039_継暦141年_夏/03
よっす。
年寄りボディのお陰で妙な方向へと転がり始めているオレだぜ。
あれよあれよという間に街へと向かうことになる。
身分を立てるのはキースがしてくれるという。
道中でキースはアレコレと話してくれていた。
オレが復活したのは無形剣で殺された直後のようである。
キースは今の上司の頼みで各地を回っており、出てくる前には魔術ギルドは特に問題が起きたという旨の話が出なかったからだ。
「キース、お主は何をしに馬車を回していたのだ?」
「現在の主からの頼まれごとで、手紙を陸送しておりました。
信用できるものでなければ頼めないことと、私を指名してくださり、」
「しかし、賊に襲われたと」
「それも妙なことに日に数度。最初は護衛もいたのですがいずれも」
「殺されたか」
「ええ、一部は。もう一部は逃げ出しまして」
しかしキースは逃げなかった。
無闇矢鱈にガッツのある奴だ。
ルカもそうだが、魔術士ギルドってのは学者様がおられるナヨナヨした連中の巣穴だと勝手に思っていたが、大いに見当違いの考えだった。
魔術ギルドの所属者はガッツとファイティングスピリットの塊だ。
まあ、後者については有り余っていたせいもあって、付く方を間違えてルカに殺されているって結果をもたらしたりもしているが。
「手紙を奪うために雇われた賊なのだとしたら、お前の主の周りは敵だらけということか」
「それも仕方ないかもしれませんが、
……恥ずかしながら敵の多さであれば私も同じようなものです」
彼はあっさりと自分の立場を教えてくれた。
ドップイネスを裏切ったこと、ウィミニアに付いたこと。
その際に手土産にドップイネスから少女を奪って逃げたこと。
……そして、オッホエと叫ぶ未来の大器を自分で破壊したこと。
キースは涙を堪えきれず、呻きながらに語る。
「その大器の代わりにお前がわしを師父と呼び、引き継ごうとしているのだろう。
恨みなどすまいよ。
キース、お主とて同じ状況になって人を恨むような男ではあるまい。
ただ、実力不足を無念に思うだけであろう」
小さく頷きながら、謝罪と肯定を繰り返した。
大丈夫だってキース。殺されたオレが許してんだからあんまり気にすんなって。
……まあ、そういってやれたら早いんだが、どうにも復活のことは話したくない。それが誰かを不幸にする気がしているからだ。この場合はキースを。或いはキースの周りをも。
彼が平静を取り戻すまでに少しばかり時間はかかったものの、再び会話が始まる。
次は気になっていたギルド関係のことだ。
魔術を使うキースであれば魔術ギルドのあれこれを知っているかもしれない。
具体的にはルカ──ルカルシやソクナについて。
できることなら情報は仕入れておきたかった。
再びどこかで出会ったなら、敵ではなく味方でいるために。
その状況を引っ張ってくるのに必要なのはいつだって情報だ。
中には運だけでやっていけるものもいるかもしれないが、
どうにもオレは運ってやつだけには恵まれていない。
人に当たる運を除けば、だが。
「行動騎士ソクナ殿がビウモード魔術ギルドを実質的に支配している形でして、
正直、私はあの方が恐ろしくてギルドに顔を出さなかったのです」
「恐ろしい?」
「恥ずかしい話です、師父。私はこの矮小な命を惜しいと思っていたのです。
勿論、今は違います。
師父と共に歩めるというのならばこの命は惜しくありません」
やっぱりヤバいところにカシラのパンチが入ったんじゃないかと思う。
「私の主観から見れば、あの方は……外見とは不釣り合いだったのです」
「外見年齢と実際の年齢が合っていないとか、そういうものかの」
「なんと言いますか……。
複雑なインクを持っていると言うか、師父のインクとも似ているようで違うものです。
勿論、そうなれば外見と内面の年齢にも差が出てくるというものでして」
「わかるのか」
「広く浅く魔術を修めてきたお陰でしょうか、この身にはそうした力がございます。
そのお陰で現在の主であるウィミニア閣下にも目を掛けていただいております」
ウィミニア……。
そういやルカの話にも出てきたよな。
てっきり少女が趣味の変態貴族だとばかり思っていたが、ルカの語り口からするとそうではなかったようだし。
「外見通りの年齢ではないのは間違いないかと。
魔術ギルドには定命とは異なる時間を生きる怪物が幾人も存在すると聞いております。
あの方もその一人かと」
などと話していると馬車は速度を落とす。
「師父、到着いたしました。
ここが私の仮宿であるビウモードでございます」
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帰ってきましたビウモード。
相変わらず妙に重苦しい雰囲気は、やはりビウモードは今まさしく戦時であるというのが空気に出ているということなのだろうか。
雑談という名の情報収集をしながら、キースに案内されたのは街中だというのに随分と放置された時間が長そうな教会だった。
このあたり……つまりビウモードやルルシエットには幾つかの宗教が根付いている。
一つは請願そのものを恩恵として、その管理をする『刻印聖堂』。
