040_継暦141年_夏/03
よっす。
預かり知らないところで大きなことが動いている老人のオレだぜ。
「ウィミニア管理局局長殿、にわかに信じられない」
「こちらの条件についてですか?
それとも私自身がでしょうか?」
「両方だよ。
この爺さんと個別で話すなり、情報を纏める猶予が欲しいんだが」
「ジグラム様がよろしければ」
ウィミニアは『ふふ』と小さく笑ったか。
とはいえ、そういう風に回ってくるよな。
オレも欲しい。情報が欲しい。いや、なんだったら逃げ道が欲しい。
このまま流れで進むのも別に嫌じゃない、というか刺激のある生活にはなりそうなので悪くないんだが、埒外が過ぎると短絡的に楽しめなさそうなのが嫌なのだ。
「わしは構わんよ、エドマンド殿」
「ありがとうよ、爺さん。
こっちに来てくれ」
通されたのは施設の奥まったところにある個室。
扉には内外に一人ずつの護衛が付いている。
ちらりと見えたタグの色は青色。
緑、黄、赤、そして青の順に偉くなっていく。
鉄色は青の一つ上で、冒険者ギルドにとっての切り札扱いだと記憶していた。
鉄色の上が銀灰で、緑色だの黄色だの名称が『なになに色』でなくなるのは栄誉の証。
同時に栄誉はお役目やら何やらの面倒事も抱えることにもなりかねないらしいので中には。
ともかく、青色って時点で伯爵が抱える正規兵よりも頼りになる人材ってわけだ。
「ま、座ってくれ。
飲み物は?」
「茶でももらおうかの。渋~い奴をのう」
「はいよ」
誰かに頼むものかと思えば、エドマンドが準備をし始めた。
「爺さん、あんた何者だ?」
「語ることもないジジイよ」
いや、ホントにそうなんだよな。
この身だけでいえば、ウィミニアとは関係ないはずだし、
ましてやビウモードのなにか大事に関係している身分ですらない。
あるとするなら、前の賊生だ。
ウィミニアの友人であるルカとの接触や、無形剣使いに殺されたことに関わるのか。
いや、そもそもビウモードの行動騎士であるソクナとも戦り合った。
無関係ではいられない。……が、そのときのオレは既に死んでいる。
資産金属を使ったことがなにかの鍵だったとして、
ヴィルグラムという名前に重要な要素があったとして、オレはそれを理解することができない。
何かあったとしても、それはもう忘却の果てに追いやられたことだからだ。
「こちらのことを話すのもよいのだが、諸々の状況を知りたい。
もしかしたなら、そこから思い出すこともあるかもしれぬしな。
なにぶん、ほれ、この通りのジジイだからのう。
物覚えは悪くて、覚えた物も零れていくばっかりでな」
エドマンドは茶と茶菓子をオレに供しつつ「どこから話せばいいもんか」と。
ただ、なにかを隠すという素振りはない。
単純に話が長くなる、と言いたげだ。
「おい、ジャクスン。
ウィミニアさんに『話が長くなるから終わったら管理局に人をよこす』と伝えて来てくれ」
ジャクスンと呼ばれた青色冒険者は頷いて出ていく。
が、「どれだけ時間が掛かっても問題ない。ここで待っている」と返されたらしい。
「あの人の強情さは前々から知っちゃいたが……。
当人がそれでいいならいいさ。
……さて、それじゃあじっくりと話そうか、爺さん」
───────────────────────
ビウモード冒険者ギルドは他の冒険者ギルドと変わりはない。
ただ、ギルドは八、九年ほど前から伯爵家との折り合いが悪くなっていた。
問題がギルド側にあったのではなく、伯爵家側にあった。
時折、冒険者の依頼を握り潰し、或いはその冒険者を消してしまった疑惑があったのだ。
これはまあ、疑惑じゃないのをオレは知っている。
ルカ、ウィミニア、ヤルバッツィの三人のことだろう。
定期的にギルドは伯爵家へと抗議をするも基本的には無視。
