021_継暦141年_春/09
よっす。
運が悪い自覚のあるオレだぜ。
いや、オレの運が悪いってのは重々承知しているんだが、それでも言いたい。
ああ、運が悪い。
オレとスオウはついに到着した。その名も北ツイクノク。
村よりは大きく、多少の商業的な行いがある場所。
ただ、街と大っぴらに言うにはちょっと規模が気になる小ささだ。
それ故に賊にとってはよだれが溢れるようなターゲットなのかもしれない。
しかし、だからといって賊に狙われ、襲われて地図から消えるということはあまり聞かない。
それは街と呼ばれるほどになればそれが小規模であっても防衛力を備えるからだ。
この街は『ツイクノク』という都市から分かれたらしく、
本家でもあるツイクノクの規模を考えればこの街もそれなりの自警団を持っている……はずだった。
「うおぉい。なんだよお、これえ……」
スオウが間の抜けた声で状況を見ている。
「流行ってんのか?」
オレも思わず口に出す。
街は賊の群に襲われていた。
パッと見の数は三十名ほど。
結構な規模だが、まあ、村を押さえるってならこのくらいの人数は必要だよな。
……なんかつい最近も同じことを言ったか。
問題は自警団だ。
もう、見るからに弱い。
次々に賊に殺されている。
装備は悪くなさそうなんだけどなあ。腰は引けてるし、打ち込みは弱いし、賊が攻めてくる怒号で心が折れちまってる。
「自警団とは思えないくらい弱いな……」
「弱いなあ……」
この辺りが平和だったから自警団なんて必要なかったとかそういう背景があるのかもしれない。
ただ、見たところ優秀だと思える奴が一人もいないのはかなりマズそうだ。
魔術や請願を使えるものは一人もいない模様で、
ついには防衛線を割られたのか、ついに賊が街へと入り込む。
市民たちが悲鳴を上げている、助けてくれ、と。
「……~ッ」
なんとも言えない表情のスオウ。
「どうした?」
「あ~、だめだ!やっぱ見てらんねえ!弱いものいじめすぎんだろ!」
やおら彼女は立ち上がると腰の剣を抜き払う。
先日の馬車を助けたときとはわけが違う。
街を襲うことができるくらいの自信のある賊の群れだ。
数も質も道中で撃退してきた賊とは比べものにならない。
「ゼログ、付き合いはここまでだ!
お互い上手く生き残ろうぜ!じゃあな!!」
彼女も以前のようにオレに戦ってほしいという姿勢を見せたりはしなかった。
いや、できなかったのだろう。
連中との戦いは命がけのことになるのがわかっているからだ。
生き残ろうぜなんて言いつつ、彼女は賊たちへと走っていく。
その太刀筋は見事で、一人、また一人と切り倒していった。
本当に、なんであんなんが賊やってたんだ?
……いや、賊っていってもタカリだもんな。もしかしたらタカリと言いつつ本当に護衛でもしてたんじゃなかろうか。
しかも普通の護衛代だったりするんじゃあるまいな。
で、獅子奮迅の活躍を見せるスオウ。
腕っぷしに関して言えば、間違いなく強いと言えるレベルだが。
だが、それは常識の範囲内の強さだ。
その戦いぶりに気がついた賊たちが段々と集まり始めて、そしてゆっくりと劣勢に追い込まれていくのが見える。
「うだうだしていても、もうフェリの薬はないんだぜ、しっかりしろ。
──何もかも終わらせるにしたって、活躍の場の一つくらいあってもいいだろうよ」
自分に言い聞かせるように呟いて、転がっている石を掴む。
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ああ、本当に……数が多すぎる。
どうして『私』はいつもこう、向こう見ずなのでしょう。
それに強情っぱりで、かっこつけで、どうしようもない。
口調で本当の姿を隠しても、その愚かさばかりは消しきれていない。
ゼログラム殿にどうして、
『共に戦って欲しい』と一言でも口にできなかったのか。
あの方は優しいというか、私に甘いというか……、願えば必ず助力してくださったでしょうに。
いえ、甘いからこそ頼るのが恐ろしいのかもしれません。
彼の優しさ、甘さはそれを果たすためであれば己の命まで簡単に投げ捨ててしまいそうで……。
そして、自らの命を捨てたがっているような、心の影が透けて見るような。
──いえ、それは私も同じでしょうか。
街の方は……、戦えない方の逃走は完了したようですね。
せめて時間が稼げているのなら、それでよいのです。
彼らに負けるのは悔しくないかと言われれば嘘になってしまうけれど、それでもやりたいと思い行動したことに偽りはなく、果たすこともできました。
あとは何人を道連れにできるかの勝負。
さあ、おいでなさい。
刀術使いというものは、いつでも死狂いになれるということをお見せしましょう。
そのように気合を入れた瞬間、
「オッホエ!」
なんとも奇妙な声が響きました。
「オッホエ!!」
声がする度に、私の周りにいた賊が次々と頭を凹まされたり、弾かれたりしていきます。
「スオウ!こっちに来るやつ頼む!オレは接近戦はからっきしなんだよお!」
つい、笑みが溢れる。
本当に、本当に貴方は。
「ったあく、ゼログの野郎!」
童のようにわんわん泣いていた変な賊だと思いました。ええ、それはその通り。
ですが、彼に話しかけるべきだという直感を信じて、本当によかった!