過去の偉人たちからその才を預かり、偉人の願いを管理し、請願を渡す際にその願いを成就する努力を誓わせる。
言うなれば遺言の達成のみを唯一絶対の教義とも考えているような連中だ。
その遺言を達成するかどうかを決めるのは彼ら自身であろうから、教義よりも上位が存在するってのはなんとも……って感じだが、組織ってのはそういうものかもしれないが。
もう一つが『カルザハリ楽団』。
カルザハリ王国がカルザハリと呼ばれるのはこの『楽団』の聖地があった場所で建国されたからであり、
楽団に聖人認定された人物が関わるからでもある。
ヒドい乱世だった頃に楽団は力と教義で強引に土地を纏め上げたってのは割とどの歴史書にも書いている。
力こそが全て、って時代だったのだろう。
王国の成り立ちは大体600年くらい前だったか。
つまり宗教の歴史はもっと昔からあるってことだ。
楽団の教えは『その才に従うべし』、『才を見出すため困窮者を救うべし』。
この二点。
『聖堂』が偉人の願いを神や教義だとするように、
『楽団』は才能そのものを神として扱う。
名前にある楽団、その所以は教えを大々的に、
文字や音にして『唄って』広めたことからとも言われている。
最後の一つ『数多の遺児のための教会』。
神サマってやつは歴史的に見て本当に存在していたらしいが、それは何者かに殺されたそうだ。
で、その殺された神様を信奉している宗教がココ。
前二つよりもよっぽど宗教しているんだが、
最近の時代は「自らの力と才能で切り開く」ってのがスタンダードになっているせいで勢いがない。
神様だよりにするなんてとんでもない!自分でやるぜ!って時代なのは宗教にとっちゃあ逆風だよな。
困っている人間が身を寄せることもあるが、
そもそも困っている人間ばかりでは発展も難しいのが実情なのかもしれない。
で、放置された教会のシンボルから、元の持ち主はこの最後に取り扱った『数多の遺児のための教会』。
──通称『教会』だ。
この土地での教会の立場がわかりやすく提示されている。
「こちらに我が主たるウィミニア様がおられます」
……このまま会っていいんだろうか。
それほどの人物ならオレがただの賊でキースが勝手に崇めているってバレたらヤバいんじゃ?
「……わしは世を捨てた身。
今更教会に入るなど神がお許しになられても、わし自身それを許せぬ。
すまぬが、ここの敷居は跨げぬよ」
ビウモードならば掲示板連合もあるし、そこにお邪魔しておくのがベターだろう。
「掲示板連合辺りにおるよ。
お前が冷静になったあともわしを師父と呼びたいのであればそこまで来るとよい」
「……師父。
申し訳ありません!勝手にお連れしたことをお許しください!
そして、どうかこれよりも師父と呼ぶことも、どうか!
ウィミニア様にご報告申し上げましたらそちらまで向かわせていただきます!」
「……うむ」
この調子のおかしさを見たらウィミニアさんもなんとかしてくれるだろう。
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掲示板連合。
前回来たときより騒々しい。人が多い証拠であり、それ自体は喜ばしいことじゃなかろうか。
人が多けりゃ仕事も多くなる、そうなれば老人でも受けさせてもらえる仕事が見つかるかもしれない。
が、その辺りは後で。
ここに来たのは試したいことがあるからだ。
「すまぬが」
オレが向かったのは食事を注文するエリア。
「あいよ、爺さん。
金はあるのか?」
「それを確認したくてな」
前回、資産金属ってのが体内に埋まっていることがわかったが、それが今も有効なのか、
そして、この体にも引き継がれているならどの程度入っているのかを知りたかったのだ。
「なんだ、ボケちまったのか?」
「最近は特に酷くてな、ほっほっほ」
「ほらよ、こいつに資産金属をかざせばいい」
提示されたのは板。横に30センチ、縦がその半分か少し大きいか。
支払いのときにも同じものが提示された。
それに触れると板に文字が浮かぶ。
三ヶ月くらいは先日のグリーンハンバーグと付け合せで暮らせる程度の金額だった。
かなりの大金(賊基準)だ。
「便利じゃな」
「あんたみたいな老人がアレを体内に入れるなんて、
若者でも殆どしないような資産金属の運用しているのもびっくりだけどな……。
まあ、便利っちゃ便利だが結局『炉』で接続されていないとなあ」
「む、だが金額は見れたぞ?」
「ああ、使うこともできる。
けど、色々と制限があんだ。一定金額以上のやり取りができないとか、
冒険者ギルドで使っていた炉が上位にあるから金の動きは管理局に筒抜けだとかな」
「筒抜けだとなにか問題あるのかね」
「管理局ってのは不気味だからなあ。
何を考えているかわからん以上、
情報を渡したくないってのが元冒険者ギルドの所属者全員の考えってもんさ」
「ふむ、大変だのう。
ああ、注文もいいかね?」
「何が良い?」
「ふむ」
金があることはわかった。
しかし、オレの舌のレベルで高級品を食べたところでどうせ理解もできない。
「鶏団子のスープ、それに羊のケバブをもらおうかの」
「肉ばっかじゃねえか。爺さんの胃は耐えられるのか?
