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007_継暦135年_冬/04

 よっす。


 賊のオレだぜ。


 今回は結構レアケースかもしれない。

 なぜなら覚醒(めざ)めた場所が街道沿いだの洞窟だのじゃないからだ。


 どうやらこの賊のマーケットに訪れていたらしい。

 マーケットつってもフリーマーケットだの採れたて朝市だのとは違う。

 いわゆるブラックマーケットってやつだ。


 いつぞや「賊がなぜ金を欲しがるか」って理由がここにある。

 こうして不定期に、そこかしこで開催されているマーケットでの買い出しのためにあくどいことに手を染めているんだ、大抵の賊ってのは。


 今回のマーケットの主催は北西の小都市イミュズの、

 そこから更に西側に進んだ場所にあるメイバラって土地から遠路はるばるお越しになった商人だそうな。

 名前は……『陽髪のなにがし』ってお人だ。

 この肉体の元の持ち主は遠い人過ぎて覚える気にもならなかったらしいので、

 オレが知れる情報もゼロに等しい。


 大抵の都市に住む商人は賊と絡むなんてありえないし、

 万が一こういうことに手を貸したりすれば問答無用で処罰の対象でもあるのだが、

 メイバラってのはそうでもないようだ。

 或いは、厳しいのは変わらないから遠い場所から来てマーケットを開いたのか。


 マーケットははるか昔に打ち捨てられた廃砦を再利用しているため、かなりの規模での開催となっている。

 客が多いのは勿論、出展側も結構な人数で、売っているものも様々だ。

 見ているだけでも楽しい。


「そこの旦那あ!

 東の長城でも使われてる弓は要らねえか!

 こいつを使えば豆粒みたいな的にだって届くぜ!」


 そんな的に当てられるかどうかは別なんだよな。

 いや、そもそも見るからに剛弓だし、引き絞れるのか?

 ……奪ったはいいものの使えないからマーケットに流したんだろうな、この賊。


「こいつは南の獣人だ!狼の血を継いでるぜ!

 今なら隷属の刻印は半額にしておくよ!」


 犬耳の少女が檻の中で力なくうなだれている。

 狼の血とかの以前にこんな無気力な状態の娘、戦えるのか?


 ちなみに『隷属の刻印』ってのは絶対的な主従を結ばせる呪いさ。


 種別的には元々は請願のカテゴリの中にあったもので、自分を対象として発動するハードな自己修養をする際に使っていたらしい。

 数日間祈り続けることを自分に強制したり、食事をしない我慢大会だったりに使うと聞いた覚えがある。

 誰に教えられたかまでは記憶にないがね。


 すんごい悪党が隷属の請願を改造して対象を自分から他人に変えてしまったのだ。

 結果として『こういう商売』に用いられるようになったのだとか。

 ちなみに現在のカテゴリは請願ではなく『忌道(きどう)』ってものらしい。


「傭兵雇わないか!傭兵雇わないか!

 イミュズの正規兵から追われた辞めたてピチピチの騎士団だよ!」


 金額はそれなりの規模の賊が二年は遊んで暮らせるくらい。

 騎士団なんて雇うとしたらよっぽどの大仕掛けなんだろうな。

 そういや、どこぞに『王賊』なんて呼ばれていた伯爵家も恐れる賊なんてのもいるんだっけか。

 王って付いている位だし、そういう奴が騎士団を雇い入れるのか?


 などとカシラと一緒に見て回っている。


「ねえなあ」

「ないっすねえ」


 補佐をしている男と一言区切りの会話をしている。

 オレはこの二人の護衛ってことで一緒にいる。

 護衛はもう一人いるが、マーケットの異様な雰囲気にビビり散らかしている。

 寒村かどこかから中途採用された新入り君だろう。


「何を探してるんです」


 オレの質問に答えたのは補佐。


「騎獣だよ、馬でも犬でもいいんだけどな」


 騎獣、要するに騎乗用の動物だ。

 ポピュラーなのは馬、歩き鳥、蜥蜴、そして犬ってところだろうか。


 犬といっても猟犬や牧羊犬ではない。

 馬のサイズに近いくらいもある。

 速くて小回りが利くが乗り心地は最悪なんだとか。


「騎獣?

