068_王国暦466年_秋/03
よっす。
人様の補給基地を荒らし回って殺されたオレだぜ。
そりゃあ殺されるだろうが、気分はいいぜ。
でも本当は火付けなんてのはしちゃダメだからな。皆は真似するなよな。
オレはいいんだ。賊だし。あと相手も賊並に終わってたし。
などと火付けに関する精神的言い訳をしているオレは現在、ある仕事でゆっくりと進んでくる馬車を遠巻きに見ていた。
ぱっと見だと小屋のような馬車といった印象。
なんだよそれ、と言われそうだが、そうとしか言いようがない。
屈強な、北方の輓馬めいた馬を二頭立てにした馬車が引いている。
その馬が引く小屋めいたものはただの小屋などではない。
強固な材質と魔術的、請願的に保護された超小型の要塞とでも言うべきもの。
それを教えられていなければ誰もこんな馬車は狙わないだろう。というか、あんな凶暴そうな馬を止めようとも思えない。
馬に蹴られたら人はあっさり死ぬが、あんな馬だ。睨まれただけで心臓が止まるかも知れない。それくらい気迫のある姿をしていた。
御者席には二人。
情報の通りならば相当に腕の立ちそうな騎士と傭兵。
騎士はさておき、傭兵の方は全身を布で隠した姿をしていて、男女どころか種族すらわからない。
情報によれば馬車の中にも護衛が一人いるらしい。
そして、我ら賊が狙うは彼らに守られている貴人。
さて、オレは……いや、オレを含む大勢の賊は今、暗殺者めいたことをさせられそうになっている。
それはなぜか。
記憶を遡り、数日前を思い出そう。
───────────────────────
オレが目を覚ましたのはそこら中に松明が光をもたらしている洞穴の中。
洞窟系の賊ってことだ。
『系』ってなんだよって言われそうなので説明させてもらおう。
賊には色んな『系』にわかれているのだ。
いつもの立ち位置とも言うべき『街道沿い系』、その次に多い賊が今回の洞窟系だ。
他にも定点狩りをしない『徘徊系の賊』だとか、
誰かに雇われはしたものの、
雇用主に対してひと気のないところで襲いかかる『裏切り系の賊』だとかもいる。
賊の大辞典みたいな話題はこのくらいにしておこう。
で、どうにも洞窟系の賊たちがざわついている。
記憶を読み解くに、どうやら外から別の賊が入って来ているらしい。
どの『系』かまではわからないが、少なくとも同居人ではない。
ここの洞穴はそこそこに大きいが、それでも違うグループの賊がまるまる入ってくるとすごいのだ。
何がって?
臭いだ。
酸っぱい臭いだけじゃない。なんとも動物的というか、ナマっぽい……こもった臭いがする。
「お……おい、そこの」
「オレか?」
いかつい賊がオレに声をかけてくる。
「俺はこっちのカシラの護衛なんだけどよ、扉を守れって言われてたんだが……ウプッ」
「……ああ、わかった。替わるよ」
「悪いな、オプフッ……」
真っ青な顔。
わかるぜ、この普段の賊スメルよりも凶悪な臭いになっていやがる。
賊歴が長く、耐性があるオレですらちょっと辛い。
そうでなくば、戻してもやむなしの状況だ。
護衛役をバトンタッチ。
そう。
現在、この洞穴には別の賊を束ねるカシラ……大親分的な立場のお人が来ているらしい。
それもどうにもただの賊ってわけじゃなく、どこかしらで権力を持つような有力者らしく、
いつも偉そうにしているウチのカシラが縮こまっているのだとか。
「しかし、この近くの街道に来る馬車を狙え。
それも普通にしか見えない馬車を……って話ですが、イマイチ意図が読めねえんすけど」
縮こまりはするが唯々諾々と頷きはしない辺り、ここのカシラはアタリだ。
付くカシラを間違えると数分と待たずに次の復活送りになることも珍しくない。
「こちらの意図を読む必要はない」
ピシャリと説明を拒否される。
この対応にカシラが激怒して、相手と殴り合いになったりしないところから既に力関係がわかるというものだ。
「わ、わかりやした。
けど、その馬車を襲って、それからは?」
「中にいるものを必ず殺せ」
シンプルなお答え。
流石にそれだけじゃあ納得もできないだろうな、カシラも。
「それと、当日はお前たち以外にも参加者がいる」
「俺のアジトにいる連中ですかい?
