表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
却説:遺留倉庫

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/200

073_王国暦466年_冬/06

 よっす。


 強制落馬心中野郎のオレだぜ。


 エルフ、ドワーフ、獣人のお三方が上手く逃げ切れたならいいんだが、それを知る術はオレにはない。

 脱出に一役も二役も買った幸運に祈っておこう。


 さておき、今回の賊生はいつも通りな感じだ。

 いつものってなんだって話だが、街道沿いで徒党を組んで待ち伏せをする。

 そういう賊。

 随分と久しぶりな気もするし、つい最近までしていた気もする。


 そして肉体の年齢も普通。身なりも賊としては普通。

 特筆するべきこともなければ、思うところもない。


 オレが在籍するこの『賊の一党』もまた特筆するべきことがない。


 カシラとオレを含めて五人。


 日々を通行人を脅したりして小銭を稼いでいるらしい。

 ただ、カシラだけは時折、冒険者相手に喧嘩をふっかけたりして腕を磨いている、なんて噂があるのをこの肉体は知っていた。

 ただ、噂でしかない以上は信憑性ってのに欠けているが。


 オレや周りの装備も一党の規模程度にショボい。

 賊槍(木の枝同然)だったり、どこで拾ってきたのか、サビの浮いた古い手斧、

 素手の奴までいる。


 オレは元は包丁だったであろう短剣を手に持っていた。

 料理当番という記憶もないから、武器として扱っているのだろう。


 カシラは一応、片手剣を腰に下げているがそれも大したものには見えない。

 体格や顔つきも、まあ、どこにでもいる賊のカシラって雰囲気。

 つまり、人相悪し!ヒゲ!脂肪と筋肉!すっぱい臭い!って奴だ。


 とはいえ、『腕利きらしい』って記憶があるのなら、その手腕には期待してもいいだろう。

 期待するのも、祈るのと同じで無料だしな。


「おう、お前ら。

 暇そうにしているってことは、準備はできてるんだろうな」


 倒木に腰掛けたカシラが雁首揃えている部下を見渡して言う。

 オレともう一人は歩哨代わりらしく、会話は聞こえるが、参加はしない程度の距離があった。


「へい、バッチリでさあ。

 ここを通るガキ一人ぶっ殺せば大金ガッポなんすよね?」

「おう。

 なんでもどこぞのお貴族様が見込んだってやり手の冒険者らしいが、

 まだケツの青いガキなんだとさ。

 ってことは、だ」


 賊相手に年齢がどうとかっていう倫理観は期待できない。

 ガキを蹴り回して、ジジババの天寿を強制的に拳で早期に全うさせるような連中だ。


「不意打ちに弱い!ですよねえ、カシラ」

「がははっ、そのとおりよ!」


 幸せそうな話をしている。


 逃げ出したいくらいに嫌な予感がする。大抵こういうのってケツは青くないし、察知能力にも優れてたりするんだよな。


 ただ、ここでオレが逃げ出しても仲間に疑われるか、問答無用で殺されるか。

 賊ってのは軍と同じかそれ以上に敵前逃亡に厳しい。余裕があるときに限るが。

 余裕がないとカシラを含めて逃げ出すけどな。


「でも、依頼してきたっていう……なんでしたっけ」

「男爵様か?」

「そうそう、オシメ、みたいな名前の」

「あー、シメシメ、みたいな……まあ、名前なんざいい。

 それがどうした?」

「いやあ、男爵様だってのに俺ら賊に依頼をガンガン回すなんて、不思議ですよねえ」

「あー、シメシメ様は賊上がりらしいんだ。

 そんで、今でも顔が利くんだとよ」


 口ぶりからすると男爵とカシラには接続はないらしい。

 賊にも横の繋がりってのもあるし、今回のようにどこかしらから依頼が舞い込んでくることも珍しいわけじゃない。


「だから大親分から仕事が回ってきたってワケっすね」


 大親分かあ。

 こういうのってただの先輩後輩だったりするんだよな。

 本気でその冒険者を殺そうってなら数を揃えるなり、大親分が主導権を握るなりしているだろうし、

 それをしていないってことはショボい仕事か、ヤバい仕事かの二択。

 前者であればいいが、こういう場合は大体後者なんだよな。


「男爵様の使いからは実際に前金ももらっているしな、後金も期待できるぜ」


 シメシメ男爵。

 ……そういや前回の命じゃあシメオン男爵だかってのが人材商と関わってたか、その張本人か。ともかく騎手がそんな名乗りをしていた気がする。


 更に前の賊生じゃ都市で目を覚まして、そんときのカシラが男爵だったって話も出てたか。


 もしかしたら、一つの線で繋がった相手なのかもな。

 ただ、そうだったとしてもオレができることがあるとは思えないが。


「しっかし、王国は戦いを止めようとしてんだろ?

