065_継暦136年_秋/06
よっす。
犬に食われて死んだオレだぜ。
あの後、どうなったんだろうな。
万事上手くいったなら良いんだが。
……なんとなくだが、あの少年は上手くやりそうな気もしているし、彼の運を祈っておこう。
今回のオレは賊っちゃ賊だが、ただの賊じゃあない。
臨時で雇われた兵士代わり。
賊を雇う?正気か?とも思ったが、どうやら事情があるらしい。
オレがいる賊の一団はこの辺り──アドハシュ原野を根城としており、向こう見ずな冒険者相手に小銭稼ぎをしているらしい。
しかし、最近妙に活発になってきたアンデッドどもに手を焼いているらしく、
そのアンデッド退治を兼ねての部隊がここまで来た。
が、単純な頭数が足りないから賊を雇ったらしい。
「カシラぁ、大丈夫なんすかねえ」
暇を持て余してオレはカシラへと声を掛けた。
「あー、雇い主か?……ま、大丈夫じゃねえの?
ビウモードもルルシエットも気に食わねえが、あそこの雇い主は男爵家なんだろ?
敵の敵は味方って言うじゃねえか」
男爵家が最近、ビウモードに積極的に喧嘩を売り始めているのはこの肉体が知っている。
現状ではまだ正面衝突するほどではないにしろではあるにしろ、
それに呼応してビウモードに苦汁を舐めさせられてきた無法者やら賊やらは男爵に味方するものも少なくない。
この一団もどうやらその流れを汲んでいるようだった。
自分たちのテリトリーを掃除してくれて、しかも男爵にとっても何かしらのメリットがある。
その上で報酬も高額。
それに釣られた賊は相当な数がいた。
「けど、出発しねえんすかねえ」
「なんか男爵の身内が合流したんだとよ、ここでドンパチしてたらしいんだが負けて逃げてきたんだとか」
「逃げて来た?アンデッドに負けたってことすか」
「『あれ』に手を出しちまったんだろ、どうせ。
ビウモードと戦うために戦力が欲しいからって」
「魔剣ですかい」
カシラが言うところの『あれ』とはつまりはこの原野に眠る、
触れてはならぬと伝えられる存在たちだ。
かつてのビウモードとルルシエットで行動騎士の位を授けられたものたち。
『魔匠』ロドリックと『憎念』バスカルの話は伝承ではない。
生ける……いや、死してなお動く恐怖。
そいつに触れたってなら、軍を率いても負けるのも理解できる。
などと会話をしていると一団が動き出した。
「しっかし、随分と集めたすよねえ」
「うちら以外に、ノーベーコン爆食党に、愛するヒヨコよ永遠に、頭蓋骨研究会。
このあたりじゃ腕利きつったらこいつらで、それを全部集めたわけだしな」
もう少し名前はなんとかならなかったのか、と思わないでもないが、
ノーベーコン爆食党はお守り代わりのベーコンを食べることで永らえる力を取り込むという独自の家訓を重要としているから。
愛するヒヨコよ永遠に、こいつらは親を失った賊子供を育てている一党だから。
頭蓋骨研究会は独自色の強い魔術と儀式に傾倒していて魔術ギルドを追われる身になって住み着いたから。
実はそれぞれに明確に意味があるし、名前からして自分たちの立場を表明しているとも言える。
ネーミングセンスはさておき。
『愛するヒヨコよ永遠に』の一団が離れることになったらしい。
元々、賊子供を育てるために大人が冒険者やら何やらを襲ったりする連中で、
他の集まりよりも規模は大きくても戦力的には不安が残る。
今回は仕事が仕事だけに賊子供が一緒でもなく、三人が参加しているに過ぎなかった。
男爵の身内を連れて退避するのであれば、確かに彼らまるごとを護衛にしたほうがベターだろう。
ただ、そいつらも賊だからあんまり過度に期待しないほうが良い気もするが。
別働隊として、男爵の身内が指揮するとかって声が聞こえてきている。
そうしてやや数を減らしたものの動き出した一団。
「男爵さんよお!アンデッドが来たぜえ!」
「骨如きが俺たちに勝てるか!ベーコンは我らの臓腑にあり!」
