206_継暦141年_冬/04
魔術士ギルドでの戦いより少し時間が遡る。
「ふう……。相当入り込んでるな、あの連中」
ニグラムは隠れつつ周りを伺う。
通りを歩く姿のいずれもが常とは異なる。武器を持ち、何かを探すように徘徊するようだった。
「騎士とは違う格好だね」
共に進むのはディカ。
かつてニグラムと共に戦い、仲間として手を取り合った仲。少年のように振る舞うが実際には少女であり、そのしなやかな肉体は戦士としても木こりとしても充分な才能を備えている。
旅の中でかつてとは少し違う装備を整えていた。
セニアから投擲の手ほどきを受けており、振るいやすいだけでなく投げやすい手斧に持ち替えている。
「事前に入り込んでいた密偵まがいの連中だろうかね。
それとも混乱に乗じて動いたろくでなしか」
密偵。つまりは襲撃者たちの協力をするべくして送り込まれたものたち。
とはいえ、コーネル子爵をはじめとした貴族たちは下賤と揶揄するようなものたちを雇うことはよしとせず、
ドワイトも斥候や諜報を得意とする専門家をそれほど抱えていない。
汚れ仕事を命令することと、汚れ仕事の専門家をたっぷりと抱え込むのは別問題だとそう考えている貴族は少なくない。
ビウモードでの、そうした技術の専門家たちの多くはかつてヤルバが率いていた至当騎士団と呼ばれるものたちに今も所属している。
至当騎士団はヤルバの突然の解雇に士気を失い、当然、ヤルバの妻でもあるメリアティに刃を向けるような任務を伝えられるような立場にはない。
そんなことをすれば至当騎士団の多くがトライカに走ることになるのが目に見えているからだ。
「冒険者風の服装だもんね。
じゃあ、ネガティブな見方をしないなら、どう?」
賊根性が染みついたニグラムはついつい悪い方向でばかり考えるが、素直なディカはそれだけではないかもと考えた。
楽天家思考というわけではない。可能性の模索をする余裕があった。
「ネガティブな見方をしないなら……か」
トライカにおけるメリアティへの信頼は相当に強い。
そのトライカは現在、普段見ないような連中がたむろし、挙げ句戦闘の音がそこかしこで響いている。尋常ではない状況だ。
現在、トライカを守っているものたちは襲撃者たちによって巧妙に分断され、市内にはドワイトの騎士たちが闊歩するに到っている。
「トライカの守りを自主的に行おうとしている有志の自警団……?」
「どうかな。ない、とは言えないかなって。メリアティ様の人気はすごいらしいから」
「……確かに、あり得るかもしれない」
消えてしまったはずの記憶。奥底の、ルルシエットの冒険者の頃の残照。
あの土地が同じように侵されたとき、多くのものたちも同様に戦っただろう。あれが急襲ではなく、今回のような形での秘密裏な行動からのものならば撃退もできていたかもしれない。
もっとも、そこまでを推理し、ものを思うほどにニグラムには自覚はない。
「よし、だったらやり様も別にある」
策を思いついた、という顔だった。
「改めて確認だ。オレたちの仕事はメリアティのところを襲おうとする連中を倒す。できなけりゃ」
「削る、だよね。……といっても」
襲撃者と、自警か不審人物か、実はまったく関係のない通行人、それらを区別する手段を明確化できるものは簡単には存在しない。
「……やりかた、ないよね?」
「いいや、無くはないぜ。ただ、ネガティブな方向の考えが当たっちまってたら、敵が増えるかもしれん。
そうなりゃ正面からの殴り合いはナシだ」
「わかったよ」
こくっと頷く。
(素直なのは相変わらずだなあ。擦れてないのは辛い経験が今のところはない、って思っていいんだよな)
その辛い経験の、最大のものは彼自身を失ったことに他ならず、それを何とか乗り越えているに過ぎないのだが、知らぬは当人ばかりであった。
「準備は?」
「ばっちり」
それを聞いたニグラムは、
「ど、ドワイト様!? どうしてここに!?」
感情をこめて、なおかつ結構な声量。
ニグラムの驚きの声(演技)にすぐさま反応したのは、通りにいたものの中で半数。
彼らはそれぞれに「ドワイト様が?」だとか、明らかに敵意ではない感情を向けて動いた。
残った半数は、反応を見せたものたちに対して。
敵意を剥き出しにして「ドワイトだあ? なんであの野郎がここにいやがる!?」と反応したものまでいる。
その反応に前者に反応を見せたものは武器を抜かんとし、それに連鎖するように後者のものたちも武器に手を進ませる。
後者のものたち──冒険者風のいでたちのものたちは全て、トライカを愛する自警を担っているものたちであった。
状況を見て行動を起こしたものたちはそれぞれに情報網を持っており、この騒ぎによる一件がビウモードの……というよりもドワイトかその子飼いによる行動であることを理解していた。
すぐさま自警団と騎士たちとの間で戦いが始まる。
「ディカ、行くぜ」
「うん」
生み出された混沌に対してニグラムは投擲用の短剣を取り出す。
「オッホエ!」
