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005_継暦133年_夏/01

 よっす。


 昨日まで賊だったオレだぜ。

 今日からは冒険者、そして最初の依頼は街道沿いの賊掃除。


 規模は街道から逃げ延びた行商曰く10人そこそこ。

 どいつも食い詰めてそうで弱っているように見えたらしい。


 昨日まで同じ立場だった者を殺すのに躊躇はないのかって?

 あるわけねえぜ!

 弱肉強食だ!


 ……とはいえ、流石に大体の仕事は一人身では受けさせてもらえない。実績問題だろうな。

 ギルドとしても自殺めいた真似はさせたくないわけだ。

 死ぬってことは依頼失敗ってわけで、そうなると冒険者ギルドの看板に傷がつくってわけか。

 ただ失敗するだけならまだしも、初心者を死地に向かわせましたは確かに印象悪いよな。


 同じく依頼を受けることを考えていた人間を集め、臨時一党(間に合わせ)で向かうことになる。


 人数は四名。

 簡単な経歴は耳にしている。


 田舎から出てきた戦士風の青年。

 僧兵っぽい出で立ちだが自らの信仰を示すものを持たない少女。

 片腕のない魔術使いの少女。

 賊だったオレ。


 少女二人が明らかに訳ありだが、青年は特になにも質問せずに仕事を進めようとする。

 人の過去に触れないのは大人の対応だぜ。好感度+1だ。


 装備はある、仕事の期限もある。

 事前で知れるだけの情報ももらった。

 そういうわけで誰からともなくさっさと進もうということになった。


 ───────────────────────


 会話らしい会話もなく、オレたちは目的地付近まで到着する。


 やや木々の生え方が深めの、鬱蒼手前の街道。

 オレが賊なら間違いなく潜むだろうって感じの場所だ。


「ちょっと待った」


 進もうとするご一同にオレが一時停止を求めた。


「なんだい、えーと……」

「グラムだ」

「悪い悪い、名前は聞いておくべきだったよな。

 緊張しててさ……俺はヤルバッツィ。ヤルバと呼ばれることが多いよ。

 ええと、二人もいいかな」


 ヤルバッツィことヤルバ。

 甲革の装備で全身を纏めている。

 武器はどうやら斧だが、戦闘用には見えない。

 木こりが使いそうなやつだ、出身がそうしたものなのだろうか。

 ともかく、力自慢そうなのは頼りにできそうだ。


 元僧職と魔術使いにもヤルバが尋ねると、


「ウィミニアです」


 軽甲冑に盾、鈍器(メイス)