 しかも安定と平和が実現できそうだってのに……男爵様は貴族のお気に入りを殺すだとかして混乱を引き起こそうとしてらっしゃる。

 貴族様がたは安定も平和もお嫌いなのかねえ」


 カシラとまったく同じ疑問がオレにもあった。

 その通りだ。

 安定していないほうが成り上がりのチャンスがあるからか?

 それとも、別の目論見でもあるのだろうか。


「あー、なんでしたっけ。

 西の方から流れてきた賊連中いたじゃないっすか。

 仕事にあぶれたとか言ってた」

「どこだかのエセルド監獄で仕事してたって、あいつらか」

「そいつらっす。

 あの連中が言ってたんすけど、西方との戦いで人材商は相当稼いでいるって話っすよ。

 平和になりゃ人材商の『商品』の調達も難しくなるし、そういう連中が混乱を長引かせたがってるんすかねえ」


 カシラはううむ、と唸る。


「そんな単純なことなのかあ?」

「違うんすかねえ」


 沈思するカシラに、オレとは別のところを見張っていた賊が何かを見つけたのか、声を掛ける。


「カシラ、来やがりました。

 話にあった通り、若年の女、背中に大剣」

「答えの出ねえ雑談もこの辺りってわけだな。

 よし、全員配置に付きやがれ」

「へい」


 オレを含めて一同が茂みへと隠れた。

 手慣れたもので、中々の潜みっぷりだ。これなら多少の、或いはちょっとした相手を騙し討ちにできるだろう。


 やがて見えてきたのは小柄な少女。

 鮮やかな緑の髪を短めに切り揃えている。

 分厚い生地のコート、背には斜めにして背負う大剣。不可思議な出で立ちは普通の兵士や騎士ではなく、冒険者であることを如実に示している。


 オレは賊としてちょっとした知見がある。

 それは『一人で歩く冒険者には手を出すな』だ。


 一人でこんな危険な世間を歩くような奴は只者じゃない。


 自殺志願者ならばここに辿り着く前に死んでいるだろう。

 それこそ、街から出てちょっとした距離で命を落としていて然るべき、そんな時代だ。


 オレたちが潜むこの街道はそうした街の近くなんていう、賊にとっての危険なエリアじゃない。

 一般人にとっちゃリスクの高い街道だ。


 ここまで傷ひとつなく現れたってことは、一人でも危険を踏み越えられる強者の証なのだ。


 ───────────────────────


 少女が道を歩く。

 一歩、あと一歩。

 その辺りで囲んで不意を打てる。


 ──が、彼女は不意に歩みを止めた。


「そこに隠れておられるのはどなたでしょうか。

 賊でありましたら、容赦もできないのですが」


 完璧に隠れている、とまでは言えないだろうが、それでも簡単には見破れない程度に一同は潜んでいたはずだ。

 少女はあっさりと看破した。


 分厚い生地のコートは、ギャンベゾンの機能も兼ねているのだろう。

 背にある大剣は自分の背丈よりも大きいものを斜めに背負ってなんとか地につかないようにしていた。


 衣服も武器もその年齢の少女が身につけて、ましてやそれで旅などできるとも思えないが、

 それをしているということは相応の能力──いや、超能力やら技巧やらを備えた相手というわけだ。


 その上で勘もいい。

 勿論、それも技巧かもしれないが、経験から来るものの可能性もある。

 後者であればあの年齢でどれほどの戦いを続けていたのか、恐ろしくもあるし、この時代を反映した存在でもあると言えた。


「武器を置いて投降を。

 そうすれば危害は加えませ──」

「しゃらくせえ!やっちまえェッ!」


 カシラの号令。

 跳ねるようにして一同が飛び出す。

 オレも仕方なく付き合って飛び出す。


 が、次の瞬間には終わっていた。

 抜けるとも思えない大剣をいつのまにか抜き、

 振るえるとも思えない重量の武器を小枝を振るうように払う。


 本当に、本当に一瞬だった。


 全員が一瞬で斬り殺される。


 距離はあった。だが、空を裂いたかのような斬撃はまるで魔術の如くに飛んでオレたちを切り裂いた。


 オレは即死こそしないものの、かなりの深手だ。恐らく数分と持たないだろう。

 殺そうとしたんだ、殺されて当然のこと。


 例外的に無事だったのはカシラだけだ。

 しょぼそうに見えて、腕が良かったらしい。


「な、なんて腕前だよ……」


 一撃をなんとか見切ったカシラは喉の皮一枚切れた程度で済んでいた。

 失敗すれば首が飛んでいたってわけだ。


「申し訳ありませんが、先を急ぐもので」


 そんな技を振るっておきながら、少女は特に誇るでもなく淡々と語る。


「……先ってのは、西方か?

