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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
██:████

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25/200

025_継暦141年_夏/01

 よっす。


 感覚的にはつい先程、ソロの冒険者に殺されたオレだぜ。


 まあ、死んでも何故かオレはこの通り、別の体で目が覚める。

 この肉体は誰かのものだったのか、それとも不意に現れた肉体なのかはわからない。

 記憶が読めるから誰かのものなのだろうか?

 ……そんなことを考えても仕方ない。

 オレは今日も賊らしく生きるのさ。


 といっても、困ったことに目が覚めたときにはオレは一人だった。

 正確には元お仲間がそこら中に転がっている。

 何かに撃退されたらしい。

 オレ自身はどうやら何かがあって気絶していたようだが、その何かはわからなかった。


 この肉体はそこそこ若い。

 髭はなく、無駄な肉もない。鏡面のものがなにもないので外見そのものを見ることができているわけでもないが。


 周りには剣や斧を持った連中が死者と生き残りをより分けている。

 こいつらは冒険者じゃない。

 装備は上等とは言い難いが、戦闘経験が豊富で、殺し慣れているのが伝わってくる。


「生きている奴が一人いました、いかがしますか?」


 部位防具に片手で持てる剣。

 身軽さを信条とした戦士だろうか。

 目つきも身なりも悪い男が雇い主らしき男に声をかける。

 生きている奴ってのは勿論、オレだ。


「ふむ。商品としてはどうです?」


 その仮称『雇い主』は絵に描いたような悪徳商人といった風情だった。

 肥え太り、目の下にはクマ。そして下卑た笑顔が張り付いている。

 纏っている装束だけは貴族のような仕立ての良いもの。それが逆に見るものに不快感を引き出させているようだった。


「男性、年齢は二十代中頃、筋肉質、パッと見の欠損はありません。

 まあ、見た目で売るのは難しそうな顔つきですが」

「であれば戦用の人材として売れはしそうですねえ。

 ビウモードに入る前にちょっとした小遣い稼ぎ、と思っておきましょう。

 ああ、そうだ。荷馬車の──アレの状態に変化はありませんか?」


 馬車は列をなしており、それらを管理しているであろうものに『雇い主』が問いかける。


「ドップイネス様、『例のもの(アレ)』の体調が思わしくないようです」

「ウィミニア閣下への献上品ですから、散ってもらっても面倒なのですがねえ。

 それは困りました。

 街までは持ちそうですか?」

「ええ、数日程度であれば」

「献上してしまえばあとは我らの預かり知らぬこと、ならば問題はありません」


 鷹揚に『雇い主』ことドップイネスが頷く。

 「そう簡単に朽ちるものでもないでしょう」と。

 人間の生命力に無限の可能性でも見てんのか、こいつ。

 見た目も悪いが商人としても悪い、何より人間としても相当。


「さあ、ジャド君、今しがた仕入れたその個体も荷馬車へ」

「はい、ドップイネス様」


 片手剣の男、ジャドは何の感慨もなくオレを牢にぶち込む。


「なあ、ここはどこだ?」

「……記憶がないのか?」


 訝しむようにジャド。


「昨日のことは何となく覚えてるけどよ」


 彼は少しばかり考えるようにする。

 周りは馬車を動かすための準備などをしているのか、動き出すまでもう少し掛かると判断したようで、返答を続けることにしてくれたようだ。


「ここはツイクノクとビウモードを繋ぐ交易路だ。

 そこでお前たちは我々に喧嘩を売り、無事に壊滅。

 お前は生き残り、捕縛されたというわけだ。これでいいか?」

「オレはどこで売られんだ、ビウモード?それともツイクノクか?」

「ビウモードだ、買い手が付けばだがな」


 行き先はビウモード!ツイてる!……と喜ぶべきかどうかは若干怪しいが、

 ビウモードには引っかかることがあるからこそ、そこに向かわされるというなら悪い気はしない。


 オレのあまり長持ちしない記憶の、どこぞに残った想いってやつがビウモードで何かしろと叫んでいるような気がしていた。

 その何かってのを知るためにも、そこに向かいたかったところだ。


「……なんだ、捕縛されて笑ってるなんて気持ちの悪いやつだ。

 そんなにもビウモードに行きたかったのか?