 正しく僧兵って感じの装備だ。

 金色の毛髪をショートカットにしており、活発そうなその雰囲気にぴったりなはきはきした声だ。


「……ルカルシ」


 隻腕の魔女っ子はぶかぶかのローブにうねった太い木の枝を持つ。

 銀色の髪を長く垂らし、感情が今一読めない瞳を持つ。

 魔術士ってこういう感じ、を体現している。


 青年はありがとう!と感謝を述べる。

 自己紹介しただけでお礼を言うとは……褒めて伸ばすタイプか。

 “褒めて伸ばす男”ヤルバがオレに向き直る。


「で、待てってのは?」

「盗賊の規模からすりゃ待ち伏せが一人二人いてもおかしくない。

 あいつらは自分らの懐に入った奴らを後ろから射つように言われている」

「……詳しいのね」


 魔術士ルカルシが言う。

 疑念混じりの視線。


「そりゃあ、オレも元は連中と大差ない立場だったわけだしな」

「ああ……なるほど」


 疑念は解消された。

 しかし見る目は変わっていないようだ、特に不信感もないらしい。


「言いにくいことを、……ごめんなさい」


 ウィミニアが謝る。

 君が謝ることでもないだろうに。


「気にすんな、スネの傷を見せて注意喚起できるんだったら安いもんだろ」


 あの、とヤルバが声を潜めて言う。

「あそこの影、もしかして?」と声を潜めて報告する。

 今更潜めてもなと思うが、報告した場所には確かに人影がある。

 間違いなく、賊だ。


「いい目をしてるじゃないか、ヤルバ」


 青年は褒めるのは慣れているのに褒められるのは慣れてないのか恥ずかしがっている。

 冒険者なんぞやらずに市井で暮らせそうな、普通にいいヤツにしか見えないが……。

 誰しも何か事情はあるもんだ。きっとヤルバにも。


 ともかく、オレはそこらから手頃な石を掴む。

 面談の折に書いた投擲の技術だ。正確には技巧って奴に属するらしい。

 技巧ってのはオレのようにオツムの出来がよろしくなくとも使える可能性がある技術だ。


 いつぞや剣を振って風の刃を生み出した奴に殺されたが、あれも技巧の成す技。

 相性と練習で得られるってのが一般論。


 オレの場合はまあ、引き継げているのは運もあるんだろうな。

 ちなみに技巧的には投擲ではなく『印地(いんじ)』と呼ぶのが正しいのだと言われた気がする。

 ……随分前の記憶みたいで、誰に言われたかまでは覚えちゃいないが。まあ、どうせ賊だろう。


 ちょっとでも強い相手にはまるで通用しないが、同程度の賊なら意外と効果がある。


「あいつを倒したら賊どもは一気にこっちに来る。

 連中はアホだから奇襲とかはしない、数を倒せば仕事は終わり。

 いけるか?」


 三人が頷く。


「どうせオレたちは急ごしらえのチーム、お互いの手札は明かさなくていい。

 それぞれが全力で戦おう」


 もう一度、三人が頷く。


「よっしゃ、戦闘開始(プレイボール)だ」


 オレは石を投擲する。賊の頭がミットの代わりになって、いい感じに砕け、倒れた。


「な、なんだ!?」

「クソ!冒険者だ!」

「殺せ殺せ殺せえ!!」


 ぞろぞろと現れる。

 七人か。

 姿が見えないカシラ以外にも弓手が潜んでいる。


 先程ヤルバが発見した奴だ。


「私が弓手を倒す」


 最初に動いたのはルカルシだった。杖に精神を集中させ、炎で構築された矢を打ち出す。


 魔術。


 魔術が使える人間が才能で左右されるという、賊からすると高すぎるハードルはあるが、

 狭き門(賊基準)なだけあって強力だ。

 オレの印地(投石)や、連中の弓と違って認識した相手に対して射出後もある程度の追尾性能があるようで、

 あのレベルの賊じゃ振り切れることなんざできずに、


「ぎああああ!!」


 あんな風に火柱に早変わりだ。


 一方でヤルバが斧を構えて突撃している。

 その背後を守るようにして盾とメイスを装備しているウィミニアも続いた。


 木々の上のほうががさりと動いたのを見逃さない。

 弓手がいる。


 オレは手頃な石を使い、弓手へと投擲。命中。落下。そして死亡だ。

 石を投げるってのも馬鹿にできないだろ?

