002_継暦4年_春/01
「ひゅっ」
忘れていた呼吸を思い出したように、息を吸う。
あ。
よっす。
オレは賊だぜ。盗賊でも山賊でも……まあ、とにかく賊だ。ザコさ。
ここは、前回よりはそこそこの大きさの、──交易路かな。
見たところ、恐らくはどこぞの都市と衛星都市を繋げている場所だろう。
街の名前はパっと出てこねえんだよな。
肉体の能力に引っ張られているのか、単純に街なんて場所は賊には遠すぎるせいで長年いってないから、すっかり忘れているだけか。
どっちにしろ名前に関してはいいだろ?
次に覚醒めてこの近くにいる保証もねえんだからさ。
今生の賊仲間は……おお、大規模だ。
十人以上いる。
どいつもこいつも前衛向けの武器を持っていやがる。
この規模なら他のところにも距離取れる武器持ってる連中が隠れていそうだな。
ええと?
──ああ、記憶にもあるな。弓兵二人に、槍持ちが三人か。
ま、槍っつっても太い枝を斜めに切っただけのを槍って呼んでいるらしい。
武器職人に『これは槍です』なんて言ったら泣くぜ。
「頭ぁ、そろそろ来るんじゃねえすか」
賊の一人が酸っぱい匂いをさせながら(賊はみんな風呂どころか水浴びもしないので酸っぱい匂いがするぞ!)ちょっと強そうな賊に話しかけていた。
頭と呼ばれている以上はこいつが一番偉くて一番強いのだろう。
賊なんてのは腕っぷしが強くなけりゃ上にはなれない。
どうせ殴ってなんぼの商売でしかないからな、オツムを使う場所は殆どない。
頭を使ってなんとかなるような連中は賊になんかなりゃしない。
「へっ、いつでも来やがれってんだ。
冒険者如きがどれだけ束になったってオレたちに勝てるわけねえっつーの」
そう!
オレたちザコは何故か無限に自信がある!
相手が誰であろうと勝てると思っているのだ!
オレも含めて、生い立ちから来るのか、どうにも命知らずなのだ。恐怖というものが抜け落ちているわけではない。
怖い思いをしても三歩も歩けば忘れてしまう便利な構造をした頭の持ち主なのだ。
少し離れたところで光が反射した。
合図だ。
隠れていた賊が獲物を見つけたらしい。
「噂をすりゃ冒険者が来たらしいぜ。
お前ら……手抜かるんじゃねえぞ」
「へえい」
オレを含めて皆さんが配置につく。
こいつらのことなんて大して覚えちゃいないが、この体の持ち主はしっかり役割を覚えている。
どうやらオレの役割は後詰らしい。
前衛が出て、その後に波状攻撃のために現れる役割なんだとか。
兵力の逐次投入って愚かなやり方だ~、なんて話を聞いたことがあるんだが、実際どうなんだろうね。
まあ、今回に限って言えばわかりきっているけどさ。
「へへへ……」
「ひひひ……」
賊どもが冒険者の道を塞ぐ。
「聞け、交易路を根城にする賊ども。
我々はギルドから依頼を受けお前たちを掃除するために来た」
片手剣と盾を構えた騎士崩れが宣言する。
その後ろにはポニーテールにした素手使いの少女に、大きな三角帽子をかぶった……恐らく魔術使いと、
二足歩行している鼠。つまりは獣頭人躯の男。
一党は以上の四人組で構成されている。
こういう場合、騎士崩れは簡単な『請願』を使えたりするんだよなあ。
『請願』ってのは願ったことが起こる力さ。
魔術みてえなもんだが、オレたち賊にゃあ請願も魔術も関係ないからここでの説明は省くぜ。
「野郎ども、やっちまええぃ!」
頭が叫ぶと前衛が突っ込んでいく。
盾斬りで一人、片手剣でもう一人が獲られた。かなり戦い慣れていやがる!
その横で素手使い、つまりは武道家が蹴りで一人の頭を砕き、抜き手でもう一人の腹を突き破っている。
だが賊はまだまだいるぜえ!
槍(太めの枝)持ちの賊の吶喊だ!
殺到する賊に対して魔術使いが構築を完了し、実証する。
爆炎で突っ込んできた三人まとめて消し飛ばした。
相手の動作を含めた攻撃、お見事!
でもでも賊は弓兵もいるぜ!
が、動きがない。
おお!あの獣人弓手が先んじて撃ち殺していたのか!
しっかり隠れていたと思ったが、本当に手慣れたチームだ!憧れちゃうね!
「突っ込め突っ込め突っ込めぇぇ!」
頭がヒステリックに喚いて、自らも斧を片手に走る。
勿論オレたちだって後に続くぜえ!!
頭と生き残りは騎士崩れの盾殴りと斬撃であっけなく死ぬ。
オレかい?
伊達に百万回は死んでねえぜ!
数えてないからそんなに死んでないかもしれねえけど!
こういうときはせめてダメージを稼げそうなヤツから狙うもんだ!
つまりは魔術使い風の人影!君に決めた!
オレは魔術の実証を終えたばかりで身動きが取れない魔術使いの頭に棍棒をお見舞いしてやると振りかぶる。
「ひっ」
小さな悲鳴をあげて、身を庇うようにすると大きなとんがり帽子がはらりと落ちる。
中身はどうやら年端も行かない少女だったらしい。
やや気弱そうな瞳ではあるが、一方で透き通るような風合いの桃色の髪の毛が美しい。
きっとモテるだろうなあなどと戦いからかけ離れたことを考える。
こんな可愛らしい少女が冒険者をやっているのにもきっと大きな理由があるのだろう。
或いは、何かの使命でも帯びているのか。
つい、棍棒を寸止めしちまう。
次の瞬間には武道家の蹴りがオレの頭を粉砕していた。
小汚えおっさんならぶん殴ってたけどな、恐怖している女の子は流石に可哀想だろう。
だってオレはