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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
却説:逍遥周回

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49/200

049_継暦136年_秋/A01

 よお。


 人質を取った状態なのに盤面が勝手に動いて困っているオレ様だ。


「フェリシティ!そやつらを殺せッ!」


 チャールが叫んだ瞬間、ブラウンヘアの聖堂騎士の体に無形剣(ブレイズ)が突き刺さり、

 何が起こったのか理解できていなさそうなままに彼は命を落とした。


「なにッ!?」


 セバスと呼ばれた男は盾を構えながら後ろへと飛び退く。

 彼がいた場所には再び無形剣(ブレイズ)が放たれる。


 それは物理的なものを完全に貫通するようなものではない。

 形こそないが、盾や鎧など、阻めるものがあるのなら光の刃は止めることができる。

 あの大男は盾を能く扱い、一撃を防いでみせた。


 普通ならああはいかないだろう。

 聖堂騎士だからこそ、同門との戦いはしっかりと理解ができているわけだ。


「フェリシティ!?……まさか、隷属か!?」

「う、ぐ……」


 フェリシティと呼ばれた少女は盾を捨て、苦しげに首輪を掴んでいる。

 だが、それが外れることはない。

 いや、明らかに力が入っていない辺り、それを禁止するような命令が彼女にくだされているように見えた。


「そうとも、セバス!

 我が至宝、外付けの隷属の忌道の力を秘めた首輪だ!」


 人材商でも一部の人間が使っているという代物。

 得意になってチャールがそう叫んだ。


「それはもう作れるものもいないはず──」

「作れるものがいなくなったとて、作ったものがすぐさま消えるわけではない。

 付与術のいいところだとは思わんかね!