風切り音と共に騎士の首に吸い込まれる短剣。
「トライカとメリアティ閣下に栄光あれッ!!」
鬨の声を上げるニグラム。
それに応じる自警の人間たち。突如として乱戦と包囲の状況ができあがり困惑する騎士たち。
「機転エグいね」
「賊のやり方さ。お嬢ちゃんはマネしちゃダメだぜ」
「……お嬢ちゃん、かあ」
「なんだよ」
「一応、男の……」
「っと、そうだったな」
見た目は少年そのもののはずである、体躯から何から何まで。
ただ、ニグラムはディカが少女であることを理解しているからついついそう言ってしまう。
「ここは上手くいったな。次に行くぞ」
誤魔化すように次を急がせるしかニグラムにできることはなかった。
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「ねえ、グラムさん」
思わずぎょっとしかけるも、そこは何とか耐えることができた。
「ごめん。そうだよね。間違えちゃった」
小さく微笑んで、
「ニグラムさんには、その……グラムって名前の兄弟とか、いないかな」
走りながら不意に質問をする。
名前にしろかけ声にしろ、そして機転の利かせ方にしろ、ディカにはどうしてもニグラムが他人ごとには見えないと思えていた。
核心を貫かれるような一言のあとに質問をかぶせる。
ディカは実際、その少年に擬態した姿とは裏腹にやり手の少女であることに疑いようがない。
「いるぜ」
「兄弟なの?」
何を言ってもグラムであることがバレてしまいそうな、そんな予感。
今までも多くの人間をごまかしていたというのに、彼女から投げ掛けられた疑いを振り払うことの難しさを直感している。
(ディカを騙すのは、心苦しい……。が、……ううん。どうすりゃいい)
そう悩む一方でディカもまた、
(なにも考えずに聞いちゃった。参ったな。仮に、本当にグラムさんだったとして、どうしてほしいかなんてないんだよね……。
あの日に分かれて、お互いに遭遇しない、ギルドにも記録を残さない、伝言も。つまり、グラムさんにはグラムさんで僕たちと袂を分けないとならない事情か心理があったんだってことくらいは、僕にもわかる)
けれど、どうしてもディカはグラムに会いたかった。
声も姿も、形も違う。けれど、どうしてか彼を重ねていた。姿を変える方法がないわけでもないことは噂話で聞いたことがある。
であれば、表向きのものなどどれほどの信憑性を備えるものか。
(ううん。結局、僕はお礼を言えてないんだ。恩も返せてない。なにもできてない。
だから、なにかをしたい。それだけなんだろうな。
……自分勝手だね、僕は)
少し、心が翳る。だが、翳ってばかりもいられない。
心の澱を相手にぶつけて気持ちよくなれるタイプではない。ディカは一種、陽光のような女であった。その性質は人を暖めることにあり、焼くことはあっても凍えさせることは本意ではない。
「ね、ニグラムさん。もしもグラムさんにあったら二つ言いたかったんだ。
この戦いが終わったら、聞いてくれる?」
「勿論だ」
そういいながら走る。視界の先に見えてきたのは魔術士ギルド。
本来の目的地の一つ。
「騎士がいる。結構強そうな奴ら。あ、戦いが始まったよ」
「目がいいなあ……」
「えへへ。褒められちゃった。っと、男の人が騎士を倒したみたい。でも」
「こっちでも見えた。乱戦になりかねないが──」
(っと、ありゃ姐さんたちか。無事が確認できたのはよかったが、戦いに巻き込まれているのか、自分から巻き込まれにいったのか。重要な場面で側にいられなかったのは失点だな)
そのスムジークが騎士を倒したのを見た。
その後ろから騎士たちが続々と現れる。
ワズワードが杖のようなものを構えて迎撃の姿勢を取っていた。
スムジークは騎士を倒したのちの残心をしっかりとして、周囲の気配をつぶさに受け取っているように見える。
距離はまだある。キースが用意してくれた装備はいずれも命中の正確さを求めたものであり、飛距離においてはそれほどあるものではない。
「ニグラムさん。一つ使う?」
そこですいと渡されたのは手斧。
「使わせてもらう」
「僕も合わせる」
「おう。やってやろうぜ」
そうして──
「オッホエ!」
怪鳥の叫び声めいたものが響く。
手斧は重さと回転により推進し、速度と破壊力を以て騎士の一人の頭をかち割る。
「おっほえ!」
マネするようにしてディカも投げ付けた。
かけ声はキースの同僚、サナにも似たやや気の抜けたものではあったが、セニアの薫陶のお陰か、彼女の腕力と斧を扱うことに対しての先天的な才能からか、すさまじい速度で飛んでいく。
騎士の頭をかち割るではなく首を半ば切り取るような形で力を発揮した。
挟み撃ちの形になった騎士たち。
「ワズワード、スムジーク!」
「好機に乗るか!」「承知ッ」
ニグラムとディカの支援投擲。
ワズワードの魔術。
そしてクレオとスムジークによる接近戦に抗えるわけもない。
戦いは一方的な蹂躙となって決着した。