冒険者たちからも不信感は募る。
暫くして消えた三人が冒険者として復帰はしたものの、いなかった期間のことは頑として口にしなかった。
ただ、三人はギルドによく尽くしたこともあって多少なりとも関係は改善した……はずだった。
大きな問題が発生したのはふた月ほど前の話だ。
ビウモード伯爵の命令として行動騎士ソクナが冒険者ギルドを襲撃。
ギルドの人間を大いに殺傷し、陥落させた。
冒険者ギルドには鉄色位階の冒険者も数名いたものの、ソクナには手も足もでなかったのだそうだ。
「あのソクナってのは怪物だ、とんでもねえよ」
そう言ってエドマンドも腕をまくってみせるとひどい怪我の痕がある。
「行動騎士だってのに、恐らくあんときゃ、力の供給も受けてない。
……『破獄』の二つ名を持つだけあるぜ」
二つ名はそう簡単に得られるものではないらしい。
どうやらオレは『あっさり死ぬ』ジグラム、なんて名前をもらえたりはしなさそうだ。
ギルドはソクナによって陥落させられ、その代替機能としてギルドを支配したのがウィミニアと彼女が率いる人間たちによる『管理局』であった。
「管理局ってのはカルザハリ王国時代の冒険者ギルドみたいなもんだ。
つっても、その頃も冒険者ギルドはあってな、ギルドは民間、管理局は公的機関って感じだ。
仕事も管理局は国が管理しきれない地方自治体の手伝いだったり、傭兵まがいの仕事だったり、国益に関わるものが多かったらしい」
「管理局、のう。
ゲン担ぎで伯爵閣下が名付けたのかね」
「いや、管理局とは名乗っちゃいるが、ここでの管理局の動きは伯爵が大きく関わっちゃいないらしい。
管理局側がまるで伯爵の手伝いをしているようには見えてもな」
エドマンドはため息を吐く。
「管理局に住まう妖物……。そんな存在であることまで真似なくともよいというのに」
「妖物?」
「かつての管理局の長はそう呼ばれた人物が支配していたらしい。
妖物ライネンタート。
今となっては実在したのかもわからんがね」
ライネンタート……。
ルカが過去を語ったときにもちらりと出てきた名前。
ボーデュラン侯爵を殺した人物。
ともかく、そのダムドシングに比する怪物がウィミニアだと彼は言っているのだ。
「脇道に話を逸してしまったが」
冒険者ギルドを制圧した後に、各ギルドに伯爵は一つの文を発した。
『今までの恩義を返すべし』
その言葉に応じたのが魔術ギルド、請願ギルドだった。
「魔術ギルドに関しちゃ、ギルドマスターが一時的に放逐され、代理としてテッドって魔術士が支配していたが、
先日、テッドの死体が都市内で見つかった」
「ギルドマスターとやらに殺されたのかね」
「あそこのギルドマスターなら正面から火力を叩きつけるだろうが、殺傷方法が違うんで、そうじゃなかろうよ。
それにテッドはギルドマスターの教え子だった時期もあったと聞く。
行き違いや性状こそ違えど、殺すまではするとも思えん」
「であれば、他の何者かが」
エドマンドは予想はできるが口にするべきではないと言いたげに小さく頭を振った。
ここでテッド氏について深掘りをするのは難しそうだ。
「現在の魔術ギルドは再び本来のギルドマスターの手に戻ったんでな。
恩義云々、いやさ、ビウモードに従えって言葉は無視することになるだろう。
魔術ギルドが伯爵家と正面から殴り合うかどうかはまだわからんが」
「魔術ギルドはビウモード伯爵を恨むか」
「恨むというよりは、暴走を止めようとしているのが近かろうさ。
ギルドマスターは伯爵家の手伝いをしていた経緯がある。
忠義はわからんが、思い入れは少なくないんじゃないかね」
ギルドマスターってのルカのことだろう。
あんなことがあっても今も魔術ギルドに陣取っているってことだろうか?
