033_継暦141年_夏/02
よっす。
明らかにヤバそうな依頼に手を付けているオレだぜ。
案の定、管理者風の男と少年が顔を見合わせている。
「ああー、えーと……煽っているわけではないんだけれど、文字は読めるのかな」
少年が聞く。
当人曰く通りに、煽ってはいない。
心から心配した声音だ。
或いは正気を疑う、とも言える。
「読めるよ。
状況はよくわかってないけど、困ってるんでしょ。手伝うよ」
「……なあ、少年。
カチコミって意味わかってるか?」
次は管理者。
「どっかに殴り込みに行くんでしょ。それは流石にわかるよ」
もう一度、二人は顔を見合わせる。
「ボクは君のことを知らない。
やることがやることだから、
……言い方は悪いけど、もしも君がボクの足を引っ張るようなことになれば」
「困るよね。
それもわかる。だってカチコミだものね。
それじゃ、なにか証明が必要なら……」
目の端で捉えた依頼は『賊の討伐』。
街道沿いに出没。
被害の割合は単独の行商狙い。
依頼達成の報酬は低過ぎはしないが、高いわけでもない。
つまりは奪われているものもたかが知れている。
大きなものを狙えば、それだけ命を狙ってくるものが増える。
賊は救いようがないけど、知性より嗅覚が勝っている場合が多い。
殺されるか殺されないかギリギリを探って悪さをしているのだろう。
つまり、恐らく大した規模じゃない。
妙な高まりを感じる印地の成長を確かめるためにも、こういう依頼をやるのはありだと思っていた。
オレはそれを手に取る。
「この依頼、終わらせてくるよ。
それで最低限の証明にはならない?」
「賊の討伐、その手の依頼はいつだって解決待ちが溜まっていくからなあ。
やってくれるってなら助かるし、独り身でやるってなら──」
管理者は「少なくとも斥候やら、依頼者が不得意なところができるって証明にはなるんじゃないか?」そう言ってくれる。
依頼主の少年はむしろ他人を試すために依頼をさせるのが乗り気ではなさそうだが、
実力がわからない以上は雇うのも危険だと判断し、頷いた。
「ボクは──」
「ああ、自己紹介はオレが帰ってきてからにしようよ。
無駄になるかもしれないからさ」
それに名前を覚えられて、オレが死んだらこの少年は尾を引きそうだしな。
ともかく、オレは依頼を一つ受けた。
次の依頼のためにも
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「でねー、その少年がまた変な掛け声をするんだけど、これがまた腕が良くってさ。
まー、ここに来るよう軽く誘ったけどフラれちゃったけどねー」
行動騎士を集め、ルルは今回の冒険譚を話している。
「掛け声って普通、『とりゃ!』とか『はあ!』じゃない。
でも彼は『オッホエ!』だって──」
その言葉が出された瞬間、派手な音と共にイセリナが立ち上がる。
「その、……その話を……もっと、詳しく話してくれるかしら……」
「どうしたね、イセリナ嬢」
ロームが一応声をかけるが、イセリナという沈着冷静を地で行く女性からは普段決して出ないような重苦しい態度に彼も、そして同席するものたちも驚いている。
「……ヴィーさんが……そんな、いえ、まさか……」
「ん?知り合いなの?ヴィー……ヴィルグラムと──」
閾値が超えたかのように、イセリナがふらりと体勢を崩す。
側に座っていたオットーが抱えて事なきを得る。
「ヴィー、さん……が……」
ふっとそこで意識が切れるイセリナ。
ガドバルとロームも目を見開いている。
状況がわかっていないのはルルと譜代の騎士たち。
「ええと……どういうことかな」
その状況である意味で一番混乱しているのはルルであった。
よもや雲遊の先で出会った少年の話をしただけで、普段冷静な彼女が意識が途切れるほどに気を高ぶらせるとは。
ガドバルとロームは視線を合わせ、
「イセリナ嬢が目を覚ましてからがいいかもしれないが、時も争うやもしれぬしな」
そして、ガドバルが口を開く。
「……伯爵閣下がお会いしたというヴィルグラムという少年は──」
ヴィルグラムとの出会いと、そこからの短いながらも重要で重大な出来事を。
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「イセリナがこの件に熱心になっているってのはわかってたつもりだったんだけど、
そんなことがあったんだねえ」
ルルシエットでの顛末は聞いていた。
ただ、それは行動騎士の一人であるヤルバッツィから逃げるために冒険者が犠牲になった、程度の報告でしかなかった。
その犠牲というのが、イセリナが目を掛けていた駆け出しの少年だったとは。
「けれど、その子は」
「……幾つもの矢に貫かれ、生きているとは思えませんでした」
ガドバルもロームもその死を見た。
勿論、イセリナも。
「兄弟とか家族とかって線は?」
「確率はゼロじゃあないでしょうが、賊子供らしいですから」
「いたとしても共通点が多くあるはずもない、か。
