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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
██:████

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27/200

027_継暦141年_夏/01

「逃がすわけにはいかねえんだ、仕事なんでなッ」


 護衛たちは先んじて進み、オーフスもそう言ってから走りはじめる。

 軽いとは言え少女を抱えているグラムに追いつくのにそう時間は必要ない。


「野犬よ、走れ」


 オーフスが得手とする、通称『暗殺魔術』の詠唱が実行される。

 不可視の刃は一拍分の時間を置いて、グラムの腿を掠めるようにして走った。


 深手ではないが、腿に傷口が開き、思わずつんのめりかける。

 転びまではしなかったものの、逃走速度は落ちる。

 振り返り、彼我の距離を確認するグラムだったが──。


 ───────────────────────


 よっす。


 追手から逃げ切れそうにもなかったオレだぜ。


「なんだこりゃ……!」


 思わずオレはそう呟いた。

 オレを追いかけていた護衛(というべきか、追跡者と言うべきか)が数名、オレと同じような傷を負って倒れている。


「逃げるなってえ、俺の仲間に当たっちまうだろ?」


 にたにたと笑いながら男が近づく。


「お、オーフスの兄貴!何しやがるんすか!」

「くそ!いてえよお!」


 護衛たちの恨み節と悲鳴が聞こえるが、オーフスと呼ばれた男は特に意に介さず、


「まー、お陰さんで誘拐犯捕まえられそうだし許してくれよ」


 手をこちら側に向け、「野犬よ、走れ」短い言葉を囁く。


「ぎゃっ」


 悲鳴。

 また別の追跡者が『何か』に引き裂かれる。

 魔術であることは間違いない。


 当たらなかったこと自体に舌打ちをする。彼の味方も気にしないような魔術の命中精度について気をつけることも、謝意もない。


 だが、それがどんなものまでかはわからない。

 なんでそんなに味方に当たる?

 ノーコン野郎っていっても流石に限界があるだろ。


「さーて、距離も縮まってきたぜ」


 先程と同じ詠唱。次は木々の向こう側から小動物の断末魔が聞こえる。

 再びノーコン発動。今までと違う点があるとするなら、小動物はオレからは勿論、オーフスからも見えていなかったはずである。


 オレの後ろにレティレトをそっと置き、立ち上がっては戦闘の意思を見せた。


「おっと、やる気か?

 止めたほうがいいとは思うけどなあ」

「素直に投降したところで命を助けてくださるお優しい方には見えねえんだがな」

「人を見る目があるね、お前。

 苦しまずには殺す努力くらいはしてやるよ、ハハハッ」


 物騒なことを言いつつ爽やかに笑う。


「オッホエ!」


 その隙を見逃さず、質の悪い石を投げつける。


「あっぶねえなあ!」


 魔術などを使うではなく、体を揺らすようにして回避しようと試みるが、どうにも機敏な動きは得意ではないようでそれには失敗する。

 あぶねえって言いながら当たっている姿は滑稽だが、状況が好転したわけでもない。

 尤も、オレが投げた石も質が悪すぎて何の痛痒も与えるに至ってはいないわけだが。


 オレとオーフスとの距離には追跡者が二人いる。

 白兵戦を仕掛けられるような距離にはまだ遠い。

 オーフスは「面倒だな」と呟いて、断続的に詠唱を続ける。


 オレはそれと同時に空っぽになった水筒を投げつけ、それは「なんだ?」と言いつつ避けようとするもやはり失敗する。

 鈍臭さがよく伝わってくるが、鈍臭かろうとオーフスの魔術は発動者の鈍さを補って余るほどに鋭い。


 それと殆ど同時に追跡者と何処かにいるであろう小動物、そしてオレの二の腕が切り裂かれた。

 ぽとりと落ちるというほどの威力はなかったものの、それがあくまで運がいいだけだった、ということも理解している。

 何せ、目の前に作り出された光景が地獄そのものだからだ。


 だが、わかってきた。

 こいつの魔術と、その対抗策を。


 問題は、わかったところで打倒する手段が見つからないってことなんだが……。


「……グラム……」

「大丈夫だ、何とかしてやるから」

「……血を、少し分けて」

「血を?」

「そうすれば、少しは戦える……」


 一歩、また一歩と近付くオーフス。

 選択肢が他にあるわけもない。


「どうすればいい?」

「腿の傷に、触れさせて」


 頷く。

 彼女はそっと指を傷に這わせる。

 痛みはない。傷から溢れた血が立ちどころに消え、或いは固まる。


「この量でも……一度だけなら、魔術が使える。

 距離はさっき見せた投擲と同じくらい。当たれば彼は倒すことができる……。

 ……役に立てられる?」

「ああ、十分に」


「何の相談だ?

