055_継暦136年_秋/A04
よお。
寝呆け続けていたオレ様だ。
そう、寝た。
死ぬほど寝た。
死んでしまったのではないかと思われるほどに寝た。
贅沢な時間だった。
オレにとって、日を跨いで生きるということだけでも贅沢だというのに、
こんな素晴らしい寝床まで与えられるとは……正直、それほど貢献したわけではないのに、手厚い支援をしているビウモード伯爵には感謝をしてもしきれない。
「おう、新入り。
ようやくお目覚めか」
「あー……ああ、寝たよ。久しぶりに。
えーと」
話しかけてきたのは冒険者ギルドの受付兼ギルドマスター。
時間帯的に受付嬢を並べて仕事をさせるようなピークタイムではないらしい。
周りを見渡す。
「シェルンを探してるなら、遺跡に行っちまったよ」
「ああ、そりゃあそうか」
親の仇が遺跡にいる話は聞いている。
のほほんとギルドにいる気がしていたが、彼女の目的から考えれば主な滞在場所は遺跡であると考えるのが自然だ。
オレのその反応から事情を知っているのだなとギルドマスターは判断したらしい。
「実は昨夜、でけえ情報が届いてな」
「情報?」
「遺跡にゃあ怪物どもと同じ場所に住んでいる人間がいるのは知っているだろう。
いわゆる悪党なんて呼ばれている連中だ」
怪物はインクの影響を受けた動植物で、人間を喰らおうとする性質がある。
人間が持つインクこそを好物とする、なんて説を出していた奴もいた。
モンスターやらクリーチャーやらって言い方もある。
一方で人間でありながら怪物と行動を共にできるような連中がいる。
それらを悪漢悪女、纏めて悪党なんて呼び方をしている。
人を殺し、そのことに一切の呵責を覚えない連中が持つインクは怪物に近いものに変質していて、それらを悪党と扱うこともあるとかなんとか。
……が、オレはこの説は眉唾だと思っている。
戦争で他の人間を殺している騎士や兵士だって普通に怪物に襲われているしな。
「で、その悪党がどうしたのさ」
「地上に逃げてきて、情報を持って売りに来た」
「珍しいことなの?」
ろくでなしどもだって考えれば身内を売ることくらいわけなくしそうだが。
「悪党になるような連中の殆どは地上じゃあ暮らせない。
脛に傷があるか、ヤバい性癖があるからなあ。
遺跡で暮らしつつ好き勝手したほうが過ごしやすいんだよ、連中からしてみればな。
地上なんて窮屈な場所に出るなんて考えもしないのが普通だ」
考えもしない、というのは悪党になると考え方が変化する、というようなニュアンスを感じた。
ギルドマスターのような経験と知識がある人間の考えだと思えば、
そういう認識になるのかと納得はした。
ただ、例外はやはりどこにでもいて、その例外が今回は大きな情報を持ってきたのだと彼は認識しているらしい。
長く冒険者をやっていれば複数回経験するようなことなのかもしれない。
「で、その情報は」
「膨大な量の情報でな、そこから幾つかを調べたら嘘のないものだった。
その悪党は多額の情報料を手に入れて外の世界にまっしぐら、
そこで発生した遺跡の情報を得た冒険者は全員、遺跡にまっしぐらってわけだ」
「その情報の中にシェルンの兄が?」
「ああ、二つ名の方で懸賞金も掛かっててな」
ダンジョン内に存在する連中にかけられる賞金は素顔によって判別するではなく、装備やよく使う魔術や請願、或いは特異な行動や性癖があるならそれらを判別手段とする。
逆に首に金がかかる連中はそれを名誉だとして敢えて判別しやすいようにしている、とも教えてくれた。
大抵の賞金首は名前ではなく二つ名や持っている武器から付けられた通称でかけられている。
シェルンの兄もその類なのだろう。彼女がそれが兄だと判断したのは開示された情報に彼女だけが兄だとわかる何かがあったのかもしれない。
高額ということは多くの人間を屠っているのかもしれず、その中には生き延びて仲間の仇を取ろうとするものが他にも存在する可能性がある。
単純に賞金首の情報が出回ったから賞金を稼ぎにダンジョンに向かった一党もいるだろう。
「シェルンはどこかの一党と行ったのか?」
仇を討ちたいのなら出遅れるわけにはいかない。
「いや、彼女はソロ専門さ。
頼まれれば臨時一党を組むこともあるし、助っ人したりもするがね」
「一人か……」
ただの仇討ちなら思うところもあるわけではないが、
ダンジョンアタックで、しかもそんな中に潜んで冒険者を殺すような人間を相手に一人。
「気になるか」
「そりゃあ、まあ……」
別に彼女に対して親友だなんだのといった大きな感情を向けているわけじゃない。
