026_継暦141年_夏/01
よっす。
少女を抱えて逃走中のオレだぜ。
傍から見たら誘拐犯だよな。
まずはドップイネスと愉快な仲間たちが追いかけてくるだろうから、可能な限り距離を取らにゃならない。
あのとき確認できたのは護衛が二十人。ジャドを含めて。
いっちゃん強そうなのはジャドだったが、護衛が取るに足らないってわけじゃあない。
ゆっくり思い出してきたが、オレがいた賊もそれなりに戦力はあった。
だから馬車の列に襲いかかったわけだ。
結果はご存知の通りだ。
中身を詳しく語れば、賊は誰一人相手を倒せず、ひたすらに処理された。
居眠りしたり、やる気のない護衛どもだが、腕っぷしとは直結しないってことだな。
正直、護衛一人だけだったとしてもオレじゃあ相手にならない可能性が全然ある。
オレには投擲っつう技巧が備わっちゃいるし、印地にはちょっとばかり自信があるが、正直戦える力はそれくらいのもんだ。
距離を取れれば勝率はなくはないが……そうなれば、抱えている娘がどうなるかもわからん。
だからこそ、戦うって選択肢はない。
……今のところは、だけどな。
「……どう、して……?」
不思議そうに娘がオレに声をかけてくる。
どうして。
どうして自分を助けたのか、足手まといにしかならないのに。
そう言いたいのだろう。
「見てわからないか?」
「……?」
「オレは賊だぜ。お嬢ちゃんみたいな子を拐って売っちまおうって考えなのさ」
彼女は小さく笑う。
「……うそ、つき……」
ああ、そうだ。
それは嘘だ。
誰だって弱っている少女を見て、助けられそうってなったら助けてやりたくならんもんかね。
「居心地は悪いと思うがもう少し耐えてくれよ。
あいつらが追いつけない距離までは逃げておきたいんだ」
こくりと頷く。
「……レティレト……」
自分を指し示すようにしながら。
どう考えても喋るのも辛そうだってのに、それでも伝えたいのか。
オレをじっと見ている。
名前は何か、と問うているのだろう。
正直、名前なんて一々考えていない。
この後すぐに死ぬかも知れないともなれば、下手に名や体に愛着など持つものでもないし。
この体の持ち主の名前も記憶にはない。
パッと名前を決めろと言われても、正直困る。
ううむ。
何か持っているもので適当に決めるか?
手元にあるのはベーコン(人肌)、水筒(ほぼ空っぽ)、それに囚われていた少女レティレト。
持ち物はシンプルに何もないと言えるレベルだ。
重さを感じるほどもないくらいのレティレト。不安になるほどに軽い。
せめてもう少し実体を感じるくらいには健康的になってほしいものだ。
まあ、それに対して願でも掛けようか。
「グラムだ」
重さを意味する単位。
適当に名付けたものだから、何かの情報と紐づけておかないと自分でも忘れそうではある。
レティレトを抱えて逃げているってのは思い出としては残るだろうし、紐づけ先としては割とアリじゃないか。
「……グラム……」
名を聞いて安心でもしたのか、あとは抱えられるままになる。
オレはさして重さも感じないレティレトを可能な限り揺らさないよう、道を走る。
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「なんですと?
もう一度お伺いしましょう、なにがありました?」
ツイクノク御用商人、ドップイネスは静かな怒りを湛えて秘書へと問いただしていた。
「そ、その……ウィミニア閣下への献上品が、捕まえた賊と共に逃げた模様です」
怒りの理由は逃したことではない。
逃げたものを探せば、それだけ時間がかかる。
さっさとビウモードに入ってしっかりとしたベッドと、美食で自らを癒やしてやりたいというのに、それが遠のくことに怒りを覚えていた。
「……護衛たちは何をしていたのです」
「音もなく消えた、あの賊はただものではない、などと口々に」
「あの賊が、ですか。
……ふむ」
怒りの色を消し、ドップイネスは暫し思考する。
賊の襲撃から唯一生き残った青年。
ジャドの目からしても見た目で勝負しないなら売り物になるかもしれないという評価。
「なるほど。
そもそもおかしいと思っていたのですよ、これだけの規模の隊商を賊如きが襲うなどと」
「つ、つまり?」
「諸君らも聞いてはいるのではないですか、ビウモードのウィミニア閣下が纏う風聞を」
ビウモード請願ギルドの相談役。
聖堂から来た殺し屋。
伯爵家が操れない個人。
その全ての風聞がウィミニアという人物の不気味さと、経歴の異色さ、何かしらの切り札になりうるとドップイネスが買っていることがわかる。
「彼らはあの青年を送り込むために使われた囮です。
全てはウィミニア閣下への献上品である、『不朽のレティレト』を我々から回収するために」
そう言葉にしつつもドップイネスは内心で、
(計画とはやや違った動き……。
襲撃者が私の望む駒かどうかだけが気になりますが、結果は同じなら構うことはないでしょう)
自分が読み切ったであるかどうかにほのかな疑念を抱えはしたものの、
結果が同じであれば構わないという、彼らしい短絡的にして結果優先の思考をする。
この考え方がドップイネスの肝の太さを形作り、度胸の強さが彼をここまでの立場に押し上げていた。
「ブルコ、ジャド。
