210_継暦141年_冬/04
腰のものを抜く。
武器の数はそれなり。
一方のお相手は、爺さん一人とお仲間が五人。
こちらの問題は弾数よりもその腕前だな。確実に仕留めきれないなら敗着必至。
「この傷ですぐに、と言うわけにはいくまいな。一度潜る。諸君はどうする」
「目的も達成できずにドワイト様に顔を向けなどできない。
潜ると言うのならば我らも共に行きたい」
「ここから先は騎士としての名誉ではなく暗殺者としての成果のみを求めることになるのだぞ」
「成果こそが全て。我らが親たるドワイト様のためにも」
潜る?
冗談じゃねえ。
ってことは四六時中、どこから暗殺されるかわからん状態でメリアティは過ごさないとならないってか。
詳しいことはわからんがヤルバが何かしらの方法で好いた相手に再会したってことはわかる。
それが尊いことだってのも部外者ながらなんとなく察することができる。
連中がそれを邪魔をし続けるってんなら、ヤルバの一党仲間として許しちゃおけねえ。
レティ、お前がいたなら頷いてくれるだろ?
ディカだってやるって言えば仕方ないと力を貸してくれるよな?
ってことは、脳内多数決によって行動は決まった。
──ここで、連中は殺す。
「潜るとして、どこへ?」
「あの男が下水を探らせていただろう。下調べは終わっているはずだが」
「それであればこちらに」
「うむ。……よし、これならば潜むに十分な場所が幾らでもある」
連中が動き出す。下水か。邸の方向なら寄り道も考えられたが、それは叶わない。
歩いていく方向からしてもルカルシと通った場所だろうってのは予想が付く。
先回りし、不意打ちの準備をするとしよう。
薄暗い下水。連中が来るよりも先に闇に潜む。
本当ならトラップでも仕掛けたいところだったが、その時間はない。
「暫く進めば下水を下調べしたときに使っていた個室があるそうです」
「個室?」
「いくつかの清掃道具もあったそうなので、道具置き場かとは思いますが、どうにも使われた形跡がなかったので」
「用意はしたが何かの結果使われなくなったか。それは確かに都合がいい」
歩き出す。
下水の闇に紛れていく。
この闇はオレの味方だ。
声を殺し、短刀を投げる。
爺さんから殺したかったが、騎士どもが邪魔だ。
一人は倒れ、下水の壁に当たる。もう一人はぐらりと傍に流れている下水に落ちる。
着水よりも早く両手に一つずつ構え直した短刀二つをさらに投げつける。さらに二人の首に吸い込まれては命を奪う。
残りは爺さんと騎士一人。
四つの音が重なるように響く。そのいずれもが命が消えた音だ。
「何が」
騎士が剣を構えようとする。オレはそれを構わずに爺さんに短刀を更に投げつける。
まだこちらの位置は把握できちゃいないはずだ。
だが、飛んでいった短刀は爺さんには当たらなかった。野郎は剣を抜き構えようとしている騎士の首を掴むと自らの盾として扱った。
短刀は眼底を貫いて騎士を即死させる。だが、狙っていたことではない。
一番厄介な奴が、厄介な形で残った。
「諦めろ。闇を見通せずとも飛んできた方向から場所は概ね察している。あとはその辺りに魔術を幾つか打ち込めばわかるだろう。わからずとも殺せるかもしれぬから、それでも構わん」
騎士の死体を盾にしたままに言葉を続ける。あいつもそれなりの怪我を負っているだろうにイヤなほどにガッツのある爺さんだこと。
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「む。……そういえば、あのニグラムという方は?」
「ええと、あれ、そういえばどこでしょう」
軽傷であったキースとサナが邸周辺の警邏をする。
メリアティについては彼らの自認するところの実力で見ても格上たちが守っているので役割分担となった。
「むう。仕方ないとはいえ、彼に貸した投擲装備に師父の形見と思われるものが入っていたのでな。少し惜しんでしまった。……と、人間性の小ささを露呈してしまうか」
「流石に師父さんの形見であるなら大事なものでしょうし、そう思うのも仕方ないですよ。でも、それが役に立つようなことになっているなら──」
「なっているなら?」
「嬉しくないですか?」
だって、とサナは続ける。
「形見の品が使われるってことは、それだけの相手をしないとならない。そんな相手をメリアティ様に近づけないようにするために。そういうことにならないかなって」
「む、むう」
「やっぱりこの考え、イマイチでした?」
「いや。素晴らしい。思わず呻いたのはな、私自身の矮小ささが今まさしく浮き彫りになったことについてだ」
足を止める。
キースは思う。
(どこか師父の面影を感じる男よ。ニグラムよ。我が重宝、抜くに値あるときに役立たせんことを祈る。
そのおりには、勝利こそあれかし)
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キースの祈りが届いたのか。
ベルトに触れたニグラムの指先に何かを隠すようなスリットの感触があった。
指を滑らせれば何かが触れる。そっと引き出す。薄刃の刃。円形の不可思議なもの。戦輪と呼ばれるものである。それはグラムと呼ばれる賊にとっての一投必勝の武器であった。
(隠してたのかね。だとしたら使っていいもんか。……いや、使わせてもらうぜ。持ち主にとっても守るために使うのは望むところだろうよ)
巡り巡って、その本来の持ち主に渡りなおされた。
それは確かに守るために使うための武器である。そして、同じ相手を守ることになるのは数奇な運命と言える。
一度目はブルコ。そして次は目の前の男。ディートルフ。
「投擲か。あの場で邪魔してくれた男だな。そうまでしてなぜ我々の邪魔をするのだ」
「逆に聞きたいね。どうしてそこまでトライカに執着する。いや……どうしてそこまで闘争ってやつを望むんだ」
「ハッ。知れたことを。お前とてわかるのではないか。この戦いに望んで戦うのであれば、いや、こんな下水にまで穢れることを恐れずに来ているとなれば、どうせろくな生まれではあるまい。
平和な世となれば我らはさしたるものを得ずに道端の芥の如くに無意に生きて死ぬだけ」
「あー、なるほどね。闘争があれば成り上がれるチャンスあり! 闘争最高! そういう手合いか」
「否定するか、この考えを」
「しねえよ。するわけがねえ。身の上のことを言うならそりゃ大正解だ。オレは賊でね。根性も性根も賊に染まり切ってる。今更社会の犬なんぞになれるものかよ。仰る通り、闘争でありゃ成り上がりのチャンスはあらぁな」
賊の悲哀は今に始まったことではない。
成り上がりとは言わずとも、平和な時代になったところで彼らが生きる場所などこの広い大地のどこにもない。
荒れていればいるほどに生存の可能性が増えると言うものだ。
賊だからわかる。十把一絡げ、吹けば飛ぶようなザコの命。
「だからこそさ。どうして闘争を求める。生きるためならわかるさ。成り上がりも生存のための道筋だろうさ。
けど、トライカのメリアティはよくできた御仁なんだろう。
アンタの主はどうだい」
物事というのは単純な二元論でできているわけではない。
どちらかの主人が素晴らしいのであれば、敵対する一方が救いようのない悪党であるかなど決まっているわけではない。
ニグラムもそれは理解している。理解してはいるが、そうであることも少なくはないのも知っている。
「我が主、コーネル子爵が下衆だとでも言いたいのかね」
「それを聞いているのさ。どうなんだい」
「乱世にあって機敏に動く、とだけ言っておこう」
「ハハハッ。そりゃあいい。じゃあ、アンタはどうだ。オレよりいくつも長く生きているんだろう。色々な人間に会ってきたろう。戦術の全てを見たわけじゃないが相当の実力者だってのはわかる。
そんな人間がよりよい御仁に従わない理由を知りたいんだよ、オレは」
ディートルフは歴戦の強者である。
仲間を盾にするような躊躇のなさがあったからこそ彼は生き延び続けた。
そうして力を得続けた。
相手にしている男は今まで戦ってきた誰よりも強いわけではない。
だが、己の戦力を理解し切っているようだった。こういう相手は強さとは別の部分で厄介であることをその歴戦から理解している。
(……何故コーネルに従っているか、だと。決まっている。金払いがよく、安全な仕事だからだ。
これまでもそうだ。
ロマンのためにリスクを取るなど愚か者のやることよ。そうした輩は誰しもが死んでいった。私は生き延びた。生存こそが至上の勝利よ)
それまでの戦ってきた相手。殺してきた相手が想起されていく。まるで走馬灯のように。
(殺してきた。勝ってきた。ロマンを求めた連中の死に顔は、確かに……妙な、奇妙な表情で死を受け入れた。なんだというのだ。まるで、この私が敗者であるかのように)
心が泡立った。
インクが発露する。魔術の行使のためではない。感情が先走っていた。淡いインクの発光現象がちらちらと声の主を照らす。
その表情は今まで殺してきた『夢見がちな連中』と同じ顔をしていた。
「貴様の主は、メリアティは見事な大人物であり、下等な主君を持つ私が哀れでならぬ、そう言いたいのか」
「おいおい。誰もそこまでは言ってねえよ。それに、主だって言うならあのお人はオレの主じゃあねえよ」
「では、その余裕ある表情はどこから来るのだ」
歴戦。ディートルフにおいてまさしくその言葉が似合う。
数十年の間戦い続けた。それを歴戦と呼ばずしてなんと言う。
だが、そのディートルフの目の前にいる男はどうか。
自称であるところの『百万回は死んだザコ』。
だが、それが事実ならばどうか。
歴戦どころの話ではない。記憶が引き継がれなかろうとも魂の奥底に蓄積され続ける形質。相手が歴戦を身の置き所にしているというならば、その上を行くニグラムにとって手玉に取るに余裕の相手だった。
「オレの主は、ずーっとオレさ。オレのままだ。誰にも主導権を渡したことはねえ。メリアティを信じて付き従う連中は最高さ。自分よりもどこかの部分で彼女が自分以上であると認めることができる心の持ち主ってことだからな」
だが、と言葉を畳み掛ける。
「お前はどうだ、ディートルフ。お前の心よりもお前の主は上か?