 確かに行きはするがお前の立場は──」

「ジャドさんつったっけか。

 アンタは結構恵まれてる人生歩んできてんじゃないか?」

「俺が?」


 恵まれているなんて何をバカバカしいことをと言いたげな表情のジャド。


 人材商から直接販売されて生きてきた人生か、或いは闘技場の選手あがりか。

 戦時に取り立てられていた傭兵から今に至るのか、ともかく彼は賊ってのにはなったことがないようだった。


「賊ってのは街に入れねえんだ。

 賊だけじゃない、例えば東方(他所)から来た奴がいたとして、そいつは身分を立てる証がない。

 たとえ善人だったとしてもな。

 そうなりゃ、賊にでも身をやつすしかなくなったりする。

 だが、ジャドさんよ、アンタはそうじゃないだろ?」

「そう、……だな。

 俺は元々闘技場で生まれ、そこで死ぬと思っていたが運営が転んだ(倒産した)んだ。

 人材商を経由して今の仕事に就いている。

 そういう意味では、確かに恵まれている人生かもしれん。

 食うに困ることもなかったからな」


 目つきも身なりも悪いジャドだが、外見で人を判断しちゃあいけないねと思わされる。

 どうにも、聞いたことを真面目に考え、真面目に返してくれる。

 いわゆる『いいヤツ』なんだろう。


「ビウモードに行きたいようだが、何故だ?」

「それについては、隠したいとかじゃあなく、わからないってのが本音だ」

「わからない?

 やりたいことが明確でもないのにビウモードを望むのか?

 ひどい状態になっていると聞くぞ、都市内ですら平気で殺し合いが発生していると」

「案外、ビウモードに平和を届けたいと願っている善良な存在かもしれないぜ」

「平和を届ける?賊のお前がか?ぶふっ、くくく」


 思わず吹き出すジャド。


「平和をお届けするありがたい存在になったら声を掛けてくれ、

 俺も功徳を積みたいからな。

 それにしても賊のお前が」


 よほど平和と賊のかみ合わせの悪さがツボだったのかジャドは笑いを噛み殺すのに必死になってしまっている。

 やがて馬車が動き出す。


 ───────────────────────


 ジャドとの愉快な会話を終えて、動き出した馬車。

 突っ込まれた牢から周りを見渡してみる。


 隣には随分とぐったりした少女が一人。

 これがウィミニア閣下とやらに献上されるのか。

 年端もいかないこんな子を……。

 閣下はどんだけ『いい趣味』してらっしゃるやら。


「斥候が戻ってきたぞ」

「どうだった?」

「賊どもはもういないようだった。

 この辺りは守衛騎士も見回っているし、安全だろうさ」

「ではドップイネス様にも報告を──」


 ……などと声が聞こえてくる。


「オーフス、ブルコ、ジャド、君たちは休憩用の馬車に戻っていなさい。

 残ってるものも御者の隣に座っていいですよ。

 ですが荷には触れぬよう、いいですね?

 ここからビウモードまで二日ほどの道のり。

 随分暇なものにはなるとは思いますがうたた寝などしないようにお願いしますよお!」


 ドップイネスの声、そして手を叩いて行動を促しているのが聞こえた。

 ビウモードまでは二日か。結構たっぷりだな。


 こんな体調の状態の小娘が持つとも思えないんだが、誰かを呼ぶか?

 いや、聞いてくれるとも思えない。

 どうしたものかなあ……。

 何はともあれ声掛けか、そこからやってみるとするか。


「おい、お嬢ちゃん。大丈夫か?……まあ、大丈夫じゃないよなあ」


 彼女は返答に変わって小さなうめき声を漏らす。

 年齢は……十三か、そのくらいか。


 顔立ちは苦しみを耐えるために目を瞑っているから完全な判断はできないが、

 恐らくは年齢から見ても美少女よりも美人に属するタイプではなかろうか。

 随分と長く伸ばした桃色の髪は宝石めいて半ば透き通るようにも見える。

 なるほど、こりゃあ『いい趣味』している奴にゃあたまらんだろうな。


 辛そうな彼女をなんとかできるものはないだろうか?