 お二人は乗れるんですかい」


 当然、そうしたものを操るのはコツや経験が必要だ。

 とてもではないが、言葉を選んで言えば粗野な二人にはそんな技術があるとは思えない。


「バッカヤロ、オレたちが使うわけねえだろ。

 雇う予定の方が必要だっていうんだよ、騎獣の用意が雇われるための条件だってよ」


 初耳だ。

 まあ、下っ端のオレにそんなこということもないか。


 ここの賊の規模は20名そこそこ。

 金回りはいいらしく、人を雇う余裕があるらしい。

 興味がある。

 どんな人を雇う予定なんだろうか。


「雇うって、オレたちは十分に数はいるじゃないっすかあ」


 バカな賊のフリをする。

 このやり方さえわかっていればいつだって賊とのコミュニケーションはバッチリさ。


「バッカヤロ、忘れたってのか。

 オレたちの目的は──」

「カシラ、騎獣を取り扱ってるヤツを見つけました」


 聞き出す前に補佐が目的のものを見つけてしまった。

 残念。


 ───────────────────────


 騎獣の交渉に時間が掛かるらしく、オレは自由時間を与えられた。

 もう一人の護衛とは交代制なのでそう長い時間は貰えないと思うが。


 折角なら腹でも満たそう。

 カシラからお駄賃はもらっているのでメシを探すことにした。


 フードコートは賑わっていた。

 よくわからない魚介やら、よくわからないケバブやら、よくわからない酒やら。

 ラインナップは豊富だが心惹かれるものがなさすぎる。

 一番の人気は焼き甲虫のようだった。遠慮しておきます。


「今回の儲けはイマイチだな」

「そうですなあ、ビウモード近郊はそれなりに潤っているとは聞いておったのですが」


 探すのも疲れて、適当な串焼きと酒を頼んで席につくと、

 隣で赤毛の蓬髪(ほうはつ)の男の愚痴を初老の紳士が受け止めているのに遭遇する。

 賊にしては雰囲気がある二人だ。


「西側はシケてんのかもな、全体的に。

 まー……この辺りは守衛騎士(ガーズ)も少し多めらしいから仕方ねえか」

「潤っていた連中も稼ぐだけ稼いで移動したということですかな」

「だろうな」


 チンケな商売しかやれねえヤツばっかでつまらない。

 蓬髪が退屈そうに手酌した酒を飲んでいる。


「よう、(アン)ちゃん。

 シケたツラしてるなあ。

 アテもなしに酒を飲むと悪酔いするぜえ」


 暇すぎるので絡んでみることにした。

 買っていた串焼きの皿をずいと彼の前に出しながら。


「ア?……ああ、確かにな」


 いただくぜ、と赤毛。

 がぶりと噛みつくようにして串焼きを食って、酒を飲む。


「お前もこの辺りの賊か?」

「ああ、普段は洞窟でこもってるが、

 久しぶりにこうして外に出てきたんだ。

 カシラが騎獣をお求めらしくってね、何に使うんだか」


 兄ちゃんは?と聞くと、

 「メイバラからだ」とのこと。


 ……赤い髪の毛。

 黄昏時の太陽みたいな……。

 いや、まさかな。


「しかし、俺に話しかけてくるとは勇気があるな」

「この辺りでは『陽髪のアルティア』の名を知らぬものもおられましょう」


 陽髪の……なんたら……。

 アレ、オレはもしかしてどえらい相手に串焼きなんぞ食べさせたのでは?