私は先にビウモードへ向かいます、君達も付いてきなさい。
オーフスは彼に力を貸してあげなさい、他の護衛の皆さんもレティレトを追いかけて捕縛するのですよ!」
彼──秘書風の男が焦る。
しかし、ここで抗言すれば彼の怒りに触れてこの場で殺されかねない。
「わ、わかり……ました」
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どうして私があんな元化け物を追わねばならないのだ。
このキースにドップイネス様は期待し過ぎなのではないか。
なし崩し的に秘書役にさせられただけの私に……。
『不朽のレティレト』
人の姿こそしているが、人の器から外れた怪物。
その名に与えられた不朽の二つ名の通り、死を克服したとさえ言われている。
いや、あのレティレトは既にその力は失われ、無力な少女になったのだ。
……そのはずだ。
だからこそ、ドップイネス様はあんな粗末な檻に入れていたのだ。
「キースさんも大変だな」
ドップイネス様に付き従う近衛兵代わりの腕利き、オーフス殿が同情するように。
彼はジャド殿と同様の動きを阻害しない防具を愛用しているが、暗色が主であり、影に潜んで主を守るなり、命令に従って戦いに参加するなりと、後ろ暗いことをやらされることが多い。
我らの主ドップイネス様は彼について、
『浅薄そうなところは彼の実力に気品を損なわせている』
『あれでゴージャスさがあれば私の近衛として最高の価値があったのに』
などと愚痴っていたのを思い出す。
彼が浅薄のようにも見えるのは主が『そうした仕事』ばかりさせているからではないのかと思いはするも、ついぞ口に出すことはなかった。
「ええ、あの御方は気まぐれなところがありますからね」
個人的な感情で言うならばこのオーフスという男について、私個人としてはむしろ評価していた。或いは同族だと思い、憐れむようなものに近いかもしれないが。
お互いに面倒な仕事を押し付けられることが多い。
それを思って苦笑いと共に返すが、オーフス殿は「違う違う、そっちじゃなくて」と。
「あれ?教えられてなかったのか?
あちゃ~、マズったかな。……ま、ここまで言っちまったしな。
元々計画されてたことなんだよ、これは。
道中でレティレトを奪わせて、ツイクノク側がビウモード側に──」
『両国の関係性を阻もうとするものがいる。
ウィミニア閣下との関係までも悪化させる性格の悪い謀略が渦巻いている。
だからこそ、これまで以上に手を取り合い、この局面を乗り切りましょう』
……そういう絵図を引いているのか。
ツイクノクは慢性的な資金不足。
一方でビウモードは鉱物資源や畜産技術に始まり、イミュズの犯罪系ギルドからのみかじめ料に、
メイバラの情勢不安の解決を手助けした見返りなど、多くの手段で莫大な資金を獲得している。
しかし、ツイクノクには財政を傾けるほどに集めた騎士があり、ビウモードの資金力があれば周囲の勢力にとって手のつけられないものに育つことができる。
外部の強力な同盟者はビウモードにとっても利益になるという宣伝ができる。
その上で『聖堂』とも繋がりがあると言われるウィミニア閣下まで巻き込もうという魂胆。
聖堂の権威があればビウモードやツイクノクが日々獲得している悪名も、大義名分というドレスを纏えると考えているのだろう。
恐らく、それ以外にも私やオーフス殿が知らないドップイネス様の謀があるはずだ
全てはツイクノクを肥えさせ、自分の発言権を強化するために。
「まあ、安心しなよ。
このオーフスがいれば問題などないってこと、キースさんも知ってんだろ?」
「それは表沙汰にしていないものを期待してもいい、そういうことですかね」
ドップイネス様を守る三人の戦士にはそれぞれ隠し持った力がある。
私も主としてドップイネス様に従って長いからこそ、彼らのこともしってはいたが、それはみだりに口にしてはならないものだと言われていた。
彼らにとっての奥の手はドップイネス様にとっての奥の手でもあるからだ。
「あの怪物を倒したっつう箔を得られるのはこっちにとっても願ってもないこと。
キースさんにも、オレの暗殺魔術の手並みをお見せしようじゃないか。
……それに、キースさんだって元々は秘書をやるためにあの方に雇われたわけじゃあないんだろ、知ってるぜ」
そうだ。
魔術ギルドで爪弾きにされた私をドップイネス様は拾ってくださった。
だが、それは私の魔術を頼りにしたものではなく、学識と人より少しばかりマシな要領の良さを買っただけ。
ここで私がヘマを踏んで逃げ切られるか、殺されるのがドップイネス様が考えていることかもしれない。
もう十分に仕事を果たしたと言いたいのか、今こそが私という人材を消費して得られる最大のタイミングだとお考えになったのか。
そして、そうなってもオーフス殿は戻ってくるだろうという目算か。
或いは。オーフス殿すら謀のためには死ねと考えているのかまではわからないが、
どうあれ我々は駒として消費させられそうになっている。
ここでレティレトを倒して、ドップイネス様の謀を狂わせて、そのことをウィミニア閣下にご報告申し上げよう。
これは主への裏切りではない。
私の価値を知らないドップイネス様からの脱却……いや、これは転職活動だ!