口ぶりからするとノーベーコン爆食党だろう。
喧嘩っ早さからもよく知られている。
こうして戦闘が偶発的に発生したのか、賊が先に仕掛けたのかは定かではないが、ともかく戦端は開かれた。
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「《退去》せよ!」
その声と共にアンデッドの一団が消し飛ぶ。
禿頭に髭面の男……オレたちの雇い主であるミドルウォーレンが杖を掲げて言葉を放つ。
「ありゃ、付与術刻まれた杖で請願を発動してんだな。
よし、あれだけの力があるなら切り抜けられそうだ、雇い主んところに行くぞ!」
カシラは活路を見出してそちらへと走る。
勿論オレや数名の手下もそれに従った。
オレが活躍したわけでもないのであったことをざっと纏めちまえば、こうだ。
アンデッドを倒しながら先へ進む(オレは知らないが、どこかしらを目的地にしていたらしい)。
目的地付近で突然『頭蓋骨研究会』の連中がひれ伏し、祝詞を唱えはじめた。
次の瞬間には連中は次々とスケルトンに殺されていく。
生き残った奴らはそれを求めるようにして死んでいった。イカれてる。
恐らく連中は依頼を達成することが目的じゃなかったんだ。
大量のアンデッドへと同一化しようとしているのか、それとも別のなにかがあるのかまではわからないが、
少なくとも正気の行いじゃあない。
その行動によって陣形が崩れたのか、瞬く間に乱戦が始まる。
こうなれば請願を放っていたミドルウォーレンがどうなったかもわからない。
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『頭蓋骨』の連中が突然の自殺。殉教ってやつかもしれないが。
『ベーコン』の連中は乱戦でどうなったか不明。
『ヒヨコ』はそもそも不明。
そしてオレたちはと言えば
「畜生!こんなところで戦えるか!我々は帰らせてもらう!」
カシラがそう叫ぶと撤退しはじめる。
そうなればオレたちもそれに従うしかない。
が、そこに悲鳴。
骨のアンデッド、スケルトンなんてわかりやすい名前で呼ばれている怪物が『ヒヨコ』の連中を殺していた。
その状況にカシラたちはぶち当たってしまったのだ。
ここまで状況が進めばカシラたちとて戦う他ない。
激しい乱戦の結果、残ったのは結構な怪我を負った状態のミドルウォーレンのそっくりさん。
身内とは聞いていたけどそこまでそっくりなのか……。
アンデッドは明確に手負いの男爵を狙っている。自分の仲間にしてやろうって魂胆だろう。
違う方向に逃走経路を変えてもよかったが、カシラが受け取ったであろう報酬の分をオレはおそらく働けていない。
となれば、仕方もない。
「オッホエ!」
オレは転がっている石を投げつけてアンデッドの頭を粉砕した。
とはいえ、スケルトンを含めてアンデッドってのは少し経てばまた動き出すとも聞く。
「大丈夫かい、えーと」
「リトルウォーレンだ。君は」
リトルウォーレン……ミドルウォーレンの弟さんかね。
「通りがかりの賊だよ、立てるか?」
「う、うむ……。すまない。
この先にわしが雇ったもう一つの部隊がいるはずなのだが、彼らに退却命令を出さねば……。
犠牲が拡大する前に、急がねばならぬ」
どうせ爵位の連中だから「わしの壁となれえい!わしが逃げるまでな!フッハハハ!」みたいなことをいうかと思ったが、
彼はそうではないようだった。
むしろ、悲壮感すら漂う顔つきは『彼らを助けられるならわしの命を捧げよう』と言いかねないものだった。
「……あー……。
肩貸すかい。……アンタみたいなタイプはオレが代わりに伝令やるっていっても聞かないだろうしさ」
驚いた表情を浮かべたもののすぐに彼は感謝を述べ、オレの肩を借りることを選んだ。
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「なあ、ヤルバさんよぉ!
