070_王国暦466年_冬/04
よっす。
まさかの大物と一緒に過ごせたオレだぜ。
ご一緒するための切符の代金は命だったが、惜しくはないね。
しっかし、四歳であんなできた人間になるは『将来が楽しみだぜ』と言えばいいのか、
そんな環境で育つしかなかったことに同情するべきなのか。
……ま、同情なんてされたいタイプじゃあねえな、あのお人は。
さあて、気を取り直して今回のことだ。
なんとも珍しい賊として復活した。
オレは都市の中にいる賊。
というのも、賊ってのは基本的に都市の外で闊歩または定住しているものが殆どだ。
都市に入れないってのが一番大きな理由ではあるがね。
街へと入ろうにも入り口にはしっかりとした警備が備えられている。
戦争状態であれば警戒するのは当然であるし、領民以外が入ることはそのまま治安低下の原因になることが多いからこそ、しっかりと入出はチェックをしている。
つまりはオレのような賊や王国に従わない連中はお外で暴れっぱなしになるしかない。
中がダメなら外でする。
そんな暴れん坊を街に入れればどうなるやらわかったものじゃないもんな。
カルザハリ王国は無茶苦茶なやり方で版図を広げた。
もちろん、大昔からそういう手を打っていたわけじゃない。
王族の中に戦争して支配を強めようって過激派が生まれるが、当代様もそれだったってわけだ。
従うものには手厚く、従わないものには厳しくってのは当然だが、
その広げ方が燎原の火と言うべきものだった。
すんごい勢いで火が回っていくように、すんごい勢いで戦闘と制圧をする。
彼がやったのは占領しては安定させる、なんて優しいやり方ではない。
負けたものたちが喜んで安定を差し出さないのならばと、彼らは『強引に』安定させていった。
反発は大きかったが、それがまかり通るくらいに当代様と王国軍は強かった。
そして反発しきれなかった連中が文明圏からはじき出されて賊になったってわけだ。
話が盛大に逸れた気がする。
世間様に忌み嫌われる賊はそうして生まれ、
生まれた賊から身を守るために都市は亀のように身を固めている。
だからこそ、都市の中に存在する賊ってのはそれだけで珍しい。
都市を専門にして働く『盗賊ギルド』の連中ってのはいるが、あいつらは賊であって賊ではないというか……。
彼らなりの明確なルールのもとにやっている職業賊とでもいうもの。
賊のように空を屋根として懐にベーコンを潜ませるようなヤカラとは違う。
で、オレは盗賊でもないのに賊として都市の中にいる。
カルザハリ王国首都の路地裏にオレはいた。
普通の、取り立てて特徴もない、決して高くはない平服。
巻いて筒状になった上着の中に潜ませた片手剣。
オレは王国に滅ぼされて恨みを持つ連中と共に都市へと入り込んだ賊らしい。
「よう、ええと……」
身内らしき風体の悪い男が話しかけようとするが、なるほど、名前がわからないらしい。
「なんだよ、忘れちまったのか」
オレは名前を名乗ろうとして、さて、適当な名前があるかどうか。
前回使った名前……グラ、ううむ。同じってのもな。
色気を出して何か加えるか?