 あるものといえば、


 ──人肌程度に温まったベーコン。

 ごく一部の賊は何故かこれをお守りとして持っている。

 どうにも懐に入れておくことで明日の飯がある、それこそが明日があるという願掛けになるのだという。


 ……肉を額に乗せると熱冷ましになるんだっけか。


 しかし既に人肌程度に温まってしまっている。

 こいつは役には立ちそうにない。


 掠れた息遣い。

 せめて水でも飲ませてやれば多少楽にはなるんじゃないのか。

 何かないか……周りを見ると馬車を走らせている御者に目が行く。


 腰に提げている水筒。

 そいつをくれといっても分けてもらえるとは思えない。


 が、手詰まりにはまだ早い。ターゲットを絞れたならあとは機知を巡らせるだけだ。

 オレができるのは解錠、軽業、投擲。

 ここで役に立てそうなのはまずは解錠だ。


 牢の鍵はぶっちゃけ、粗雑なんてレベルじゃない金属製のゴミと言ったほうがいいレベルのもの。

 特定の方向に衝撃を与えてやりゃ道具すら必要なく開けられる。

 ま、それができるのが技巧ってことなんだろう。

 いつでも外には出られるが、今はそれが目的じゃない。

 周りを警戒するが、ドップイネス氏の警告も虚しく護衛どもの大多数は御者の隣でうたた寝している。

 相当ハードな移動だったか、賊との衝突が疲労を与えたか、その両方か。

 監視の目については気を払えば問題なさそうだとして……、御者の水筒をどう獲得するべきか。


「んごご……んん……」


 御者の隣で寝ている護衛。

 サイドアームとしてか、腰に短刀を帯びている。

 盗みは正直自信はないが、手を伸ばせば手に入るところにある。


 ま、駄目だったら泣き落とし、それでも駄目なら死ぬだけだ。

 大した価値のない命でギャンブルできるならさせてもらおう。


 祈りを込めて盗み出そうと思ったが、肝心の祈りを何に捧げればいいかがわからない。

『苦しげな少女を助けたいです!』『いいよ』と答えてくれるありがたい存在がいることそのものに祈りつつ、手を伸ばした。


「んごっ」


 うおっ、バレたか?


「……カーチャン……トーチャン……んごご」


 バレてない。

 短刀に伸ばした手でそのまま鞘から抜いて、引き寄せる。


 第一関門は突破だ。

 次は御者のお腰に付けた水筒ちゃん。

 そいつを一ついただかねばならない。


 コレに関しては大得意だ。

 水筒を吊るしている縄を断つような形で投擲し、水筒を落とさせる。

 ナイフはそのまま道に飛んでいくことになるだろうが、音を立てて転がったりされたら大事になる。

 武装の一つでも欲しいところだが、そこは諦めよう。

 転がった水筒をキャッチする。

 イメージの上では万全。


 投擲。

 切断。

 落下。

 回転。


 こちらへと転がって来た水筒をキャッチ、可能な限り迅速に少女の側へ。


 乾いた唇を濡らすように水筒から数滴の水を落とす。

 弱々しく舌がその湿り気に反応している。

 オレは少しずつ彼女に水を与え、彼女も無意識ではあるだろうが、水分の摂取に積極的に動いてくれた。

 格子越しでやりにくさはあったものの、水分をしっかり得られたからか、掠れた吐息の音は聞こえなくなった。

 人材商ならもう少し商品に気を使って欲しいもんだ。


「……あ……りが、とう……」


 少しだけ目を開き、囁くような声で彼女はお礼を言う。


「もう少し寝ておきな、お嬢ちゃん」


 それに頷き、再び目を閉じ、眠りについた。

 これであとはもう少し栄養のあるものでも食べさせてやりたいものだが、人肌ベーコンしか手元にはない。

 傷んでいそうだし、体調的に肉が食えるかもわからないのでもう少し様子を見よう。

 どこかしらで食事の一つでも提供してくれるだろう。

 期待してるぜ、ドップイネス様よ。


 ───────────────────────


 駄目だ!

