。
飛んでくる感じだと、一人か。
生き残りか?
「ここはお前たちのような賊が荒らしていい場所ではない。
去れ、下郎ども!」
澄んだ声。ただ、語気は強く、怒りを感じる。
そりゃまあ、怒りもするか。
「へへへ」
「こりゃあツイてるぜ」
声の主からしても意外な反応だっただろう。
だが、オレにはわかる。
こいつらは木の中にエルフがいるかどうかよりも、確実に現れたエルフの里の味方をする輩──推定エルフが登場したことを喜んでいるのだ。
なにせ、確実に手に入る推定エルフがそこにいるのだから。
「ひゃっはあ!新鮮なエルフだあ!」
「もうがまんできねえ!」
声の方向へと突き進んでいく賊。
こんな戦場で火事場泥をしようとする連中だからこそ、中々にできる動きだ。
二発に一発は回避している。
オレを除く生き残り全員が襲いかかっているわけだから、対処もしきれないだろう。
ただ、相手も逃げるわけにもいかないようで、弓で応戦を続ける。
五、六人が射抜かれた辺りで運動による戦い、つまりは全滅するまで撃ち殺すか、その前に捕まえて酷いことになるかの追いかけっこが始まった。
どうするべきか。
やれそうなことは多少はある。主に追いかけている側、つまりは賊との敵対だ。
その前にやりたいのは弓を扱う相手、推定エルフの立ち位置の確定。
これで推定エルフがエルフではなく王国側の見回りだの人材商だのだったりしたら、エルフからしてみれば何も状況が変わらない。
もう暫く見を続けることにしよう。
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引き撃ちをするものの姿が見えた。
エルフだ。
彼らは美形が過ぎるせいで、すぐさま男女どちらかと判断するのが難しい。
だが、少なくとも、オレはその人物がすぐに判断がついた。
見たことのある人物だったからだ。
監獄で一緒に脱出したあの娘だ。
魔術を使わないのは理由があるのか、それともここまで来る道中でインクを消耗したか。
いや、あの数を相手にして魔術を使っている暇はないか。
詠唱している間に詰められて終わりだもんな。
一度は共に戦った間柄だ。
ここで助力しないのはオレ個人としての道理が合わない。
「オッホエ!」
正確に投げられた石が追いかけていた賊の、最前列の走者の命を奪った。
「な、何しやがる!」
「裏切るってのか!」
隠れるなり、有利な場所を取るなりしたかったが、顔見知りを助けるために先に手が出てしまう。
が、エルフのお嬢さんはその隙を見逃さずに次々に矢を撃つ。
オレも石を投げる。
射撃が交差する位置にいる賊たちが全滅するのにそう時間は必要なかった。
やがて二十人程度の群れは壊滅した。
逃げていくものにエルフは矢を撃つことはなかったが、代わりにオレが殺した。
「ああいうのは逃がすと後々が厄介なんだ。
やるなら徹底的にな」
「……賊のあなたがどうして私に味方を?」
まあ、そうなんだよね。
オレは彼女を知っているが、彼女はオレを知らない。
ただ、ここでオレが繰り返し復活していることを説明しても理解されるかもわからないし、
何より復活のことを人に話すと、どうにも他人を不幸にするような気がして、それを説明には使えなかった。
が、このままじゃあどうにも信頼されないだろう。
「アンタ……ふむ、一応聞くが」
わざとらしい態度にならないように気をつけつつ、続ける。
「エセルド監獄にいたりしなかったか」
「……だとしたなら?」
「エセルド監獄の脱出で賊が一人いたろ。
あー、いや、賊かはわからんか。
ともかく、アンタたちと同行していたヒト種の」
オレはこのように説明する。
1.元々あの男と人材商に一泡吹かせるために協力していた。
2.道中で合流する予定だったので見に行ったら死にかけていた。
3.救出はしたものの怪我が元で死んだ。
4.今もその人物との約束でこの辺りで人材商に一泡吹かせるために行動している。
……といった具合だ。
「何故、私だと知っているのです」
「アイツ、似顔絵が描けるんだよ。
アンタがその絵にそっくりだったからな。
遺言で、アンタにあったら協力してやってくれ。半端に助けたままじゃあ据わりが悪いってよ」
もちろん嘘だ。オレに絵心ってのはない。
これで信じてくれりゃあいいんだが。
「彼は……」
「アイツ……バルグラの野郎なら死んじまったよ。
最期までエルフ、ドワーフ、獣人の三人は無事逃げられたか、そう言ってたぜ」
名前は再利用だ。悩んでいる時間もないしな。
エルフは少し表情を暗くする。
おいおい、誰か欠けちまったのか?