ちらりと視界の端に捕らえたのは酒場だった空き店舗。
「バルグラだよ。
見覚えあるだろ、この顔」
「あー、そうだった……か?」
話しかけてきた賊仲間がオレの名乗りに疑問とも言える声を上げるが、問題にはしない。
オレの肉体にもこいつの記憶はうっすらとしかないし、その程度の付き合いなのだ。
「で、なんだ?」
「ああ。カシラが全員呼んでこいってさ。
後はお前だけだ」
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取り立てて表すようなこともない。
カシラは普通の賊……に見える。
ちょっと端正というか、賊にしては気品がある気もするが、貴族上がりの(貴族から落ちてきたなら貴族下がりなのか?)賊ってのもいないわけじゃない。
オレたちはカシラと共にこの都市に来た。
厳重な守りをパスできたのは都市の内部でアレコレと仕事をする男爵が手を打ったからだ。
つまりカシラは男爵に雇われたってわけなんだな。
その男爵ってのが悪党で、どうにもオレたちのような連中を内部に引き込みまくって、
王国の懐でもある都市内ですら安全ではないことをアピールするためらしい。
都市には男爵が用意した隠れ家が幾つもあり、悪さをしては隠れ家に逃げ込むという計画だそうだ。
最初の仕事はすぐに動かずに都市の下見と何をするかの選定。
すぐに暴れ出さない辺り、カシラも中々に頭が切れる。賊にしてはだが。
オレはと言えば、下見にかこつけて賊から離れることを選んだ。
折角都市に入れたってのにカシラと一緒に愉快な賊ライフをするなんて勿体ない。
どうせ微妙なところでヘマをして殺されるに決まっている。
都市でしかできないことをしでかしたい。
さて、それはなんだろうか。
行動を悩みつつ裏通りを散歩していると聞き慣れた暴力の音。
「ウチの品に手を出しやがって!」
「ぶっ殺してやるぁ!」
悩んでいる辺りで怒りをあらわにした声。
そちらへと進むと小太りの男が二人、小柄な人影を蹴り回していた。
カシラから受け取った地図で確認すると、どうにも人材商の店舗らしい。
王国じゃあ一応は人材の売り買いは禁止しているが、一応でしかない。
ちょっと薄暗い路地にでも入ればそういうものの取り扱いがある店は珍しくないのだ。
「くそッ、獣人は品薄だってのに逃しやがって!」
「このガキ……売っても値段も付きそうにねえってのによお」
蹴り回されているのは子供。
ボロ布をまとっていて性別なんかはわからない。
話の流れからすると人材商から『商品』を解放したらしい。
うんうん、オレもそれをやってぶっ殺されたから共感するよ。
ただ、共感ばかりもしていられない。
人間は沢山蹴られると死んでしまうのだ。
そして、命ってのも一つしかないのだから大切にするべきでもある。
そんなシンパシーを持ちながらもオレは最初から持っていた剣を構える。
「オッホエ!」
勿論、命の軽重には例外はある。
オレのように命がどうにも一つじゃない奴と、ガキを蹴り回すような奴だ。
つまり、ガキを蹴り回していた男の一人に剣が突き立つ結果となる。
もう一人はすぐにそれに気がついて驚くも、それ以上のアクションは許さない。
鞘が頭蓋にめり込んで命を落とす。
剣や鞘も狙い済ませるだけの余裕に不意打ちを加えれば、これくらいの威力を叩き出すことは可能だ。
ま、自慢はさておき。
「立てるか?」
げほっ、とむせるガキ。
立てなさそうだ。ひどい怪我じゃなけりゃいいが。
ここで捨て置くわけにも行かず、ガキを抱き抱えるとこそこそとその場を後にした。
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その後?
困っている子供を助け、颯爽と逃げたオレに与えられるものは決まっているだろ。
答えは縄と監禁です。
どうして……。どうしてこんなことに……。
色々あって、オレは現在、後ろ手に縄をかけられているのだ。
椅子に座らされ、薄暗い石造りの部屋は人を監禁するのにバッチリ向いている。
本当にどうしてこんなことになってしまったのかと言うと、
「ウチの店子が世話になったようだな」
顔面に目立つ傷のある女が何に使うか考えたくもない、良くわからない鉄製の器具を片手に現れる。
「もがが、もが!」
自己弁護をしたくても猿ぐつわが邪魔で真っ当に喋れやしない。
オレはガキを連れて逃げていると、路地裏で囲まれてしまう。
