022_継暦141年_春/09
ツイクノクから送られてきたという一団は、予想よりも遥かに高度な装備をしていた。
冒険者か、練度の低い予備役の兵かなと思っていたのだが、
騎士の一団であった。
よっす。
想像よりも大掛かりな戦力が来て驚いているオレだぜ。
騎士ってのは爵位じゃあない。
ああ、過去には騎士という爵位があったらしいが。
現代における騎士ってのは大雑把に免許を持っているかどうかだ。
騎士免許、まあ、正確に言えば免状なんだろうが、ともかくそれを持っていれば騎士を名乗ることが許されるし、ある程度色んな国や勢力でも証明にもなる。
冒険者との違いは何か、ってのは……ううむ。偉い人に認められるかどうか、だろうか。
免状と言っても紙だったり、冒険者のように認識票ではない。
彼らの免状とは武器。
愛用の武器こそが彼らが騎士足り得る証拠。騎士の証は武器にインクを通すと何かしらの形でわかるらしい。
……まあ、騎士とお友達になったことがないのでわかっているのはそれくらいだ。
いや、お友達が騎士になっていたってのはあったけどな。
付与された勢力のもとで戦うときに請願を使うとむっちゃ強くなる、なんて話もあるんだったか。
現れた彼らが遊歴の騎士であれば強化はされず、ツイクノクの騎士なら北ツイクノクのために戦うってことで強化される……のか?
北ツイクノクが別カウントで、ここのために戦うから勢力下には当たらないって可能性もあるか。
まあ、強化なくとも騎士になれるって時点で彼らが『選ばれしもの』であることには違いない。
騎士ってだけでめっちゃ強い。それだけ覚えときゃいいんだ。
守衛騎士も騎士だし、他にも請願使いの本舗的な聖堂に仕える聖堂騎士ってのもいたな。
騎士は強い。おっかない。
ただ、少なくとも彼らが防衛隊として配置されるってなら頼もしい。
「自分はツイクノクの行動騎士、アルドハースと申します」
全身を包む甲冑に、鉄仮面。
特徴的なのは尻から爬虫類めいた尻尾が伸びているところだ。
トカゲとヒトの特徴を併せ持った種、蜥人。
リザーディ自体記憶のあるうちでは初めて見た。
で、行動騎士……ってのはちょっと知らんなあ。
特別な役割を持っているんだろうか。
賊相手に軽々に出てくる相手ではないのかもしれない。
「あー、防衛戦力として雇われてるゼログラムだ。
こっちの赤いのがスオウ」
顎を引くというか、殆どなっていない会釈というか、そういう感じの挨拶をするスオウ。
彼女は騎士に対してどうにも警戒心を抱いているらしい。
賊っぽいところがあるじゃないか。
「自分を含めて騎士は三名、あとは伯爵家の正規兵が十名」
「騎士三名?そんなに?」
「ツイクノク伯爵閣下が心配されているようで」
「心配?ふうん」
なんか聞いている話と違うなあ。
いや、沽券の問題が心配ってなら、まあ、そうか。
「お待たせいたしました、ご案内いたします」
町民が『町長が迎え入れる準備ができたので』、と。
ここでご挨拶するのかと思ったら、立場、身分をしっかりと線引するために迎賓館的なところで式をするらしい。
アルドハースは特に不思議に思うこともなく町民に続き、
「君たちにも立ち会ってもらいたい」
「オレたちに?」
「防衛を引き継ぐ際に手続きが必要でして」
「わかった」
断る理由もない。
残りの騎士二人と正規兵は自分たちがどこに配置されるべきか、その話し合いを始めているようで、式には参加しないようだった。
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「ようこそ、お越しくださいました。
お初にお目にかかります、町長の──」
「いや、挨拶は結構。
先にこちらの用件を伝えさせていただきたい」
「は、はあ。」
わざわざ式の準備までしたというのに、だったら外でもよかったんじゃないかと思ってしまう。
「伯爵閣下からのお言葉を伝えさせていただきます。
『街をよく育ててくれた、人をよく育んでくれた。
収穫させてもらう』
……以上です」
「一体何を──」
オレが見えたのはアルドハースが腰からスオウが持つものとよく似た剣を抜こうとした姿勢だけだった。
次の瞬間には金属がぶつかり合う音と共に、町長に振り下ろされた剣を剣で防いでいるスオウの姿。
