058_継暦136年_秋
ヴィルグラムとシェルンが名も知らぬ賊と合流した頃。
同じ五階、その別の区画で一人の男の剣が走り、冒険者を寸断した。
その剣は東方拵えの、いわゆる刀と呼ばれるもの。
持ち主の扱いに関しては刀術の本場、東方の魔族仕込みといったものではない。カルザハリの軍人が好んで学んだ軍刀の流用でしかないが、それでも十二分な威力を発揮している。
男は明確な特徴を持っていた。
美しく整った顔立ち。
長い耳。
彼はエルフであった。
悪党にまぎれるエルフは、というべきか、そもそもとしてエルフというのはこのあたりの地方ではマイノリティである。
そのマイノリティが、更に遺跡の悪党となっているというのは極めて珍しいケースと言えた。
「『後片付け』だ!向こう半年は娼館で毎日お楽しみできるって金額が首に掛かってる!
逃がすなッ!」
そのエルフ──後片付けサークは語られるエルフの外見とはいささか異なるところもある。
その体躯である。
背は高いのはエルフの共通項と言えるが、その体は歴戦の戦士のように鍛えられたものであり、エルフの持つ儚げという言葉を真っ向から否定するような肉体美があった
後片付けと呼ばれる賞金首を見つけることはそう難しくなかった。
その身体的な特徴は余りにも他者の目を引いた。
「各階層を虱潰しにしてようやく見つけたんだ、逃がすかよ!」
広い遺跡で彼を探すのは骨であったが、一度見つけてしまえば戦いに持ち込むことは容易である。
先走った一人が切られてしまったが、そんなことは彼らにとって大した問題ではない。
むしろ山分け予定の相手が一人減ったことを喜びたい気持ちですらあっただろう。
「持ち込まれた情報で一番の賞金首だぜ!」
生き残った冒険者は四名。
仲間が殺されて何の反応を見せないのは、あくまでも殺されたものが賞金稼ぎをする上で組んだ臨時一党であるからに過ぎない。
「一つ、聞きたいことがある」
賞金首とは得てして、どろりとした瞳をしているものだ。
多くの首を獲ってきた冒険者は経験からそれを知っている。
だが、この男の瞳は澄んでいた。
まるで一切の罪を持たない、無垢なもののように。
「命の代金だ、聞いてやるよ」
臨時一党だとしても一応のパーティリーダーは決定する。
随分古くなった騎士鎧を着た男、それが応対したものであり、彼こそがリーダーであった。
「彼は『還って』きたか?」
「彼?」
「君たち人間の……」
彼は言葉を考える。
この世界で通じている言語は基本的には統一されている。
遥か古えの時代に『意思疎通の超能力』を持った人間によって、強引にひとまとまりされた言語。
それこそがこの世界に於けるベーシックな言語である。
だが、エルフを含めた一部の種族は超能力の影響を受けにくく、後天的に統一されたその言語──『統語』を学ぶ必要があった。
そのため、伝えるべき言葉をよりスマートにするために思考する必要が出てくることも少なくない。
「『神樹を骨としたもの』……いや、これでは伝わらないか。
『人々の犠牲者』、『未来を売り渡したもの』、『不完全な永遠』、……『未然王』。
すまぬ、エルフの言葉ではどうにも翻訳が難しいか」
「……みたいだな」
「だが、その様子でよくわかった。
未だそれは還ってきてはいない。
やはり、私は正しかったのだ」
『賞金首に真っ当な意思疎通を期待するのが間違いだった』とでも言いたげにリーダー格が首で合図する。
意味するのは『囲め』。逃がす気はなかった。
彼らの戦意を理解したサークもまた刀を構えた。
「話は終わり、それでいいか?」
「ああ、構わない」
端的だった。
佇まいは隙だらけにも、まるで隙がないようにも見える。
リーダー格の男は少しだけ惜しいと思った。
これほどの腕前を持つ男が正気だったならば、そして冒険者だったならば、どれほど大成していただろうか。
だが、それは無意味な想像だ。彼を狩らねば生活も『お楽しみ』も立ち行かない。賞金稼ぎは冒険者の中でも因果な商売である。
「その首、頂戴するぜ!」
戦いは一瞬だった。
首を刎ねられたもの、胴を割られたもの、喉を断たれたもの。
囲んでいたうちの三人は即死だった。
残りの一人はかろうじてその一撃を防いでいた。
とはいえ、余裕があるわけではなく、たまたま半歩ほど腰が引けていたからこそ命を拾っただけにすぎない。
「ま、待ってくれ」
降参するように生き残りが武器を捨てて降参を示す。
「お前がさっき言った『還ってきたか』の話。
噂話でよければ可能性を聞かせられる」
「……ほう」
刃に付いた血を一振りで払いつつ、興味を向ける。
「見逃してくれるなら、なんでも話す」
聞かせてくれ、とサーク。
彼がキーパーに依頼されたのは冒険者の間引き。
『数を減らす』ということであれば、もう十分にそれは実行した。今日だけで両手足の指でも足りないほどに斬り殺している。
今更一人二人見逃したところで問題はないと判断した。
「俺はもともとシメオンって名の男爵様のところで働いていたんだ。
