060_継暦136年_秋/A04
「……あー……」
この再会は考えていなかった。
流石のブレンゼンも言葉もないようだったが、
「そこのガキを連れて来たやつにはビールを三杯奢ってやる!」
喧騒の中で子分の声が響いた。
そこかしこでマジかよ!だとかチョロいじゃん!だとかが聞こえてきて、ろくでもない連中がすぐにオレとブレンゼンを囲む。
「詳しい話は後でってわけには」
「……わかったよ、坊ちゃん。その代わり、必ず話してくれよ。
俺を祟りに来たアンデッドなのか、
それともそっくりさんだったりするのか。……マジで復活でもしたのかを、な」
「約束する」
オレがそう頷くとブレンゼンが手を差し出してくれる。
掴むと引き起こしてくれた。
そのやり取りが終わるかどうかのタイミングで重い打撃音。
それと共に転がってきた悪漢。鈍器が叩きつけられてひしゃげている。
「ヴィー、怪我ない〜?」
シェリルは鈍器で包囲を突き破りながら現れる。
周囲に悪漢どもが(うお……でっか)と言いたげに彼女を見る。
見ているものは武器であったり彼女の背丈であったり、まあ様々だろう。
オレは「こっちは大丈夫、ヤルバは?」 そう言おうとしたときに聞こえてきたのは──
「で、出た〜〜〜ッ!剛力爆発だあ!
あの巨体を投げ捨てたあ!!
暗黒騎士、地上での名声を今!力に変換したかのようだーッ!!」
悪漢が実況解説に転身して状況を叫んでいる。
うん。ヤルバは大丈夫そうだ。
「あっちもお楽しみなんだ、こっちも楽しませてもらおうぜ!」
「俺はビールを狙うぜ!」「やっぱデカデカだろ!」
子分だけではない。
オレとシェルンを狙った悪漢たちが押し寄せてくる。数は3:7。
人気がないのを喜ぶべきかどうかはわからない。
「無視すんなよ、寂しいだろうがッ!」
迎え撃つのはブレンゼン。
普通に武器を使って切った張ったをしているが、誰も気にしていない。
勿論、冒険者身分からしてみれば彼らとは殺し合う関係だから不思議ではないのだが、
ここは一種の中立地帯というか、非戦闘領域なのではないのか。
誰もそんなことを気にしている素振りはなかった。
ブレンゼンが相手ならばと武器を取り出している。
こっちの武器は短刀一つ。
悪漢どもは思い思いの得物を構える。
さてどうしたものか、苦笑いを浮かべるオレに
「ヴィー!」
そう呼びかけたのはヤルバだった。
「これを使ってくれ!」
遠くからヤルバが短剣を投げ渡す。
「ギルドマスターが役立ててくれと言ってい──」
「だっしゃあ!!」
ヤルバが短剣をオレに渡してくれたものの、台詞の途中で親分が逆襲に入る。
彼らは何故か素手で殴り合いを続けていた。
「これは……」
「ガキがよッ!ぼっとしてんな!」
悪漢が攻め寄せるのに合わせてオレはそれに力を込める。
見えざる刃が形成されると、悪漢はあっさりとオレに切り伏せられた。
クレオのときに使ったものと同質の付与術が込められている。
……こりゃあいい。
オレは武器を構えて、その切れ味を試すことにした。
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「くそっ、先生!先生!!」
尻を揉んでいた男が自分の仲間があっさりと破られるのを見て、堪らず声を上げた。
「先生!後片付けの名前、見せてやってください!」
「ああ、任せておけ」
ゆらりと現れたフードの男。
後片付け……あ、しまった。
「おにいちゃん……どうして、どうしてパパとママをッ!」
猛然と走り出すシェルン。
その方向に居た悪漢たちは肉弾となった彼女に文字通り轢かれる。
合流時点で苦戦していたレベルの相手もいたはずだが、その力量差を埋めるほどに彼女の怒りは深いのだろう。
だが、ああ、そいつはサークじゃない。
シェルンの狙っている仇ではない。
「何を言っている」
「自分がやったことも……忘れたっていうのかあッ!」
完全に怒りが彼女の思考を塗り潰した。
オレはなんとか誤解を解こうと思うも、包囲は厚い。
勿論、偽サークというか、確かコリンと呼ばれていた男だったか、彼が大切だとかそういうわけではない。
ただ、シェルンが相打ちでもいいからなどと考えて欲しくなかった。
が、それは杞憂というものだった。
鈍器を振るう動きすら見えないほどに剛腕で振り抜かれた一撃はコリンには重すぎた。
ひどい衝突音と共にコリンは壁に叩きつけられ、絶命した。