 だとしたら、お前は遅すぎたな。

 今頃、戦いは始まっちまってる!男爵が支配していた監獄が西の連中によって破壊されたって名目で報復って戦いがな!

 ここからどんなに急ごうと間に合いやしねえよ!」


 その言葉に緑色の髪の毛を揺らして小首を傾ける。

 何故かわからない、と言いたげに。


「だとしても、村の一つ二つ、逃げる人の一人二人は戦火から守れるでしょう。

 であれば、向かわないのは間違ったことでは?」

「このアマ……甘っちょろいことを」

「冒険者とは誰も彼もが、程度の差はあれど甘っちょろい理想を抱えて生きるもの。

 ボクの理想で報復と戦いを止められなくても、一人でも多くの人間の明日が作れるなら、それが理想の結実になります」

「そりゃあ、本当に……甘っちょろいぜ!」


 カシラが踏み込む。

 それは相当に鋭い踏み込みだ、速度だけではない。踏み込みの起こりそのものが巧妙に消されている。


 賊のカシラが達人の領域に至るような踏み込みを体得できているとは思えない。

 恐らくそうした技巧を持っているのだろう。


 多くの種類がある技巧の中には随分と細かいというか、細分化されきったものというか、専門的が過ぎるものがある。


 カシラのそれは恐らく踏み込みに特化した技巧。

 ただ、その技巧は相当に『賊向き』だ。

 奇襲、不意打ちをするのに踏み込みの速度や起こりが見えなければ殆どの場合、その一撃が相手を害することに成功するだろう。


 事実、相当格上の相手であろう緑髪の少女にも奇襲が通用しそうであった。

 少女は少し驚きつつも対応せんと動く。


 一方の死にかけていたオレもまた、声すら出せないが、なんとか掴んだ小石を指の力で弾いて飛ばす。

 印地の技巧を応用している。指弾だかって技の範疇で、そうしたものの威力には及ばずとも不意に飛んできた礫にカシラは気を取られた。


 その一瞬の気の乱れが少女に大剣を振るわせる時間を稼いだ。

 上半身と下半身が綺麗に割られ、転がるカシラ。恐らくは即死だろう。悲鳴を上げることもなかったのがその証拠だ。

 少女はこちらを振り返り、小走りに歩いてくる。


「どうして助けたのです」

「……へへ。

 甘っちょろい理想ってのが眩しく思えてな……。

 徳の一つでも積んでおきゃ、来世でアンタみたいな冒険者を目指せるかも、知れないだろ?」

「……ええ、そうですね。

 そうなれば、いつか一緒に冒険をしましょう」

「そのときはよろしくな。セン、パ……イ……」


 意識が闇へと散っていく。

 路傍の石ころも使い方によっちゃ少女の命を助けることもある。

 まあ、賊にしちゃ悪くない終わり方じゃないか?


 ───────────────────────


 西方では一部の勢力が独自に動いていた。

 それは公爵が直轄しているわけではない、一部の男爵たち。

 或いはその男爵に上手く丸め込まれた子爵あたりも動いたのだという。


 『辺境の勇者』とも呼ばれる緑色の髪をした少女は公爵の要請を受けての依頼によって旅立った。

 彼女はその後、男爵や子爵たちの陰謀や、それらが引き起こした戦いの渦中ではなく、

 それによって影響を受けた村々、人々を守り助けた。


 勇者と言っても、おとぎ話の中のように強大な悪を倒すわけでもない。

 男爵や踊らされている子爵を切り倒し平和をその手でもたらしたりもするわけではない。

 だからこそ伝説にはならず、吟遊詩人の唄にも伝えられないような活躍でしかない。


 しかし、彼女の掲げた理想像──『甘っちょろい冒険者』の歩み方は、

 影響は生きては死ぬを繰り返す一つの賊に強く痕跡を残すことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