「……あー、それよりここに来た理由は『アレ』か?」
賊の一人が言っていた避難場所を指す。
彼女は「はい、同胞たちを逃がすために」と返した。
彼女が人材商かそれに加担する連中の味方じゃないことに安堵する。
「じゃ、さっさと逃してやろうぜ。
いつ他の連中が来るかもわからない」
「ええ……そうですね」
彼女の表情が晴れることはなかった。
オレだった奴が生きてたことにしたほうがよかったのだろうか。
いや、それで彼女が探す旅にでも出たら責任が取れん。
そんなことを思いつつ、彼女の背中を守りつつも行動を共にした。
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助けることができたエルフはそう多くは無かった。
戦う力のない子供たちが中心であり、もしも賊がここを開いていたらえらいことになっていたのは間違いない。
戦闘経験がある人物も少しだけはいて、彼らを全員を取りまとめつつ、この危地を脱するために行動を始めた。
エルフのお嬢さんは近くに仲間が来ているからそこまで逃げればなんとかなると彼らを勇気づけている。
オレもその脱出に協力することにした。
エルフの子供たちに怖がられても悲しいので少し距離は離れているが。
「あの……お名前を」
お嬢さんが言う。
相変わらず名前に準備がない。
しかし、先程語ったことに連結させておけばいい気がする。
バルグラの名前を思わず再利用しちまったし、そこに繋がるべきだろうか。
これが周回のケツっぺただしな。
「ラスグラだ。
バルグラとは……まあ、血の繋がりはないが、お互いに名前を付けあった間柄さ。
アンタは?」
「ヘイズ、と申します」
監獄で大事に囚われていたってなら、なんというか、もっと長い名前なのかと思っていたが……というのが顔に出ていたのか、
「元は別の名であったのですが、捨てたのです」
「そうかい。
オレは人並み以上に好奇心が強い方ではあるが、踏み込まないほうがいいことか?」
少し悩むような表情をしてから、彼女は「いいえ」と言って続けた。
「現在は王国側のある方を上司としています。
そこで与えられた」
「暗号名って奴か。かっこいいじゃん」
本名を語らないことを嫌がられるとでも思っていたのか、オレの間の抜けた感想に少し暗かった表情を崩した。
「で、ヘイズは何が聞きたいんだ」
「どうしてあなたと、バルグラさんは戦いを?」
「あー、うーん」
あんとき彼女を助けたのは割と本当に『美人なエルフっていいよね』ってだけだったのだから、説明のしようがない。
「オレもバルグラもエルフが好きなんだよ」
「……?」
「男ってのはな、美人に弱いんだ。
あいつが監獄にいたのもエルフ絡みで悪さをしたからさ。悪さってのは、人材商にとってのって意味だぜ」
「本気……なんですよね」
助けたシチュエーションやその後にオレ自身が語ったり、行動で見せたりしたことからも合致するだろう答えだ。
一貫性がある。
格好の良さはないが。
「それに、憧れた人がいてな」
「憧れ?」
「戦いそのものを止められなくても、努力次第じゃ人一人、村一つを救えるかもしれない。
そいつらの明日ってのを作れるかもしれない。
旅の中で出会った冒険者がそんなことを言っててな。
……オレは賊でしかねえが、いつかそんなことをシラフで言える冒険者か、賊になりたいのさ」
不意に声。
「人の道を説く賊……。
よもや教賊とここで出会えるとはな」
オレの言葉を聞いたのか、何者かが声を掛けてきた。
ゆっくりとした歩調で現れたのは大剣を背に担いだ男だった。
こいつも知っている奴だ。
ウォルカール。
闘技場の絶対王者。
そうか、カシラは負けちまったのか。
だが、ウォルカールの姿は塞がっているとはいえ、酷い有様だった。
『無疵』なんて二つ名は最早、皮肉にしかなっていない。
隻眼隻腕。
勿論、隻眼についちゃオレの仕業だが、腕は恐らくカシラがやったんだろう。
不眠を患っている人間の顔つきをしている。
怪我のせいではないだろう、カシラとの戦いが彼を精神的にも追い詰めたのかもしれない。
今の彼からは闘技場の王者などという貫禄は感じられなかった。
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◆オマケ
◆王国暦時代の爵位(短い版)
【偉い】
↑王
|大公
|公爵
|侯爵
