047_継暦136年_秋/A00
よお。
どことも目指さずウロウロと歩いているオレ様だ。
夏の終わりを感じさせるのは何も温度の変化や草木の色が変わるばかりじゃないよな。
空の高さやら、風の匂いやら、季節を楽しむ要素ってのは無数にある。
そういう変化ってのを楽しむために人は散歩ってのを楽しむのかもしれない。
が、今のオレ様……いや、心の中なら『オレ』にしておくか。
オレはそれを楽しむために歩いているわけじゃない。
わからないから歩いている。
自分が誰かがわからない。
何を目的にしているかもわからない。
逃避だ。
体を動かせば何かわかることも見えてくるかもしれない。
だから歩いている。
散歩の途上で川を見つけ、水面に反射したもののお陰で顔がわかった。
年齢は少年って言って通じるくらい。
14かそこらだろう。
歩く前に軽く自分が身につけているものも調べてはいる。
個人をすぐさま特定できるものはなかったが。
まずは服装。
これに関しては普通の旅人って感じだ。
季節は秋口、少し肌寒くなってきた気温対策に外套を纏う。
頭には厚手の生地で作られたバンダナ。
バンダナは冬になれば帽子代わりにしたりもできたりと旅慣れている感じはする。
首に下がっているのは金属が三つ。
これが何かの知識はすぐに思い返すことができた。
一つ目は資産金属。金を突っ込んでおける便利な代物。
膨らみすぎない財布だ。
二つ目は認識票。冒険者の身分を示すものだ。
色は青色。
青はそれなりの経験を積んでいる証拠で、身を立てるものとしても価値がありそうだ。
尤も、実力に関しての自己認知がない以上はお飾りでしかないが。
三つ目が経験金属。
行動や精神の振る舞いに応じて金属に何かしらが溜まっていくらしい。
金に替えられるんだったか。
ただ、三つ目に関しちゃどうにも手放しちゃいけない、
換金しちゃいけないって心のどこかが叫んでいる気がする。
自分の心がそう言うなら従おうじゃないか。
あとは懐にベーコン。
人肌に温まっている。なんで?なんでむき身のベーコン?
……ああ、そうだ。
確か、ごく一部で
『明日食べるものを懐にいれておくことで、明日も食事にありつける。
つまり、明日があるという約束になっている』
って迷信があるんだったか。
縁起物には弱いので、これはそのままにしておこう。
なんと持ち物は以上だ。
長旅するタイプの冒険者なら背負子に色々と載せているもんじゃないのか。
寝袋とか野営キット的なものを。
そして一番の驚きは武器だ。
武器がない。
手を見ても壮絶な拳ダコがあったりするわけでもない。
オレは何をしたんだ。
何もかも投げ出したのか?
嫌になったのか?
記憶まで投げ捨てたのか?
わからん。
でもまあ、わからないってことは縛られることもないってことだ。
自由!
いい響きだ!
それを堪能しようとした辺りで聞こえるものがあった。
──声。
それは悲鳴であったり怒号であったりするもの。
かなり離れたところから聞こえた気がする。
どうせ何も分からず自由を堪能しようとしていたんだ。
状況に変化ってのがあるなら、それに期待するのもオレの自由ってわけだ。
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「寄るなあ!
この商品、誰のものだと思っているのだ!」
「知るかよ!」
「イミュズにも影響を持つ大商人エメルソン様と、
その朋友ドップイネス様の荷を預かっているのだぞ!