 そろそろ俺の距離になるけどいいのかね」


 笑みを崩さずオーフスは歩きつつ、「面倒なことも後少しで終わりだ」と続ける。


「イミュズのギルド連中が戦うって話だからオレら魔術ギルドも声を上げたってのに、

 蓋を明けてみりゃあ連絡会の影響を恐れて結構な数が芋引きしやがって面白くもねえ。

 せっかく楽しくなりそうだってのになあ。

 ま、不朽のレティレトを倒した実績さえ手に入りゃあ他のやり方も取れるようになりそうだしなあ」


 案外会話を楽しむタイプなのか。

 それともインク切れを補填するためか、懐から煙草を取り出すと火を点ける。

 こっちは会話を、相手はインク補充を。

 こうなれば多少情報を引き出せるかもしれない。


「イミュズ?ビウモードじゃなくてか?」

「ビウモードの方は正直、期待できんよ。状況的にな。

 だから主流派のオレたちがイミュズから向かってやるってのに」

「この情勢でビウモードの孤軍奮闘ってわけじゃないんだな」

「オレたちゃ魔術士で、魔術ってのは戦いの道具だろう。

 平和的利用をするだとかなんとか言ってやがるが、そんなお題目飽き飽きしてんだ。

 ビウモードが戦いを生み出すってなら相乗りするしかねえだろ!ハハハッ」


 再び爽やかに笑う。逆に耳障りだ。

 が、まだ我慢。


「聞いた話じゃ、イミュズの魔術ギルドは他の支部の奴らと戦いになったんじゃないのか?」

「ああ、えらい目にあったが……オレみたいに生き残ってビウモードを目指している連中が結構な数がいるのさ。

傭兵やら護衛やら、諸々の手段で移動中ってわけだ」


 煙草を根のところまで吸い尽くすと、ぽいと投げ捨てる。


「……と、話しすぎたな。

 とにかく、こっちにゃ事情があるんだよ。レティレトを渡すってなら、お前の命くらいならくれてやるが」


 懐柔に走った?

 ……そうか、コイツはビビってんだ。

 痛手は与えられなかったが、それでも投擲が当たったってことが精神的に多少のゆらぎが出てきたってわけだ。

 煙草程度じゃあ、精神力の補填までは行き着かなかったってことか。


「本当に負けを認める気はねえんだな?」


 苛立ちが見え隠れする声でオーフスは言う。

 そっちに余裕がないなら、変化球はできないんじゃないか?

 勝利を拾えるとしたなら、ここだ。


 ───────────────────────


 この戦いの勝利条件は厄介なことに、二つある。

 一つは目の前の鈍臭い魔術士、オーフスの撃破。

 もう一つはこれ以上オレが怪我をしないことだ。

 レティレトは戦えるとは言ってくれたが、動けるとは言っていない。

 つまり、オレが深手を負って動けなくなると彼女も逃げる手段を失うことになる。


 勝利条件を一つずつ満たす必要がある。

 レティレトに頼んだ行動はたった一つ。

 オレがものを投げたらそれと同時に魔術で相手を倒してくれ、というもの。

 予測が正しいなら、オーフスの魔術の二手目の前に倒すことができるはずだ。


「野犬よ、走れ」


 答え合わせの時間が来た。


 オレは懐から抜き打つようにして奥の手を投げる。

 人肌程度に温まったベーコンを。


 それは空中で寸断される。


「血を対価に、捧げよ刃」

 彼女もまたベーコンが投げ終わる直前に詠唱を完了する。

 彼女が向けた指先から赤い光が一瞬走る。


「俺の暗殺魔術の特性を見抜いたってのか!

 いや、だが見抜いたところで……あ、あれ」


 そこでようやく違和感を覚えたのか、膝を突く。

 彼の心臓の位置には小ぶりの短刀が刺さっている。


「な、なんでだ……。

 不朽のレティレトの力は封じられていると、ドップイネスの旦那は……」


 その言葉が最期のものになり、オーフスは動かなくなる。


「お前の魔術は体温を感知して飛んでいく魔術。

 大雑把な方向の指示を出した後は温度に反応して突き進むから、特定の相手を選ぶことができないんだろう。

 その特性を『命中精度』なんて言葉を使って隠してたわけだ」


 不便だけど連発できるから数撃ちゃ当たるって使い方をしていたんだろう。

 実際にその数撃ちゃ当たるでオレの腿や二の腕は切り裂かれたわけだし。


 オレの予測に返す言葉もない魔術士オーフス。死んでるからだけど。


 ともかくこれでレティレトを──


 気を抜いた。

 オレはバカだ。

 最後の最後に気を抜くなんて。


 オーフスの魔術を使える奴がまだいたのか。

 胴体がざっくりと切り裂かれている。


「や、やった!転職はこれで成功するぞ!やった!

