071_王国暦466年_冬/05
よっす。
刺されて死んだオレだぜ。
命令に従わないで街ブラしたって意味じゃ裏切ったのは事実だしね。仕方ない。
さて、今回のオレは……またも珍しい状況だ。
石造りの部屋。殺風景。寒くもないが暖かくもない室温。
そして入り口とも言える場所が実に特徴的。
一面鉄格子。うーん、前衛的な部屋。
もしくは牢獄である。
賊だからね。
捕縛されることもあるだろうけど、詰んでいるところからスタートは実に珍しい。
よほど鉄格子に自信があるのか、或いはこの身に課せられたものはそれほどの重罪ではないのか、手枷足枷首枷などなどの拘束はなかった。
なんだったら服装だって囚人服じゃない。何をしてここにぶちこまれたのやら。
部屋の広さは東方式に数えると二十畳はある。
単身者向け物件という感じではないのに、オレ一人が専有している形だ。
いっそ寂しさすら感じる。
寝具などは見当たらない。
眠るとなると体の節々が痛みそうだ。
こういう場所でやんややんやと騒いだら看守が来て長い棒で格子の向こうからドコドコと叩かれたり、
半ば腐ってるんじゃないかって水を浴びせられたりするイメージがある。
静かにしているのが吉だろう。
ごろりと横になり、ぼんやりとする。
……暫く待ってみたものの、食事を運ばれる気配もない。
それどころか、見回りの一人すら現れない。
扉が開けば食堂を自分の足で探しに行くのだが、鉄格子に阻まれている以上、巣で待つ雛の心地でいなければならないが、いい加減飽き飽きしてきた。
「おおーい。腹減ったんだがー。何かいただけませんかねえーっ」
普通の牢獄なら騒ぎでもしたならすぐさま牢番が飛んできて殴る蹴るでもして黙らせるものだと思っていたが、まるで反応がない。
鉄格子を叩いたりしても同じく反応なし。扉を開こうとしてもしっかり施錠されていた。
オレがここにいる以上は運んできた奴がいるはず。
ただ、嫌な想像ってのを頭の中で羽ばたかせて見れば、幾つか思い浮かぶ。
一つ目はこの体の持ち主はとんでもないアホで、誰もいない打ち捨てられた牢屋に忍び込んで、自分から鉄格子に入った。
鍵なんかは捨ててたか、そもそも自動的に鍵が閉まる仕組みだった。
二つ目は誰かがここにオレを押し込んで去っていった。
打ち捨てられた牢屋故にどれほど助けを求めても反応がない。
思い出したときにでも顔を見に来るか、そこらに穴を掘って埋めるよりはラクだろうと考えた殺害方法だとか。
三つ目はここが何者かの邸の、地下か何かである。
オレはその邸の持ち主に恨まれるようなことをして、ここでエグいことをされる予定で保管されている。
私有地の、私的利用する牢屋だからこそオレがいくら叫んだり、暴れ回ってみても無視を決め込める。
ざっと考えても三つも出てきた。
そしてそのどれであれ、オレは詰んでいる。
終わりだ。残念。
……と諦められるほど、オレは判断する速度に優れた男ではない。
目を皿のようにして二十畳ほどある室内を探してまわる。
これだけ広いなら何かしら役に立つものの一つくらい転がっていてもよかろうというものだ。
発見したのは鉄片。
どうやらこの牢獄は相当に古いらしく、牢内で使われている建材の何かしらが剥落したものか、以前の住人の忘れ物なのかもしれない。
オレにとってはこの鉄片が何のためにあったかはそれほど興味はない。
重要なのはこの鉄片が細く、長く、古いけれど劣化はそれほどしていないことだった。
この鉄片を使って牢の鍵穴をちょちょいといじりゃあ。
ちょちょい……ちょ、えーと、ちょちょい、の、ちょい。
ぎいと軋んだ音と共に扉が開く。
ざまあみやがれ、どんなもんだ。
こう見えても解錠の技巧を持っているのさ。
実に賊的。実に便利。
オレはもう一度扉を戻し、今日一日は室内で待機することにした。
待っていれば牢番が現れるかもしれない。食事が回ってくるかもしれない。
淡い期待を懐いて、それは見事に裏切られた。
丸一日、人の気配というものを感じるときはなかった。
そうなれば脱出だ。
いち早く、さっさと脱出してお天道様でも拝むとしよう。
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こそこそと移動しているのも馬鹿らしいくらいに人の気配がない。
探索結果としてはオレが放り込まれていたのは地下のようだった。