 ええい、今更引き下がれるものかよ。


「いやいや、存じてますとも。

 オレみたいな賊とは住む世界が違うだろう相手と話して見たくってね」

「知っていて話しかけてくるのか」


 ははは、と声を上げて笑う。

 「面白いやつだ」と言ってくれたのでとりあえず気に入ってもらえたのかもしれない。


 笑う彼の姿は人を惹きつける……表現が難しいが、なんとも言えない『良さ』があった。

 こういうのをカリスマって呼ぶのかもしれない。


「住む世界はそう変わらねえさ。

 誰かを食い物にして生きてるってのに違いはねえんだ」


 空になったオレのジョッキに酒を注ぐアルティア。


「串焼きの礼だ」

「ゴチでーす」

「物怖じしねえなあ、お前」


 このコミュニケーションに失敗しても死ぬだけだからね。


親父(オヤジ)、店を見回ってきたけど問題はなさそうだったぞ」


 酒に口をつけようとしたところで、赤毛の少女がアルティアに報告を上げた。


「おう、ありがとな」

「その子は?」

「娘だ、オレに似てイケてるだろ?」


 やや険はあるものの、アルティアの顔立ちは美丈夫といって差し支えない。

 年齢は二十代半ばって感じか。

 もしかしたら若く見えるだけでもっと年は上かもしれないが。


 一方の娘は恐らく十歳くらい。

 父親に似た目元で、意思力の強そうなこと。聞かん坊なんだろうなあと思わせる雰囲気がある。


「はじめまして、ハルティアと申します」


 おお、意外にもご丁寧。


「ソイツも賊だからそんな丁寧に挨拶せんでいいぞ」

「なんだよ、親父と話してたから偉い人なのかと思った」


 前言撤回。


「あー、オレは」


 名乗られたからには返さねばならない。

 さて、なんて名乗ろうか。

 机の上にあるものは串焼きと酒と──


 それを考えようとした瞬間に悲鳴や断末魔の叫びが聞こえた。

 すぐに別の声も。


「守衛騎士だあーッ!!」


 守衛騎士。ガーズ。

 オレたち賊にとって死神の代名詞。


 鍛え上げられた騎士で構成されており、それだけではなく忌道ではなく隷属を請願として『正しい形で』使っている。

 隷属の対象は職務。

 その職務は治安の回復と維持。


 隷属の請願を行う条件を達成したことで纏うことが許される装備には強力な力が付与されていて、

 そんじょそこらの攻撃どころか、大盾を構えれば攻城用の大弓(バリスタ)ですら防いで見せるのだとか。


 治安の回復という名目であれば、確かにこのマーケットの襲撃は理解できる。

 叫び声が聞こえたのは正門の方から。

 であればそれ以外の道を模索するべきだが。


「脱出を、アルティア様」


 紳士の一言に彼らが動く。

 オレもなんとなしに付いていく。

 来るな!とか言われてから身の振り方を考えればいいよね。


「この先に裏口が」


 走りながらの説明。

 しかし、その裏口には人だかりができていて簡単に通れそうもない。


 問題はそれだけではなく、聞こえてくる声だ。


「我らは警句、武器持ち鎧纏う警句である」


 出た出た。

 守衛騎士どものお定まりの口上。

 で、その後は


「朽ちたる楽土に哀悼を」


 出た出た。

 意味はわからんけど、とりあえずお前らは死ねって言いたいんだろ。

 それだけは理解できるよ、賊のオレでも。


 全身甲冑に大盾、武器として大剣か長斧。

 稀に騎士槍を持ってるヤツもいるが大体パターン化されてんだよな。

 街道沿いの見回りのときには馬鎧を着込ませた軍馬に跨っているが、室内では流石に(かち)だ。

 オレたちの退路に立ちふさがる守衛騎士の武器は大剣。

 つまりはオーソドックスなタイプの守衛騎士だ。


 なんて、冷静に見ている暇はない。


 少し離れたところで血と肉が乱舞している。

 大剣が振るわれる度に賊どもが蹴散らされているのだ。

 そうして人だかりはあっさり血しぶきとなって消えて、道は開けた。

 開けたのだが、その先へと進むことはできない。

 何せその先に守衛騎士がいるのだから。


「……」


 守衛騎士の見せる一瞬の間。


 赤毛の青年、紳士、少女、賊。

 どれを狙おうかという判断をしたのがわかった。

 一手早くオレが動く。


 選んだ選択肢は少女を引っ掴む。

 そして、


「兄ちゃん!」


 少女(ハルティア)を思いっきり、ぽーいと投げ渡す。

 彼らは意図をすぐに理解したようだ。

 彼女を抱きとめると別の道を走り出した。


 守衛騎士が動こうとするのに合わせて短刀を関節を狙って投げつける。


 硬質な音。

 一切の痛痒もないといった感じだ。

 しかし、騎士はアルティアたちではなくオレに向き直る。

 愚かものめと言いたげに。


 オレもそう思ってる。

 アルティアもオレも、この場にいる大概の連中はアンタらに殺されても仕方ねえとは思う。

 けど、小さい子を真っ先に狙うのは違うんじゃないか。

 そんなことを言っても聞く耳は持つまい。


 オレはそこらの死体が作り出されたときにできた瓦礫から良さげな欠片を掴む。

 この欠片にオレが真心の全てを込めて投げつけてやるぜ。


「オッホエ!」


 気合の一声と共に加速した瓦礫の欠片が叩きつけられた。


 高い音が響くが痛がる様子はまるで見せない。

 やっぱりダメージはないって感じか。そりゃあそうだ。オレが頑張って倒せるような相手だったら死神だなんて思われやしない。


 言葉もなく守衛騎士は踏み込んできた、しかし大剣が振られるのは見えなかった。

 気が付いたときには真っ二つ。

 最期の瞬間に見たのはオレと守衛騎士の戦いを利用して裏口から脱出するアルティアたちの姿だった。


 とりあえずはこれでよかったはずだ。

 子供が死ぬのは進んで見たいものじゃない。


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