 見様見真似だったけど、使えるなんて、やはり私は天才なのでは!!これは売り込みにも使えるぞ!はははは!ははははははは!!!」


 馬鹿笑いをするのは秘書役っぽい男だ。

 クソ、転職活動するならもっと穏便なやり方があるだろう……。


「グラム、……あなたは……」

「悪ぃ……。

 でも、ほら、血ならたくさんある。

 これがあれば魔術が、もしかしたらもっと自由に歩けるのか?

 だったら、持って行ってくれ。売り先はわからんが、捨てるほどあるみたいだからな」


 彼女が傷に手を触れる。

 血は消えていき、やがて彼女から膨大なインクが高まっていくのを感じる。


「……グラム。あなたは、やはり……███の──」


 レティレトが何かを言っているが、意識が闇へと拡散していく中では聞き取ることはできなかった。

 だが、不安はない。

 先程見せた彼女の力。

 発動に血が必要なら、本当に有り余るほどあったからな。

 きっと、あの転職希望者をはっ倒して、自由になれるはずだ。


 意識が消える前に、何か柔らかいものが頭の後ろに感じる。

 手がオレの頭を撫でている。

 ああ、膝枕をされているのか。こんなこと状況としてなさすぎて何か思い出すこともできなかったな。


「また会うのですよ、グラム。

 きっと、必ず、今回のように偶然であっても」


 その声音はどこかオレを懐かしみ、或いは慈しむような声だった。


 ───────────────────────


「──というわけでして!

 このキースがレティレト様を保護いたしまして!ええ、全てはドップイネスの謀があったのです!

 ウィミニア様を利用しようという、おぞましい計画!それを」


 居丈高に叫ぶようにして、自らの売り込みと今までのドップイネスの行動を告発するキース。

 その相手は彼に背を向けて聞いている。

 顔を合わせる必要もないというわけではなく、武器を手入れするのに忙しいところにキースが接触を取り付けたため、このような状況になっている。


 会話の相手はドレスと鎧を兼ね合わせたものを纏っている。

 聖堂騎士の中でも位を持つものが身につけることを許されたものであり、

 彼女──ウィミニアがその立場にあるか、過去にあったことを衣服が示していた。


「レティレト様を拐ったという人物は何者だったのです?」

「そこらを歩いていた賊です!

 青年の括りには入るくらいの年齢の男で……レティレト様はその男にグラムと呼びかけていたような」

「……グラム……?」


 愛用の武器……鈍器(メイス)に剣を兼ね合わせたような形状のそれを机の上に置くと、そこでようやく彼女は振り返った。


「もう一度、最初から聞かせていただけますか」


 キースは思わず喉を鳴らす。

 ウィミニアは美しい。見惚れるほどの美人ではあるが、しかし、キースの反応は彼女の美しさから来るものではない。

 それは恐怖だった。

 人の形をしているはずのウィミニアだが、その異質な気配は──


(な、なんだ……このお方は……。

 人……人なのか?

 まるでインクそのものが人の姿を取っているだけのような……)


 キースは元は魔術ギルドで自らを鍛えた経験のある身。

 格上の人間のみならずではあったが、彼が敗北感を覚えるものはいずれも自分より大きなインクを備えている相手だった。

 自分のことを卑下しがちな男ではあるが、学術方面で魔術を深く修める努力をし、イミュズの学術系の連絡会においても評価を受けた。


 だが、それでもやはり魔術士としての誉れを得ることを捨てきれず、強欲なドップイネスのもとであれば活躍の機会が多いかもしれないと従った。

 結果として求められたのは学識や計算能力でしかなかったが。

 それはさておき、彼の人生経験の多くの状況で他者のインクこそが人を量る目安となっていた。

 自分より優れているかどうか。

 その目安の一つこそがインクだった。


 では、それがもしも彼が知るインクの量でなかったのなら。

 人が持ちえてはならない量や形質のものであったのなら。


 キースは小さな悲鳴を上げると、腰砕けとなってへたり込む。


「どうしました、キース殿」

「ば、ばけ、バケモノ……」


 言葉を隠すこともできないほどにキースは壊乱する。

 それを聞いたウィミニアは怒るでもなく、薄く笑っていた。


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