その辺りは知っておきたい。
例え今のオレは他人だとしても、彼女にしてやれることが何かあるかもしれない。
「街中に反乱分子めいた連中が住んでおる、ということか?」
「ああ、ビウモードの魔術ギルドは既に封鎖されててな、衛星都市に代理の施設を立ててそこにいるって話だ」
「そことてビウモードの領内であろう」
「あー……。
その都市、トライカってんだがね。そこは伯爵の妹君が管理していらっしゃるんだが」
なるほど、その妹君は伯爵と割と対立してるってことか。
……うん?
妹ってヤルバッツィってやつがご執心だった呪い持ちの娘じゃなかったか?
伯爵(当時は太子だったか)は妹に優しかったと思うが。
「冒険者ギルド、いやさ、今は一応『掲示板連合』と名乗っておるんだったか。
何故、アンタたちは魔術ギルドのようにトライカに行かなかった?」
「俺らの仕事は伯爵家のためになにかするってわけでもないし、伯爵家へ反抗したいってわけでもない。
このビウモード領の人々のために仕事を発布するのが全てだからさ。
俺らが仕事を管理しなけりゃ困るのは力のない人々。
そんなことになりゃ冒険者の沽券に関わるってもんさ」
誉れか。
何よりわかりやすい理由だ。
力のない人々のために力のある連中が仕事として受けるという仕事の作り。
百年経とうが、或いはそれ以上の時間が流れても根付くシステム。
彼らが誉れと責務に興味を失い、放棄したときこそが平和の終わりであり、逆に言えばそれを放棄しないならばビウモード伯爵が暴れようとも人々には一定の平和を担保してやることができる。
冒険者ギルド。
いいね、そういう立ち位置での戦い方は嫌いじゃない。
「相続戦争は終わっていない。
ビウモード伯爵の行動はそれを浮き彫りにした。
結果として各地の爵位持ちも行動を起こしたものも少なくない。
ツイクノクにメイバラに、他にも幾つもの領地が」
何のために?
……それはオレにはわからないし、エドマンドにもわからないことなのだろう。
彼がこの話題を続けなかったことがそれを確かに伝えていた。
「……我ら冒険者ギルドは、その立場を失うわけにはいかないんだよ、爺さん。
ここからの時代、もっと人々は困ることになる。
そのときに動ける冒険者は多ければ多いほどいい」
「わしがウィミニアの依頼を受けて、アンタはギルド施設を取り戻す。
そうすれば皆が助かる。
何を悩む?」
「だが、」
「何を考えているかわからない相手に老骨を差し出すのは、か?
妖物じゃものな。
……なぁに、この年寄で冒険者の役に立てるなら、危険も妖しさも構うものかよ」
ま、実際にオレの命くらいで冒険者ギルドが皆のためにますます頑張れますってなら、ああ、くれてやる。
オレが一人でふんばるより遥かに助かる命も多いだろうし、
冒険者ギルドの間口が広がればオレが次に生まれ変わったときに入りやすくなるかもしれない。
仮に命懸けになったところで悪いことばかりでもないのだ。
「彼女と、管理局に思うところはあると思うが……、
深く考えるのもどツボというもんじゃろ。
まずは冒険者ギルドを復活させる、陰謀やら何やらは二の次。
それがエドマンド、お主のやるべきことではないのかね。
何よりもこの都市やその周りに住む人々のために」
上から過ぎたかなと思いつつ、言葉を締める。
エドマンドは頭を深々と下げた。
偉そうにしたのは申し訳ないが、それでも納得してくれたなら、それが一番だ。
オレの頭じゃあ複雑な状況にはついていけない。やるべきことはシンプルなのが一番だ。
ともかく、次の仕事は決まった。
さて、今様の妖物の話を聞きに行くとしよう。
───────────────────────
私の名はキース。
現在はウィミニア閣下の私兵として雇われている。
そして、かつては自らを優秀で最高の人材などと思いこんでいた愚かものでもある。
今、こうして久方ぶりに日記をつけているのはウィミニア閣下の使いが来たからだ。
閣下は施設から急ぎ出る際に私に「馬車の準備をして待っているよう」にと申し付けられたが、