……確かに、賊子供とは思えない良い子だった」
ルルシエット伯爵はどこか、いつものようでもあり、まるでここにいる人間の誰もを見ていないようでもある。
その瞳の意味を知るのはイセリナ以外には存在しない。
「彼がどこに行ったかを探す必要があるね」
「少年一人を、ですか?」
ナテックは疑問を素直に口に出す。
伯爵は特に不快を見せるでもなく、
「ビウモードが起こした今回の件を鎮めるためにはイセリナが必要で、
でも、今のイセリナのままじゃあ果たしきれるとも思えない。
よしんば果たせたとしても、それは私の大切な友達が命を落とすって未来になる」
イセリナであれば、ルルシエットのために命を捨てることも厭わないだろう。
この場にいる人間全員がそれを承知していた。
今気を失っている彼女にとって、ルルシエットは逃げてきた自分を匿い、守り、育んでくれた父母のような土地だからだ。
「大切な人間を犠牲にしてまで取り戻すことなんて、意味はないんだ。
それはビウモード伯爵と同じになってしまうから」
彼女はガドバルとロームへと向き直る。
「イセリナが起き次第、捜索を始めて欲しい。
必要なものは稟議に通す必要はない。
資材でも戦いでも、好きにしていいから」
流石に稟議を通さずに予算を使うのは……、と行動騎士ダフは口を挟みかける。
だが、伯爵家が代替わりして当代ルルシエットはたった一つのミスもしなかった。
彼女が雲遊を楽しみ、都市を空けたときですら、都市は安定的に運用され続けた。彼女が用意した計画の通りに。
「ダフ、わかってるよ。
けど……現実主義的で為政者らしい冷酷さを持つ私を、君は支える気になってくれるかな?」
「まったく、その文句はズルが過ぎるというものですぞ」
譜代の騎士は微苦笑を浮かべる。
彼女が読みきれず、計画を超えられたことはたった一度。
ビウモードがルルシエットを急襲することだけ。
その一点においては天が裂けても起こり得ないことと彼女も含めて誰もが、ありえないこととしていたからこそ、ミスと数えるわけにもいかない。
「ヴィルグラムを見つけた場合はどうしましょう」
「イセリナに任せてあげて」
言葉は尽くしたとして、彼女は黙る。
一同はその場から去っていった。
残ったのは彼女と、オットーのみ。
「ヴィー、か」
「どうしましたか」
「何故そう呼ぶべきかと思ったのかと、今更になって気がついたのよ」
「その瞳が知らせましたか」
「少ない確率が夢を見せたのね、きっと」
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見回り完了。
数は三人。
距離も、状況もいい。
石の質も悪くない。
肩を回し、慣らすようにして、姿勢を作る。
奇襲で一人。
驚いている間にもう一人。
逃げるなら楽だが、迫ってくるならキッチリと詰められる前に倒す必要あり。
接近戦になったら……まあ、街道まで追いかけっこかな。
一応、ビウモードにほど近い街道なら守衛騎士以外にも伯爵や管理局の人間が見回っているみたいだし。
さーて、戦闘開始だ。
「オッホエ!」
印地の技巧によってぐんぐんと加速する石が一人の頭を潰す。
命中精度は確実にオレの記憶にあるものよりも高くなった。
これはもう自慢していい。オレのもんだ。
「なっ、なあにがあったあ!?」
「敵か!?ら、落石!?」
「オッホエ!」
「なんだこのこえ゛っ゛」
事前の考えの通り、ビビってる間にもう一人も潰した。
残りの一人は
「くそ!よくもダチっこをやりやがったなあ!!」
こっちは目視できていないだろうが、声の方向めがけてまっしぐらに突っ込んでくる。
予想よりも根性の入った、仲間思いの賊だったらしい。
「オッホエ!」
三投目は、
「くらうかよお!」
そう叫んで持っていたナタで弾かれる。
あれ、予想より強くない?
「なめんなよ!こちとらクアル流三段の試験をやった実力があんだよォッ!」
クアル流も三段の試験に挑んだ実力もまったく伝わってこない!有名だったら恥ずかしいし突っ込まないでおこう。
が、オレの印地を正面から落とした実力だけはガチだ。
オレは持っていた石を捨て、平たい別の石を掴む。
『さいどあーむ……』
『戦輪──』
オレの記憶から去ってしまったはずの、何かが囁く。
軌道が見える。
石を投げるときの軌道が。
それは投擲の技巧の恩恵。印地を頼ることが多かった恩恵。或いは、成長とも呼べるもの。
オレは鞭のように腕を振るい、平たい石を投げる。それはとんでもないノーコンでべらぼうな方向へと飛んでいった。
「バカが!ここ一番で外しやがった!」
賊が一気に距離を詰める。
だが、その距離がオレに届くことは永遠にない。
無関係にも思えた方向に飛んだ石は回転の力でぐるりとこちらへと戻るように軌跡を描き、
帰還方向にあった賊の首を鋭利ではないがゆえに切断することは叶わなかったが、
命に十分な切れ味で賊の命を刈り取った。
断末魔をあげる間もなく、賊は死んだ。
「今の……なんだ?
──痛っ……!」
まただ。
また胸のあたりがちくちくと痛む。
少しだけうずくまるが、痛みは引いた。
「成長痛かな」
そういうことにしておいた。
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わくわくの剥ぎ取りタイムだ。
証明品は彼らの武器を使わせてもらうとして、
役立ちそうなものは……。
まずはベーコンはなし。だからオレに殺されちまったんだな、かわいそうに。
金はごく少量。頂戴しておこう。
武器は……最後の奴が持っていたナタは悪くはなさそうだけど、持ち運びには適してない。
他の二人も賊槍と棍棒。どっちもオレ向きじゃないのでパス。
あとはガラクタが幾つか。
……いや、ガラクタじゃないものもあるな。
ロックピック、鍵開け道具ってやつだ。賊らしいじゃん。
これはもらっておこう。
ってな感じで拾えるものは拾ったので死体は街道から多少離れたところにポイ捨て。
そのうち動物のご飯になるだろう。世間的にも大体このやり方な気がする。賊だけのルールの可能性も否定できないけど。
ビウモードの、あの少年が待つ店へ戻るとしよう。
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ビウモードはかつての冒険者ギルド、現在の『掲示板連合』。
管理局と反りの合わない根っからの冒険者たちが集まる場所ではあるが、
その実、反ビウモードの根城ともなっていた。
あの日、ビウモードは突然の暴力の嵐にさらされた。
伯爵が抱える行動騎士が一人、『破獄のソクナ』がビウモード伯の命令によって冒険者ギルドを強襲、壊滅させたのだ。
有力なギルド所属者の多くと幹部の殆どが殺され、ビウモード冒険者ギルドは事実上の消滅。
ビウモード伯爵の肝いりとも言われる代替組織『管理局』が出現し、業務を継続。
(管理局は冒険者ギルドを代行するための組織じゃない。
伯爵の目的はこの街にある魔術、請願、それらと関係を持つギルドの支配……。
その先に狙うものがなにかまではわからないけれど、それを見過ごすわけにはいかない。
誰かが犠牲になるなら、その誰かはボクでなきゃだめだ)
少年は既に定位置となった掲示板がよく見える席に座る。
手に持った杖は既に数年の付き合いにもあったもので、中古品ではあったが、焦点具として十二分の力を持っている。
何より、少年の持つ不利を感じさせない杖の軽さこそが全てだった。
背丈よりも大きく、しかし細身で軽量。頑強でもあるそれは冒険者がどこぞの迷宮から持ち帰った代物。
(銀灰位階の冒険者、最後の報酬か……)
「ただいま」
杖を見上げていた少年は、やや気の抜けたとも言える声で帰還したヴィルグラムへの反応を一瞬遅らせる。
だが、すぐに彼が帰還したことを喜ばしく思い、出迎えた。
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「怪我はない?」
まるで他人を死地に送ってしまったと言わんばかりの表情だ。
いやいや、本当の死地はこれからなんじゃないのか、とも思うが……。
そうか、一緒に危険な場所へ進むなら責任が取れるって思っているのか。
「無傷だよ、依頼もばっちり」
その声を聞いて現れた掲示板連合の管理者は証明を受け取り、簡単な報告書を聞き取りで作成する。
この辺りの作業は冒険者ギルドそのままだ。
「さて、こいつは約束を果たした。
どうする、あの依頼を受けさせるのか?」
管理者の言葉に、少年は
「……本当に危険な依頼だ、いいんだね」
これが最後の確認だと言わんばかりにオレへと問いかけた。
すんごい確認するな。
よほどの依頼ってことか。
……ま、何事も経験。どれほどのものか楽しみになるね。
「ああ、そのために賊を蹴散らしたんだから」
「……じゃあ、君を雇わせてもらうね。
仕事の内容は魔術ギルドへの突入、可能な限り敵性戦力の撃破……それと、施設内にある目標の奪取。
作戦の開始はこの後すぐにでも、だ。
問題はあるかな」
オレの解答は明朗だ。
「問題ない、やろう」
「じゃあ、改めて自己紹介をしよう」
「うん。オレはヴィルグラム。
長いと思ったら好きに呼んでくれて構わないから」
「ヴィル……グラム……グラム……」
「ん?」
「いや、なんでもない。
そう……だな、なんて呼ぼうかのセンスには自信がないんだ。
だからシンプルになっちゃうけど、グラムでもいいかな?」
「いいよ」
「ボクの名前はルカ。
隻腕のルカ、と見ての通りの名前で呼ばれることもあるよ」




