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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
却説:逍遥周回

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51/200

051_継暦136年_秋/A02

 よお。


 フェリの前途を祈るしかないオレ様だ。


 で、そのオレの現在はと言うと、どうにもどこかの狭い室内?箱の中?

 ともかく窮屈な場所にいる。

 扉などがないので強引に割り出てみれば、大変騒がしい。


「前線が抜かれました!」

「敵が来ます!」


 そこかしこで報告が飛び交っていた。


「ウログマに栄光あれ!」

「我らがウログマよ、永遠なれ!」


 国同士の争いかとも思ったが、陣を敷いているのは兵士ではない。

 遠目からもわかるのは全員が不揃いながらも武器防具を纏っていること。

 堂に入った感じのある。急拵えって感じはしない。

 つまりは日常的に戦い慣れている冒険者ってことだろう。


 オレは相変わらずの服装と首から下げた一式。

 武器はない。このあたりも変化なし。


 箱の中に入っていたとは思ってもいないだろうので、突然現れたとしか見えないオレに声を掛けてきた男がいた。


「き、君……どうしてここに?」

「え、あー、そこで昼寝してたらどうにも騒がしくて」

「昼寝……?いや、ともかく、ここは危険だ、下がりなさい!」


 中年の、苦労性であろうのが顔つきからわかる男が盾を構えながらオレの前に出る。

 何気ない仕草だが、彼はオレを守ろうとしているのがわかった。

 こういうところから善悪というか、人徳の有無ってのがわかるよな。かくありたいもんだ。


「何が起こってんだ?」

「タッシェロ男爵がここを狙って来たんだ。愛すべきウログマを……侵略しに来たんだ」


 知らん名前だった。

 男爵もウログマも。

 ウログマはおそらくは彼ら冒険者が背にしている街の名前だろうか。

 ここから見えるだけでもそれなりに栄えてはいそうだ。


「この街には遺跡があるんだ。

 君も冒険者ならわかると思うが」

「遺跡を探索するってのは冒険者の花形だよな」


 経験した記憶はないが、そういう知識はある。

 どこかでオレはそうした話を聞いたのか、それとも本で読んだのかもしれない。

 彼は頷いて、


「遺跡の探索にビウモード伯爵が懸賞金やら支援金やら何やらを出して、

 我々(冒険者)に仕事をくれていたわけなんだが」


 彼も胸元の認識票(タグ)を見せる。青色、つまりはベテランってわけだ。

 オレのような由来不明のものとは違う。経験に裏打ちされたものだってのは先程の何気ないオレを守る姿勢からも見て取れる。


「この遺跡に何があるかまではわからないが、伯爵があれほどの大金を拠出しているなら何かがあるんだろうね」

「何か?」

「数年前から伯爵は生命牧場という名前の遺跡を探していると聞く。

 つまりは」

「ここの遺跡がそれかもしれない、ってこと?」


 彼は頷く。


「もしもそうだったなら、遺跡が判明したあとも伯爵家の人間が多く来てこの街の賑わいは増すだろうね」


 口ぶりからすると、男爵が起こした軍に兵士でもないのに冒険者が抗戦をしているのは土地への愛着もあるのかもしれない。


「生命牧場」


 それにしても、その単語、なにか引っかかる。


「タッシェロ男爵が襲ってきたってことは、ここが生命牧場の入り口だと当たりをつけたんだろう」

「生命牧場狙ってなにがあるんだ?」

「すまない、そこまでは……」


 刹那。

 大量の矢が降り注ぐ。


 周りの人間がばたばたと倒れ、オレと喋っていた男も盾を構えていたものの、盾を破った矢が体を貫いていた。

 オレは、無傷だ。


「大丈夫、かい」

「おいおい、冗談だろ」


