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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
██:████

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43/200

043_継暦141年_夏

 トライカ市長邸宅、その裏口。

 裏口といっても市長閣下のご邸宅。本来はそこらのご家庭と同じ言葉で並べるべきではない。

 こちらが正門ですと言えば信じてしまいそうなくらいの豪奢さがある。


 雪崩込んでくるチンピラたち。

 身なりからしてもトライカか、その近傍で雇われた連中だろう。

 厄介なのは十把一絡げな彼らではない。


 そのチンピラに紛れた腕利きだ。

 ドップイネス様のところで働いている頃から見ている、それなりの金額が必要な専門家たち。


「ここは通さぬ!管理局の名のもとに!」


 護衛の一人は盾と片手剣を持つ。

 先程まで騎鳥に跨っていた人物で、出自はどこかの下級貴族の出だと別の同僚から聞いた。

 その同僚は道中での襲撃で命を落としてしまったが。


「キース!裏口を守ってくれ!」


 私にそうして立ち位置の指示を送るのは馬車で同乗した人物。

 他者の実力を正確に推し量れるような技量も経験もないが、少なくとも実戦経験の豊富さで言えばウィミニア閣下の私兵の中でも屈指と言えるだろう。

 得物である簡素な棍棒を構えていた。単純な武器であればあるほど武器としての耐久力、信頼性が備わるのだと彼が言っていた。

 武芸思想としては閣下のソードメイスと同じものなのかもしれない。


 先程、管理局を彼女そのものであると考えているから私兵と表現したが、

 実際、管理局がどういった組織なのかはわかっていない。

 王国時代にあった組織とも、それ以前から主や立場を変えて存在しているとも、ただ名前だけが受け継がれているとも聞いているが。

 師父が閣下の近くにおられる限りは閣下のもとで働くことになろうから、自分の所属している組織のことを調べておく必要はあるかもしれない。

 勿論、

「わかった!前は頼みましたよ!」

 この戦いで生き延びたら、の話だが。


 ───────────────────────


 護衛二人は武器を構えて対応するも、チンピラの数に苦慮する。

 何せ一人で五人以上を相手にしなければならない。

 いかに彼らがウィミニア様が選んだ人材であっても、限界があった。


 暗殺魔術の特性は理解している。

 となれば味方が自分の前にいる状況では使えない。


 自信の寄る辺はない。

 しかし、目標とするものはある。


 私──師父を崇める不肖の弟子、キースは転がっていた石を掴む。


「師父よ!我が肩に力を!」


 叫ぶ。

 私にとっての魔術詠唱。

 そして、力の発露を唱えるのだ。


「オッホエ!!」


 石にインクが籠められる。

 魔術と異なり、ただの石に強引にインクを注ぎ込んだ非効率的なもの。

 殆ど何の意味もない行為だろう。

 だが、その石はまっすぐに飛び、距離を伸ばし、チンピラの頭を砕いた。


「できる。

 児戯の如き手並みだが、私にも一つ歩みだすことができる!」


 石を複数掴む。


「オッホエ!オッホエ!!」


 叫ぶ。

 投げる。

 掴む。

 叫ぶ。

 投げる。


 単純な繰り返しでも、数度叫ぶとオッホエの声と共に咳き込む。

 血が喉から走った。

 指が痛む。

 肩が割れるような痛みがある。


 だからなんだというのだ。

 爺封詠(オッホエ)の領域にたどり着くまでに師父はどれだけの血を流したか、私が知る由もない。

 たった一度の戦いで、たった数度の投擲で、この程度の激痛で、師父の信頼を裏切るのか。


 痛み如き、師父と呼んでよいと許されたことに甘えて、師父の背を目指さない理由になどならない。


「オ゛ッホ゛エ゛ッ!」


 喉がヤスリにかけられているかのように痛む。

 まだだ。

 敵はまだ来る。


 護衛の二人もなんとか立っている。

 盾は割れ、剣は血と脂で切れ味を失っているであろう。

 棍棒は未だ健在。あとは持ち主の骨と肉の問題だろう。


 幾つもの傷を作りながら、ウィミニア閣下の命令を遂行するために命を燃やしている。

 敵方の実力者はまだ残っている。


 喉を撫で、労ろうとすれば楽になるかもしれない。


 だが、私はそれを選ばない。


「オォォッホエェ!!」


 これは祈りだった。

 師父への祈り。

 魔術を修めながら、それを手放した偉大なる師父の背を追うための容赦を願った祈り。

 魔術士としての大成を目指した若き日の甘い夢から脱却するための祈り。


「オッ……ェ」


 声が出ない。

 そうなれば石にも勢いがない。

 多少の手傷は負わせることができた。相手の隙を作りもできた。

 護衛たちがとどめを打った。


 もう肩が上がらない。

 指先に感覚がない。


 敵は、まだ、いる。


 甘えるな。


 石を掴め。

 肩を回せ。

 声を出せ。


 肩に手が置かれた。

 暖かなものが伝ってくる。これは請願による治癒だ。


「よく戦いました。

 キース、あなたの敢闘は私の予想を上回るものです。

 ここからは私が引き継ぎましょう、休んでいなさい」

「──」


 ウィミニア閣下。

 そう言おうとして、声は出なかった。


 ───────────────────────


 正面の戦いには時間はかからなかった。

 視界に入った十名余は次の瞬間には肉塊と化した。


 妖物(ダムドシング)の力の一つである魔眼は私との相性がよかったのだろう。

 仲間が一瞬で命を消し潰されたのを見たあとでも私に対して向かってくるものがゼロではなかった。


 急ごしらえの雇われではないものが混ざっている。

 ドップイネスの私兵。

 高額な報酬だけではない、自分たちの職務──つまりは殺しの手並みの発揮こそが生きる意味だと考えているものたちは魔眼が作り出した酸鼻極まった光景にも耐え、恐怖に打ち勝って見せた。


