072_王国暦466年_冬/05
よっす。
牢獄から無事に脱出することができたオレだぜ。
「よもやエセルド監獄から脱することができるとはのう」
ドワーフが僥倖だと言わんばかりに口にする。
あの牢屋にそんな偉そうな名前があったとは知らなかったが、ともかく、
多くの問題を回避、或いは戦闘によって撃退できたのは三人のお陰だ。
しかし、自由を得るまでの問題、その全てが回避できたわけではない。
地上に出て、その状況の確認すると、オレを含めた全員がそれぞれに表情を暗くするか、重い空気を発する。
人材商であろう連中がそれなり以上の数を連れて到来していたのだ。
相手はまだ気がついていない。
到着直後でドタバタとしている。
彼らの財産とも言うべき人材は連れていない。
つまりエセルド監獄に人を突っ込むためにきたわけではなさそうだ。
と、なれば、現れた人材商は恐らく、
オレと共にいる三人を連れていくために相当の戦力を持って来たというわけだ。
つまりは、エルフ、ドワーフ、獣人の三人はそれだけの価値がある人間であるか、その判断をするために隔離されていたのではなかろうか。
まったく、一難去ってまた一難だ。
そして、実際に利用方法やら真贋が判断できたから現れたのか。
まあ、どう予想したところで答えが出るわけでもないし、考えるだけ時間の無駄とも言える。
必要なのはここからの脱出、それだけだ。
豪奢な馬車が一つ。
兵士を乗せた馬車が三つ。
外であれこれと作業しているヤツが四人程度。
馬車からちらりと見えたのは兵士。
大きさから見て馬車一台あたり四人から六人くらいは入っていそうだ。
流石に正面衝突で勝てる相手じゃあない。
脱出仲間の三人も『よっしゃいっちょやったるか!』という顔をしていない辺りはオレと同じ考えなのだろう。
この監獄周辺地理は見える範囲では鬱蒼とした森が広がっており、一本道の街道だけが伸びている。
何の旅装も、食料も水もない状態であんな森に入るのは命知らずもいいところだ。
となれば、必要なのは街道を抜けること。
徒歩でってのは難しいからできれば馬車が欲しい。
やるしかあるまい。
「ちょっと連中を引っ掻き回せないか試してくる。
ダメだったらそっちも命懸けになるとは思うが森に走って、そこから逃げてくれ」
「待ってや兄ちゃん、何するかわからんけど、そっちも命懸けってのをする気なんやんな?
ワイらのことを盗んだ、そんで色々あって解放したるわって心意気はさっき聞いた。
自分の脱出のためってのも理由にはなるわな。
けど、これはちゃうやろ。名前も知らんワイらになんでそこまで」
「ん……あー……理由は、まあ、その」
ないんだよな。
賊に美人なエルフがなにかされそうなのが嫌で賊をボコって、流れでここまで来たに過ぎない。
ご立派な何かがあるわけではないのだ。
「趣味だよ」
「……趣味?人助けがか」
ドワーフは訝しがるわけではないが、理由を求めるような声を出す。
こんな時代だ。賊ははびこり、治安は低下の一途を辿る。戦争は終わるどころか泥沼の紛争まで呼び込み始めている。
そんな時代でオレの行動があった。疑問にも思うだろう。
「それもあるかもな。ただ、それだけじゃない。
生きるにしろ、死ぬにしろ、後味が悪くないことをする。
それをし続ける。
オレの趣味ってのは、それなのさ」
呆気にとられたような表情をされる。獣人だけでなく、ドワーフやエルフにも。
オレは少し恥ずかしくなって、
「とにかく、無事だったらまた後でな」
三人と落ち合う位置を決めて、オレは一人で馬車へと向かう。
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「なんとも……変わった男だな」
「いるんやなあ、ああいうお人が」
獣人は複雑そうな表情を浮かべる。
「戦乱が続けば、いい人から死んでいくってのは変わらんのやろな。
……ラっさんの手伝いをすれば少しは減らせるんかね」
「そのためにも、まずはここを脱するために動きましょう。
エルフの言葉に獣人が頷く。
「まずは生きてこそ、だな」
重々しい声で囁くようにして、ドワーフは行動を促した。
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外に出たは良いが、どうにもこの牢獄の主なのか、それともその主の上客なのかは知らんが、ともかくオレにとって望ましくない相手がわんさと現れた。
つまり、人材商かそれに関わる連中ってわけだ。
が、オレはその一団に向かう。
勿論戦うわけじゃない。
オレはへらへらとした表情を作る。
変にキリッとしているのはらしくない。その辺りは食堂だった場所の賊を見りゃあ明らかだ。ここの連中に規律だのやる気だのはない。
「ようやくお越しのようだな。道中で何かあったのか?