 盾を構えていた彼がオレに笑いかける。


「死ぬのは年寄りからだよ」


 だが、盾では矢の威力を殺しきれず、体に幾つもの矢が突き立っていた。


「年寄りってほどじゃないだろ、アンタ」

「若作りって評価を受けたことはないんだけどね、ごほっ、ごほっ……。

 さあ、に、逃げるんだ……」


 そう言ったきり、彼は動かなくなる。

 冒険者の命は軽い。

 好きに生きるために転がりやすい命であるために、だからこそ命の価値は一律に軽い。

 オレを守りたくて死んだのではなく、彼の中の冒険者としての規範が命を散らせた。

 それはわかる。


 向こう側から歩兵が突き進んできたのが見えた。


「……そうだな、逃げるとするよ」


 彼の腰にあった剣を鞘から引き出す。

 名剣ってわけじゃあないが、無骨ではあるが手入れの行き届いたいい剣だ。


「ただ、逃げる方向はオレが決める」


 剣を払うと、オレは攻め寄せる連中の方へと走る。

 突き進むのはオレだけじゃなかった。

 矢の雨を生き延びた冒険者たちもまた武器を構えて走る。


 やがて乱戦となった。

 案外、オレはよく動けた。


 あの冒険者は口ぶりから、ウログマを好んでいたのだろう。

 この戦いをオレ一人で止められるくらいに強ければよかったが、オレの実力はたかが知れている。

 できることはせいぜい、先陣を切るようにして敵がいる方向へ突撃(逃走)するくらいのものだ。


 それをやりたいと思うのは『流儀に反する』ってところなんだろう。

 自分のことを理解しきれていないオレにとっての、理解のし易い心の振る舞いだった。


 ひとまずのところ、報いることが、オレの流儀だ。

 可能なら男爵様とやらの首一つを狙ってみるとしよう。


 ───────────────────────


 敵兵とぎりぎりの勝負をしながらも、頭では別のことが動いている。


 二度死んだ記憶が残っている。

 だが、オレはまだ生きていた。いや、『また』生きていた。


 幾つか考えたいことがあった。

 可能ならゆっくりと腰を据えて。


 ただ、どうやらそいつはオレには高望みらしい。

 オレは誰なのか、死してなお別の場所で目を覚ます理由はあるのか。

 復活(リスポーン)という性質を理解していながら、その起点はどこなのか。


 剣を振るい、走り、構え、敵を倒し、また進む。

 オレのような体躯でも相手を切り倒せる辺り、攻め寄せてきているタッシェロ男爵の軍は大したことはないのだろう。


 比べる対象がセバスたち聖堂騎士であるのが悪い気もするが。

 ともかく、敵の前衛をオレや冒険者たちが抜く。


 男爵軍の後衛は前衛より更に弱卒らしく、現れた冒険者を見るやいなや武器を捨てて逃げ始める。


 彼らの背中を切るつもりはない。

 オレの目的は逃げること。


 やがて豪奢な陣幕が見えてきた。

 敵の誰も彼もが弱卒というわけではなかったようで、冒険者の数も相当に削られた。

 たどり着くまでにオレも少なからぬ手傷は負わされている。


 陣幕に入ると侍女なのか妾なのかはわからないが、ともかく女を侍らせている男が立ち上がる。

 怯えと、怒りの色が見えた。


「なっ、なぜここまで!?」

「オレ様は逃げているだけで、撤退の方向に陣幕があった。それだけだ」


 周りを見渡すと机の上の水差しが目に入った。

 掴み、がぶがぶと飲む。


 久方ぶりに何かを口にした気がする。

 復活(リスポーン)すると空腹やら喉の乾きやら体調やらもそこそこの状態に戻されるのだろう。


「生命牧場さえ手に入れば男爵などという肩書を捨て、伯爵に、いや、大公爵と名乗ることができるほどの力が掴めるのに……!

 冒険者如きが邪魔をするとは、許すまじ!」

「また生命牧場か」


 怒りの色と言ったが、癇癪のたぐいだ。

 地団駄を踏み、腰から華美な装飾が施された細剣を抜く。


「冒険者!遺跡の、いやさ生命牧場の本当の価値を知っているか!