 私はソードメイスを振るう。


 駆け出しの頃は盾と鈍器で守り、弾き、殴り、倒すようなスタイルだったが、それは止めた。

 消極的姿勢だったからこそ、彼が犠牲になる未来しか取れなかったのだと理解したからだ。


 それに気がつけたのは生まれ持った(まなこ)を失ったときに、多くの慚愧と向き合ったからだった。

 もっと早くに自分と向き合っていたなら……。

 いや、今は考えを深めるときではない。


 ただ力任せに振るっているわけではない。

 確実に命を奪える距離で、角度で、速度でそれを放つ。

 殺しの手管とは、つまりは効率化そのもの。

 どれほど楽に、手早く人間を殺せるか、殺される相手が殺されやすく動いてくれるかの予測の上にどう成り立たせるかの論法に過ぎない。


 人間が発する弱み、或いはそこから来る行動を私はそれなりに理解している。

 私が、というよりは妖物(ダムドシング)が、とも言えるだろうが、今となっては私と彼の間にあるべき溝はどこにもない。


 ともかく、手練であっても初級者であっても、私の作る効率性(殺し方)が鈍ることはない。

 あっさりと彼らが殺されるのを見ると、ただでさえ魔眼の力の前に半狂乱状態だったものたちは今度こそ完全な狂乱状態に陥って、背を向けて逃げていく。


 その誰もが恐怖の色を備えていた。

 反転して攻め寄せる策ではないだろう。


「オッホエ」


 キースの声が聞こえてくる。


 彼に何があったかまではわからないが、ヴィルグラム……いえ、ジグラム。

 ジグラムとの出会いが彼を変えたのだろう。

 彼の琴線に何がどう触れたかまではわからないが、その出会いはきっと良いものだったのではないだろうか。


 少なくとも彼は魔術にしろ請願にしろ、究めようとするには彼の心根が真っ直ぐすぎた。

 知る限り、ああいう人間は大成することができず、緩やかに腐っていく。

 違う道に進めば一廉の人物ともなれようものたちがそうして消えていったのをこの数年でいやというほど見てきた。


 裏口へと進むと、大局は決していた。

 キースだけでなく、二人もひどい傷を負っていて、しかしそれでも一歩も退かずに腕のいい職業殺手を抑えていたのだ。


 十分に魔眼で少々蹴散らしてやれば完全に勝利することができた。


 その頃になってようやく街を守る警備隊が現れた。

 『今更来たのか?』……そんな風に責めるつもりはない。

 ドップイネスが信頼して寄越した手合だ、トライカの守備を担う部隊もどこかしらで足止めされていたのだろう。


「お、遅れまして……申し訳ございません」

「予想より十分に早かったと思いますよ」


 その言葉を出しても顔色は青い。


「……私の護衛の治療を。

 邸の中は一人で向かいます」

「し、承知しました」


 言外に邸に立ち入るなということを伝えたが、トライカの警備は私に抗言はしない。


 彼らとも昨日今日の付き合いではない。

 メリアティ様に関わり始めてからと考えれば八年近くは経ったのだろうか。


 数年の間に警備隊の中身の大部分は入れ替わったものの、私がどういったものかは理解している。