つい先日までな。
急にクビにされちまって、こうして賞金稼ぎの真似事をして、殺されかけているってわけだ。ハハハ……」
まるで笑わないエルフに彼もその乾いた笑いを飲み込む。
「男爵同士で同盟ってのを組んでいるらしくて、時折会議が執り行われていた。
偶然、彼らが話しているのが聞こえちまったんだ」
彼は『偶然』とは言うものの、それは勿論そうではない。
金になる情報を引っ張れるならと聞き耳を立てたことは明白であり、冒険者の全てが潔白なものではない。彼のようなものも少なくない。
ただ、その薄汚いと評することができる行為が今、彼の命を繋いでいた。
「管理局のトップが戻ってきたとか言っていた。
確か、ライネンタート……だとか、そんなことを」
「……ふむ」
吐息を漏らすような返答。
ライネンタート。
カルザハリ王国の侯爵。王国繁栄のために運営される管理局の最後の局長。
だが、殺されたと彼は自身の両親から聞いていた。
「男爵どもは侯爵家が滅びて百余年を経て戻ってきたとか、そんなことを言っていた。
どうだ、お前の言う『還る』って言葉に近い気がするんだけどよ……」
ライネンタート侯爵が還ってきたというのならば、確かにサークの還る云々というワードにも接続はされる。
だが、それは彼の求めた答えではない。
「男爵が何をしようとしているかについては」
「さ、さあ。そこまでは……。
ああ、でも死体を必死こいて探していたぜ、これくらいの背丈の少年だ。
ライネンタートよりも早く見つけなければ……なんて言いながら俺たちに捜索の命令を出したんだ」
彼は続けて「それから少しして他の冒険者が死体を持ち帰ったんだ」と続ける。
サークは男爵たちの動きもそれなりに機敏であることがそこから察することができた。
彼が知る侯爵は抜け目のない男で、油断も、そして信頼もできない人間だという風聞であった。
その人物を出し抜いて、彼の捜し物を得たと言うなら、無能者の集まりではないのだろう。
一方で何かほかの有益な情報はないかと思考を廻転させ、生き残りを図る冒険者はふと思い出したように言う。
「そういや、少年は首から三つの金属を下げてんだって聞いたな」
「不思議なことはあるまい」
認識票、資産金属、あとは経験金属というものもあったか。
或いは他のギルドでも冒険者ギルドの認識票を下げているものがいるし、複数の金属を下げていることは珍しくもない。
「ああ、それだけなら不思議じゃない。
けど、いずれの名義にも注目するべきだと聞かされた。
名義はヴィルグラム、発行場所がカルザハリ、表に刻まれている管理番号は確か……」
諳んじて見せる冒険者。
彼が特別優秀というわけではなく、後ろ暗い仕事も受けるものはこうした瞬発で思い出す必要がある記憶というのを仕事道具として持っていることがある。
ターゲットを見つけていざ殺そうというときに一々、そうしたメモを見ている暇がないからだ。
「で、その認識票をオレは見たんだ。
一つじゃない。二つだ。二つあるのを見たのさ」
「二つ?偽造品では」
「ないね。それに関しては自信満々に男爵が言っていたからな」
認識票は理屈の上では作れないとされている。
その作成に冒険者ギルドの炉と接続するような付与術が関わるからだ。
ただ、冒険者ギルドがそうした行いをする利点がない。冒険者ギルド同士も監視し合っている仕組み上、複製品や偽造品を作ればすぐに判明してしまう。
勿論、紛失したことを騙って複数作ることもできはするものの、そうした場合でも認識票の個体ごとに振られた番号でも判断されるため、紛失したとされるものは認識票としての価値を失う仕組みになっていた。
「つまり、本物が複数あると?」
「で、その本物を持っている奴が男爵とライネンタートが追っている少年だってことだ。
少年が複数いるって口ぶりだった理由はよくわからんが、
それもお前の『還ってくる』って言葉に繋がったりするのか?」
その返答は得られなかった。
彼が沈思し始めたからだ。
逃げるわけにもいかない生き残った冒険者は思索が終わるまでただ待つしかなかった。
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サークが知ることとはライネンタート侯爵は殺されているはずであった。
それが『還ってきた』。
そして、還ってきた侯爵は少年の死体を集め、何かをしようとしている。
乗じるように男爵たちも同じことを目的としている。
侯爵の帰還はサークが真に恐れている、未然王の帰還の前触れかもしれない。
サークの認識はそれに囚われる。
帰還は必ず来るものだと両親には教え込まれた。
まるで呪いだった。自らの生きる道を定められた呪い。
『あなたは還ってきた王に仕えるのよ』
『お前は未然王が完全な王道を辿るための礎になるためにあるのだ』
『消えてしまった管理局のために』
『立ち枯れてしまった神樹のために』
今でも両親の声が聞こえるようだった。