どうやら話し合いが込み入ることになったようで下手すれば半日ほど遅れるという。
手持ち無沙汰故にこうして日記をしたためている。
日記といっても、現状の身辺を書いて纏めることで自分の立ち位置を再確認するのが目的のものだ。
後年に余人が見ても面白いものではあるまい。
いや、日記とはそもそも他人が見て面白いものでもないか。
ドップイネス様に雇われていた私だったが、レティレト様を奪い、
ウィミニア様へと献上。
その功を以て彼女に仕えることを許された。
元の主であるドップイネス様は恐らくこの都市のどこかにおられるので、顔を合わさないかヒヤヒヤしている。
小胆だと笑わば笑え。
あの方の底知れなさというか、粘着質な恐ろしさ、いや、他人の痛みに対しての鈍感さを隠さない態度は近くにいればいるほどに恐ろしく感じるのだ。
裏切りは既に知られているが、手を打ってこないのはウィミニア閣下のご威光のおかげだろう。
到着してわかったことはドップイネス様の、もうひとりの商談相手である伯爵閣下が未だルルシエットから戻っていないこと。
つまり、ドップイネス様は商談を進められず、そうなれば次の行動を起こせない状態でもあると予想できる。
伯爵代行を任ぜられているのは譜代の騎士であるドワイト様だが、
あの方は清廉で知られており、ドップイネス様との折り合いに関しては絶望的。
恐らく簡単な挨拶だけで現状は終わっていることだろう。
特記するべきことと言えば、魔術ギルドでの動きだ。
あの行動騎士ソクナ様とギルドマスタールカルシ殿、そしてその友が戦い、ソクナ様を撃退。
しかし、増援に来たドワイト様によってルカルシの友は撃退され、ギルドマスターも撤退したのだとか。
『破獄』と呼ばれる魔術士を撃退したのか……。
どれほどの激闘になったのか、興味はあるが見えるところにいれば私如き、巻き添えで命を落としていただろう。
ともかくビウモード派(というよりは交戦主義者たちの巣窟)となっていた魔術ギルドのメンバーはルカルシ殿によって撃退され、
しかしそれを撃退したルカルシ殿はドワイト様によって撃退された。
結果としてはビウモード内に不穏分子が残らない結果となったようだ。
吟遊詩人どもが歌にするほどにビウモード伯爵家というのは家族仲が良好で、
ドワイト様もやたら人を殺すような方ではないと聞いていたのだが……。
……しかし、伯爵閣下は先代様を殺して即位したなんて噂もある。
清廉で知られるドワイト様は譜代の騎士、なぜ伯爵閣下をお止めしなかったのか。
止められなかったとして、なぜ今も仕えているのか。
複雑な事情というのは好奇心が刺激される。
平常心、平常心。
だが、今では伯爵の妹君はビウモードと明確に距離を置いているとも言うし、
その妹君とご結婚なされた行動騎士ヤルバッツィ様は身が引き裂かれるような思いをしているのではないだろうか。
昔の話だが、私は彼に命を助けてもらったことがあるのでどうしてもヤルバッツィ様には肩入れというか、案じてしまう。
好奇心ではなく、恩義を返せる機会があればできることをして差し上げたいとは思っている。
おっと、身の回りに起こったことを整理するつもりが大いに外れてしまった。
ともかく、ビウモードは私にとっても世間にとっても危うい状態なのは変わらないということだ。
それにしても、ウィミニア閣下とは挨拶もそこそこ未満で、急ぎ掲示板連合に向かってしまわれたが……。
ウィミニア閣下がお戻りになられる前に私も連合の会館に顔を出して師父とお会いしたい。
……が、任を半端にするわけにも……。
いや、そのような半端なことをして師父がお許しになられるはずがない。
翁封詠によって擲たれた石のように、取るべき道は常にまっすぐに。
今はこうして日記を書いて、ウィミニア閣下を待とう。
このキース、今までのように曲がりくねった我が心根にも似た人生ではなく、
師父に顔向けできる人生を送ると心に決めたのだ。
 