本当にここに坊ちゃんがいるんだろうな!」
声をあげるブレンゼン。
ただ、この場にはヤルバはいない。
アドハシュ原野に入ってすぐに遭遇したアンデッドの群れ。
早速の戦いであったが、その群れはそもそもが別の集団との戦闘中であり、
どうにも連戦に連戦を強いられていた彼らは危機に瀕していた。
ある程度の安全を確保でき、情報収集がてらに彼らとの話を聞くと、
その内の一人、アレックという青年がヴィルグラムと友人関係であり、彼は別働隊と共にアドハシュ原野の中心へと向かったことを伝えられる。
アレックたちはその後に『野営地』と呼ばれる場所へと戻るといっていたが、そこまでの距離を考えれば無事で済むかは怪しいところ。
「それじゃあ頑張ってね」
そう言えればラクだったが、流石にそれができないのがヤルバでもあった。
何よりヴィルグラムの友人であると言ったものを放置して、
その後にヴィルグラムと合流したあとにアレックが死んでいることが聞こえてくれば後味が悪いなんてものじゃあ済まない。
その一団をヤルバが護衛をし、シェルンとブレンゼンは改めてアドハシュ原野を進むこととなった。
暫く進むと、
「なんかこっちに走ってくるお人がいるよ」
シェルンはそれを見やりつつ、走ってくる姿──二人組の後ろにスケルトンが迫っているのが見えた。
「何か知っているかもしれんし、助けておくべきだろうなあ」
今更スケルトンが彼らの相手になるわけもなく、それらを掃討して、逃げてきた二人に接触することを選んだ。
「救援に感謝する……。
この先にアンデッドと戦っている一団はいなかったかね?」
焦った様子の男に対して、
「ああ、えーと、アレックって奴がいる一団なら俺たちが助けた後だよ。
野営地ってところに向かうと言っていたが」
深く息をつくと、
「そうか……ならばよかった」
と心からの安堵を漏らした。
「ああ、すまぬ。
わしの名はリトルウォーレン男爵、故あってこの地で戦いを続けていた」
流石に男爵と聞くとぴりりと緊張が走るブレンゼンとシェルン。
道中でも男爵同盟こそがヴィルグラムを狙っているのだということはヤルバからも改めて伝えられており、
そもそもサリヴァン男爵との戦闘もあって、『男爵』という位を持つものが警戒するべき相手にカテゴリされていたからだ。
「俺はブレンゼン、こっちのがシェルン。
探し人ついででここに足を向けた冒険者だ、物見遊山程度の気持ちでえらい目にあったがね」
そう言っていると、声が聞こえてくる。
「リトルウォーレン卿!ご無事ですか!」
ミドルウォーレンの家臣団である。
後詰めとして用意されていた彼らだったは野営地近くで待機していたものの、
いつまでも状況がわからないところに、リトルウォーレンの雇ったものたち(つまりアレックとやらだろう)が現れて居ても立ってもいられずにここまで進んでしまったのだという。
元々騎士というには素朴な出のものたちが多いミドルウォーレンの配下であるが故の行動と言えるだろう。
「それじゃあ、オレはここまでで大丈夫そうだな」
「報酬を払わねばなるまいよ」
「いいって。ちょっと肩貸したくらいで大げさな」
男爵はやや困ったような表情をする。
礼を尽くさぬは貴族の沽券に関わる、みたいなことだろうかと判断した賊は、
「報酬はミドルウォーレンさんから貰ってるようなもんだ」
そう伝えた。
実際に手付金として支払われている金額は賊が命を懸けてもいいほどのものだったし、
リトルウォーレンもそれを理解はしている。
「早く戻りなよ、野営地の連中だって賊だ。
抑えがいないと何するかわっかんねえって」
リトルウォーレンはもう一度、感謝を示すと騎士の肩を借りて野営地へと戻る。
「アンタら、この奥に行くのかい」
「ああ、そのつもりだが」
「オレも連れてっちゃくれないか?」
「危険しかないが」
「雇い主がどうなったかくらいは確認しておきたいんだよ」
どうにも、この男は信頼できそうな気がする。
シェルンがそうブレンゼンに耳打ちをすると、同行することが決まった。
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えー!なんでこのデカデカエルフの姉ちゃんがここにいるんだよ!?
思わず口から出そうになったのを飲み下す。
何の因果かはわからないが、状況は推察できる。
こんな危険な場所にまで足を運んでいるってことは、あの少年もまたここで何かに巻き込まれているのだ。
それとなく「宝探しってわけじゃないんだろ?」と聞いてみれば、
やはり「人を探しに来た」と返ってきた。
妙な義務感にも駆られていた。
少年を助けることが今のオレがやるべきことなのかもしれない、と。
自分の正体を、つまりは復活していることを明かすことは人を不幸にする。
その意識が強く残る。
それはオレにとっての禁忌であり、自分が彼女や少年と一緒にいっとき共に歩いた人間であるということは伝えられない。
問題ない。
何かしらの理由を作って彼らの手伝いをすればいい。
その結果で求めるのは名誉だの何だのじゃない。
エルフの姉ちゃんが少年と笑い合っている姿が見たいだけなのだ。