シェルンは過去に囚われていた。
その過去って奴が応報を望んでいるのかはオレにはわからないが、少なくとも彼女は両親を殺した兄を討たない限りは前には進めない。
自由な気風を感じさせる彼女だが、その実、誰よりも自由ではないようにも見えた。
それは、なんというか、……悲しい。
表情にでも出てしまったのか、ギルドマスターはオレの眼の前に背嚢を置く。
「俺からの依頼があるんだが、受けちゃくれないかね」
依頼内容は、対象が行おうとしていることへの協力。
その対象はシェルン。
青色位階ならこなせる依頼だろうと判断したのだろう。
やれるか、ギルドマスターの言葉にオレは当然、頷いた。
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物資と共にオレは幾つかの装備を頂戴した。
いずれも還ることのない冒険者の忘れ物だと言っていた。
内容的には硬革と一部が金属で作られた軽甲冑と短剣。
使い古したものだが、質がいい。
オレと似た体躯の盗賊が使っていたものだそうだ。
それに加えて遺跡の地図と、水と軽食もオマケしてくれた。
着の身着のままで行こうとしたギルドマスターが焦ってよこしてくれたわけだ。
道中で戦う気もなかったので構わないと思っていたが、くれるというなら拒否する理由はない。
オレは人から盗んだものは引き継げなかった。
報酬として得たものは使ってしまったので現状は判断できない。
善意で貰ったものは果たして引き継げるのか。
勿論、今回に関しては道中で死ぬわけにもいかないのでその辺りの検証ができるかどうかは考えないほうがいいのだが。
などと考えていると遺跡の入り口に到着した。
その遺跡は街の概ね中央にあり、洞穴がぽっかり口を開けているようなものではなく、
入り口は厳重に作られた石室によって囲われており、石室自体にも厳重な扉で閉じられている。
それでも逆流現象ってのが起きて、街に怪物どもが溢れ出すというのだから恐ろしい話だ。
遺跡の入場許可証もあるので出入り口を固める屈強な冒険者たちが通行していいかの対応をしてくれる。
提出物は上記の通り、許可証と、それに紐づいている依頼の写し、それと認識票だ。
「青色位階たあ、期待のホープってところか」
「運だよ、実力は期待しないでくれ」
「謙遜をするもんじゃないぜ」
実際に記憶も自覚もないので期待しないでほしい。本当に。
ただ、彼らとて冒険者の位階そのものに誇りや祈りめいたものもあるだろう。
「けど、青色として恥ずかしくない振る舞いはすることは約束するよ」
「それじゃあやっぱ、期待しちまうね」
提出物を持ってきたもう一人の門番が全てオレに返却しつつ、声を掛けた。
「シェルンのやつ、無茶しがちだから助けてやってくれよ」
「何度も助けられているもんな。
本当なら俺らが行くべきなんだろうが……」
彼らにはここを守るという仕事がある。
ほっぽって行くわけにもいかない。
逆流現象が何度も起こっている以上、ここで問題が起きたときに対処できる冒険者は必要不可欠だろう。
「代わりにオレ様がきっちり手伝うさ、安心してシェルンの帰りを待っててくれよ」
「ああ、期待しているぜ青色」
青色の責任というものを感じ、オレはそれを果すために心に喝を入れた。
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この遺跡は地下へ地下へと続いている。
安全圏と言われるのは三階層まで。
最下層が何階にあるかは未だ判明しておらず、現状での確認できている階層は十階であるらしいが、
まだ更に下層が存在するとも言われていた。
その辺りはギルドマスターから事前の知識として教えられている。
四階、五階は現状では安全圏ではないとは言われているものの、
今回の情報騒ぎで多くの冒険者がその辺りで行動していることもあって普段と比べて、
むしろ三階よりも安全だろうとも途中の道を一緒に歩いた冒険者から聞いた。
渡された地図の通りに進む。
道中に野犬のような怪物が現れることもあったが、
隠れていればこちらに気が付かずどこかへと歩いていくか、別の一党が文字通り一蹴していった。
そうして到達したのは四階。
こういう場所に関しては本当にまったくの知識がない。
忘れていることが想起されることもない。
遺跡というべきか、ダンジョンというのは厄介だ。
明るさの確保は先人がやったのか、ダンジョンを支配する存在が用意でもしているのか、明かりが点っていたり、壁そのものがそれなりの光度を持っていたりして視界に困ることはない。