|伯爵(※一部例外あり)
|子爵
|男爵
↓名誉貴族
【偉くない】
◆王国暦時代の爵位
※継暦の爵位に関してはまた別。
▼王:
カルザハリ王国の頂点。
一人しかいない。
崩御するまで代替わりをすることはなく、退位は基本的には存在しない。
▼大公:
一応、名目上に存在している位。
王国においては、大功を挙げ、王国に忠義を示し、領地を持っていない人間にのみ与えられる特殊な立ち位置のもの。
歴代においても大公になったものは少なく、領地を求める大公位にあるものを封土する場合、公爵や侯爵となるようになっている。
これは封領を商品として大公を支払い、お釣りで公爵などの爵位が還ってくるようなもの。
公爵を超える権力と土地を渡したくないという王国側の事情と、単純に公爵を超えるようなものに封土できるような領地がないことが理由。
また、この爵位は例外のものとして、公爵を最上位のものとしてカルザハリでは一般的にそう扱う。
▼公爵:
例外である大公や唯一絶対の位である王を除いての、最上位の爵位。
▼侯爵:
二番目に偉い爵位。
▼伯爵:
三番目に偉い爵位。
ただし、例外的にただの伯爵ではない、『辺境伯』、『塁地伯』などが存在する。
また、それらのものが侯爵以上に存在しないのは爵位を超えるような強権を持たせないため。
●辺境伯
王国首都から離れた戦場に近い場所に領地を持ち、長い時代を防衛に費やしているか、
費やさねばならないようなものに与えられる爵位で、発言権や王国への要請は公爵並であることもある。
そうした場所に領地を与えて辺境伯にするという場合もある。
●塁地伯
占領した土地や、戦火に巻き込まれている土地に送られ、安定するまでそこを領地とする役職。
文官ではなくこのような爵位があるのは、単純に戦えなければ安定も何もない土地であり、
戦えて土地を治めることもできる稀有な人間にのみ許されている爵位で、発言権なども辺境伯と同等。
その上で更に決まった領地を与えられてもいないことも多いので存在が稀である。
●宮中伯
政務をこなす文官たちの取りまとめに与えられる。
領地などはなく、政務の上で爵位がなければならないことが多いために用意されているもの。
▼子爵
四番目に偉い爵位。
家柄的な影響も少なく、領地より小規模な荘園を運営しているものが多い。
街に該当する場所の長が子爵として任じられることもある。
▼男爵
五番目に偉い爵位。一番偉くない爵位とも言う。
男爵は爵位というよりも『貴族の一員』くらいの意味合いで使われることも多く、
子爵同様に領地というよりは、それより小さなものである荘園の運営をしているものが多く、
戦時や他のことで名誉を得たものに与えられがちな爵位でもある。
なので男爵と一言で言っても、根っからの貴族の男爵と成り上がりものの貴族ではない男爵が存在する。
継暦では領地を持つ男爵が多いが、この時代は領地を持つ男爵は珍しい。
持っているものは別の勢力から流れてきて、ひとまずの形で男爵の位を与えられたとか、そうした理由である場合だろう。
▼騎士
爵位ではなく、一種の職務のようなもの。
騎士になったから貴族になれるかと言われればそうではない。
聖堂騎士と呼ばれる存在に人材商から買い付けた人間がいることがわかりやすい例。
勿論、貴族でもあり、騎士でもあるものもいる。
▼貴族
爵位を持っていると貴族として扱われる。
また、爵位を持たない場合でも発言権の強い伯爵(つまり辺境伯等)以上の爵位持ちから叙勲され、その家の騎士であることを誓うことで貴族として扱われるケースもある。
その場合は『●●家付きの貴族騎士』、『名誉貴族』といった言い方になる。
継暦に存在する小領主はこの時代だと『代行貴族』と呼ばれたりする。
▼準爵
準が付く爵位は存在しない。
母数の多い男爵や子爵では血統マウントとか徽章マウントなどがあったりなかったりする。
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◆項目内の用語
▼領地
広く土地を含めている。
街、道、或いはそこに何を建てるか、潰すかなどの裁量が多く与えられる。
▼荘園
領地より規模がかなり小さい。
大体、最大でも街(都市に満たない大きさ)を、大抵は村と呼ぶのが精一杯の土地を与えられる。
一番小さい荘園の場合、屋敷一つとかなんてこともある。




