003_継暦5年_夏/02
よっす。
オレは賊だぜ。
今回は賊の規模もそこそこ。肉体の質もそこそこ。
腰には短剣、身なりはゴミみたいなもんだがブーツはそこそこ気を使っている。
斥候の類のようだ。
斥候ってのは職能の一つだ。
そんで職能ってのは戦士だとか、魔術士だとか、武闘家だとか……、持ち得ている技術やら力やらの代名詞になる。
よほど立場のある人間でもないと名前しかないオレたちを区別するための工夫って奴だろう。
街にでもいきゃあ、その職能ってのがどう決められてるのがわかるかもしれないが、オレのような賊には街はひたすらに遠い場所だ。
距離の話じゃなくてな。
それはさておき、規模と肉体は理解した。
状況はと言うと……。
おお。騒がしい。
殺すだとか死ねだとかってのは賊からしてみりゃあ「こんにちは」「ご機嫌いかが」くらいのものなので気にする必要もない。
が、そこに行動が伴いはじめると別だ。
目覚めて早速、修羅場ってるってのも別段珍しいことじゃない。
「野郎!オレの女を盗りやがった!」
「拐ってきたのはオレだろうが!ならオレのだ!」
「うるせえ!」
賊はアホなのですぐに身内で殺し合う。
今回は『戦利品』の取り合いだ。
どうやらこいつらは隊商を襲って首尾よく勝利し、色々と手に入れたらしい。
水、酒、飯。
ちょっとした装備品と日用品。
一番のお宝は勿論、金だ。
街もないのに賊が金を集めてどうすんだ、って?
賊には賊の商いってのがあるらしい。
つってもカシラや会計係やらしか縁のない話だが。
手下を食わせるにも金が必要ってわけで、必死こいて人様から奪い続けているってわけだ。
二番目のお宝は女。
丁稚をしていた小娘が生き残っていた。
まだ幼さがだいぶ残っちゃいるが、それでも顔の造作に関しては上玉と言えるだろう。
茶色の髪の毛は地味だが、艶がある。手入れがされている証拠だ。
衣服も身ぎれいなもの……だったのだろう。今は汚れているが、まあそれでもデザインは可愛らしいもの。
丁稚ではあるが、隊商の人間には大いに大事にされていたのだろうことはわかる。
彼女は一人。
賊は十人以上。
独占したいだの、『一番槍』が良いだのと、そいつを取り合っているようだ。
で、こういう状況で起こるのは何かってーと、
「テメエみてえな情けねえ奴に渡すわけねえだろ!」
「ンだとお!殺してやる!!」
「こっちのセリフだオルァ!」
武器が抜かれる。
殺し合いだ。
が、こいつらの技術、いや、もはや体の動かし方は実にへっぽこである。
酒を飲んだり、危ない草をキメたりしているのもあるだろうし、
栄養もないし、なにより基礎的な運動能力ってのを鍛えていない。
急に殺し合いだのなんだのとなれば、つんのめって、
よたたっとタタラを踏んで、仲間の座卓にごろりんこ。
机の上にあった酒やらツマミやらが地面に転がる。
そうなっちまったら、その酒もツマミも鼠と虫以外は楽しめなくなっちまう。
で、次に来るのは――
「おい!オレの酒を何しやがる!!」
当然の怒号。
瓦礫と化した机を蹴って立ち上がる髭面の男。
「そんなところで酒呑んでんのがワリイだろうが!!」
謎の噛み付き。
こういう感じで争いの範囲が広がる。
愚かだ。
これこそ我が愛すべき賊である。
ごめん、嘘をついた。
別に愛してはいない。微塵も。
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大混乱だ。
その機会に乗じて、囚われている女にオレはこそこそと近づいて、
「しー……静かにしてろ。
いいな?」
丁稚の小娘はこくこくと頷いた。
オレは彼女を抱えるとこっそりと拐う。
既に拐われている場合はなんだ?拐い直す?
まあ、そんなこと今はいいか。
もはや賊の溜まり場は争いのるつぼだ、誰も止めることなんざできねえ。
たとえここのカシラでもな。
この根城は小鬼の巣穴を再利用し使っているという大変環境に配慮した施設だ。
そのため、そこまで複雑な作りじゃないので拐った状態で地上まで出るのは難しいことでもない。
出入り口まで行くと彼女を降ろし、オレの懐に入っていた財布を握らせる。
「お嬢ちゃん、ここをまっすぐ行きゃ外に出れる。
見張りもいねえよ。
出たら大きな木が見えるからそれを目指しな、そうすりゃ街道に出れるからよ」
「ど、どうして助けてくれるの……?」
「どうしてって、まあ、あの場にいたらお嬢ちゃんは絶対に死ぬしな」
彼女の言葉の返答としては今一答えきれていない気もするが、
まったりとお話している場合でもない。
「街道に出たら寄り合い馬車の一台二台は通っているはずだ、でかい街道だからよ。
それに必死に声をかけて財布の中身を全部出せばなんとかしてくれるはずだ、いいな?」
どうして、の問いに答えてないと言いたげだが、時間がないのも事実。
「良い子だから言うことを聞いてくれ」となだめる。
彼女の瞳は心配の色一色。
付いてきてほしいのだろうが、そういうわけにもいかない。
足音だ。
重く、音を立てて、怒りを感じる足音。
「……ああ、誰かがこっちに来やがった。
ほら、さっさと行きな」
「あっ、ありがとう……!!」
って感じで逃してやる。
実際、なんで逃したかってーと、今頃あそこの広間じゃ大乱闘がおっぱじまっている。
踏み潰されて死ぬか、乱暴されて死ぬかのどっちかだ。
そしてオレも大乱闘で生き延びれる自信も実力もない。
だから逃した。
それに死んで復活しても装備の持ち越しなんて便利なルールはないからな。
だったらオレが今持っているものくらい、くれてやってもいいだろう?
薄い財布だから本当に気持ち程度の中身だろうけどな。
なーに、どうせ──
「て、てめえ!女をどうした!!」
「女?いやー知らねっす」
シラを切る。
今まさに逃したところなんだけどね、相手が見ていないならシラの切り得ってものだろう。
問答をすればするだけ時間も稼げる。
「逃したんじゃねえだろうな!!」
「まさかあ、そんなもったいねえことするわけ無いっす。
最初に騒いでたヤツが寝室に連れ込んだんじゃないんすかね」
「信じられねえ、な!!」
鉄の剣がオレに振り下ろされる。
オレも同時に腰から引き抜いた短刀を相手に突き立てる。
勝負は引き分け。
オレは死ぬ。
相手も死ぬ。
ほら、こんなことになるんだから被害者は逃してやるべきだろう。
ここにいるのは誰も彼もが加害者なんだからな。
それにオレは死んだところで……。