流石に地上から数えていないから何階かまではわからないが、上の階層へ進む道は見つけた。
このまま下の階層があるかを探してもいいが、まずは地上を目指したい。
出口なり飯なり水なりを確保した後に気になったら下ればいいだろう。
上の階層も似たようなもので、人の気配もない。
あるのは空っぽの牢だけ。
同じように上に進むと、明かりがそれなりに灯されており、人間の息吹を感じなくはなかった。
再びの探索。このエリアには殆ど牢獄がない。
あったとしても一時的に留め置くためであろう小さな部屋程度だ。
オレ専用のスイートルームと比べれば猫の額だ。
それなり以上に大きい──おそらくは牢獄が正しく運用されていたであろう頃は真っ当な食堂として機能していたであろう場所にはそれなりの数の賊がいた。
じゃあ、今は真っ当に運用されていないのかって言うと、少なくとも料理人がいて定食を出しているような気配はない。
粗末な糧食の残骸や酒が入っていたであろう空き瓶が転がっているばかりだった。
そこには酔い潰れた賊が六人。
半ば酔い潰れているのが二人。
正気を保ってそうなのが二人。
「そろそろ見回りの時間じゃねえのか」
「どうせ何もありゃしねえよ。
人材商の皆様方の大切な財産はがっちり施錠された牢獄の中だぜ?
逃げ出すなんて無理だろうからよお。距離歩くのもだるいし、別にいいだろ」
オレが探ったエリアとは別のところにいるのか、それとも隠し扉か何かの向こう側か。
少なくともこの部屋の隣ってことはなさそうだった。
「いや、お前みたいな酔っ払いが間違って牢獄に入っちまって出れないってケースが多発してるだろ。
ここにいる連中は顔馴染だからいなくなってもわかるが、
次から次へと上から送られてくる連中なんて一々顔も覚えてないし、動向もわからんから見て回れって話なんだろ?」
「めんどくせえなあ。
そのままくたばっていいだろ」
心の底から面倒そうに言う。
ここで酒を呑んでいたいという気持ちがありありと伝わってきた。
「くたばるのは俺も勝手にくたばってろとは思うが、腐りやがったら臭いがひでえだろ。
こっちまで上がってきたこともあるんだ。
そうなる前になんとかしろって話だぞ」
論破された酔いどれが一人立ち上がると、面倒そうに装備(といっても胸甲、帽子、それに木製の棒だけだが)を纏うと歩き出した。
「次の見回りは二時間後、そこで眠りこけてる奴を起こしとけよ。
戻ったら寝させてもらうんだからな」
といった具合に声が聞こえてくる。
オレは隠れ潜んで、見回りの酔いどれの後ろを付けることにした。
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「~♪ ~~♪」
ゴキゲンな鼻歌を奏でながら酔っ払いが進む。
オレがいた地下の辺りを見回って、誰もいないのを確認している。案外真面目な仕事っぷりじゃないか。
何もない壁の一部を押すと、壁は扉となってゆっくりと開いていく。
現れたのは更に下層への道。
上と同じ程に広い部屋、つまりは二十畳はあろう牢獄が幾つも収めることができる広大な空間が広がっている。
ただ、そこにはみっしりと人々がいるってわけではない。
中央の辺りに置かれた三畳かそこらの小さな檻。
そこに三人の人影があった。
ヒトではない。
エルフ、ドワーフ、獣人がそれぞれ一人ずつ。
彼らこそが先程言っていた人材商の財産というやつだろう。
落ち着いた態度を取っていたり、無闇に罵倒を投げてこない辺りは冷静な──ある種の立場というものを感じる。
勝手な想像に過ぎないが、身分のあるものたちなのかもしれない。
騒げば不利になるってことを理解しているくらいには教養があるのだから。
「相変わらず美人ですなあ。
流石はエルフどもの王族なだけある……シメオン様は政治の道具にするつもりだろうが」
檻越しに酔っ払いはエルフを眺める。
「あ~……へへ。誰も周りにはいねえんだよな」
その視線と言葉にエルフが少し身を固くする。
騒げば不利にとは思ったが、まさか人材商の財産に手を出そうなんてな。
酔いどれは鍵を一つ取り出すとそれを鍵穴に挿す。
棒を鉄格子に立てかけると、
「道具は道具でも使い方はこっちのほうが具合がいいだろ。へへ、へへへ……」
などと言いながら、ベルトを外しながら牢へと入ろうとした。