 知るまいよな、お前のように無学なものには過ぎたることだろうからなあ!」


 いつの間にか周りの女どもも逃げている。

 うーん、人望のない男なのか、実力が見切られているのか。


「あの遺跡が生命牧場であるのなら人形(オートマタ)の秘密が眠っているはずなのだ!」

人形(オートマタ)の?」


 そうだ!と力強く頷く男爵。


「かつてこの一帯を支配したカルザハリ王国は人形(オートマタ)の技術を復元し、

 より高度なものに昇華しようとしたのだ。

 永遠の命を得るためであろうな!」

「オートマタと永遠の命、どう繋がるってんだ」

「肉体を移し替えるのよ、オートマタと!」


 ああ。

 その話は知っている。

 永遠の命かどうかは知らんが、カルザハリの研究者たちはそれを確かに必死に調べ上げ、作っていたはずだ。


 だが、結果は覆すことができなかった。

 オートマタにはインクを発する器官を持つことはできず、魂を移すことはできなかった。


 と言っても、オレの知識が正しいかの確証もない。

 それならむしろ、それを確かめるいい機会かもしれない。


「なあ、男爵様よ」

「なんだ、恥知らずの冒険者め」

「恥知らずなんで素直に聞かせてもらうけどさ、オートマタってのはインクが持てないから魂を移せないって理解をしてたんだが、違うのか?」

「……ほう、知っているのか。

 ふむ、それを知るものはごく一部の人間だと思っていたが……よかろう。

 教えてやる!」


 細剣を地にさして身振り手振りを大きくするタッシェロ。


「我らタッシェロ男爵家は元々、ライネンタート侯爵に従う一族だったのよ!

 その研究資料の一部は今も家宝として我が家にあるのだが、なんと!

 侯爵閣下は魂の移し替えの方法を編み出していたと読み解くことができる一文を見つけたのだ!」


 恐ろしく口の軽い……。

 しかもなんだか嬉しそうだし。


 ああ、なるほど。この男爵殿は話したくて仕方なかったのか。

 わからいではない。周りにそれを理解してくれる人間がいないところに、話し相手が見つかった喜びってのは代えがたいものだものな。


「で、生命牧場にはそれに関わるものがあるのか」

「そうだとも、生命牧場は侯爵閣下が他の協力者と共にその秘密を眠らせたと家宝から読み解くこともできる!」


 先から言っていることが割と主観というか思い込みに寄っているというか……。

 読み解くこと『も』って、独自解釈じゃないのか。それ。


「ただ……もしかしたなら、一歩遅い可能性もある」


 表情が暗くなる。

 面倒くさいやつだが、この男の知識は色々と役立ちそうではある。

 その支払代わりに付き合ってやるとしよう。


「遅い可能性?」


 聞き役の仕事は相手が続けたくなる言葉で問いかけることだ。


「うむ。

 一年か二年前からビウモード伯爵も生命牧場について調べ回っているという噂を聞いた。

 しかし、最近はその辺りの情報がないのだ。

 そうなれば」


 なるほど、という姿勢を取ってオレは返答する。


「もう探し当てたから噂が出てこなくなった、か?」

「うむ……。となれば、この街にある遺跡は生命牧場ではないかもしれない……」


 わざとらしいポーズであっても、棒立ちで聞くよりも相手が乗ってくれる可能性が高いことを知っている。

 演技であっても、こういうのは重要だ。


 ……自分が誰かがわからずとも、ある種の技術、社交性か処世術かがあるのは毎度、妙な気持ちにさせてくれる。

 しかし、それと同時に、演じている間は妙な安心感もあった。

 慣れ親しんだ自分の癖をなぞるようで。


「おいおい、男爵様さあ。夢は大きく持とうよ。

 この遺跡にはもっとすげえものが眠ってるかもしれないだろ?