「せ、先生が……ひいいい!」
尻揉みが逃げると他のものも散っていった。
「ノーーーックアウトォォォ!!勝者!暗黒騎士ィィィィ!」
ヤルバの方も片付いたらしい。
「……俺の出番はなかったな」
苦笑するブレンゼン。
オレは
「出番がないくらいが丁度いいでしょ」と慰めにもならない返答をしながらシェルンの、というよりは叩き潰されたコリンへと向かう。
「シェルン。
ごめん、間に合わなかったけど……これはサークじゃない」
「……え?」
呆気なく死んだのが兄かと思って呆然としていたシェルンはその言葉に視線をオレへ、そして死体へと向ける。
オレは死体のフードを剥ぐと、シェルンは一言。
「……誰でや?」
ぽかんとしながら呟いた。
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「はははっ!そういう事情だったのか、嬢ちゃん!」
「笑わないでや、ほんとに困惑してたんだから」
「まあ、アイツはアイツで賞金首なのは間違いない。
上層でウブな冒険者を出待ちで殺す。お気に入りの女冒険者をいたぶって殺す。
常習的に危険な薬物に手を出して悪党やら怪物やらとも殺し合いまでする。
最近は鳴りを潜めたが……」
ともかく、悪人だということは伝わる。
彼を討伐した証としてタグやら耳やらは回収して、それ以外は悪党側の掃除担当が運んでいった。
ブレンゼンは言葉を選んでいるようにも見えた。
そう言えばコリンはサークに負けた、なんてことを言っていたか。
負けてからは大人しくしていたのかもなとも思うが、後片付け襲名後に即用心棒めいたことをしていたわけだし、懲りてはいなかったのだろう。
結局、兄妹相手に2タテしたわけだ。
この酒場で殺し合いに発展するのは珍しくもないらしい。
死体はさっさと片付けられ、すぐに平常運行が始まっている。
「さて、坊ちゃんよ。
聞かせてもらおうか。アンデッドなのか、それとも」
「あー、そうだな……うーん」
「話したくないの?
それともわっちがいたら言いにくいとか」
「いや、そういうわけじゃ……ないと、思う」
オレは素直に伝えることにした。
記憶がないこと。
そして、オレの死に関する話は人に話すと不幸になる気がしていること。
「不幸になりたくないなら、席を外して欲しい」
警告はしたものの、席を外すものはいなかった。
ブレンゼンは平然と、ヤルバは少し複雑そうな、シェルンは微笑んでいる。
「それじゃ、……話すよ」
どこから話すべきだろうかと思ったが、まずはアンデッドではないことを告げる。
殺されてから、今になって含めて、オレは人間のままだと。
まあ、人間かどうかの確たる証拠はないんだけど。
次に、目を覚ましたところからの状況を話す。
クレオたちを助け、死に、目を覚まし……それらを包み隠さず。
そして、タッシェロ男爵との邂逅について話そうとする。
ヤルバが止めるようなら、ここはスキップしようと思っていたが、止める様子はなかった。
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ここまで話している以上、ヤルバにも本当のことを告げる。
オレはアンタに殺されたのだと。
もちろん、オレがそんな都合よく生きているわけではないことも彼はわかっているだろうし、オレを殺すことは何か事情があったことだってわかっている。
だから可能な限り罪の意識を感じさせないように伝えたつもりだが、……まあ、そうは受け取れないよな。
ブレンゼンはヤルバもオレを殺していたという話を聞くと、
「一応、お前さん伯爵付きの騎士だよな?」
と聞きはするも、だからこそ事情があるのかと考え、
「細かいことは坊ちゃんの話のあとだな」
そう言葉を切り替えた。
一通り話し終わり、オレは纏めるように、
「つまり、なんで蘇ってるかはわからない」
ぐい、とジョッキの中身を飲み干したブレンゼンは、
「俺はお前さんをぶっ殺した。金のためにな。
殺したからには殺される覚悟をするもんだが、坊ちゃんはそんなこと望んでもないだろう」
命の軽重が違うからな、とは言えなかった。
無闇矢鱈に人を傷つける言葉になりそうだからだ。
「坊ちゃんよ、どうしたい。
これからの、話さ」
ブレンゼンはその『どうしたい』を補強するように続けた。