このまま黙って逃げてもいいが、それはあまりにも後味が悪い。
オレは気配を殺しながら彼が立て掛けた棒を掴む。
酔っ払いは下半身をまろびださんとしている。
そこに股間を蹴り上げ、首筋に棒を叩き込んだ。
悲鳴を上げる間もなく男は泡を吹いて倒れた。
驚いた顔をするのは襲われそうになっていたエルフだけではない。
ここに捕らえられていた『財産』たちがオレを見る。
何か決め台詞の一つでも言えればよかったが、正直そんな暇はないようにも思えた。
いや、この男がことに及ぶくらいの時間はあるかもしれないが、オレが酔いどれを倒すという行為に走ったのが脱出マラソンの開幕を自らに知らせているような、そんな心地だ。
男から鍵を奪う。
解錠の技巧のお陰でどの鍵が大体どれに対応するものかがわかる。
まずはエルフのお姉さんからほいほいと解放する。
次にドワーフ、そして獣人。我ながら中々の手際の良さだ。
種族で順番を付けているわけじゃない。出口に向かいながら解放したらそうなっただけだが、解放された連中もそれは理解しているようで不満を漏らしたりはしない。
相変わらず彼らの表情は疑問と、そして解放されたという機会を逸しないための覚悟が浮かんでいる。
「あー、オレの身の上はアンタたちとそう変わらない。さっさと地上に出ようぜ。
……道順は」
それを確認した彼らは互いを見合わせてから、
「ここの構造はある程度なら理解しておる」
「細かいところはワイの鼻を頼ってくれてええで」
ドワーフと獣人がオレに向けて頷く。
ふたりとも男性で、ドワーフはヒゲモジャで顔からは予測が付かないが、肌や筋肉の張り方からまだ若いのではないかと察することができる。
獣人は犬や狼の特徴を持つウォル族のようだが、詳しくはわからない。
交友関係が極めて少ないオレだ。獣人にそれほど造詣を得られるほどの友情に恵まれることはなかった。忘れているだけかもしれないが。
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オレは酔いどれから装備を失敬する。
服は同じでも防具やら棒やらはオレの手元にはなかった、これを身に着けてりゃ変装にも箔が付くだろ。
連中は身内以外に顔を覚えてないって話だったからな、もしかしたなら上手くいくかもしれない。
オレの言葉に彼らも頷いて地上を目指し始める。
道中で何度か歩哨代わりの賊と遭遇するが、こちらを不審に思うことはない。
なのでありがたく不意打ちをしては装備やら小銭やら中身が残っている酒瓶やらを回収させてもらった。
今やオレ、エルフ、ドワーフ、獣人は全員が賊の見回り役になりきれていた。
獣人は時折鼻を鳴らして、こっちは行き止まりだとか、あっちから別の臭いがするだとかで道を案内する。
ドワーフはそれに対して、記憶にある中じゃあそっちは空気を取り込むための小さな穴があるだけだとか、水汲み場くらいだとか、記憶をたぐって獣人と共に経路を相談している。
どうにもドワーフはこの牢獄に知見があるらしい。
エルフ並に長生きとも聞くし、彼には彼の、何かしらの人生があるってことだろう。
少なくともオレみたいな死んでは復活するみたいな、薄っぺらじゃあない人生が。
「あの、あなたは……」
名前を名乗りたいが、考えている余裕がない。
雑に名乗ってもいいが、雑に名乗って定着するのも困る。名前くらいしっかり考えたい。
「どこにでもいる賊だよ」
「賊のあなたがどうして私たちを……?」
「賊ってのは人様からものを奪い、盗むもんだ」
「つまり、私たちを彼らから奪ったと」
「で、奪ったものはオレがどうしようと自由ってわけだ。そうだろ?」
勿論、彼らに何かをしたいわけじゃない。
ドワーフと獣人は道案内を、道中の歩哨で距離や相手の装備問題で倒しきれなさそうなものはエルフの魔術で黙らせることもできた。
オレ一人じゃここまで上手く地上を目指せやしなかっただろう。
「オレは地上に出たいからアンタたちを使った。
地上に出たあと、こき使ったアンタたちは機会を見てオレのところから逃げ出す。
オレは無一文になったがお天道様の下で自由を得たことを理解する、完璧な人生設計だろ」
隠密を重要とする状況だから大きくは笑えなかった。
小さく微笑んでそれを伝えると、彼女も、そして彼らもまた微笑みで返した。