そんな我らのマーケット行き道中で襲う意味を理解しているのか!」
「知るかよって!!」
賊と商人の争いだ。
賊側は十人程度。
商人が装備がそこそこ整った護衛が四人。
助けてやりたいところだが、なにせ武器がない。
先程もちょっと言ったが、拳ダコもない手だ。拳で戦えるとは思えない。
しかも賊はいずれも大人。
ガキの体型のオレが力だけで勝負して勝てる相手じゃない。
ではやれることはなにもないのか。
そんなことはない。
そう、オレは自由だ。
オレは息を殺してこそこそと賊と護衛がやりあっている後ろを移動する。
案外バレないもんだ。
或いは、その手の技巧でも備わっているのかもしれない。
護衛対象であろう馬車は数台が並ぶ。
その一つへと近づき、中へと入り込んだ。
なるほど。
ドップイネスが誰かも知らないし、エメルソンについてもまったく存じ上げない。
ただ、マーケット云々のことはよくわかった。
彼らの言うマーケットはブラックマーケットのことだろう。
ちょっと売り出した程度じゃあ買い手のつきにくいちょっとお高めの品々を売り払うための道すがら、そこに賊が群がってきた。
馬車には美術品やら骨董品やら色々とある。
これは是非欲しい!なんて思えたものは殆どなかったが、
それでもブラックマーケットでそれなりの貴族が目をつければちょっとした財産にはなりそうだ。
……どう考えても真っ当な手段で手に入れたものじゃないんだろう。
恥ずべきところのない商品ならブラックマーケットになんて流す必要がないからな。
オレに与えられた選択肢は二つ。
ここのもので値打ちがありそうなものを幾つかチョイスし、抱えて逃げる。
もう一つは、ここにあるものを使って賊を倒し、報酬をねだる。
後者に関してはここで盗んだものは賊から奪い返したとでも言えばいい。
なら、答えは一つ。
後者が実行できそうなものが転がっていたらそうしよう。
駄目なら前者。
それでいこう。
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目に入ってきたものは剣、斧、槍。
質は悪くなさそうだが、惹かれない。
パス。
変わり種で言えば鞭のような靭やかさを持つ剣やら、円形の刃で構成された投擲武器辺り。
使い方が全くわからん。
パス。
ふーむ、ウィンドウショッピングしているみたいで楽しいが、
「ど、ドノバン!くそ!ドノバンがやられた!
まだ息がある!回復を!敵はこっちで受け持つ!」
「エメルソン様の荷物に触らせるな!こっちの首まで飛ぶぞ!」
「隊長!クレオ隊長!」
などと声が聞こえてくる。
あまり悠長に楽しんでいると人死が出るか。
さて、何を使って助力するべきか──そう悩もうとしたときに視線が釘付けになる。
短剣だが、不可思議な感覚がある。
それに触れてみてわかった。
これはインクを秘めた武器だ。
魔術付与か請願付与かまではわからないが、何かしらの恩恵がある。
オレが馬車に入り込んだのも、こいつに呼ばれたからかもしれない。
そう考えておこう。そっちのほうが出会いがロマンチックに感じるからな。
オレとこの短剣がどこまで戦えるかはわからないが、
とりあえずは怪我人ドノバンと護衛一同の命を救ってやるとするか、と戦いに赴く事を決めた。
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護衛を背にして片手剣を構えるのは女性だ。
周りから「隊長!」とか声を掛けられている辺り、馬車の中で聞いたクレオって人なんだろう。
「カシラあ!女は一人っきりですぜえ!どうしやす!」
「一人しかいねえなら取り合いが怖いからな!
俺たちはなんだ!言ってみろ、テメエら!」
「仲良し野盗だぜえ!」「肩寄せ合う賊だあ!」
「川の字で寝ているぜえ!」「家族同然だよなあ!」
確かに仲良しではありそうだ。
ノリがいい。
ただ、護衛たちには恐怖でしかない。
「公平に行き渡らねえなら……女はぶっ殺せ」
「ういーっす」
女性に刃を向けてのしのしと歩く賊。
距離がある。
『これ』をあまりこういう使い方をしたくはないが、仕方もない。
オレは懐に入っていたベーコンを全力で投擲、
しっかり乾いていたベーコンは結構な音を立てて賊の後頭部に命中する。
「いってえ~……。だぁれだあ!!
なぁにしやがるッ!!」
「オレ様だ!
ベーコンを投げてやったのがわからないのか、サンピンッ!
