006_継暦133年_秋/02
よっす。
賊に出戻りのオレだぜ。
前回は残念だったなあ。
しかし死んじまったものは仕方ねえ。
なーに、死んだが得られたこともあったぜ。
冒険者は全国共通、それを管理する冒険者ギルドも同様だ。
つまり、どの街であっても冒険者に登録するのは極めて楽だってことだな。
次に運が向いたら冒険者就職ルートを狙ってみるとするか。
自称『百万回は死んだザコ』であるところのオレは諦めがいいのだ。
さて、死んだことだし出戻りを楽しむとしよう。
悔しくないし、残念でもない。
こんなこともあるさ。
諦めは付いてる。
……ごめん。ちょっと、いや、かなり残念だ。
はあー……。
いやさ、腐らず次の機会を待つとしよう。
どうせ幾らでも機会はあるんだからな。
さて、今回の賊はちょっとばかり異例のメンツだ。
なんとカシラが魔術使いなのだ。
だが、魔術士ではあるまい。職能はあっても職業じゃあなさそうだし。
お魔術が使えようとオレたちゃ賊さ、どこまでいってもな。
拠点にしているのは廃村だ。
滅んだ理由はわからない、オレたちが根城にした時点で滅んでいたのだ。
カシラはまるで好々爺といった風情の男で、村の中央で日向ぼっこをしている。
この体の記憶によるとこの辺りはど田舎もいいところだが、やや入り組んだ交易路のせいで道を間違えてここまで来てしまう旅人や商人が少なくないらしい。
つまりは、そいつらがカモってわけだ。
「あのお、すいませーん」
罠にハマる奴の頻度は一週間に一度。
大きい収益ではないが、大きな賊でもないので問題ないということだろう。
カシラに、オレに、外に三名ほど。それで全てだ。
「あのお〜!」
……っと、振り返りに夢中になっていて気が付かなかった。
本来はオレや手下の賊が応対するべきではあるが、ここではあえて村長が相手をする。
若い連中は村の仕事に忙しいという演技ってやつだ。
「はいはい、どうしました?
おや……旅の人ですな」
白々しく対応するカシラa.k.a偽村長。
「ここ、どこでしょうか?
道に迷ってしまったみたいで……」
「ああ、交易路から外れてしまわれたのですな。
ここらは迷いやすいですから……よければこちらでお茶でも」
行商ではなさそうだ。
ちょっと残念そうなのが背中から透けて見えるぜカシラぁ。
他の連中も一応は準備(勿論、賊としての)をしつつも、本腰はあげていない感じだ。
旅人の格好は裕福には見えず、ついでに言うと女でもなかったからだ。
ここの賊も他と変わらず女日照りが続いている。
「ああ、ありがたいです。
水筒の中身もすっかり飲み干しちゃったあとで」
「ははは、生水の摂取は旅では命取りですからのう。
おおい、お茶の準備を」
カシラのご命令だ。
「はい、すぐに!」
オレは元気に答えた。賊感ゼロ活動。
───────────────────────
オレは一応、室内でカシラに代わってお茶の準備をする。
お茶といってもそこらの雑草をアレコレと手を入れただけの『お〜い、草』って感じの液体だが風味はまあ、お茶と云えばお茶。
工夫次第で雑草だってお茶っぽくなれるのだ。
賊のオレも冒険者っぽくなれたわけだしな、時と場合。やり方次第。歩き方一つで居場所も変わるってなもんだ。
……はいはい、前回のことを引きずってますよ。
でも、ウィミニアを見殺しにもできなかったんだよ。
「旅の方はどこへ向かう予定で?」
オレがお茶の準備をしていると、リビングではカシラがさり気なく探りをいれている。
こういうのは大事だ。
もしも相手が仲間連れだったり、ここに来ることを知っている相手がいたりしたら逃げなけりゃならない。
この村は屋根のある家もあるし井戸もあるので捨てるには惜しい拠点なのだ。
「元々はルルシエットから、イミュズへと向かうはずだったんですけど」
旅人はそのまま言葉を続ける。
曰く、各地を巡っては日払いの仕事についている人間で、そうした仕事を続けて作られた人脈からイミュズへと招待され、新たな日払いの仕事へと赴く予定だったらしい。
「日払いの仕事ですか」
カシラは警戒の色を強める。
冒険者なのではないかと危惧したのだ。
「識字商いですよ」
本や手紙を読んで相手に伝える仕事だ。
識字率がそう高くはないこの辺りにとって、中々の高収入を見込める仕事。
日払いであるのも理解できる。
どうやらカシラも納得と安心を得たらしい。
お茶の準備が終わったので、オレはそれを運び込んだ。
どうぞ、と出された『お〜い、草』に彼はお礼を言いつつ飲む。
ん?
