200_継暦141年_冬/04
「いいですか。クレオ殿。私とワズワードが行ったものは極めて簡易な施術です。
御身に刻まれた隷属を騙しているに過ぎません。
暫くは隷属が求めた行動を無視したとしてもあなたを苛むことはありません。
ですがその効果時間は有限であることはどうかお忘れなく」
トライカに到着する前にスムジークがそのように伝えていた。
ワズワードとの協力によって隷属の効果を騙すことはできたものの、完璧には程遠い。
寄り道をしていていつ効果を失い、彼女がどれほどに苛まれるかがわからない以上は最速でルカルシへと辿り着く必要があるはずだった。
それでも、彼女はゆるやかに、急ぐ様子を見せないのは油断と余裕ではない。
自らがカリカリすれば周りを不快にするだろう。そんな人間を助けたいと思わないのではないかとクレオは考えていたからこそ、泰然自若であることを自らに課していた。
しかし、今回の迎撃に関しては別だった。
それは義心。
燃えるような義心だった。
困っている人間を助けたいと思ってしまう。ルカルシに伝言が伝わったのならばここのギルドを脱したとしても構わないはずなのに、それは許されなかった
元より彼女が抱えている義侠心があったのもある。だが、それに明確に火を付けたのはニグラムであった。
そして、その炎を彼女に最初に宿した、自分や部下を善性のみを以て助けに来てくれた少年の影が今もその魂の火の陰で彼女を見つめている気がしていた。
あれから何年も心のどこかで悲しそうな表情をしていた彼は最近、容赦するような表情を見せてくれている気がしていた。
(大丈夫。まだ間違っていない)
ただただ他人のために動くことができるようなニグラムを見て、憧れたのだ。こうあるべきだと。こうありたいのだとクレオは憧れていた。
(憧れも、ここにある)
そっと自分の胸に手を当てて、義心のありどころを彼女は感じ取る。
彼女はそれから確かな一歩を踏み出す。
受付を含めているホールへと戻るクレオ。
物色している外套姿たち。騎士か、その崩れか。それとも雇われの悪漢どもか。
三人の人影がそこにあった。
「他者の家に入るには少々不躾なやり方だと思うが」
責任者との話をする上で施設は閉じられていた。入るためには強引に押し入るしかなく、彼らは実際にそのようにした。結果として備えられていた警報が責任者たちに届くことになる。
「静かに入ったつもりだったがね」
姿を見て、彼らは冷静に武器を抜き払おうとする。
「待て。このまま投降するなら何もしない。抜けばその先には殺し合いしかなくなる。それはわかっているのだろうな」
クレオの言葉の甘さたるや。襲撃者たちは声を殺して笑う。
「我らが誰かをわかっていないようだな」
「自己紹介をいただいていないのでな」
「では、名乗ってやろう。我らはドワイト様と共にビウモードの明日を憂う烈士。ドワイト会の騎士である」
「他者の傘の下にあって狼藉を働く、という名乗りでしかないな」
嘲る。
クレオの生まれは歴としたものであり、お嬢様である。ただ、彼女の生い立ちや成長はそれを許さなかった。
同じ立場に追いやられた隷属者たちを守るために、彼女は必要なことを思考し、どれほど有利に立ち回り、被害を出さずに実働するか。そうした思考の権化と言えた。
彼女は彼らの心を見破った。見破りやすい相手であったのは間違いない。
その上で彼らを戦術的に動かさせないための最適解はなにより早く叩き出した。
それが、嘲りであった。
「いや、すまない。烈士というのだから高尚で高潔な精神性のある騎士であることを望んでいたのだが、よく考えれば人様の家に忍び込んでいる時点でお里も知れるし、ドワイトとやらの人間性も透けて見えるものだな」
安い挑発だった。
が、それこそが覿面に通じた。
「我らの志を侮るかァァ!!」
踏み込み、武器を抜き、斬りかかろうとする。