「な、なにしやがる、手前!」
「自分の刃を防ぐ腕前をお持ちとは、まずはお見事。
それにその刀。ここで同郷の人間と会うとは」
「何を言ってやが」
スオウの言葉は最後まで紡がれず、アルドハースの尻尾が横薙ぎに振られ、壁に叩きつけられた。
オレは殆ど同時に怒号をあげるでもなく、石を投げつける。
「むっ」
石はあっさりと剣に阻まれるが、その隙にオレはスオウへと駆け寄れた。
「大丈夫か、おい!」
「う、ぐ。ああ……なんてことねえよ」
よたよたと立ち上がる。
「ほう。見た目は可憐ですが、中身は武士そのものと」
こちらへ向き直ろうとするアルドハースに向けて、
「オッホエ!」
今度は気合を込めた一投をお見舞いする。
「礫などくだら──」
派手な音が響く。
石が途中で軌道を変えて鉄仮面に叩きつけられた。
面の部分が少しひしゃげ、その視界を少しばかりは妨げることには成功しただろう。
「町長!逃げろ!」
「あ、ああ!」
彼は転がるようにして外へと出ていった。
「……外へ向かったところで、逃げ道はありませんよ」
兜を脱ぎ捨てる。
黒い髪を纏め上げた女の顔があらわになった。
「逃げ道がないって、どういうことだ」
「我々の仕事は先程も言った通り、この街の人間を『人材商』に渡すこと。
元は賊を雇っての仕事だったのですが、どこかの誰かに阻まれてしまいましたのでね」
人材商とは、平たく言えば人間(つまりオレのような大陸中に存在する多数派のヒト種からドワーフやエルフ、或いは彼女のようなリザーディを含めて、人間と表現するもの)を売買する商人だ。
隷属の忌道もバンバン使うようなろくでもない連中から、普通に人材派遣を旨とするもの、
そして人材を文字通りなにかの『材』にするようなヤバい存在までひっくるめて人材商と呼ぶ。
そして、アルドハースが云う相手は間違いなく一つ目の商人だろう。
何せ、伯爵から直々に『収穫する』なんて言われてる。
そんで、それがオレとスオウに賊による収穫が阻まれたのでこいつらが来たってことか。
いや、元々来るつもりだったのかもしれないが。
大掛かりな兵力は街を襲った賊を始末するために、とか……まあ、考えても仕方ないことではある。
「人数こそ十人とそこそこですが、騎士と正規兵です。
この街の人間ではどうしようもない」
「人間が人間を売り買いするってのか、おい!」
それに食って掛かるのはスオウ。
「武士の少女、いえ、スオウ殿と言いましたか。
このツイクノクとその周辺はもはや人の温もりを食い物にする悪党のねぐらなのです。
人の命の百や二百、売り払うことに呵責を覚えるものはもう、どこにもいないはずだった」
「冗談じゃねえッ!承知できるか!」
「では、刀で決めましょうか」
「上等だ──あ!?」
オレはスオウを引っ掴むと町長とは違う場所から逃げ出した。
「何しやがるゼログ!離しやがれ!」
呆気にとられたアルドハースはこちらを追いかけるではなく、剣を鞘に納めていた。
苦笑のようなものを微かに浮かべていたようにも見えたが、気の所為だったかもしれない。
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じたばたと暴れるスオウを離す。
そして彼女が文句を言う前に、
「急いで街の人を助けるぞ、いいな」
こういう状態の彼女には恐らく「落ち着け!」なんて会話の切り出しをしても無駄だ。
なんとなしにそれは理解している。
だからこそ目的をまっすぐに伝える。
「街の人を可能な限り助けて、逃げるんだ」
「あ、……ああ、そうだな!人材商なんぞに売られてたまるかよ!」
「地図はまだ頭に入ってるか?」
「あたりめーだ、物覚えだけは父上に褒められたんだ」
「それじゃあ北だ。
北から抜けてイズミストに進む、あそこはツイクノクとの関係がイマイチらしいから、町長の出自から悪いようにはしないはずだ、それにあのとき助けたお喋り坊ちゃんもいるならスムーズに物事が運ぶかもしれない」
「お、おう……」
まくしたてるように言ったが、とりあえず理解はしてくれているようだ。
「お前はどうすんだよ、ゼログ」
「関所で合流だ」
「……わかった」
数歩進んでから、
