037_継暦141年_夏/02
「その後はキミも知っているだろう」
「伯爵たちから距離を置いて、魔術ギルドへと入門して、研究を続け……」
ソクナはわざとらしい口調で続ける。
「『不言』となり、魔術ギルドの掃除屋となり、
功績を重ね、ビウモード伯爵に諂う当時のギルドマスターを魔術ギルドの理念に反するとして処罰。
グランドマスターからビウモード魔術ギルドのマスターに任命される、と」
「……そうだ」
「契約はどうなったのかな?」
「ボーデュランが求めた少年王に関することは、まだ終わっていない。
ただ、あれは魔術ではないし、請願でもない。忌道の類だ」
「少年王は死に、亡霊たちだけが巷へと残る。
彼らは何を求めているのかな」
「少年王の帰還。望むことはそれだけだ」
それはそれは、とソクナはやはりわざとらしく驚いたようにしてから、
「そして契約である以上、それを進めるのが君の仕事というわけだね」
「……不本意だけど、力を得た代償だから」
「君と私は似たもの同士」
少し空気の種類が変わる。
ぴりついた空気。互いに隙を狙い始めているのがわかる。
会話の上でそんなことは見えなかったが。
いや、……何かあったってことだろう。
オレに関わり合いがあるかはわからないが、ちょっと整理はしておくか。
ルカ──ルカルシが本名らしいが、オレに名乗ったのはルカなのでそれで通すが──は、
オレと似た名前の人物、グラムって人が命を使って隙を作り、勝利を得た。
ルカはその死が自分のせいであると考えている。だから力を求めた。
二年ほど仕事を受けて、遂に力を得る機会を得た。
ボーデュラン侯爵ってのはすごい魔術士だが、亡霊となっていて、ルカに力を相続させた。
その代わり、侯爵の願い……妄執めいたものも引き継ぐことになった、ってところだろうか。
聞いている話だと『私』と名乗っていた頃と、今のように『ボク』と名乗っている間に何があったかまではわからないが、今のルカは他者を害するのに躊躇がない。
しかし、その瞳の奥では感情が揺れている。
殺しの手管と感情の動かなさはボーデュランから受け継がされた要素であるからこそ、
ルカ自身、本心とも言える部分では慣れきっていないということだろうか。
……考察が過ぎるかもしれない。
さておき、ソクナというのも口調からすると何かを引き継いだような口ぶりだ。
同じ種類の呪い。
相続した力だけならば呪いとは言わないだろう。
となれば、誰かの意識に影響を受けてしまっていることを呪いと称していたとしても不思議ではない。
大きな問題があるとするなら、オレは二人の間にまったく割って入れない。
何せ魔術の知識も呪いとやらのこともわかっていないのだから。
「君ほどの才能があれば、ボーデュラン候の甘言に乗らずとも大成しただろうに」
「失望させてしまったのかな。
だったらやはりボクは過去のことなんて話すべきじゃないみたいだ」
「失望はしてないさ。
近い感情ならば憐憫。私が私を憐れむように、君も憐れもう」
魔術士ってさあ、いっつもそうだよなあ!
お互いで高いレベルの会話をするからこっちに全然伝わってこないんだよ!
ただ、オレでも分かるのは戦いが始まろうとしているってことだ。
ほぼ同時に杖が振るわれる。
「██#2、██#6」
人間の喉から発せられたものとは思えない音を詠うソクナ。
これも一種の詠唱ってわけか?
無詠唱のルカが放つ魔術より一手遅いが、ルカの魔術よりも強力な光が放たれて、相殺するではなく、一方的に破壊しながらルカへと突き進む。
ただの魔術でも、そこらの魔術士でもない。
ソクナってのも行動騎士になれるだけあってというべきか、
二つ名を持つに値する恐るべき逸材ってわけだ。
「阻まれ、消えよ」
が、逸材っぷりならルカも負けてない。
片手を前に出すと盾のようなものが生み出される。魔術の盾か。
ソクナの魔術はそれに阻まれ、一方で盾を生み出しながら無詠唱で次々と魔術の弾を放つ。
「ははは!流石だよ!
無詠唱だけを武器にするのではなく、詠唱と兼ね合わせる!
一騎打ちじゃああまり使われない護りの魔術がこれほど厄介とは、とっても素敵だよ、不言!」
連続で放たれた無詠唱の魔術弾をソクナは走って次々と回避する。
ときに跳ねて、ときに転がって、余裕のありそうな立ち振舞からは考えられないやんちゃさだ。
「無詠唱は便利だけど最強じゃないのは理解しているだろう」
「勿論」
「じゃあ ██#9 これはどう防ぐ? ██#7」
喋りながらあの音を発する。まるで喉が二つあるみたいに。
聞き取れる範囲で考えれば数字らしい音が関係している。
そして、発言からすれば大技だ。
数字の大きさが何かを意味している?
魔術の絶対のルールはインクの消費だ。
ルカは恐らく、オレが知る限りで最強の魔術士だろう。まあ、記憶がないから比べる相手が相手ではあるが。
そのルカですら、無詠唱の魔術を発動するときに盾が少しぶれて見えた。
つまり、インクを消費しようとするとそれ以外の行動に支障が出る。
魔術士が運動が下手だと言われているのは彼らがガリ勉だからってわけじゃない。
インクを使いながら運動をするってのが極めて難しいからだ。
現にソクナの動きは機敏だったが、回避しながら魔術を行使したりはしていない。
だからこそ、隙はそこにある。
ソクナの魔術が発動しようとしている。
ルカが護りの魔術を重ねようと詠唱を始めた。
「オッホエ!」
ここだ!