 つまり、私が無意味な行動を取ることがない、必要な答えに最短で行こうとすることは理解している。


 それに、世間での私の評価は恐怖か嫌悪ばかり。結構なことだ。

 可能な限りそのような色で染まることを望んで行動したからこそ、評判を以て私は自身の行動の自由度を定めることができていた。


 邸の窓が割れた音がしてからいま少しの時間が流れている。

 戦いの決着は既に付いているのだろう。


 願わくば、彼が襲撃者を撃退し、生き延びているように。

 今更願う相手などいないのだが、だからこそ神ではなく彼の武才へと祈った。


 ───────────────────────


 城郭都市ルルシエットの北にて、ビウモード伯爵とルルシエット伯爵の軍が対峙していた。

 どちらも主力を連れているというわけではない。


 この戦況は異常であった。

 主力部隊を連れていないながらも、しかし両国の主である伯爵の姿があった。


「よもやルルとここで会うとは」


 少し楽しげにビウモードが言う。


「……退きますか、閣下」

「何を言う、お前をトライカに連れて行かねば妹に申し開きもないわ」

「ですが」

「ただ、兵を預けることもできぬ。

 単騎で抜ける自信はあるか」


 対面にはルルシエット伯爵、そして三人の行動騎士が伴っている。

 騎士鎧が二人と、フードを目深に被った人物が一人。

 行動騎士は主から力の供給を受けると特徴的な色合いの霧とも、放電とも付かぬものを纏う。

 大量にではなく、微かにと言える程度だが、それで相手が行動騎士であるかどうかを見抜くことができた。


「行動騎士三人の相手は難しいというのが現状です」

「では、行動騎士とルルはこちらでなんとかしよう」

「閣下?」

「行け、これは命令だ」


 そう言うと馬の腹を蹴って走り始めた。

 ビウモードの手には王が手にするにはやや品性に欠けていると言わざるを得ない槍が握られている。

 それは狩りの際に扱うために特化した槍であり、野営道具の肩代わりもできるもの。

 冒険者が持つのであれば不思議ではないが、やはり一国の主のものとは思えない粗野な代物だった。


 ───────────────────────


「ふん、ビューめ。

 相変わらずあんなもの使ってるのか」


 ルルは幼い頃に彼や親しいものたちと行ったキャンプを思い出していた。

 発起人は当時のルルシエット伯爵だった。

 近習たちが色々とやろうとするのをビューが率先して行っている。

 そんな彼を見て、ルルシエット伯爵は若き日に愛用していた槍を渡した。

 野営の準備から狩りに、ときには物干し竿やテントの骨組みにだってできると言いながら。


 あれからずっと、ビュー──つまりは当代のビウモード伯爵は愛用し続けた。

 度重なる戦闘でも槍は壊れることもない。

 伯爵家が金を出して作らせた趣味の名品なだけはあった。


「こっちが『この道』を選んでやった理由はわかったようだね」


 ルルシエットは馬上で腕を組みながら言う。


「ルル、単騎で離れた騎士がいる。彼は」

「ヤルバッツィでしょ?

