207_継暦141年_冬/04
気配。
いち早くニグラムが気がついた次の瞬間、何かの塊が飛んできた。
「オッホエ!」
殆ど無意識で、判断しかねる脅威に対して投擲していた。空中でぶつかったのは土塊か何か。
否。
肉片だった。ただ、それは普通の肉片ではない。肉片そのものが落とされたあとも蠢いていた。
「なんだ、こりゃ」
いや、それよりも見るべきはその『持ち主』だろう。
オレが到着してきたときには既にこと切れていた死体が立ち上がっていた。
「屍術……!?」
ワズワードが呟く。
屍術、つまり、死者を操り道具とする忌道に認定されている力。
「アンデッドだってわけか?」
「だとしか思えん。あいつはスムジークが確実に叩き殺した。だが、」
「屍術だってんなら、その術の制御者がいるはずだッ」
ディカが周囲を見渡しながら、
「いないよ。誰も!」
「ええ、屍術となれば肌でわかるほどのインクの気配を感じてもおかしくないはずですが、その気配はひとつも」
剣を構え直したクレオがオレたちの前に立つ。
「どこまで斬れば、動かなくなる?」
クレオが問うのは術士二人。
とはいえ、専門外の術であるのは間違いない。それを承知でクレオも聞いていた。
「中核があれど、素材がなければ動くもなにもなくなるだろう」
「手足がなければさして驚異ではないはずですが」
「聞いたなッ、ニグラム!」
駆け出すクレオ。
向こうみずってわけじゃない。あのお人は危険を誰かに肩代わりさせられない性分なんだ。
だが、それでもお前になら多少の無理はさせてもいい。そんな信頼を今の一言から充分に感じることができた。
そこらに転がっている騎士の遺品である剣を足で空中に上げると掴む。残弾補充だ。
「了解だ、姐さん!!」
オレも走る。
仮称アンデッドは座っていない首でなんとか迫る敵を判断しているようだ。つまり、視界がある、そう判断できた。
「オッホエ!!
拾い上げた剣を横軸で回転させるように投げる。空気を裂きながらそれが次の瞬間には眼球から上と下を頭蓋ごと切り分けた。
さすが騎士の剣。素材か作りか、その両方がいいのかね。麗しい切れ味だ。
視界を失ったアンデッドが自らの臓物を引き抜くとそれを投げつける。禍々しいインクを感じる。そいつを当てられて嬉しいことなんて絶対にないだろう。
「おっほえ!!」
それはやや間の抜けた声ながらもディカの一投が迎撃した。ナイスだ。
「はあああッ!!」
姐さんの斬撃が手足を切り落とす。構えこそ流麗であったが振るわれる剣技は実践的な殺傷術。
元々が儀礼式典のたぐいの技だったのものを彼女の経験が実践的な剣術に変えていったのがうかがえる。
その手並みによってどさりと転がる胴体。だが──……、
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「──ッ!!」
最前線で戦うニグラムたちのその後方。息を呑むワズワードだったが、すぐに立て直した。
「ジーク!クレオを!!」
寸刻も惜しいと名を略し愛称のように呼び、
「《俊敏》ッ」
ワズワードの隠し球は相当の数がある。
調香だけではない。学徒の頃に興味本位で調べ回った際には請願も得ている。強力なものではなかったし、不完全なものでもあったが、それを本来あるべき力になるまで研究を重ねた過去がある。
それでも発揮される力は損なわれて多くが惜しまなかったようなものではあるが、
この瞬間においては充分な力があった。このときのためにあったと思えるような。
それは対象者の駆け足を少しばかり早めるというだけのもの。
だが、その一瞬こそが明暗を分けるものだった。
スムジークがクレオの前に立つ。
それと同時に倒したはずの肉体が、剣撃の勢いでやや後方に転がっていったそれがふわりと浮いていた。
浮力の源は首から下げられたアミュレットであった。
次の瞬間、それが弾けるかの如くに爆発した。ただ、その爆ぜ方は常と異なる。炎の噴出ではなく、まるで汚泥が針を外に広げるようなものだった。
「《甲殻》《甲殻》《甲殻》、《甲殻》ゥッ!!!」
迫る汚泥の針を次々と甲殻で弾き飛ばす。いや、弾き飛ばされているのは正確に言えばスムジークである。だが、弾かれると同時に次の甲殻を生み出し、盾とし、籠手とし、彼の後ろにいるニグラムやクレオの壁となっていた。
爆発が過ぎ去り、そこには黒い球体と、針によって接続された死体だけが浮いていた。
「な、なんだというのだ」
思わず呟いたスムジークに、返答として適正かはわからないままにニグラムは、
「ありゃあ、オレがドワイトんところで弄らされてた石ころだ」
「そんなものを、いや、我々も運ばされていた以上は」
姐さんも頷く。
「彼らが納得ずくで持っていたか、あるいは」
「こうなることがドワイトたちにとっての正解だったってことですかねえ」
クレオの言葉に続けてニグラム。
だが、感想を抱くばかりではない。全員がその次の動きに注視をしている。
次を求めているわけではない。
しかし、下手に動いてどのようにあの黒い球体が返礼してくるかわからない以上、睨み合いだけが安全策に思えたのだ。
動いたのは望み叶ってか、球体からだった。