 あいつは人材商の風上にも置けねえ!

 いや、人材商の風下には何があるのかはわからないが、ともかく、メシくらい出せよ!


「ふう、少しばかり揺られすぎて疲れましたねえ。

 今日は野営としましょう」


 その声に秘書役らしい人物が、

「夜通し走れば二日の距離ですが、野営となりますと……」

 予定についての話し合いを持ちかけるも、


「あなたは私の体調よりも荷運びを優先しろというのですか?

 ツイクノク伯爵の御用商人という立場を持つ、このドップイネスに」

「いえ、そういうわけでは決して……」


 ドップイネス様のわがままによって、街道沿いで一泊をすることになる。

 護衛たちも辟易としているようだった。


 日は完全に沈み、幾つかの焚き火が周囲を照らしている。

 それでもこの辺りの闇を晴らし切るには不十分であり、その暗がりと静寂は寝具のように、護衛や御者を眠りへと誘う。


 少女は再び眠りに付いているも、これがいつ死に繋がるような昏睡へと進むかもわからない。

 少なくとも水もなく、栄養も与えられない状況で好転することはない。

 街に入れば、その辺りが解決したところで送られる先はウィミニア閣下とかいう、恐らくは『趣味を持つお方』。

 やはり、それも含めて彼女の様態や状況が好転するとも思えない。


 少女の檻を見る。

 鍵は同じ。

 周りを見る。

 監視の目はない。

 少女自身を見る。

 顔色はあまりよろしくはない。


 瞑目する。

 何をするべきか。

 いや、もうやるべきことは決めているんだ。

 ただ、自分の我儘で人様の人生を右へ左へと振ることになるかもしれないことに、覚悟しきれていないだけだ。


 ──悪いな、お嬢ちゃん。選択権もないのに付き合わされるその身の不幸か、オレを呪ってくれ。


 オレは自分の檻を這い出ると、少女の檻の鍵も解き、寝ている彼女をそっと引き寄せ、抱えた。

 彼女はうっすらと目を開けたので、オレは静かにしていてくれ、というジェスチャーを指ですると小さく頷いてくれた。


 逃げるべきは木々の向こう側……ではなく、少しばかり木々こそ通るものの、進むべきは街道だ。

 どうせ連中は木々に分け入ったと思うに決まっている。


 運が向けば守衛騎士と出会えるかもしれない。それができたなら最高だ。


 隷属の忌道や請願が掛けられていたならそれも難しいが、賊の記憶という浅い見識ではあるが、売り物にされているようなものに付与された証のようなものは見受けられないから、そこは大丈夫だろう。

 首輪やら入れ墨めいたものがあれば警戒か諦めが必要であっただろうけど。

 ともかく、そうでないのなら、いかにドップイネスの檻から逃げてきたオレたちであろうとも、身の上ではどこのだれのものでもない。

 それを捕まえようとする方に守衛騎士は攻撃をしかけることになる。


 そこまで考えてから、オレはこそこそと移動を始めた。

 護衛たちの殆どは居眠りをして過ごしているようだった。

 警戒心なんてどこかに置いてきたと言わんばかりに。


 だが、一人だけ。

 たった一人だけ、こちらの動きを察知しているものがある。

 目が、こちらを向いていた。


 ジャドだ。


 彼だけはオレたちの姿を捉えていた。

 確実にオレたちを見ていたはずなのに、小さく微笑むと他の護衛と同じように居眠りをする姿勢を取る。

 見逃したのだ。


 オレの知る限り魔術や請願の使い手よりも希少な善性ってものに触れられたことに感謝をしつつ、逃走を続けた。


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