囲んだうちの一人がオレにいい具合の不意打ちを仕掛けて眠りに付いた。
暴力的な一撃ではない。恐らくは魔術か請願のたぐいだろう。
目が覚めるとこの部屋にいた。
恐らく店子ってのがあのガキだろう。
これでオレが殺したガキにキレていた二人組のことだったらアウトもアウトだが。
「もがーっ!」
必死に抵抗する。
流石にその姿に憐れみを覚えたのか、傷顔の女はため息を一つ吐いた。
「そんなに何が言いたいんだか……。
いきなり怒鳴ったらぶち殺すからな、わかったか?」
お、これはチャンス。自己弁護のためにもオレはそれに頷いて同意する。
もがもが言うと叫ぶだろうと判断されかねない。
彼女は猿ぐつわを解くと、オレは努めて静かな声音を意識する。
「え~……全ては誤解だと自己弁護したく思いまして」
やりたいことは簡潔に。
心をこめてしっかりと。
後悔しないやり方ってやつだ。何?賊らしくない?いいんだよ、賊らしさより命のほうが惜しいんだ。
……これはちょっと賊っぽいかも。
諸々の自己弁護を行う。
簡潔に言えば通りがかりでガキを助けて運んでいたら襲われた。
それだけなんだが。
その会話の最中に外で声。
「だから、助けられたんだよ。あたしが!」
「今は親方が尋問しているから後にしろ!」
「尋問されるような相手じゃないって言ってんだ!」
オレの眼の前にいる人物、つまりは親方はため息を漏らし、
「すまない。どうやら、本当にこっちの手違い勘違いだったわけだ」
そう言って拘束を解くと深く謝罪した。
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なにかされたわけではないので気にしていないが、相手はそうではないらしい。
あのガキは姿こそ見えなかったものの、部屋の外でオレの弁護をしてくれたのもあって、解放された。
親方はオレになにか別の形で謝意を示したい気持ちと、現状でオレにできることの範囲の狭さに悩む。
「金か、それとも……」
謝意を形にしようとする親方に対してオレは
「どうしても何か払いたいってなら、情報を貰えないか?」
と提案した。
賊の知識として王国が傾きつつあるのは理解しているが、内部的にはどうなのかってのに興味があった。
金は死んだら引き継げないが、知識は別。
オレにとっては文字通り情報は値千金なのだ。
「なんであのガキ……いやいや、おたくの店子は人材商に喧嘩売ってたんだ?」
「今、この都市じゃあ盗賊ギルドと人材商がバチバチにやりあってんだ。
業務の一環と言えばそれまでさね」
盗賊ギルドは賊じゃない、ってのは言ったとおりだが、その理由の大きなところは彼らがギルドであることだ。
今の御時世、ギルドって代紋を掲げるってことは多かれ少なかれ国家権力と繋がりを持つってことでもある。
で、現在のカルザハリ王国は当然、王様が支配しているわけだが、急速な拡大によって足元がガタガタになっており、それを狙って新参の諸侯(多くの場合はお情けで爵位を与えられている男爵)が暗躍している。
その一つが人材商売であるらしい。
盗賊ギルドは王国からの依頼で男爵勢力を弱めるためにもそうした『商売』を細らせる仕事を請け負っている。
その一つが今回ガキがやっていたような『人材商の商品の解放』らしい。
失敗すれば死を覚悟するってところは賊と共通するところで、あのガキもそれを覚悟していたし、盗賊ギルドも失敗した奴が戻れるとも思っていなかった。
だから、オレが抱えていたのを見て
『盗賊ギルドの仲間を人材商が奪っている』ようにも見えたのだとか。
まあ、身なりからしても明らかに外様だしな。仕方もない。
「にしても、そこまで酷いのか」
「ああ、ひどいねえ。
今までは王様がバリバリ戦えていたからよかったが、最近は体を崩したらしくて」
「武名と結果による求心力一つでやっていた王国に陰りあり、ってわけか」
頷く親方。
「それでも簡単には沈まないのが王国だけどね。
ザールイネス公爵は未だ西側との戦いで気を吐いておられるし、
ボーデュラン侯爵とライネンタート侯爵も王太子と共に立て直しを図っているそうだから」
そう言いつつも親方の表情は暗い。
オレには理解しにくい感情だが、故郷を失うかもしれないという不安が心に負担を与えているのだろう。
「しかし、そんな急に拡大路線から停止なんて舵切りをして、大丈夫なんだろうかね」
現在の王になってから始まった版図拡大の戦略はもう何十年も続いている。