 永遠だ!永遠の価値だ!」


 セバスは馬鹿な、と悪態を小さく漏らしていた。

 他のものならいざしらず、聖堂騎士に隷属を掛けるなどあってはならないことだと言いたげだ。


 特権階級的な考えというか、なんというか。

 村人やら商人やら冒険者に隷属ぶちかまそうって奴だぞ、おたくの司教は。

 突っ込みたいが、とりあえずは黙っておいた。

 この二人が憎しみ合ってくれるならそれが一番オレのためになる。


「聖堂がそれを調べたはずだ、ただの身体強化の付与術を持つだけのものだと……」

「身体能力の強化、そのための装備だと言ったのも嘘ではない。

 そうした効果を与えて、本来の隷属の力を隠している。見事なものだろう!」


 しかし、これで状況が読めなくなった。

 実力としてはセバスが上にも見えるが、フェリシティの無形剣(ブレイズ)を防いだときに腕を痛めたようで、攻撃を防ぐ姿は精彩に欠いている。


 さて、オレが選ぶべきはなんだろうな。


「フェリシティ……。

 哀れな娘よ、このセバスが介錯してくれよう!」

「わた、しは……」


 精彩を欠いたとはいえ、それでもセバスが気合を入れて踏み込むとその鋭さはフェリシティの実力を大いに上回るもののようだった。

 一気に防戦一方に押し込められている。


「ええい!押せ!押し返せ!人形如き貴様が命を惜しむな!」

「私は、人形なんかじゃ、ない……!」


 ナンセンスだぜ、チャール。

 人形(オートマタ)にだって魂ってのは宿るそうだ。


 生きた人間である彼女であれば、当然魂はあり、そして自我もある。

 隷属させられながらも、彼女の意思は萎えず衰えず、むしろ吠えてみせた。


 だからこそ、オレがやるべきことが見えた。


 ナイフをバックルに収めると同時に、

 オレはチャールをセバスが振り下ろそうとする地点に投げつける。


「なにをする!?」

「司教!?」


 セバスの剣がチャールを断ち割る。

 それと殆ど同時に、オレは落ちていた護衛の剣を掴むとそのまま転がるようにしてセバスの横っ腹に突き刺した。


「ごほっ、き、貴様……」

「悪いな、セバス君」


 たたらを踏んで、そして大きな音を立てて倒れる。


「ぐほっ、ごほ……」


 尻もちをついて血泡を吐くチャールを見下ろす。


「隷属させたからといって、彼女よりアンタが優れた魂だって証明にはならないんだよ、チャール司教」

「このチャールの命と貴様らの命が対等などと、言うつもりか。

 憎い、憎い、憎い……我が無念、貴様に呪いとして降りかからんことを……」


 血みどろの手をこちらに伸ばすチャール。

 だが、チャールはオレの首を掴むでもなく、力なく腕を下ろした。命が尽きたことを示すように。


 しかし、次の瞬間に彼のインクが体から離れるような奇妙な感覚が発せられた。


「う、うう……!」


 呼応するように少女が苦しみ始める。

 先程のような武芸を用いる構えではない。

 武器を握ったことのない村娘のような風情で剣をオレに向けた。


「ころ、し、たく、ない……『殺す、貴様だけは殺す』い、いやだ……」


 チャールの憎悪は想像よりも根深かったらしい。

 その図太い精神を信仰にでも当てたなら一廉の聖職者になってたんじゃなかろうか。


 危機の前に、オレは呑気にそんなことを考える。

 まあ、これも逃避ってやつだな。


 ───────────────────────


「逃げ、て」

「オレが逃げて、アンタは助かるのか?」

「私は、大丈夫、『逃さん』だから『逃してなるものか』」


 強制的に行動させる力は強力だが、何がなんでも実行させるってほどの力はないらしい。

 近づけば刃は向けたが、追いかけさせたりまではできないようだ。


「……わかった」


 オレが離れることが、彼女を苦しみから解放する鍵なのかもしれない。


 何歩かを後ずさりで見やりつつ、それからオレは全力で走る。

 ちらりと後ろを最後にと確認しようとすると、彼女は震える手で剣を喉に向けていた。


 くそ!

 どこが大丈夫なんだよ!


 ああ、いや、確かに大丈夫なのかもなあ。

 このまま放っておけば呪いに包まれた彼女も自由な心で自決を選び、解放される。

 誇り高き死って奴だな。うん。

 そしてオレも無事脱出できる、と。


 ……なんて納得できるか!