サークは両親を殺し、それによって呪いを脱したと思っていたが、そんなことでは長年染み付いた戒めは解けるものではない。
彼は怯え続けた。
『還ってくる』という存在がいるかどうかを、なにより『還ってくる』日そのものを恐れていた。
もしも両親の言うことが正しかったなら、自分はただただ自分を産み、育てた両親を殺しただけだ。
男爵たちの言うように、ライネンタートが還ってきたというならば、
やがて両親が言っていた存在──つまりは未然王とも呼ばれる存在が『還ってくる』可能性はあった。
いや、権力者たちが他の勢力との衝突も恐れずに計画を動かしているというならば、確約されたとすら感じられる。
「……情報には大いに価値があった、感謝する」
刀を鞘へと戻す。
サークは両親を殺す前から精神を失調している。
それでも約束を破ることは恥であると考える程度の正気は残っていた。実際に冒険者はそのまま逃げおおせた。
四階の崩落。
冒険者の増加。
このままこの遺跡で働くのは命数を縮めるだけであるかもしれない。
サークがそう考えていたのもあり、彼が遺跡での後片付けとしての仕事を切り上げて地上を目指す判断を下すのにはそう時間は必要なかった。
(シメオン男爵だったな、彼が従っていたのは。
その人物に従ってみるのが近道になるだろうか)
ヒト種の時間の流れは早い。数えていないから確かなことは言えないが、かつて地上で過ごした頃はもう何十年かは昔のはず。
それでも知識が古くなっていなければ、賞金首の履歴を消すための、新しい身分の獲得なども行わねばならない。
地上に進めばヒト種のような気忙しい生活が待っているだろう。
(思えばそれなりに長く居着いたな。
子宝蜥蜴亭にも世話になった)
それなりの時間を過ごした遺跡で、最後に酒の一杯くらい酒保で引っ掛けて行ってもいいだろうと彼は考えていた。
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Aグラム以外に視点が動くとお話の認識具合が下がるかと考え、
簡易ではありますが時系列のマトメを作成いたしました。
ご参考になれば幸いです。
時系列のマトメ
左の00~の数字は時間の経過。
右の【0xx】の数字はエピソード番号。
一番右の文字列は発生した事象。
00|【054】ヘイズが冒険者ギルドに情報を持ち込む。
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01|【055】冒険者ギルドが情報を精査、確認できたため公表。
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02|【055】情報を得た冒険者が遺跡へと進む。
|【055】両親の仇の情報を得たシェルンが遺跡へと進む。
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03|【055】Aグラム起床、シェルンの協力に関する依頼を受領。
|【055】ヤルバッツィがギルドマスターから『元』短剣を預かる。
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04|【055】Aグラム、シェルンと合流。
|【057】オッホエ、Aグラムたちの後ろを付け始める。
|【056】ヤルバッツィ、ヘイズとの会話の後に遺跡へと入場。
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05|【056】ゴジョによる四階崩落。
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06|【056】Aグラム、ゴジョに認識票を渡す。
|【056】ゴジョ、地上を目指す。
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07|【057】オッホエがAグラムと合流、酒保を目指す。
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08|【057】酒保へ続く隠し扉の前で狼の怪物と戦闘。
|【057】オッホエがAグラムを先に行かせ、サリヴァンと対峙。
|【057】サリヴァンがオッホエを撃破。
|【057】ヤルバッツィがサリヴァンと遭遇、サリヴァンを撃破。
|【058】酒保がある場所とは別のエリアでサークが冒険者と戦闘。
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09|【057】ヤルバッツィが酒保を目指す。
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10|【058】サークが酒保を目指す。
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