懐から石を投げつける。
気合の入ったいい一発だ!
「くぁっ」
ソクナに命中はするが、明らかに何かに威力を殺された。
魔術の防壁?
ってことは「どう防ぐ」って言葉自体がブラフだったってことか?
「伏兵とは、やるね!██#R」
音が発せられると、ソクナの背から誘導が利いた魔術の光がこっちへと飛んでくる。
オレは壁を蹴って大仰に回避をした。
誘導が利いているってなら、ギリギリの回避はやばそうだ。デカく動いて、弾を動かす。
この処し方が正しいかはわからないが、記憶の何処かでそれをやれと叫んでいるような気もした。
どうやら正解だったらしく、ソクナが小さく苦笑を浮かべている。
弾の誘導が切れて、まるで関係のないところにぶつかり、消える。
誘導の切り方と、その制限時間があるってことは記憶しておいたほうがよさそうだ。
この後だっていつ魔術士と戦うかもわからないしな。
ルカと並び立つと、こちらを向かずにルカが、
「ソクナは回避は上手くても防御はそれほどでもなさそうだ。
手数で押し込めたい。
できるかい、グラム」
「ああ、任せといて」
「倒せても倒せなくても、攻撃の手が終わったらすぐに外に出るんだ。
街中で暴れるほど理性のない相手じゃない」
ソクナに対して妙な信頼。敵相手だからこそ行う分析の結果だろうか。
とはいえ、長話ができる状態ではない。
オレは頷く。
「話し合いは終わっ──」
「オッホエ!」
悪いなあ、ソクナさんよお。
賊なんでな、セオリーなんて無視させてもらうぜ。
残った石を投げつける。
それと殆ど同時に無詠唱の魔術が次々と展開され、オレも拾ったナイフを次々と投擲する。
今や石の方が投げやすくすらあるが仕方ない。
魔術の弾が命中し、土埃を上げる中にナイフが入っていく。
オレは弾切れと同時にルカの肩を叩いて脱出を知らせる。
ルカもまたそれに頷き、同時に走り出した。
外に近いのは正面玄関。
体当たり同然で扉から外へ。
「逃げの一手。嫌いじゃないよ。
二人とも、また会おうね」
土煙の中からソクナの声。
ひとまず、見逃せてはもらえたらしい。
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「あー……生き延びた、で良いのかな」
「ソクナの気配は感じないから、生き延びたでいいんじゃないかな。
グラム……話があるんだ。
さっき、ソクナと話していた内容に続くことなんだけど」
《無形──》
ルカの言葉に応じようとしたとき、思考に挟まるように何かが囁く。
それは恐らく一瞬だっただろう。
オレがそれに気がつけたのは声が聞こえたからに過ぎず、その声もまた内発的なものなのか、実際には声というよりも直感に近いものであった。
ルカをあらん限りの力で押し出すと、地面から巨大な剣が立ち上る。
その発生した場所には先程までルカがいた。今はオレがいる。
何の感触もない。
ただ、致命的なことが肉体に起こったことだけは理解した。
視界が歪む。
どう考えてもヤバい。自分の状態を見たら多分、終わりを認識してしまう。
猶予なんてない。
ルカの強みは無詠唱による攻撃の速さ、そして距離だ。
──無形剣は無詠唱ではないものの、戦闘機動を行いながら実行できる強みがある──
わからない。何の記憶だ?
どうでもいい。その記憶が嘘を語る理由がない。
とにかく、ルカが不得意な相手なのは間違いない。受けて打ち返すスタイルのこの威力の技に、武器を持っての接近戦を挑んでくる遠近両用のスタイルなら、確実に。
死に際だからなのか、脳みそが冴え渡る。普段からこれくらい冴えてくれてりゃ文句はないのに。
だが、お陰様で最期の行動は決まった。
「ルカ!逃げて!オレの分まで、生きて──」
視界が消えた。
何が起こったかは理解した。
二度目の無形剣がオレに放たれたのだ。
そこそこ長く生きることができたんじゃないか。
ルカともっと一緒にいられたなら楽しかっただろう、見た目だけで言えば年齢も近いし、良い友人になれたかもしれない。
ああ、ルルとは再会できないのは悔いかな。サナは故郷に戻れたのだろうか。
消えゆく思考の中で、無念の種が後悔の芽を出している。
やがて、それも消える。
いつもどおりの、取るに足らない命の終わり。
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「ドワイト……さん……」
「すまない、ルカルシ。
だが、消さねばならぬ……君は危険因子だ。
メリアティ様からの助命嘆願の、その度を越えてしまったのだ」
ドワイトが剣を構える。
ルカルシは杖を構えるではなく、グラムと呼んだ少年の、最期の言葉を想起する。
逃げろ。
自分の分まで生きろ。
再び自らに与えられた命。
その価値が自分にあるのかもわからない。
しかし、怒りに任せてここで戦うのではなく、ルカは逃走を選ぶ。
ドワイトはその背を追いかけるではなく、見送った。
「追いかけないのですか」
「……嘆願はヤルバッツィからも来ている。
彼の伯爵領への貢献を考えれば、本当であればこの少年も殺すべきではなかったのだろうが」
ドワイトは少年へと近づく。
自らの行いながら、残酷なことをしたと思う。
彼にはまだまだ明るい未来があったろう。何より自分たちから距離を置いたルカルシの心を慰撫してくれたかもしれない。
(彼を殺せ、とは……。
ウィミニア、君の考えが私にはわからない。
瞳を失った日に君は何を得たのだ?)