では何が厄介かといえば、その問題は音だった。
壁が吸音しているのか、遠くで誰かがいても聞こえない。
つまりはこの場でシェルンの名を呼んでもあのエルフの長い耳には届くことはないということだ。
隠れながら、警戒しながらの移動。
時間は掛かるものの死ぬよりはいいだろう。
別階層から現れる一党が現れればその後ろを距離を取ってこっそりと付いて回りもする。
そうすることで敵との遭遇時に彼らに任せることができる。
勿論、自分を狙って現れる怪物がいないように細心の注意を払う。
怪物を他の一党になすりつける行いは縛り首、遺跡の入り口に色々と注意書きがあった中に書かれていたことを思い出していた。
そのような苦労と小細工をしつつ四階層を巡ると音が聞こえてくる。
音が聞こえるということは随分と近くで発せられているということでもある、何せ遺跡では壁が吸音してしまうのだから、遠くであれば絶対に耳には届かないだろう。
曲がり角を恐る恐る見やる。
そこには悪漢三名と渡り合っているシェルンの姿があった。
「エルフだ!ふん捕まえて売っぱらおうぜ!今日の酒代にはなるだろうよ!」
「おいおい、味見なしかあ?」
「ひひひ、味見はするに決まってんだろ!」
下卑たセリフを吐く悪漢たちに、狩猟動物めいた瞳を向けるシェルンが鈍器を振るった。
流石に四階層の悪漢ともなれば西町に現れた賊とは位階が違うようでギリギリながらも回避に成功している。
シェルンの攻撃もまた様子見の一撃だろうってのはオレからも見て取れた。
「チッ。
ソロだから余裕かと思ってたけどよ、やるじゃねえか」
「しゃーねえ、生きたままは難しそうだ。殺そうぜ。
殺されるよりはマシだ」
「死体でも買うって奴はいるだろうよ。
なにせエルフだぜ、エルフ」
ヘラヘラとした態度から本格的な戦闘姿勢に入る悪漢たち。
戦闘になってしまえばオレの技巧の価値は下がる。
武器を盗んで戦力を下げたりするのはあくまで戦闘前戦闘とも言うべき部分。
そもそも西町に出た賊には通じたが、この階層の連中に事前での盗みが通用したかもわかったものではないが。
「おい!別の一党がそっちに向かったぞ!」
正面からことに当たってもよかったが、合流が優先だ。
オレは賊に聞こえるように声を上げる。
この距離であれば吸音されずに彼らにオレの言葉が届く。
「ああ!?一党だう゛ぉ゛」
声に反応した悪漢の顔面が消し飛ぶ。
鈍器が直撃したのだ。
「くそ!やりやがった!」
「お、覚えてやがれ!」
生き残ったものたちの判断は早い。
全力でオレの声とは逆の方へと走り去った。
「シェルン、お疲れ様」
驚かせる趣味もない。
先にこちらから彼女へと声をかけ、姿を見せる。
「ヴィー!助かったよ~。
でもどうしてここに?」
ダンジョンには似つかわしくない朗らかな雰囲気を大いに発して応対してくれた。
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ギルドマスターや門番兼冒険者、それに勿論オレも含めて、
彼女がソロで仇討ちに向かったことを心配されていたことを知ると、
彼女は申し訳無さそうにして、苦笑を浮かべた。
「で、シェルン。
仇は……」
彼女は小さくかぶりを振る。
「それじゃ、ここからはオレ様が手伝ってやるよ」
「手伝うって」
「一応これでも青色位階だよ、邪魔にはならないようにするって」
「じゃなくって、わっちの戦いを手伝う理由なんてないっしょ?」
その点で言えば、そうだ。
まったくその理由はない。
「シェルンがさ、仇討ちしたあとにどう生きるのかに興味があるんだ」
理由もなく命を張るなんて言われたって不気味だろう。
であれば、理由を言えばいい。
思ったことそのままだと受け取りにくいだろうから、多少は脚色するにしても。
「生きる上で困ってるってわけじゃないんだけどね」
前フリとしてそんな一言を置いてから、
「記憶がないんだ。
生活の上で困ることはそんなあるわけじゃないけど、困ってないってだけ。
記憶がないから、目指すべき場所もわからない。
自由のように見えて、ただ空虚。それが今のオレ様でさ」
他人事めいた言い方。
実感がないからそうなってしまう。
「だから、明確な理由を持って行動している人間が、それを果たした後どうするのかに興味がある。
そこにオレ様がこれから目的を得て生きるヒントがあるかもしれないから」
少しばかり考えるそぶりを見せるが、
協力者がいたほうがソロより目的を達しやすいと考えたのか、
それとも彼女らしい優しさからオレの動機を許容してくれたのか、