 それに生命牧場ってのは一つっきりなのか?」

「……いや、そうか。

 確かに生命牧場が一つとは限らない……。

 そうか、そうだな!うむ!なんだかやる気が満ちてきた!」


 強風の日に上げる凧のようにテンションが上がる男だ。

 ここまで扱いやすいと逆に色々不安にもなるが。


 今回の彼の襲撃が誰かに利用されたものだったケースとか、

 こうして話している内容は全てオレを躍らせるものだったりとか。


「そうなればここにアレがあるかもしれんしな!」

「アレ?」

「オートマタの魂とも言えるパーツよ。

 その全ては管理局が長い時間をかけて回収しきったと言われておるが、研究のためにとここの遺跡に眠っているかも……そうなれば、うむ、真の経験き──」


 どん、と音が響く。

 一つの矢がタッシェロ男爵を肉塊に変えていた。

 射出したのは陣幕に入ってきた一人の騎士。


 それに気がついたときには遅かった。

 電光石火のような抜き打ちで矢がオレの心臓を抉る。


「少年、済まない……。

 だが、生命牧場のことも、オートマタのことも、何もかも情報を残すわけにはいかないんだ」


 その男は申し訳無さそうにオレに言う。

 表情は泣きそうなほど。


 男爵様とのお話から情報はまだ掘れそうだったし、オレの盾になって死んだ冒険者の仇はこの手で取りたかったのが本心ではある。


「いいさ、気にすんな」


 だが、望外の情報を得れたんだ。

 殺されても文句は言わない。


 この命でわかったことがある。

 オレの知識は古いんだ。つまり、元となったオレとでも言うべきものはこの時代で生まれ育ち、生きては死んで、そして生き返っているのではない。

 古い人間がこの時代を生きて死んで、生き返っているのだ。


 だとしたなら、妙な形でアンデッドにでもなった個体だったりするのか?


 ……答えは出ない。

 痛みはあるが、死が近づいているからだろうか。もがき苦しむほどじゃなかった。


「げほっ、……必死そうだな、アンタ」

「ああ、必死さ」


 表情は暗く、何かに焦っているような。

 年齢は20かそこらか。


「……命を奪ったんだ、せめて必死な理由を聞かせてくれよ。

 そうすりゃ、納得して死ねるかもしれないからさ」


 オレを見下ろす目の色は後悔と憐憫。

 ただ、そのどちらかはオレに向けたものではないのもわかる。


「大切な人の命が掛かっているんだ。

 それには人形(オートマタ)が関わっていて、世間の目がそちらに向くのは都合が悪い」

「だから、そういう話が出たものを消さなきゃならない、か。

 そりゃあ男爵とその話をしていたオレは殺さないとだな。

 わかったよ……納得、し、た……」


 意識が遠くなっていく。


「ひどいかお、しているぜ、アンタ。

 オレ様の命くらいで、悪く、思うな……よ」


 そうして、オレは自らの命の灯火が消えるのを自覚した。


 ───────────────────────


「悪く思うな、か……。

 その言葉は悪さをしている側の言葉なのですよ」


 騎士がその亡骸にかしずくようにしながら。


「お待たせしいたしました、至当騎士団団員ヤルバッツィ殿。

 管理局のヘイズと申します」


 フードやローブで人となりが見えない人物が冒険者ギルドのものとはまた異なる形の認識票を見せて言う。

 声もまた中性的な質であり、それがある種の匿名性とでも言うものを担保していた。


 彼(と、ここではしておく)は背負子を持っており、少年の亡骸をそこに収め、布を被せる。


「これで上手く行くのでしょうか」


 至当騎士団はビウモード伯爵領でも最大の力を持っており、その権威も態度を大きくするに相応しいほどではあるものの、

 騎士ヤルバッツィの態度は下手(したて)と言えた。


 管理局がビウモード配下の組織ではない、あくまで協力をしているからというのもあるが、

 彼の言う『大切な人の命』は管理局が保護している状態なのは無関係ではない。


「上手く、ですか。

 ……現状で局長閣下の計画は問題なく遂行されています」


 亡骸をしっかりと固定したのを確認したヘイズは暗い表情のヤルバッツィを見ると、小さく吐息を漏らす。


「私は管理局の一局員に過ぎません。

 大きなことは言えませんし、職務に関わることも。

 ですが、確実に彼は目的へと進んでいます。

 いずれ彼が、あなたが愛する姫君の呪いを奪い去るでしょう」


『荷物』を担ぎ上げる。


「我々にとっても、この機会は最初で最後のもの。

 だからこそ最大限の努力と労力は支払っている、それをご理解いただければ幸いです」


 遺跡によって冒険者の活動が活発になった都市ウログマは侵略者であるタッシェロ男爵を撃破したビウモード伯爵によって保護されることとなる。

 以後も遺跡の正体を明かすため、明日を、そして一攫千金や立身出世を夢見て冒険者たちはウログマに集っていった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ヤルバくんもすっかり口封じに慣れたなぁ
[一言] まーたヤルバが殺してるな 全部恩人だったのが分かったら発狂するかも
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