それとも下等で下衆とお前がコケにしてきた連中未満のカスか?
だとしたなら、それに諸手をあげて従うお前はどうなんだろうな──」
「黙れ黙れ、黙れェェーッッ!!!」
インクを纏める。
「《飛び蛇。噛む牙。穿ち聳動。食うは御心──『臓割』》」
心臓抜きと呼ばれた二つ名はこの魔術による一撃から来る。
剣豪が打ち出す神速の刺突にも似たインク結晶の一突き。射撃を行う魔術に比べればリーチに劣り、しかしその速度ははるかに勝る。
速度こそが勝利への近道。その後に仕切り直すも、攻撃即防御の姿勢を取るも自由自在。ディートルフの歴戦と常勝の理由となったものがここにある。
だが、
(インクをこねて魔術を撃つその瞬間だけはどんな魔術士も逃げられやしねえものがある。姿勢を保ち放つその瞬間だけは絶対に隙になるッ)
それは一瞬のこと。
だが、その一瞬で十分。短刀の投擲では間に合うまい。
しかし、今彼の手にあるのは投擲用の短刀よりも遥かに勝る性能を備えたもの。触れた瞬間にそれがどれほどの速度を叩き出してくれるものであるかを。手足の延長線のように使えるものであるかを。魂が覚えていた。
「オッホエッッ!!」
戦輪が放たれる。
臓割の魔術が放たれ伸びるよりも速く、捷く、疾く──音すら切り裂いて光と競うようにして。
臓割がばつんとニグラムの体を通り抜ける。
「見たかッ!! 勝てばこそよ!! 夢も想いも、ロマンだとかいうものなど比べる価値もない!」
「そうかもな。ああ。この場じゃあそうだろうよ。だからこそ、」
ぶしゅ、ぶしゅと血が迸る。一つではない。
それはディートルフの首からも鳴っていた。血飛沫いていた。
「あがっ」
「勝てばこそ、だよなあ。ディートルフ。お前にゃ何もねえ。何も得られねえ。
……そんな顔すんな。オレもさ。オレにも何もねえ。
だけどな、オレの仲間にゃあ未来がある。夢も、お前がバカにしたロマンってヤツだってある。オレたちの負けさ。大人しくここで、オレと仲良く」
にたりと笑うニグラム。
「死ぬんだな」
膝を突く。
その言葉に反論しようとする。だが声が出ない。論争叶わぬ。出せるとしてかろうじて一言か一句程度ならば。
「ごぼっ、ごぷっ……。き、聞かせろ。命を捨てて、どうするのだ。その先に何も」
「あるさ。あるんだよ、ディートルフ。命が消えたって、満足がある。充足がある。望んだ未来があるかもと祈る気持ちが暖かくなる。
オレにとっちゃ命を捨てる理由はそれで充分なんだよ。それによって今までの何もかもがオレの手から滑り落ちたってな」
その言葉が最期だった。
ニグラムはどうと斃れる。
最後まで立っていたものが勝利だというルールであれば、先に倒れたニグラムの敗北であろうか。
いいや。違う。
「そんな。ものの。そんな、ものが……」
恐ろしいものを見た。ディートルフは血の気の失せた顔色でニグラムを見ていた。
人生の全てを、下水の問答で打ち砕かれたのだ。それは命を失うよりも果てしない苦痛だった。
何よりも、
「……貴様のような男に、もっと早く出会って入ればどうなっていた。それを、それを……それだけでいい。それを、」
知りたい。
三十年前に、いや、十年前に、いいや、五年、三年一年、昨日であったとしても。
このように説法を与える男と出会えたなら、どうなっていたのか。
だが、その問いの答えを持っていたかもしれない男は臓割によって殺してしまった。
(殺してきたものの、奇妙な表情は。あのような表情をして死ぬためにはどうすれば──)
血を失い、命を失い、矜持を失い、そして答えを失った男の首がごろりと体から離れて落ちた。
どちらが本当の敗者かなど、語るまでもない。