「──なあ、おい」
「なんだ?」
「無茶して、オレの横からいなくならないでくれよ、……相棒」
相棒、か。
嬉しいね。オレをそう呼んでくれる奴と出会えたことは、ああ、嬉しいさ。
でも、オレはスオウを裏切らないとならない。
オレが生きるには、オレ自身の心が、思い出が、記憶が、どうしたって重すぎる。
だからせめて、少しでも意味のある終わりを望もう。きっと禊にもなるまいが。
「……ああ、わかってるよ、相棒」
オレの言葉を聞くと頷き、彼女は放たれた矢のように街の中央へと走っていく。
この心がもっと強ければ、正しければ、スオウとこれからも共に在れたのだろう。
──わかっているのに、裏切るのか。
記憶とは異なるもの。オレの心そのものがそう訴えかけてくるようだった。
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ややあって、足音。
その音と気配で自らへの思い、その反芻を区切る。
「君は彼女と行かないのか、ゼログラム」
「こっちに来てくれるのを信じてたんでね、行動騎士アルドハースさんよ」
「伯爵家付きの騎士として、君のように機知の巡りのいい人間が北ツイクノクと共に在るのは困るのですよ」
この状況は悪くない。
オレ一人で騎士を一人を止めれるなら安いもんだ。
「殺す、ってことか」
「ええ。一人でここで騎士を待つということは、それをお望みなのでは?」
だったらせめて、少しでも自分の命の価値ってのを吊り上げる努力をしよう。
「どうせ死ぬ人間相手だ、冥土の土産ってのを持たせてくれよ」
「何を望まれる」
「情報を……いや、アンタとの会話を望みたいね」
街の中央から剣戟の音が聞こえてくる。
うねり、と彼女の尻尾が動いた。それは思考している癖なのか、それとも何か別のことに反応したのか。
「いいでしょう。ただ、どうにも君の相棒は腕が立つ。
正規兵が全員やられてはこちらの面目も立たない、彼らが五人斬られるまでの時間を会話に使うというのはどうか」
「おいおい、お味方の命なんじゃないのか?」
「正規兵とは云っても、所詮はゴロツキですよ。
伯爵の名を借りて村の人間を犯して回るクズどもが掃除されるなら両得と言える」
合理的な考え、というよりは彼女自身本当にあの連中を毛嫌いしているようだ。
そんな人間が収穫の手伝いをしなきゃならんってのには理由があるんだろうか。
「ツイクノクはなんで自分の領地にある街を収穫した?」
「戦費が足りないのですよ、ツイクノクにはロクな収入源がないせいでね」
「戦費?」
彼女は「二人目が倒されたようだ」と言いつつも言葉を続ける。
「ビウモード伯爵の領地拡大に影響された愚かものどもがツイクノクに手を出し続け、
伯爵家の家計は火の車だそうでして。
自分からすればツイクノク伯爵閣下は見栄を張って騎士を雇い過ぎなだけだとは思うのですが」
もしくは、影響されたってよりは最初から連携するつもりで他の勢力が動いたのか。
判断するには情報が足りない。
「なんで軽々に喋ってくれるんだ?」
「三人目。
この後に死人になる人間に喋ったところで何にも伝わるまいし、
仮に伝わったところで、構いはしない。
ツイクノク伯爵閣下は本当の意味では我が主ではないし、好むところもない」
「主ってのは、」
「四人目。
故郷におられる。きっと故国は君の相棒と同じ」
スオウのことを知りたくはある。だが、彼女から聞くのは違う気がした。
だからこそ、一番聞きたいことを聞こう。
相棒の信頼を裏切ることを決めてまで、この状況を作った。
「ルルシエットはどうなった?」
「ビウモード伯爵軍に占領されている。
だが、ルルシエットの行動騎士と冒険者が動いている。
それに、ビウモードでは冒険者ギルドを潰した結果、他のギルド……最も大きいところで言えば魔術士ギルドが強い反発を覚えているそうだ。
かなり過激な意見も出ているらしく、彼らの動き次第ではルルシエット解放の助けにもなるかもしれない。
──五人目」
「色々ありがとよ」
そうか。ルルシエットはまだ終わっちゃいないのか。
それさえ知れればもういい。もう大丈夫だ。
オレは石を投げ捨てる。
抵抗したところで意味がない。
「……何故諦めるのです?