「話してくれてありがとう、ヴィー」
その声音からして、やはり後者な気がする。
「一緒に戦ってくれたらうれしいよ。
でも、行くのは殺し殺されの危険な場所ってことは」
「言っただろ、青色位階の冒険者だって」
まあ、記憶がないのに青色位階といってもどこまで信頼できるやら、と思われるかも知れないが。
なので突っ込まれない限りはいつ青色位階に登ったかなどの話はしないことにしておく。
こうして二人のソロ冒険者は臨時のコンビとなった。
シェルンは両親の仇を取るために。
オレはシェルンがそれを果たした先で何をするのかを知りたいがために。
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「ったあー!しまったあ。もっと良い物があったじゃねえか!」
冒険者ギルドにマスターの声が響く。
客もいないからと棚卸しをしていると、妙なところからそれなりの逸品が出てきたのだ。
付与術によって力を与えられた短剣だ。
イミュズの学術系ギルドの互助組織、その設立何年だかなんだかの記念で作られたもの。
彼らのギルドに貢献した一部に配られた代物だった。
見つかったものは短剣をギルドマスターが暇を明かしてそれを改良したもので、柄の長さなんかを調整してより扱いやすくしたりと手を加えられている。
今日のような閑古鳥が鳴いている日はまったくないわけではなく、
業務が暇なのに明かして手を加えたものだった。
が、そうしたものは加えるべき部分がなくなればしまい込まれ、そしてその果てにあったことすら忘れ去られる運命であった。今日までは、そうだった。
「──まぬが」
「どうしたもんかな、今から誰かを寄越すってもそもそもの人員がなあ」
「すまぬが」
間近で呼びかけられているのに気が付かず、少しトーンが強くなったあたりでマスターも気がついて、
「っと、すまねえ!考えごとが漏れ出てたよ!ご用件は……ってヤルバの旦那じゃねえか。
どうしたんだい、忙しいって聞いていたが」
「先日、ここの冒険者に命を拾われてね。
そのお礼に来たんだが」
「そりゃあ、……誰だ?」
鉄色位階ともなれば街の英雄と呼ぶに相応しい人材。
他の鉄色位階であればありうる話だが、そのレベルの人材は遺跡に籠もりっきりだし、
ヤルバッツィが遺跡に入ったという話も聞いていない以上、思い当たった人物ではないと判断する。
「ヴィルグラムという冒険者だ。背丈がこれくらいの」
ヤルバッツィはヴィルグラムから名を聞いてはいない。
それでも、彼が少年がヴィルグラムであるを理解しているのは職務──つまりは管理局の業務上必要なこととして理解している。
「あー……、悪い。
丁度遺跡に出しちまったんだ、他の冒険者の増援ってことでな」
「そうか、……長くなりそうかな?」
ヤルバッツィは危機感を覚える。
男爵同盟の手がどこまで伸びているかはわからない。
何せあの少年は自覚があるかはわからないが、復活したとしても外見が変わらないのはヤルバッツィにとって既知の情報となっていた。
短い時間であればいいが、遺跡での戦いともなれば大抵は長くつくもの。
時間が伸びれば男爵の手が追いつく可能性は高くなる。
ギルドマスターも帰還までの時間に対しては返答の一言目は「どうだろうな」であった。
「臨時の目的は『他の冒険者』ってやつの、親の仇を取ることさ。
だから、そいつが終わるなり補給品が尽きるなりするまでは戻ってこない気もしているが」
「では、自分にも同じ依頼を発布してもらえないか」
遺跡への入場権限の作成はヤルバッツィにもできるが、
冒険者ギルドが依頼として発行してくれるのが最も早い。
「そりゃあ、旦那ほどの実力者が加わってくれるなら安心だが、報酬は安いぜ?」
「構わない。
むしろ彼らの助けになるのならそれが自分にとって一番の報酬になる」
それならいいが、とギルドマスターは依頼を作り、対応した。
ヴィルグラムに命を拾われ、その恩返しにというならわからない話でもない。
あのシェルンが仇と狙い、殺せていない相手ならば相当の実力者だろう。
猛者の増援は一人でも多いほうが良いに決まっている。
「それと、追加の依頼もいいかね」
ギルドマスターが机に置いたのは先程見つかった短剣。
「これをあの少年に届けてやってくれ、戦力は少しでもあったほうがいいだろうからな」
職人顔負けの改造が施された『元』短剣をヤルバッツィはしかと受け取った。
明日は二回更新しようかと思っております。
一度目の更新は00:00、二度目がいつも通り01:00となります。
お付き合いいただければ幸いです。