もっと早いか、もっと遅いと思ってたが」
どうとでも取れる話をちょっと身なりの良さそうな兵士風に声をかける。
「道中で賊に襲われてな。
その対処に手間取っていたんだ」
兵士風とは言ったが、雰囲気的にはオレや食堂の連中と同じか、それより少し上等な程度のご同輩だろう。
身動きに不自由はなさそうだが包帯を巻いている辺り、襲ってきた賊とそれなりの激闘にはなったようだ。
「そりゃ災難だったな。
負傷者は出たのか?」
アンタの他に、と言うように包帯を指差す。
「俺以外にって話なら、俺はむしろ軽傷な方だ。
厳しめの傷を負った奴らはあの馬車に詰め込んでるよ。
……ったく、男爵殿が金を出して雇ったってのにお荷物になりやがって。
俺より高い金を貰っといてなんて体たらくだ、クソッ」
悪態を隠さない辺り、オレや食堂の連中より上等って判断は取り下げても良いかもしれない。
完全なご同輩だ。
「それなら、中に運んでやらないとな。
他の連中は『相変わらず』なんで、悪いがそっちの人員の手を借りたいんだが」
「わかった。
おおーい! 二班の連中は負傷者を連れてこい!」
護衛らしき馬車三つのうち、一つから兵士が四人ほど現れ、別の馬車に進み、怪我人たちを外へと連れ出す。
彼らはそのまま牢獄の入り口へと進んでいく。
迷いなく移動しているあたり、ここが初めてってわけじゃあないんだな。
「あっちの馬車は護衛でも入ってんか?
護衛ならお偉方の馬車と一緒にあっちに止めるように言ってくれ」
残った馬車を指しながら言う。
「俺らと違って騎士崩れだか兵士上がりだか忘れたが、多少マシな戦力ってやつだよ。
つっても二人だが、……二人であの馬車を広く使ってやがる」
そう言いながら彼は御者にハンドサインを送って、恐らくは雇い主が乗っているであろう馬車と共に進めと合図する。
「残った馬車はこっちから言っとくよ」
そう言いながら賊から盗んでいた酒瓶を投げ渡す。
こいつで少しでも休んでおきなと言うように。
「悪いな」
疲労感のある顔つきが和らいで、少し離れたところでちびりちびりとそれを舐めはじめた。
とんとん拍子に進む。
運の悪さには自信があるが、エルフ、ドワーフ、獣人の中の誰かが幸運ってやつに微笑まれているのかもしれない。
その幸運のご相伴に預かろう。
二つの馬車を見る。一つは怪我人の血やら何やらで汚れている。
もう一台はそれほど汚れてはいない。失敬ならこっちだな。
汚れている方を操る御者に
「お偉方の馬車に続いてくれ」
そう告げる。
もう一台には「人材をここにいれる予定らしい、ここで待機してくれるか?」と。
彼は不承不承頷く。
オレが酒を渡したのを見ていたらしい。正確にはオレがコイツに見えるように渡していただけだが。
「ここはオレに任せていいぜ、あいつから少し分けてもらえよ」
「へへ、いいのかい」
「そっちが遅れた分、オレたちは休ませてもらってたわけだしな。
そんぐらいの恩返しをしても良いだろ」
ありがてえや、と御者が離れた。
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オレは労せず馬車を動かし、急がず、騒がず、街道へと向けて動き出す。
暫く進んだ辺りで街道沿いに潜んでいた三人が馬車に乗り込む。
「ここまで上手く行くとはな」
ドワーフが安堵の声を漏らす。
「幸運に微笑まれたようで、良かった」
エルフも同じように安堵を。
しかし獣人は、
「気を抜くのはまだ早いと思うでえ」
そう言って息をつくことをしなかった。
エルフやドワーフは実力者だが、実戦経験の長さや危険な場所での仕事の経験は獣人の方が多く積んでいる。そんな風にも見える。
オレは少しずつ馬車の速度を上げていく。
とはいって、馬を操る技術を深く学んでいるわけではなく、何となしの操縦でしかない。
それでも早く進め、歩みを遅くしろ、止まれ、くらいの合図は出すことができる。
「これ以上ゆるゆる進むのもな……ちょっと飛ばすぞ」
オレの言葉に一同は頷く。
徐々に速度を上げる馬車であったが、いよいよ幸運だけでは乗り切れない状況となっていった。
「待て!どこへ行く!」
離れたところから兵士の声。
そりゃあ一台だけ街道へと進む馬車がある、なんて不審な状況を作れば止められもするよな。
「馬車じゃあ限界があると思うけど、飛ばせるだけ飛ばそう!」
オレの言葉に獣人が御者席に移り、
「御者役ならワイに任せとき!これでも安全運転以外には一家言ある!」
どんな一家言なんだと突っ込みたいが、その暇はない。