 オレは来た道を先ほど以上の速度で突き進む。


「どうして、戻って、きたの」


 剣がオレに振るわれる。

 姿勢も構えもあったもんじゃない一撃だ、回避というまでもない動きで避けることはできた。


「私は、あなたを、殺そうとするのを『殺してやる』止められない。

 だから」

「オレがもっと上手くチャールを殺してれば、こうならなかったんじゃないのか」


 ふるふると彼女は顔を横に振った。


「なったよ。どちらにせよ、なったんだ。『逃がすな』

 元々その男が死ねば、その場で敵であろうものを殺せ『殺せ』って、

 刻まれていたって師匠が言っていた」

「師匠?セバスか?」

「ううん、違う。

 聖堂騎士のお手本みたいな、正しい行いをする人。

 ずっと前に死んでしまったけれど」


 チャールを見て思いっきりオレの中で聖堂の株は下がっていたが、

 ああいう奴が聖堂の全てじゃないのだって、頭ではわかっている。

 彼女の師匠ってのはきっと、聖堂の株を上げるような人だったんだろう。

 そういう奴から先に死んでいくってのは、

 聖堂に務めている同僚たちからすればやるせない気持ちにもなるだろう。


「それなら、オレもそれに倣うさ」

「ならう?」

「オレもオレなりの正しい行いってのをやろうとしてると思っとけ。

 その師匠だって行動をする度に誰かに感謝を求めたりなんてしなかったんじゃないか?」


 彼女から尊敬を受けるような人物ならそうではないかという、勝手な予想にしかすぎないが、彼女は小さく頷いた。


 ともかく、村娘同然の構えや動きというのは変わらない。

 それでも近づけば十分に人の命を奪えるような凶器がオレに叩きつけられる。


「その師匠は首輪が壊れたらどうにかなるとか言ってたか?」

「ううん。

 壊してやれればそれが一番だけど、主命に背けない自分を許してほしいって」


 つまり、首輪破壊のペナルティで彼女が死ぬ、なんてのはないわけだ。

 命令が残留することもないかどうかの確認はできないが、打てる手はない。

 このまま彼女と付かず離れずで時間を消費したとして、この後に来るのは助けではなく、人材商。

 目に見えた詰みってやつだ。


 前線で戦っていれば首輪に傷がつくこともありうる。

 そんなトラップをつけておいて大事な局面で壊れたりでもしたら詰むものな。

 流石にそういう呪い付きの首輪は与えないか。


「フェリシティ。……長いな。

 フェリでいいか?」


 こくんと頷く。


「自由になったら何がしたい?」

「わからない」


 先程の無形剣(ブレイズ)は見事なものだった。

 年齢はオレの肉体より更に下だろうにあんな技を打てるってことは、恐らく人生の殆どが聖堂騎士としての修行やら何やらに費やされたんだろう。


「今までフェリには自由ってのがなかったんだな。

 ……自由はいいぜ。

 なんだってできる」

「なんでも?」


 何ができるかを列挙する。

 とはいえ、オレもそれは体験したことはない。


 あくまで想像の産物だ。

 それでも自由というものに希望を持って欲しい、希望一つあれば人間は生きていけることをオレは確信しているから。

 雨の日に引きこもってもいいだとか、猫を撫でたり、犬を撫でたり、嫌いなものを食事に含めない。

 ううん、並べてみたけど何とも……。もう少しいい自由はないもんかね。


「何より、誰かにしたくもないことを命じられたりしない。

 その自由ってやつを仕事にしているやつらだっているんだ」

「仕事に?」

「冒険者ってやつだ。

 好きなように仕事を受けて、好きなように戦って、そうして生きて、死ぬのさ。

 それが自由ってもんだ。

 それで飯も食える。最高だろ?」


 フェリはぎこちなくはあるが、頷いて笑顔を作る。


「よーし、フェリ。

 こいつが終わったら冒険者になろう。

 冒険者を目指せ、いいな?」

「う、うん。

 貴方も……冒険者なの?」

「ああ、一応な」


 首に掛かるタグを揺らして見せる。


「それじゃあ……いくぞ」


 オレは一直線に突き進む。

 フェリは恐怖の表情を浮かべながら、自らの意思に反して剣を振り下ろす。


 下手すりゃ殺されるって勢いがあるが、それでも運が味方したらしい。或いは、正しい行いをして死んだっていう師匠のご加護かもしれない。

 その一撃は空を切り、首輪にオレの手がかかる。


 どうやって解除する?引き剥がす、ナイフを使って切り離すか……。


 ……いや、わかる。

 首輪(こいつ)を自分のものにする手段なら、わかる。

 今まで知覚の外にあったオレの技巧。何かの技巧がオレに囁いている。


 オレは首輪に触れ、指をなぞるように動かす。

 半ば無意識的に指が動く。技巧がそうしろと囁くままに。

 そうして、首輪はあっさりと外れた。


「フェリ、終わったぜ」

「え……。

 あ、あ……ああ……本当だ。

 体が、動く。

 自由に!自由に動くよ!」


 ぴょんぴょんと跳ねてアピールする。


「ははは、自由ってのはいいもんだろ」

「うん、自由って、とっても幸せだね……!」


 目に光が見える。

 誰かの命令で仕方なく生きている、そんな目が気に食わなかったんだ。


 今は違う。


 フェリの瞳は一人の人間として、自分の意思と望みのままに生きることができるはずだ。

 オレはそれが何より嬉しく思えた。


 盾を拾って、フェリに渡す。

 ここから去って街に向かうための準備もなにも、その程度だろう。


「さて、それじゃ冒険者ってのになりに行くとしようぜ。

 ……なんて簡単にはさせてくれないか」


 ゆっくりと立ち上がる姿があった。


 セバスだ。


 本日はもう一度更新いたします。

 次の更新はいつも通り、01:00となります。

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