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オレって奴は運がない。
まったく、そればかりは記憶が消えていく中でも理解していることだった。
「へへへ、かわいこチャン連れてるねえ」
「ひひひ、そいつ、俺たちにくれよお」
「お前も俺らと同じ賊だろう?
仲良くしようぜえ、なあ……げししっ」
小規模の賊。
ツイクノクとビウモードは治安低下に一役買っている、賊世間におけるヒーローだ。
大人気ヒーローのもとにはファンが集うもの。
つまり、両者を繋ぐ道というのは賊の楽園みたいなことになっている。
それなりの数の守衛騎士が見回っているものの、数が圧倒的に足りない。
賊というのが守衛騎士からいかに隠れて悪さをするかに心を砕き続けているというのもこの道の治安が回復しない理由でもあるだろう。
だとしても、運がない。
守衛騎士と出会えればよかったし、この状況で来てくれてもよかったのだが、まるでそうした気配はない。
この賊どももそれを理解しているからこそこちらにふっかけてきたのだ。
抱えられているレティレトは不安げにオレを見ている。
「少しだけ時間をくれるか」
オレの言葉に彼女は小さく頷く。
彼女を木陰に置き、賊へ向き直りつつ石を幾つか握り込む。
あまり質が良くない。
「なあ、アンタらもオレと同じ賊ならここが危険だってのわからないのか?」
質が良くない石は投げたとしても技巧の勢いに負けて空中でバラバラになってしまう。
遠距離で投げつけて倒すことができないなら、ある程度距離を縮める必要があった。
だからこそ、オレは会話をしながら歩み寄る選択肢を取るしかない。
「俺らがいるから危ないもんなあ」
「違ぇねえ!」
「ひゃひゃひゃ、俺たち最強!」
ダメそうだった。
会話で場を繋ごうと思ったが、それは難しい。
話し合いはお互いに応じることができる程度に言葉が通じるのが最低条件。
彼の同業者に通じているとはとてもじゃないが思えなかった。
しかし、同時に彼らは大いに油断をしている。或いは警戒を知らないのか。
これ以上は下手すると白兵戦を仕掛けられかねない。
賭けではあるが今の立ち位置から印地を仕掛けよう。
失敗しても質の悪い石を拾って引き撃ちすりゃなんとかなると信じたい。
何を信じるかと言われれば勿論、いるかもわからない超常的な存在ではなく、オレ自身の技巧をだ。
「オッホエ!」
質の悪い石一号が放たれ、それは運良く賊の一人の頭に命中しかち割ることに成功した。
「オッホエ!!」
質の悪い石二号もすーっとキレイな軌道を描くようにして賊へと当たりかけるも途中で分解。
しかし、その粉が目潰し代わりになったようだった。
運が悪いなかの戦いで、せめて運を拾えたか。
更に三号。これはしっかりとした重みもあって目潰しされていない賊の頭を潰すことに成功。
あと一人。その上で隙だらけ。
倒せば逃げ道は再び確保される。
しかし、そう上手く行かないのがオレの運の悪さというものなのだ。
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「キース様ぁ!発見しましたあ!」
「オラぁ!そこで止まってろ!
キース様とオーフスの兄貴のご登場だぞォ!」
まだ影は小さいが、ドップイネスの護衛たちがこちらへと向かってきている。
威圧的な声で少しでも萎縮させようというのか。
平時であればそんなもの微塵の影響もない、と言えるのだが、空腹のせいで馬鹿にできない効果があった。
メシを出さなかったのはまさか、逃げたとしても心を挫くためだったとか……いや、考え過ぎもドツボだ。
オレはレティレトへと駆け寄って抱え直す。
もう目潰しを食らった奴に構っている暇はない。
「くそ、な、なんだ!?誰が来た!?」
目をこすりながら状況を知ろうとする賊の横を通り過ぎ、お先に逃げさせてもらう。
まだ距離がある。
逃げ切れる。
だが、横をすれ違った瞬間に賊の片腕が飛ぶ。
まるで鋭利な刃で切り取られたように。
「え?え?」
理解の及んでいない賊がふらふらと歩く。
やがて足、再び腕と切り取られ、絶命した。
「やっぱ密着距離じゃないと当たりにくいよなあ。
久しぶりだから練習にと思ったが、命中率一割もないとはなあ……けど、十発射ちゃあ一発は当たるってわけだしな。
意味わかるだろ!誘拐犯!」
へらへらとしながら、暗色で纏めた軽装備の男が言葉を投げかけてきた。
止まれば助けてやる!……ってか?
バカを言うなよ。
そんな命中率しかねえならむしろ逃げたほうがまだ分がいい賭けってもんだ。
「ちょっと揺れる」
「……う、ん……」
運が悪いのはわかっている。
だが、運が悪いからと言って諦めて可能性を投げ出すにはまだ早い。
可能な限り前進して、守衛騎士との遭遇を祈るばかりだった。