その勢いは数年前までは続いていたのは確かだ。
「急であればそうかもしれないけど、急じゃあないからねえ……」
王国側の誰の依頼かまでは教えちゃもらえなかったが、話の流れからすると名前が出た侯爵の、そのどちらかだろうと思っておくことにした。
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報酬として頂戴した情報は、金なんかよりも遥かに価値のあるものだった。
王の進軍が止まったのは大体四年ほど前。
どうにもこの王様が止まってからまるで準備されていたかのように王太子が国の立て直しを図り始めたのだという。
それこそ、一切の混乱もなく止めてみせたのには何か裏があるのではないかと盗賊ギルドは考え、調べ、推察した結果がオレに与えられた情報だった。
王は王太子によって『止められた』のだ。
盗賊はその止め方には言及しなかったが、かえってそれが答えを浮き上がらせていた。
つまり毒を盛るなり、魔術や請願を扱うなり、王太子という立場であるからこそできる何かをしたのだろう。
勿論、親方は
「王を王太子がなにかしらの手段で、疲れた体を休ませた」なんて言い方で濁しはしている。
大人の対応ってやつだ。
ただ、本当にそれをしたってなら代替わりも遠い日の話じゃないのかもしれない。
……手を汚さなけりゃ、国が傾く。国が傾けば民が苦しむ。
キツい状況だな、ヴィルグラム。四歳児が背負うことじゃない。
ともかく、盗賊ギルドから出たオレは、貰った情報をどう扱うかを考えていた。
勿論、この情報を盗賊ギルドから貰ったものだ!さあ買った買った!なんてやった日には数時間もしないうちに殺されるだろう。
情報のもみ消しも盗賊ギルドからすればお手の物だろうから、オレが突然気がどうにかなってそんなことをしたところで意味もない。
生まれ育った土地だなんて自覚はないが、それでも何度とも繰り返す復活で降り立つこの地に愛着がないわけでもない。
土地が安定でもしたなら賊にばかり生まれ変わるオレがどうなるかにも興味がある。
何かしらで秩序に貢献できる形はないものか。
思考を取りまとめようとしていると、
「おう、ようやく見つけたぜ、バルグラ」
そう言ってゆっくりとした歩調で近づいてきたのは、目覚めたばかりのオレに声をかけてきた賊仲間だ。
逃げ出したのがバレたわけじゃあないだろうし、さて、どうやってごまかそうか。
「おう、この辺りは──」
適当に駄法螺でも吹こうとした瞬間に、賊仲間がオレの腹に短剣を突き立てていた。
「まさかお前が盗賊ギルドの回し者だったとは驚いたよ」
「なに……を、……しやがる」
「なにをしやがる、だあ?
こっちのセリフだぜ。盗賊ギルドなんて賊の風上にもおけねえ」
ぬかったね。
盗賊ギルドの施設から出てきたのを見られてたってわけだ。
まったく、間抜けめ。
「自由に嬲る俺たち賊からしてみれば首輪の付いた犬ころだぜ。
そんな連中が俺たちを出し抜こうとすりゃ苛つくのも当然、そして苛ついたら殺すのも当然だろ?」
ぐり、とダメ押しの一撃が叩き込まれる。
そこまでせんでもオレは超人でも英雄でもないので死ぬんだが。
「これも、カシラの……いや、男爵の……命令なのか?」
タダで死んでやるものか。
気合で声を絞り出す。
「カシラの正体が男爵だってこと、末端のお前にまで届いてたのか。
事実かは知らねえが、状況証拠を集めりゃそう考えるのが自然だろうよ。
つまり、勝ち馬ってことだ。壊れていく王国よりも、壊す側の男爵に付くのが正解ってもんだ」
「男爵は、死んだ、はず……そんなことが……」
そう、半濁点を喉から漏らしながら死んだはずだ。
「『四人の男爵』の一角が崩れただけだって、シメオン様は仰ってんだ。
誰が死んだのかは知らねえ。
だが、オレらのカシラこそが成功をもたらしてくれる。
お前は乗る船を間違えたってことだけは間違いないよなあ、バルグラぁ」
苦し紛れの一言がまさかの情報を運んでくる。
幸運に感謝するべきだろう。
ただ、その幸運は激烈な痛みを補って余るほどの、と言えるほどオレは痛みに耐性があるわけでもない。
この傷は簡単にオレを殺してはくれないらしい。
賊ってのは人の苦しませ方をよく存じ上げているわけか?
だとしたら嫌な職能だぜ。
何度もあるような痛みがすっと消えて死ぬのとは違い、痛みと出血に負けて、意識を手放し、そしてそのままこの命も闇に溶けて消えた。