「俺は学もねえからわからねえが、その命の秘密ってのを探るってのもありだろうな。
この世界は広いし、大学者って呼ばれるお人も多くいる。
そうしたお人を巡って話を聞くとか、どうだ?」
「それは」
興味はある。
だが、それをやろうとしてできないことも今までの死にっぷりからわかっていた。
オレは弱い。弱いからそれができない。
「何を望むにしろ、俺にそいつを手伝わせてくれ。
こう見えても色んな仕事をやってきたから、役に立つぜ。
……どうだ、俺に贖罪の機会を与えてみないか」
許しを乞われるよりも、よっぽどいい。
オレは実にこの申し出を嬉しく思う。
「あ、わっちも一緒に手伝うよ。
いいっしょ?」
「仇討ちはどうする?」
「旅をしている中で見つかるっしょー。大丈夫大丈夫。
ヒトと違って時間はあるから。あはは」
あっけらかんとしている。
それがシェルンの優しさであることも理解してもいる。
「ヤルバ、お前さんはどうするよ。
殺しちまったご同類として一緒にやるか?……ってわけにもいかねえんだろうな。
お前さんは騎士だ、やるべきこともあろう」
騎士としての職務がある。
「……ああ、これが恩を返す機会だというのはわかっているが」
なにより、愛した人のためにやらねばならないこともある。
その内容がオレを殺すことであったとしても。
「だが、やれないことがないわけでもない。
ヴィーが命を落としたあとに目を覚ます場所を自分は知ることができる。
それを二人にも教えるというのはどうか」
「悪くないな」
「便利でや」
死んだ後のことなんて考えてどうする!なんてならないのは、ここにいる全員が冒険者らしい現実主義者である証拠かもしれない。
いかにブレンゼンやシェルンがいようとも、オレが強くなったわけじゃない。
死んだ後に離れ離れになって、という状況を解決できるというのは強みだ。
「ありがとう、皆。
シェルンはなんだか巻き込んじゃったみたいになったけど、これからも」
よろしく。
そう言おうとしたときに別の卓で悲鳴が上がった。
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オレたちは即座に周りを警戒する。
その内の一つがシェルンへと飛び込んでくるが、それは中空でブレンゼンの剣で真っ二つに割られた。
転がったのは狼の怪物。
「この狼はサリヴァン男爵の」
ヤルバがそう呟く。
状況をむしろオレたちよりも深く理解しているようだった。
襲いかかってきたのはこの一匹限りではない。
相当の数がこの酒保へと入り込んで、誰も彼も構わずに噛みつき、爪を立てようと襲いかかっていた。
「なんだ!?怪物がここになんで」
「それより、なんで俺たちを襲いやがる!ゴジョがミスったのか?」
「いや、ゴジョじゃねえ。これがゴジョが報告してた制御不能の怪物か?」
「だったらキーパーは何してんだ!?」
酒保の客が声をあげる。
冷静なものもいれば、混乱しているものもいる。
応戦するものもいれば、それに乗じて盗みを働くものもいる。
「落ち着いて話もできやしねえ。さっさと逃げようや」
ブレンゼンが舌打ちをしながら言った。
「うん、それがいいっしょ。逃げよう逃げよう」
それに同意するシェルン。
ヤルバは頷いて応じる。
阿鼻叫喚の酒保から出口を目指すオレたちに向けて、咆哮のような声が響く。
「見ィィィつけェたァ」
目指すべき出入り口のには二足で歩く、狼の怪物が現れる。
西方に分布するという獣人種とは異なる、知性の欠片も感じないものだった。
かろうじて発する人語も、獣の喉を通しているからか不気味な音が混ざる。
「人間を捨てさせられるほどに追い詰められるとは思わなかったぞ、ヤルバッツィィィ……」
オレは見てしまった。二足狼の片手にはオッサンの亡骸が掴まれているのを。
あの二足狼に噛まれ、捕食された痕跡が見えた。
なんだよ、逃げれるんじゃなかったのかよ、オッサン。
妙な説得力というか、死んでも死なないような雰囲気があったからどっかで安心していた。
誰かのために死ぬならいい。オレはそれで構わない。
けれど、誰かがオレのために死ぬのだけはどうしたって許容できなかった。
まるでソレは手軽なスナックをつまむような感覚でオッサンの頭蓋を噛みちぎり残った部分を投げ捨てた。
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