荷台ではドワーフがエルフに、
「魔術はまだ使えそうか?」
魔術の使用限度に関する質問をしている。
エルフは「あと一度くらいなら」と返した。
道中も相当回数を使っているのを全員が知っている。
むしろ、まだ一度使えると言えるのは驚異的なインクの持ち主だと言えるだろう。
「連中、馬車を切り離して裸馬でこっちに来やがった。
迎撃するにもこっちには棒くらいしかないぞ!」
棒は牢からの道中に歩哨から奪ったものだ。
投擲してもいいが、馬の軽快な動きを考えると当てられる自信がない。
当たったところで落馬でもしてもらわないと意味がない。
忌々しいと言いたげにドワーフが後方を睨む。
後ろの方で誰かが金切り声で何かを叫んでいる。
回収しろ、だとか、連れ戻せ、だとかそんな言葉だ。
例の『男爵』ってヤツだろう。
「シメオン男爵の名において、止まれ!」
騎兵もどきが一人、馬を疾駆させながら警告する。
槍を向けて威嚇する。
止まらねば投げつける、その警告代わりだ。
「四足よ、駆けるものよ、遥けき自由を夢に見よ」
エルフが詠唱を完了すると同時に馬が足を止める。
乗っていた兵士はそのせいで派手に投げ飛ばされた。
馬はその場で座り、眠りはじめた。
「対象を限定して効力を上げた魔術か。流石はエルフ、流石は──……っと」
エルフがインクが切れたせいかふらりと倒れそうになるのをドワーフが抱える。
「わ、私は大丈夫です。
けれど、もう一騎が……」
猛然と走ってくる騎兵もどき。落馬したやつよりも馬の扱いが上手い。
騎士崩れだか兵士上がりだか、って話で言えば前者だろう。
アイツ相手だと魔術が避けられていた可能性もある、エルフのお嬢さんは良い狙いをしたわけだ。
ここまで上手く裸馬を操るのなら十把一絡げの騎士崩れではなく、それなりに名の通った騎士なのかもしれない。
それでもこんな状況でこき使われているってことは王国に反目して落伍した一族なのだろうか。
彼に同情して槍を引っ込めてくれるなら幾らでもするのだが、そんなことはないだろう。
であれば、抵抗の手段は考えなければならない。
先程の相手と身なりは変わらないが、槍を構え、警告をすることもなく馬車への並走を目指す。
「アカン! 馬狙いや!!」
並走した騎手が獣人を睨みながら、
「気付くのが遅かったな。
いや、遅かれ早かれ、お前たちが馬車を失って捕まるのは決まったことだ」
煽るではなく、まるで己かなにかの正当性を示すように言った。
槍を投げるように構える騎手。
持っている棒を投擲することも考えたが、恐らくは命中と同時に槍も投げつけられる。
ここでの勝利条件は騎手を倒すことじゃない。
馬車が倒されないことだけだ。
「逃げ切れよッ!」
オレはそう叫びながら騎兵に向かって飛ぶ。
騎士崩れはオレが棒を投げたときにされるであろう予想と同じ結果、つまり、騎兵は槍を投げつけ、オレは命を擲つ。
こちとら投擲の技巧持ちだぜ。投げることに関しちゃ誰より上の自信があるんだよ。
槍はオレに突き刺さり、衝撃で後方に飛ばされそうになるが、オレの手は馬のたてがみをがしりと掴んでいた。
それを嫌がって暴れる、制御を失った騎手と共に落馬した。
激しい衝撃が全身を叩く。
最期に見たのは馬車が走っていく姿。
勝利条件は満たされた。
クソッタレ乱世のクソッタレ濡れ手に粟野郎ども。ざまあみやがれ。
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「兄ちゃんは!?」
「……我らの命を拾うために」
悔しげに獣人は表情を歪める。
いや、彼だけではない。
ドワーフも、エルフもそれぞれに悲痛な表情を浮かべていた。
「ここからなら西に戻るよりライネンタート殿のところへと向かうのが良いはずです」
エルフは道を提示する。
「だが、国は良いのか」
「私の上に継承権を保持している兄と姉が両手でも足りないほどいますから、私が戻らずとも問題はありません」
「そんなら、妖物のところに急ぐで。
チンタラして余計なのに絡まれでもしたらあの兄ちゃんにどう詫びればいいかもわからんくなる」
馬車が速度を上げる。
獣人とドワーフは時折、請願を唱えては馬を癒やし、活力を補填し、道を進む。
「男爵如きがと舐めていたな。我々も、妖物も」
ドワーフがぽつりと言う。
「ええ。……ですが、まだ間に合わないとも決まっておりません。
このまま西と東が絶滅するまで戦うのを止められる道はあるはずです。
その道を繋いでくれた彼のためにも」
エルフは来た道を振り返る。
もう彼の姿は見えない。