相棒との約束はどうしました」
聞こえていたのか。
話が終わるまで待っていたってのか、こいつも随分とお人好しのようだった。
そうだな、思えばあの剣の冴えがあれば町長を斬り殺せもしたか。
「逃げ切れるとは思えないし、……オレはもう、この命を生きるのが難しい。
苦しいんだ、ずっと」
「苦しい?」
彼女は興味ではなく、オレが独白できるよう聞き返してくれる。
「大切なものが、もう手に入らないとわかったら?
たとえ同じ場所にあったとしても、そこに大切な人々がいたとしても、自分だけはもうそこに戻れないとしたら?
真実を語れば迎え入れてくれるかもしれないけれど、それを話せば大切な人を不幸にしてしまうとしたら?
……アンタだったら、どうだ」
「戯言だ」と一蹴できる、妄言そのもののはずのオレの言葉に、
彼女は馬鹿にするでもなく、そして嘲る顔を向けるでもない。
浮かべたものは、同情と郷愁の入り混じった表情だった。
「……自分であれば、」
そっと自分が帯びる剣を見やる。
「名を捨て、関わろうとせず、きっと徒らに自分を消費するだろうな。
今の自分がそうであるように」
「そうか。
……アンタとも、仲良くなれたのかもな」
「いいや、ゼログラム。
我々ができたとしても、それはきっと傷の舐め合いだ」
「はははっ。そうだな。違いない。
正規兵、八人目が倒されたぜ」
「君の相棒の腕には感服する」
「だろ?」
「そして、君の諦めの良さには、同情しよう」
抜き打つように剣が放たれた。
「これは手向けだ、かつて自分が心から求め、得られなかったもの。
せめて、苦しみなきことを」
スオウ、本当にごめん。
弱くて、本当にごめん。
ルルシエットで過ごした思い出が、オレには重すぎた。
オレが選べるのは、忘れ切ることだけだ。
だから、お前もオレみたいな賊のことなんぞ忘れてくれ。
──しかし、そのオレ自身がルルシエットで送った人生が短いものであったというのにここまで心を締め付けるという事実に気が付く。
彼女を苦しませてしまうのだろうか。
それとも、一度きりの人生を歩むものならば忘れることができるのだろうか。
オレには一度きりの人生を歩むものの気持ちを理解することはできそうになかった。
意識が闇へと転がり落ち、そしてビウモードへの複雑な感情の波に沈んでいった。
グラムは仲間の未来を願い、ヴィルグラムは仲間の無事を祈り、ゼログラムは仲間の優しさを知った。
それぞれの思いは一つの願いに帰結する。
オレがオレを忘れたとしても、どうかルルシエットとビウモードの……、
仲間や友と呼ぶべきものたちが戦いの渦中で傷つくなら、オレもそこに共にいられるように。
それが取るに足らない賊だったとしても構わないから。
きっと強く思ったところで叶えられたことなんてないのだろうけれど、
それでも全ての意識が消え失せるまで、願い続けた。