烈士と名乗った男の剣が淡く光った。それは間違いなく騎士の証明。騎士たればこそ、常人とはかけ離れた戦闘能力を秘めているのは疑いようがない。
だが、それでもクレオはその上をいく歴戦の強者であり、裏街道を強制的に歩かされ続けた戦士。
その動作が始まるよりも一手先にクレオが動く。
手には武器はない。するりと懐に入ると喉首を掴むのと足払いをするのを同時に行う。
次には派手な音を立てて転がり気絶する烈士の姿があった。
「さて、少しは頭が冷えたか?」
残る二人が顔を見合わせ、武器を抜こうとする。
第二ラウンドの始まりだった。
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スムジークの足元に転がっているのは手足が妙な方向に曲がった襲撃者たち。
「あ、あえ、げ……げぽっ」
何があったかもわからず、手足の状態に恐怖して自ら吐き出す男たち。
スムジークは彼らを見下ろしていた。
「どうして、そうなのだ」
「げ、げう」
「どうしてなのだ。君たちはどうしてそうも考えもなく襲う」
「げぽっ」
返事はできない。
彼らは恐怖していた。
こうなる前にスムジークを襲った彼らだったが、甲殻の一言で剣が弾かれた。騎士の一撃すら防ぐことができる甲殻。それは彼にとっての得意技であったが、そればかりではない。
融合は見せている以上に有用で有能であった。
甲殻の一撃に合わせたのは治癒の請願。小治癒とも呼ばれる請願としては低位とされるものだったが、甲殻による一撃で粉砕した腕を治癒する。痛みはない。ただ、接合に関してはでたらめにされる。手足が妙な方向に曲がり治り、動かそうと思えば本来とは違うことになる。
自らの肉体がまるで他人のもののような。
「……殺しはしない。安心してほしい。かつてであれば挽き肉に変えていただろうが……あの優しい御三方はそれを望むまい。例え君たちのように愚かなものであっても」
冷たい瞳だった。
自分たちを人間として見ていない。彼らにはそれがよくわかった。
「お、おしえて、くれ」
「何をです」
「ならば、どうすれば、よかったのだ」
「ですから、何を」
「主のためと上司に言われ、刃を握ったことが、間違いだとでも」
「……」
それが間違いだ、とは言えない。
手記に誘われ旅に出た自分も、その意思の在処が明確に自分にあったとはいえないからだ。
「間違いがあるとするなら、見定めなかったことだ。敵なのか、そうではないのか。刃を向けるべきか、言葉を向けるべきか」
膝を折って視線を合わせるスムジーク。
「聞きたいことはある。だが、友誼を結んだ方を助けるのが先決だ。
手足がそのままでいいなら逃げるが良い。
逃げたならば次は狩りの対象とする。私も貴族だ。──狩猟は心得ている」
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(やはり騎士は騎士。一人は圧倒できたが、二人となると。……この連携の鋭さ。今も主を持って鍛錬を続けている正騎士のそれだ)
そもそもとして、武器持ちと素手格闘ではその有利不利は明確な形になる。
徒手空拳を至上とする流派であればまだしも、クレオのそれはにわか仕込みと言えるもの。
攻撃を受け流し、避け、隙を窺う。
だが、相手は集団で戦うことをきっちりと学んだプロ。
クレオが求める隙を簡単に曝け出すような無様はしない。
だが、クレオもまたプロである。
「冷静になって、太刀筋は鋭く、連携はとれている。
……改めて聞こう。
それほどの騎士が。いや、烈士を名乗るお前たちが何故このような仕事をする」
くぐもった笑い。
「説得のつもりか」
窮地で言葉を武器にしていると嘲る騎士。
「そう聞こえるならば、そうかもな」
「であれば、聞こえたと言おう。そして、それは拒否する!