 あれは気にしなくていいよ」


 側で状況を伝える行動騎士。


 その会話を破るのは、

「ルル!この私が前に来たのだ!挨拶はないのかッ!」

 大音声だった。


 この時代の為政者の一つの条件として、声の大きさがある。

 市民たちに言葉を投げかけるも、戦場で味方に伝えるも、敵に名乗り上げるにしても、

 戦と政が一体になりがちな時代であるからこそ、声の響きは重大な要素である。


「ビュー!相変わらず出しゃばるのが好きみたいだね!」


 ルルシエットもまた部下を抑えつつ、前に出る。


「……で?

 お礼くらい言ってもいいんじゃない?」

「決着の機会と云いたいなら、ここでそうはなるまい」

「ここまで私が出てきたってことは、こっちにはその気があるし、逃さないって伝わらないかなあ」


 ルルシエットはビウモードよりも幾つか年は下であり、一時期こそ兄妹のような間柄ですらあった。

 ルルにしろビューにしろ、そうした愛称は伝統的に伯爵太子に与えられるもので、

 国と共に名を──ルルシエット伯爵を継げばルルシエットという名になるように──与えられるまでの幼名である。


 未だそれをお互いに愛称として扱っているが、

 敵国の、主君同士で呼び合うのは周囲からすればどこか悲劇性を孕むものであった。

 ただ、彼らはあえてそれらをそのようにして扱わせている風情も。


「……ああ、惜しんだ。お前との決着をな。

 だが、」

「決着をつけたくもなかったんだろ、甘ちゃんめ」


 単騎で走る騎士を見やると、ルルが続ける。


「あの騎士を見逃してほしいなら質問に答えてよ。返答次第で伏せている行動騎士を動かしてもいいんだけど」

「オットーたちか?ヤルバッツィが劣るとは思えぬな」

「でも三人の行動騎士相手は辛いと思うけど、試してみる?」

「……質問次第だな」

「狡い言い方」


 苦笑しながら、しかし、それを咎めるでもない。


「どこまでやるつもり?

 このまま手のひらの上なら、」

「子の世代に遺せと?」

「それは、そうじゃなくて……ビューならもっといい方法を──」

「お前は昔から、私のことを買いかぶりすぎるのだ。

 質問には答えた、次はお前が返す番だ」


 憐憫か悲嘆とも取れる感情を押し殺しきれないままにルルシエットは左手を上げる。


 後方に控えていた魔術士の一人が空に向かって炎の弾を投射した。


 それは途中で花開く。


 色、光、そして花が開く際に放出されるインクの波のようなものによって命令を切り分けて伝えるための魔術。


 作戦ごとにその内容と組み合わせは変えられるからこそビウモードにはその意味は伝わらないが、ルルシエットがそうした点で裏切りをする人間ではないことを理解している。

 それ故にあの空に上がった花火はヤルバッツィを逃がすためのものに他ならないのだろう。


「私は諦めないぞ、ビュー。

 私たちはきっと、必ずどこかで手を取り合える場所があるはずだ」

「……どちらが甘ちゃんか……わかったものではないな、ルル」


 馬首を返し、戻る。

 ビウモード自身も今ある手勢で彼らを突破できるとは考えない。

 無駄に被害が出るのは望まない。

 ルルシエットへと戻り、次の機会を待つべきだろうと考えたのがわかる。


「ルル……」

「わかってるよ、君も行くといい」


 フードを目深に被る行動騎士は小さく頷くと馬を走らせる。

 数騎の騎士(行動騎士ではないが腕は確かなものたちだ)がその護衛に付いた。


 少しだけ行動騎士の背を見るが、すぐに視線はビウモードへと戻させれ、小さくなっていく背から空を見上げる。


「そりゃあ、未来に遺したくないことだけど、

 自分が犠牲になればいいって考えで人を不幸にするのだって違うだろ、ビュー……。

 そんなの、割り切れないよ。私は」


 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)

キース君が頑張ったのでキース君を描きました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ちょいと俺の中で情報がごっちゃになってきちまったからもっかい頭から読み直してくるぜぇ兄弟!賊の俺にゃあ語彙力がねえからうまく伝えれねえが楽しく読ませていただいて…楽しく読んでるぜ!すぐにケツ…
[一言] え、絵上手い!すごいぞ!
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