なんか今、妙な違和感が。
飲んだとは思うが、なんだろうか。
「ほう、イミュズと。
であれば途中の道で西と東を間違えたんですなあ」
はい、これ嘘です。
看板を偽装してんのよ、賊たち。
定期的にね。
二日に一回は戻したり、別の場所にこの村に誘導するための看板を刺しに行ったり。
細かな心遣いがこの村へのお客様をおもてなしに誘う秘訣です。
「気をつけていたつもりでも間違えてしまうとは……情けないなあ」
ほとほと自分に失望したと言いたげな旅人。
「いやいや、よくあることですからのう。
しかしこれから戻るにしても日も暮れ始めてきた。
よければ一泊していきなされ」
すかさずカシラは甘い言葉。
「いいんですか?」
「旅の方には優しくせよというのが村の歴史ですからのう」
ほっほっほと笑う。
堂に入った演技だぜ、カシラ!
「その『優しく』というのは、
寝ている人間に刃を突き立てて荷物を奪うようなものを指すのでしょうか」
本当に一瞬、オレとカシラが硬直する。
しかし老練なカシラは即断即決した。
コイツは冒険者か何かで、自分たちの始末に現れたのだと。
長らくこの村でシノギをしていたからこそ手配されていたのだ。
街のことはオレたち賊にはわからない。
だからこそ、こうしたある種の不意打ちから賊が消えるってのはオレたちにとっては『お決まりの結末』の一つだ。
「炎よ、踊れッ!」
魔術が発動する。
この魔術ってのは以前にチラッと言った『請願』ってのに似た力だ。
特定の言葉を組み合わせる詠唱と、それに力の源を加えることで結果を発生させるもの、らしい。
使えないのでよくわかってないのが実状だ。
そういや、前世で一緒に行動したルカルシが行ってたのは詠唱無しだったな。
違いはあるんだろうか?
気にはなるが答え合わせはできない。
話を戻そう。
魔術は請願と比べて自由度が高い代わりに発動が少し煩雑。
請願は発動するための方法が簡単な代わりに種類が絞られている。
……そんな風に記憶している。
使えたら便利なんだろうけどなあ。
残念ながらオレに才能はない。
賊落ちした僧兵とかで覚醒たら使えるようになるんだろうか?
内心の思考をたっぷりと浮かべてしまった。
状況に戻そう。
カシラが炎を呼び出し、それは自我を持っているかのようにして刺客(仮)に襲いかかる。
いや、詠唱を考えれば踊りかかるというべきか。
旅人は炎を避けるではなく、詠唱の終わりとほぼ同時に自分の服の肩口を掴むとそれを引っ張っていた。
そうすると服全体が引き裂かれるようにして、布の塊となったそれは翻る外套のようにはためいて、魔術の炎を叩き落とす。
「な、あ、魔術が!?」
「発生した時点で天然自然のものと変わらぬでゴザル。
ともなれば処し方など幾らでも」
破った服の下から現れたのはまたも服。
早着替えの類?重ね着?変装?ともかく何かしらのトリックだろう。
片手には何か開いた手より大きい円形の金属を持っている。
この場で何の意味もない金属など持ち出さないだろう、となればアレは何かしらの武器だ。
ともかくこのトリック遣いに対して
ふざけた語尾だと思いながら、オレも武器を抜こうとするが、
「──勉強代はその命でお支払いいただくでゴザル」
声の『位置』が突然変わる。
気がついたときにはカシラとオレの首が刎ねられていた。
変わったのは相手の声の位置じゃない。
オレたちの首の場所が変わったのだ、鞠が跳ねるように宙に跳んでいた。
どうやって?
それを理解することなどできそうもない。
残った意識は離れた首にしがみつき、今生最期の視界を与える。
見えたのはお茶だった。
お茶は一滴たりとも減っていない。
ああ、あの違和感の正体がわかった。
飲んだふりをしていたってことか。
警戒心マックスだったのね。
毒なんてお高い代物を用意できるわけでもないのだが、それはあくまでこっちの事情。
それに気がついたところでこの力量差はどうしようもない。
残念ながらオレの愉快な偽村人ライフはここでお終いだ。