針を伸ばし、倒れている騎士たちに突き立つ。次の瞬間にその騎士たちが動き出そうとしたときだった。
「球体を壊せええぇッ!!」
魔術士としての研鑽か、インクを何らかの手段で見切って判断したのか、その術法の深淵を語る場面ではない。叫んだワズワードに反応するように全員が動いた。
在庫はそこらに転がっている。ディカは一つを拾い上げると同時に次々と死体を貫く針の一つ一つを砕いていく。それに痛痒があったか、あるいは行動の阻害だと捉え排除目標と考えたのか球体が敵意と共に針を向ける。
「それはもうッ!《甲殻》ッ!!見切ったわッ!!」
次にしたのはディカの盾としての仕事。スムジークが小さく頷くのに合わせてディカも頷き、次々に死体に接続された針を破壊していく。
針を壊しながら、ディカは気合いの一声の代わりに「ありがとう、ございますッ!!」と発した。
紛れもない危地。それでも礼節を忘れぬディカの姿にスムジークは真の貴族を見た心地だった。
それと同時に動いていたのはクレオとニグラム。
ディカが壊していない接続された死体が下手くそな人形使いが操る人形のように襲いかかるが、無色の弾丸がそれらをうちのめす。
杖を構えたワズワードが打ち出した魔術だった。
特筆する奥義や深淵に至る神秘を備えているわけではないが、学徒をしていた頃にあれもこれもと学び、横に広く伸ばされた技術の全てがこの状況に彼自身を対応させていた。
ニグラムの投擲はどのように打ち払えばよいかを学習されたのか、飛んでくるそれらが正確に針によって叩き落とされる。
器用な投げ方をすればまだまだ当たる余地はあったが、一瞬の隙を与えてくれない状況では難しい。
クレオが走る。
再び迎撃するために動こうと針。
(そうかい)
ニグラムが数少ない自慢だと自負している投擲をあっさりと破られたことに少なからず精神を揺らされていたが、それをすぐさま逆手にとって考えた。
迎撃のために動こうとする針。
だが、相手が脅威に思っているのは迎撃の順序として、どうやら射程距離を持つ自分に対してなのではないかと。
だからこそ、ニグラムは、
「姐さん!球体をぶっ壊してくれ!!針はオレがッ」
そこまでいって、全力の叫び声をあげた。
「オッッッッホエ!!」
投げつけたのは殺傷力は低いであろうが、見切るのには苦労しそうな小さな短剣だった。
クレオの踏み込みよりも速くそれが到達する。次々と放たれる針だが、対象の小ささにいずれもがかすりもしない。ようやくそれを弾き返せたのはあと一息で球体に到達するかどうかのときだった。全ての針が出し切られてようやく、だったのか。
「はあああああッ!!!」
クレオの裂帛の声と共に放たれた大上段からの一撃。
針が反応するよりも先にその一撃が球体を、それが接続した死体や、球体が小さくなり収まっていたと思われるアミュレットの全てを巻き込む形で叩き割った。
球体が針を出そうともがくが、ピンと張った針も球体が割られた次の瞬間にはできたての絵画が雨に濡れるようにしてどろりと溶けて、それきり動かなくなった。
全員が喜びを発したりはしない。周囲を確認し、死体をそれぞれ遠間に調べ、脅威が過ぎ去ると判断できるまでわかりやすく喜んだりはできなかった。
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「なんだったんだ、って感想よりも……あの白髪頭、とんでもねえものを手下に渡してやがったなって感想しかでねえ」
ようやく一息つけた一同。最初に口を開いたのはニグラムであった。
クレオも同意するように頷く。
「しかし、あれが何かまでは」
頷いたクレオは危険なものであることは認識しながらも、何かというものへの答えは出ない。
ただ、脅威だけを明確に認識し、
「わからない以上は、次にあれが動き出す前に注意喚起しなければ」
「だったら、メリアティ様んところにいきましょうや、姐さん」
「市長のか」
「話のわかる人ですよ。なによりそこに我々の探しびともいます」
その言葉に三人が驚く。
報告が後手後手に回ったことは申し訳なく思っているので謝罪をするが、気にするなと返される。
「戻ってこないと思ったらどういう油の売り方をすれば市長と懇意に……。はあ、いや、まいったよ。そういう妙なところがニグラム、君の魅力だと言えるからな」
そういいながらちらりとワズワードを見て、そうだろう?と笑いながらクレオが言った。
「否定要素はないのがなんともな」
人間的魅力。絶大なカリスマではないにしろ、ニグラムにそれが備えられていることを疑うものはここにはいない。
予想外の形で褒められるような構図になったニグラムは居心地が悪そうにしてから、
「さ、さっさと行こう!!」
と市長邸へと歩き出す。
先を歩くニグラムに一人で先行しては危ないですよとスムジークが並ぶ。
その後方で三人。
「照れ屋ですよね」
「人を褒めるのは慣れていないが、あの男の美点であるのは間違いない」
ワズワードがディカに答えた。
「うん。本当に。美点だと思う」
「君は彼とは長いのかな」
クレオの問いに対してディカは少し悩むようにしてから、
「きっと、それなりの付き合いです」
笑って返した。
確証はなくとも、彼女には確信があった。だからこそ、そう返答した。