確かに俺ぁ、旦那の傘下ですが……」
説明もなし。
上から目線。
カシラは不満げだった。
これじゃあ手伝いたくとも手伝えないと言いたげな声。
「これは手付けだ」
めきめきと軋むような、密閉された木箱の蓋が開けられるような音。
「金に酒に、それに武器。あとは今回の仕事で使えそうなものを幾つか。
馬車に関係しているものを一人殺せば同じだけの量を再び持ってこよう。
馬車の中の貴人を殺せば十倍だ」
扉越しではどれほどの量が提示されているかはわからないが、箱から取り出したであろうコインやら何やらを机に並べている音が聞こえる。
その感じからすると賊的に言えば、一生分、そのくらいのものであろうことはわかった。
「へ、へへへ……そういうことは先に言ってくださいよ。人が悪いぜ、男しゃ」
「その名で呼ぶなと言ったはずだが」
「申し訳ねえ、旦那」
といった感じの話の後、部屋から出て来たのは何とも特徴のないそこらのカシラって感じの男だった。
年齢は四十かそこら。
髭面にどんよりとした目付き。
ただ、賊にしては肌艶がいいようにも見えた。
栄養状態がいい賊なんてのは珍しい。
こちらがちらっと彼を見たように、彼もオレをちらりと見て、
「魔術か請願を使えるのか?」
と聞いてきた。
あいにく、そのどちらもまるで才能に恵まれていない。
「へ?いや、そんなんできねえっすけど」
であるので、そんなことを聞かれるとも思っていなかった。
間抜けな声で返してしまった。
「……変わったインクの匂いがしたと思ったが」
「こんだけクッセえ場所なんです、鼻がバカになっても仕方ねえっすよ」
「オイ!テメエ!旦那になんて口利いてやがる!」
部屋から飛び出てきたカシラが焦りながらオレに詰め寄るなんて一幕もあった。
ともかく、オレは旦那とやらの命令を受けたカシラと共に馬車を狙うことになる。
───────────────────────
賊の集まりはオレたちを含めて五つ。
人数の正確なところまではわからないが、百人近くいるんじゃないか?
勿論、一箇所に集まっていると流石に気配で察知されるだろうと、
離れたところでそれぞれの群れが待機している。
目標と接敵したら『旦那』の持ってきた装備の中にある角笛を吹いて知らせる手筈だ。
ってなところで、状況が戻ってくる。
馬車が走ってきて、オレはそれを見ているってわけだ。
ぱっと見だと小屋のような馬車といった印象。
なんだよそれ、と言われそうだが、そうとしか言いようがない。
屈強な、北方の輓馬めいた馬を二頭立てにした馬車が引いている。
その馬が引く小屋めいたものはただの小屋などではない。
強固な材質と魔術的、請願的に保護された超小型の要塞とでも言うべきもの。
……という堅牢性に関しての情報はブリーフィングのときにあの『旦那』とやらから聞いている。
魔術だの請願だので作られた防御力なんてどうやって突破するんだ?
って質問に関しては旦那が「こちらでなんとかする」というありがたいお言葉だけが返ってきた。
「おい、笛だ」
「え、笛ですかい。
接敵してからって話じゃなかったでしたっけ」
「バカヤロ、御者見ろよ。半端じゃねえよ。
あんなんにこっちから接敵したらまず俺たちが死んじゃうだろうが」
「へへっ、かしこまりました」
このカシラの弱腰なところもナイスだぜ。
大体の賊なんてのは明日も要らなければ命も要らない、今日という日を生きる奴らだ。
しかし、このカシラはしっかりと明日のことを考えている。
そのせいで他の集まりからは臆病者なんて呼ばれているみたいだが、それも仕方のないこと。
風聞をまるで気にしていないあたり臆病者でも肝は太い。
オレは角笛を全力で吹き散らかす。
大音量のそれが響くと同時に馬車が速度を上げようとするも、街道の前方からも後方からも賊がわんさと寄せてくる。
それに乗じてオレたちもそこへと駆け込んだ。
馬車付近はまさしく地獄だった。
壮絶な多数対少数、袋叩き。ミンチ製作所。そんなことになっているかと思った。
違った。
突っ込んでいくオレに何かが降って来た。
顔面だ。賊の顔面が降ってきた。
「は?」
思わず声を上げつつそれを投げ捨てる。
どんだけの馬鹿力で殴り飛ばしたんだ?