 難点はいい感じの石がなければオレは無力ってことだが。


 だが、ここにはその『いい感じの石』がそれなりに転がっている。

 その後は可能な限りあの二人を囲もうとする盗賊へと投擲する。

 賊共相手のヘイトコントロール、そして可能なら撃破を狙う。


「ルカルシ、魔術はまだ使えるか?」

「さっきみたいなのはもう無理、ちょっと弱めの威力の奴ならもう数発はいける」

「こっちに向かってきたらオレと一緒にそいつを攻撃してくれ」

「わかった」


 魔術によって仲間は死ぬが、それが連続してこないのを見て弾切れだと認識したのか、ヘイトをこちらに向けて走ってくる賊くん。

 その相談の甲斐もあり、オレは投石、そしてルカルシによる魔術の連携によって各個撃破していく。


 一方でヤルバとウィミニアも賊の数を減らしていったようだ。

 ヤルバは斧を軽々と振り回し、それにビビった賊をウィミニアの鈍器が砕いていく。

 中々のコンビネーションだ。


「このクソ冒険者が!!目にものを見せてくれるわ!!」


 手下の不甲斐なさに激怒した声をあげて、ついにカシラが動き出す。

 大柄というか、肥満体型のそれはみっともないという表現よりは他人に圧を与える効果のほうが大きそうだった。


 その体格の割に使っているのは槍であり、賊の頭にしては案外武道的な印象を受ける。

 斧とか槌とか使えばそれっぽいのだが。


 流石に鉄火場をくぐった数の違いか、カシラの猛撃に前衛二人が押されている。

 もう倒すべき相手はカシラ一人。

 下手なことになる前にさっさと合流を……いや、


「ルカルシ、魔術はまだ使えるか?」

「……ごめん、もう売り切れ」


 売り切れとかあるのか。

 手足だって動かせば疲れて鈍くなるし、そういうものなんだろう。


「わかった、いつでも逃げられるようにしておいてくれ」

「……それは……」


 ややあってから、

「わかった」

 そう同意した。


 どうやら彼女はオレの発言や行動を買ってくれたようで、その頼みごとも聞いてくれそうだ。

 柔軟な思考と行動を持つ魔術士なら未来も明るいだろう。

 オレが今後生きるにしても何にしても魔術士の知己はいたほうがいい。

 友達百人できるかな。賊仲間なら百人でもできるんだけどな。


 いや、あれは仲間ですらないか。


 ───────────────────────


 腰から短剣を引き抜いて前衛の加勢に向かう。

 投擲でぺちぺちやってもいいのだが、投擲向きの石を探す間に戦いが終わりかねない。


「くたばれや、クソ冒険者どもが!!」


 鋭い突きに少しずつ押され始めるヤルバ。

 致命傷になりそうな攻撃はうまくウィミニアが盾で防ぎはするものの、二人の傷は増えていく。

 攻撃しようとしても槍の間合いは遠く、中々手が出せない。


 攻防一体の技術は明らかに修練のあとが見える。

 あのカシラ、どこかで貴族の従者でもやっていたのかもしれない。


 まごついていると、遂にウィミニアの防御が下がる。

 賊とはいえ、腐ってもカシラ。

 その隙を無為にすることはなく、突っかける。


「危ねえッ!」


 特に深く考えないでオレは行動していた。

 咄嗟の判断というか、瞬発的な反射としか言いようがない。


 こういう攻撃ってのはぶち当たると、さっくりと刺さるというよりも思いっきりボディブローされるような衝撃を受けるのに近い。

 詳しいだろう?

 伊達に百万回は死んでねえんだ。自称だけど。


 槍はオレの体を貫いた、確実に命が破壊された感触を受ける。

 最期の瞬間に選んだ一手はカシラの槍を掴むこと。


「や、れ……!!」


 ヤルバに声をかける。

 彼もオレの行動を無駄にしないためにも斧を振り下ろし、カシラのカシラを叩き割った。

 カシラは断末魔の声をあげることもできずに即死したようだ。


「は、……初勝利、だ……な」


 オレは笑い、そして死んだ。


 このまま冒険者を続けていりゃこいつらと楽しく過ごせたんだろうか。

 悔いはあるが、オレの命は一山幾らですらない。

 こいつらの命の重さに比べりゃあ、いや、比べるべくもないだろう。


 ────────────────────────


「ウィミニア、請願で……請願でグラムさんを!」

「ごめんなさい……もう、グラムさんは……」

「そんな……俺が、俺が弱いから……」


 ゆっくりと現れたルカルシが死体となった冒険者グラムの側に座る。


「……私が、もっと魔術を使えれば……ごめんなさい……グラム……」

「グラムさん、私がもっと盾を上手く使えたなら……もっと請願を多く修めていたなら……」


 ウィミニアもまたルカルシと共に悲嘆を口にする。

 ヤルバは覚悟を決めたようにして、盗賊たちから『撃破証明(賊の片耳)』を切り取ってから、

 グラムの亡骸を担ぎ上げた。


「この人の死体はここに置いといちゃダメだ。

 俺たちを助けてくれた英雄だから……ちゃんと弔わないと、ダメだ」


 二人の少女もそれに頷く。


 こうした戦いと、その結末は珍しいものではない。

 特に冒険者界隈であればどこにでも転がっている取るに足らない話の一つ。

 だが、当事者からすれば、戦いを続ける上で大きな動機になるような、大切な話の一つにもなるのだった。


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― 新着の感想 ―
主人公ってだいたい生き残るよねって印象が強い。 だからなのか4コマ漫画でも見てるみたいな、完結感があるけどだからこそ面白いかも。 次回も楽しみ。
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