我らドワイト会に言葉による投降はありえない!」
言葉など貧弱にして惰弱だと自身の心に教え込むようにして叫ぶ。いや、吠えるという表現が正しいかもしれない。
「この都市を支配するためか」
「それもある。が、それだけに非ず。我らの目的は」
語ろうとしたとき、もう一人の騎士がちらりと見る。
それ以上は辞めておけ、喋りすぎだぞ、ともかくそうした意味を含めた非難の視線。
「ふ……、話すぎたか」
言葉を吐けば熱くなる。
だが、それは情熱的なものよりもより狂気に寄ったもの。狂信的とすら思えたものだった。
騎士が正気とは思えない語り口であるのはクレオも認識している。
熱に浮かされているのであればこそ。
言葉ではなく次は刃をくれてやろうと剣を大上段に構えた。まるで処刑者のような立ち姿であった。
「確かに、話し過ぎですね」
声。
次の瞬間には壁抜きをするようにして、ギルドの壁面を砕きながらクレオの前に立つスムジーク。
「なにぃ!?」
驚きつつも、それでも刃を振り下ろす騎士。
「《甲殻》ゥッ!!」
火花。
「《四つの兵、八つの盾、戦火の壁、帰郷の道》」
重ねる
否。
『融合』する二つの力。
振り下ろした剣が弾き返され、しかし騎士もまた構えを即座に変えて突きへと移行した。
鋭く突き出される騎士の刃に合わせるようにスムジークの拳が叩きつけられる。
直進する二つの突き。
刃はひしゃげて砕かれる。攻めと攻めの勝敗はスムジークの融合に勝敗が上がる。
「クレオ殿ッ」
「ああッ!!」
スムジークの背を蹴り、飛び跳ねる。死角から現れたクレオに対応できず彼女の蹴りが騎士の頭を揺らす。倒れゆく騎士の体を更に蹴り、もう一人の頭も同じように蹴って揺らす。
着地したクレオはスムジークに振り向く。
スムジークもそれが自然であるように片手を挙げて、互いにそれを叩くようにして健闘を讃えた。
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捕えられた襲撃者たち。
危険物の持ち込みはないかなども含めて検分を行った結果、わかったことはクレオが相手にしていた三人と、スムジークが捕えた三人は所属が違うことだった。
一人一人を別室に連れて行き、尋問をする。
「……ご、拷問をするのか」
スムジークが捕らえた一人から。彼らは烈士と自らを称さず、命令に従ったのみだという。
ワズワードは恐怖に捕らわれている騎士の一人を見てから、指を鳴らす。
周囲に備えられた香炉から煙がゆっくりと上がる。騎士はそれに気がついていない。
「恐れずともよい。だが、せっかくスムジークに癒やされた傷を先程のとおりにされたくもないだろう。
お互いに、ただ話をするだけでいい。ウソを混ぜずに」
煙が部屋に満ちていく。
「我々は、ただの、すれ違うだけのもの。
何を──どう──語ろうと──」
独特のリズムで言葉を扱う。
「ああ。……そうだ、な。我らは……」
ぼんやりとし始める騎士。
ワズワードは魔術士である。果ての空にて学位を得るほどの人物でもあった。
だが、そうした知識と技術は結局、かの聖地にて大輪の花を咲かせるには至らず。
学び舎から随分と離れた土地で路地裏の魔術商いをし、ときには非合法な仕事も請け負っていた。
そうした経験は彼に本来の魔術士では得ることのないものを幾つも与えることになる。
ギルドから借り受けた触媒を混ぜ合わせて作られた香が怪しげな効能を発揮して消えるまでの十数分。
ワズワードが知ろうとした全ての情報は騎士から聞くことができた。
これをあと五回繰り返せば、必要な情報を揃えることはできる。
ワズワードはただの中退者ではない。
歴史から消えるだけであったはずの技術の継承者であり、集積者であった。
それは彼の先輩でもあり、師でもあるルカルシが薫陶と背中で語った結果、その賜物だった。
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