サラダも食べとけよ、オマケしてやるからさ」
「食べられんヤツから死んでいくのが老人のならいよ。
食えるうちゃあ憎まれっ子よりも長生きするわい」
「そういうもんなのかい」
「そういうもんじゃよ。……が、サラダはいただこうかの。
ご好意に甘えるのも長生きの秘訣でな」
暫くして料理が運ばれ、手をつける。
美味い!
スープは具だくさん、味の主張は薄いがそれがいい。
ケバブは好き嫌いが出そうな野趣あふれる風味を辛味と爽快感のあるシーズニングが、その風味をむしろ良い方向へと導いている。
口の中が野趣に溺れそうなところをスープのまろやかさが打ち消す。
そしてサラダ。採れたてとまでは言わないが、瑞々しい。
正直、賊やってたころなんてかつて野菜だったものたちしか口にできないのが普通だったしな。
完璧なセットだ。これがグリーンハンバーグと同等の価格でいいのか?
オレが料理に舌鼓を打っていて気が付かなかったが、夢中で食べて、完食するまでどれほどの時間が経過したかはわからないが(そして肉体年齢のせいか、かっこむということができなかったのもあってそれなりの時間を要した)、
先程まで騒がしかった室内が随分と静かになっている。
「あなたがヴィルグラム様でしょうか」
鈴の音のような軽やかな声。
オレはこの体でヴィルグラムと名乗ってはいない。
軽やかなその声とは裏腹に、ぐっとのしかかるような重圧を感じる。
「ヴィルグラム……?
はて、わしの名はジグラムだが……」
串を皿に置いて、声の主へと目を向ける。
長い金の毛髪に、『教会』の人間が好んで纏うような制服を纏っている。
ボディラインが出ないような着こなしのはずではあっても、それでも美しさが隠しきれていない。
特徴的なのは帽子からヴェールが垂れ下がり、その顔立ちを隠していること。
それ以上に特徴的なことがあるとするなら、ヴェールの奥、瞳があるべき場所でちらちらと熾火のようになにかが小さく燃えているように見えたことだった。
「それは失礼を。
……管理局が集めている情報ではお支払いがあったのはヴィルグラム様とあったものですから」
「アンタは何者かね」
「自己紹介が遅れました。
ウィミニア、と申します」
ドップイネスの話で考えていた姿はこってりした少女大好きなおっさん。
ルカの話で考えていたのはちょっとお転婆そうな元気な娘。
しかし、こうしてお出しされたのはミステリアスが過ぎる女であった。
そして何より、先程の話、つまりここでの支払い情報なんかは管理局がチェックできるということが、
まさか殆ど最速にして最短距離で危惧ってやつが形になって襲いかかってくるとは思わなかった。
「……ここで話すべき内容ではないなら、外に向かってもよいが」
掲示板連合に迷惑を掛けるのは本意じゃない。
「私は依頼をしに参ったのです、あなたに」
剣呑というか、危険というか。
ここで断ったところでいつか受けることになるのだろうという結果が見えているような。
ヴェールの向こうの表情は見えない。
「……直接依頼というのは、いいのかね」
管理者も彼女の到来に固まっていたが、オレの言葉に対して、
「悪いが、うちじゃあそういうのはやってない。
例外はあるが、少なくともその爺さんは冒険者じゃあないだろうよ」
「では、彼を冒険者に登録して差し上げてくださるかしら」
なんでアンタに──彼がそう言おうとしたところでウィミニア。
「掲示板連合のエドマンド様にも悪い話ではないと思いますよ」
彼女が取り出したのは鍵。
何を意味するのかはわからないが、ありがたいことに管理者ことエドマンド君がそれについて説明してくださった。
「……冒険者ギルドの鍵」
「ヴィルグラム様……、
失礼、ジグラム様を登録してくださるなら管理局は旧冒険者ギルドから引き上げましょう」
「その爺さんに一体どれほどの」
「貴方にとっては詮無きこと……ですわ」
完全に会話に置いていかれている。
当事者からしてみると大変に詮も中身もあることなんだが。
これに口を挟めたかって?
それができる度胸があったら賊としてもう少し大成していたと思うよ。自分でもさ。