前方では馬鹿力の騎士が、攻め寄せる賊に一歩も引かずに武器を振るっては賊を鏖殺している。
「頭を使えバカヤロ!縄だ!」
カシラの声に手下たちは縄を投げる。
ここの賊はあれこれと強者への対策を考えていた。
例えば縄を投げて拘束をしようとするのも一つのやり方だ。
だが、縄が幾つか当たるも、むしろ剛力によって人の形をしたハンマーとなって相手の武器に早変わりしてしまった。
傭兵の姿はない。
逃げたのか、それともどこかに潜んで攻撃の機会を窺っているのか。
ただ、それを気にするだけの余裕は賊たちにはないようだった。
賊に戦術なんてものはないので、殺されながらも乱戦模様は大きくなっていく。
これだけの護衛を雇っているってのはどんな貴人なのか、そのことに興味が湧いたオレはこそこそと馬車へと向かう。
戦線離脱?敵前逃亡?
好きに言ってくれ。どうせ勝ち目はねえから、やりたいことをやるのさ。
カシラのことは嫌いじゃないが心中するほど好きでもないんだよ、悪いな。
オレは死体に隠れたりして移動して、あっさりと馬車に張り付くことができた。
要塞であれ、なんであれ、守りのしっかりしたものはその分だけ脱出しにくさを伴うもの。
だからこそ誰にも明かされぬ逃走経路なんてものが用意される。
馬車であればそうしたものを隠しておける場所は少ない。
あるとしたなら、底面くらいなものだ。
ここからは確認できないが、派手な戦いの音が響く。
全滅までの時間、それほど猶予もないだろう。
───────────────────────
底面で脱出口を探そうとしていると、派手な音が鳴った。
何かが馬車に叩きつけられたのだ。
よほどの衝撃だったのか、馬車が少し車輪が進むのとは別の方向に動く。
ここからでは何があったか、すぐにわからない。
ごとん、と落ちて来たものを視覚が捉えた。
その『何か』についての答え合わせの機会はすぐに訪れた。
槍みたいな太さの矢。長さもちょっとした手槍くらいはあるかもしれない。
じゃあそれはもう槍だろ、と思うが、作りは矢のそれなのだ。
要塞並と旦那からは言われていたが……、まさか解決策も矢のスケールアップ版でくるとは思わなかった。
いや、それでも破壊や貫通には届いていない。
「なっ、なんだあ!?
ああ、男爵の野郎!!俺たちを足止めするためだけに使いやがったん」
馬車の近くでカシラの声が発せられたが、言葉が紡がれている途中で尻切れに終わる。
何があったかは予想が付く。あめあられと降ってくる大矢の犠牲になったのだろう。
ホント、結構好きだったぜ、カシラ。
心のなかでカシラに別れを告げはするも、こっちもいよいよ身動きが取れなくなった。
もとから身動きの取りにくい馬車の底面に張り付くような形ではあるのだが。
カシラの次に大矢で貫かれるのはオレかもしれないな……などと考えていると、
そこに、ぎいぃと音を立てて底面の一部が開いた。
「まずは私が見てまいります」
「行くならオレ様の方がよくない?」
「いいえ、安全を確保するまでこちらでお待ちを。
まだこの馬車の耐久は持ちますので、破られる前に脱出できる方策を」
「安全とかそういうのじゃなくってさ──」
そういいながら何かが出ようとするも、身動きが取れないようで、出たり入ったりしている。
「そのサイズじゃあ、そこ通れないでしょ」
「……無念です」
相当の巨体らしい何者かが無念を告げる。
この状況でコントでもしてんのかと言いたいが、突っ込んでいる場合でもない。
出入りしようとしたものが中に引っ込む。
オレは引っ込むのに乗じるようにして一緒に馬車の中へと入り込んだ。