大人しく下賜されてろッ!」
「ぬあぁにぃ!!」
賊がこちらへと突っ走って来た。
他の賊もまたオレへと怒りを向けている。仲良しだな、ホントに。
オレは短剣を構えながら、思う。
直感的に相手のことが好きなタイプかどうかだとか、
直感的に進むべき道を選ぶことができるだとか、
ともかく『直感』というのは正解を引き当てるための能力だとオレは思っている。
オレは今、直感的に短剣の力を理解した。
正解を引き当てるのが直感であれば、理解した短剣の力に間違いはないと、オレはオレの能力を信じた。
明らかに短剣の距離ではないところから振るう。
「気でも狂ったか?」と言いたげに笑う賊だったが、
刀身よりも先に伸びた不可視の刃が彼を真っ二つに切り裂いた。
何の力が働いているかまではわからないが、そこに今は興味はない。
オレでも振るえる武器が手元にあり、それによって助けられるかもしれない相手がいる。
それが全てだ。
ベーコンが命中した賊は血を吹き出す前衛的なオブジェとなった。
それで周りの戦意が潰れてくれるならありがたかったのだが、
「なんだてめえ!」
「ぶっ殺されてえのか!!」
賊が口々に怒号を上げる。
そこらの市民じゃあない。彼らは倫理観と引き換えに無謀さと凶暴さを獲得した荒くれものなのだ。
怯むどころかこちらへと突き進んできた。
「アンタたちこそ、オレ様に殺されたいらしいな!」
オレは特別、身体能力が高いわけではない。
ただ、記憶のないとはいえ、染み付いたものは消えないようで、どう戦えばいいかの予測そのものはできた。
どうにも記憶を失う前にはそれなりの教育を受けさせてもらっていたらしい。
相手の構え、武器の種類、目のつける先。
それらを考える。
ボードゲームと同じだ。手足というルールに縛られる以上は法則を超えるような動きはできない。
ならば、読める。
この程度の相手なら。
襲いかかる賊の攻撃を避け、斬り殺し、或いはこちらから踏み込んで見えざる刃で引き裂いた。
正直、ここまで戦える理由は間違いなくこの短剣のお陰だ。
切れ味も鋭く、何より剣閃が見えないというのはよほどの実力者でもないかぎり防ぎようがない。
そして何より、オレに合っている。
オレはその武器をやたらめったら振るったりはしない。
確実に切れると思うときだけ使った。
それ以外は後ろに引いたり、相手を中心において左右にじりじりと回ったり。
殺せるタイミング以外で手を出さないことが刃を見切らせず、こちらの優位を保ち続ける。
やがて護衛たちも反撃に入り、賊は潰走した。
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「ああ、ありがとう……!」
「いやいや、オレ様はちょっと手伝っただけさ」
「『本当に、本当にありがとう。
本当に、本当に……申し訳ない』」
……?
申し訳ない?
そう思ったときに、体を幾つも貫く刃を感じた。
護衛たちは苦虫を噛み潰した顔で槍や剣でオレの体を貫いていた。
「なっ……んで……」
喉からせり上がった血泡を吐き出しながらオレは思わず問いかけた。
「『万が一にも我らの移動を知られるわけにはいかないんだ。』ごめんなさい……。
『その短剣が手にあるということは、馬車の中身も見たんだろう?
……マーケットに運ぶまで、バレるわけには行かないんだよ……』
ごめん、なさい……『本当に、申し訳ない』」
不自然だ。
まるでリーダー格の人物の言葉ではないかのようだった。
意識が遠くなる。
ちらりと相手の首筋にインクの染みのようなものが見えた。
隷属の刻印。
人材商なんかが『商品』に絶対服従をさせるために使う呪いの類。
なるほど、刻印が彼女にそれを言わせているんだな。
周りを見る。
オレを殺した連中は皆、同じような表情をしている。
まあ、なんというか。
武器を見る目はあったが、どうやら人を見る目はなかったらしい。
彼らに必要だったのはここだけの助力じゃあなかったんだな。
やり方を間違えた。
オレが悪い。
「──……」
最後の力で言葉を吐き出し、オレは死んだ。
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「クレオ隊長……」
ここにいる全員がエメルソンに隷属の刻印をされている。
私も含めて。
私は四年ほど前に隷属の刻印を打たれている。
他のものも多かれ少なかれ、同じようなものだ。
天涯孤独の身、私を心配するものは地上のどこにもいない。
二十年と少し生きてきて、他人に命を拾われた経験は初めてだった。
いつだって、奪われてばかりの人生だ。
「この少年、最期に」
治癒の薬を使い、立ち上がれるまでに回復したドノバンが言いかける。
薬は常備されている。
それは私たちに隷属の刻印を付与したエメルソンの優しさではない。
何もせずに死なれるより、薬を持たせたほうが保険としては安上がりだからに過ぎない。
「わかっています。
……せめて、埋葬しましょう。
それくらいの自由は私たちにも残されていますから」
この少年が最期に口にしたのは想定の外の言葉だった。
「少年、『悪く思うな』なんて……裏切った側の言葉だよ、それは……」
わかっている。
彼が残りの時間を思って、可能な限り伝えやすく短く伝えてくれたこと言葉の意味は。
罪だと思うな、気に病むな、そう言いたかったことを。
この時代は、この世界は、本当に最悪だ。
私たちは、恩人を殺した。
そうしたのは全て刻印に含まれた命令。そしてそれを刻んだエメルソンだ。
でも、その刻印を受け入れるような生き方をした私こそが、何より最悪だった。
いつか、この刻印が消えることがあれば、そのときは私の命で少年に償おう。
そう誓ったことが私にとっての、明日への希望になった。