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戦いのあとのほうが大変だった。
オレとスオウは街の英雄だと祭り上げられ、歓待を受ける。
その歓待(それなりに豪勢な食事)を受け終わってから少しして、オレは町長に呼ばれた。
スオウはいつのまにかふらりといなくなっていて、外から彼女の笑い声が聞こえてきた。
町長と会うのが面倒だから逃げたことを理解する。
町長は町長で酒を出して、晩酌にオレを誘ってくれた。
嬉しいっちゃ嬉しいが、正直それよりも自警団を編成しなおすとか、今後の防衛のこととか考えたほうがいい気もするんだが……。
そう考えていたオレの顔色を読んだのか、近々ツイクノクからしっかりとした防衛隊が来ると教えてくれた。
自警団はそれまでの繋ぎで、冒険者崩れを雇っていたのだという。
それにしたって弱すぎるとは思うが。
「冒険者崩れは自称で、寒村から出てきた連中だ」
ということを後で知る。
スオウが街で仲良くなった連中から聞いたらしい。
さておき、町長はツイクノクから防衛隊が来るまでの間、オレとスオウに街を守って欲しいというものだった。
報酬は……流石は街。
カグナットと出会ったときの任務の成功報酬が毎日出るらしい。
ああ、あくまで偵察の分だけで、特別報酬とかのは含まれていない。
それでも一日であの豆のスープとパンは十回は余裕で食べられる金額だ。……美味しかったなあ、アレ。
防衛依頼の件はスオウと相談してから、ということでこの日は酒を呑んで明かすことになった。
町長は気のいい中年だ。
出自はツイクノクを支配する伯爵の弟らしい。
「めちゃくちゃ高貴な出のお方じゃねーか」
「わはは、もう破門同然でしてな!
伯爵家の全てがそうではないのですが、我が家は子沢山で私の上に二十人も兄や姉がいたのですよ」
ただ、その全てが今の伯爵に殺されてしまった。
彼は無能な振りを徹底して続けたから生かされたに過ぎないのだと。
「いいのか、オレにそれ言って」
「兄上も理解しておられますのでね、まあ……街のものも知っているものは知っております」
酒盛りはバルコニーで行っている。
二階建ての影響かはわからないが、風は心地よい。
街の広さは……確かにそれほど広くはない。
ルルシエットの二十分の一かそこら。
だが、町長が見回りきれるだけの範囲で作ったのだろう、よく手入れされた街だった。
「いい街だとは思うが、それでも自警団は弱すぎだな」
「ははは……面目ない。
ツイクノクから大きな戦力を持つことを許されておりませんで。
冒険者ギルドが誘致できればよかったのですが」
「それも駄目か、戦力になるし」
「ああ、むしろ前提からですな。
なにぶん『炉』の手配が難しく……」
「炉?」
「ああ、炉と言いますのは、冒険者ギルドをはじめとした多くのギルドが業務を行う上で様々な処理を行うための、インクを扱うためのものですよ」
あー、そういえば資産金属のときにも各組織のインクがなんたらかんたらと言っていたな。
そういうものを処理するために必要な装置なんだろう。
賊としてはとんと話に出ないものだ。
文明が違うぜ。主にレベルが。
「炉は高価、というよりも希少性の問題でありまして……。
ツイクノクにも二つしかないものをこちらによこせとも言えませんからねえ。
東方の魔術王が遺した宝物、数限りある奇跡の品ともなれば、私如きの影響力では」
伯爵自身が治めているツイクノクですら二つしかないのなら、そりゃあこの辺境の町長じゃあ難しかろうなあ。
炉がなければ冒険者ギルドは誘致できず、ギルドがないから賊に対して無防備同然。
ここでも悪循環が発生しているわけだ。
「防衛隊がツイクノクから来るってのは」
「最近、この辺りの村々で賊による村の制圧が何件も出ていまして」
「明日は我が身ってことで防衛隊の派遣を頼んだってわけか」
「流石の兄上も、不肖の弟が育てた街であっても、自分の家の名が付いた街が滅びるのはメンツに関わるようですからね」
ははは、と笑う。
案外いい性格しているんじゃないか、この中年。
そんなこんなで、翌日。
酒が残る頭でスオウと相談した結果、むしろお前がやらないといっても勝手にやるつもりだった、などと云っていた。
酒を呑んでいるうちに彼女も彼女で愛着の片鱗がこの街に湧いたのだろう。
本当に面倒見のいい奴だ。
それから数日、賊が来ることもなく平和な日々が続いた。
雇われ警備とは名ばかりで、暇に明かしたオレとスオウは壊れた柵を作り直すだとか、作物の刈り入れを手伝うだとか、町民のような生活をするくらいには、平和な日々だった。
眠りにつく前にこんな日がずっと続くことを祈る気持ちと、かつての生活が奪われたことの悲しみが交互に浮かび上がっては、日が昇るまで心はずっと乱れていた。




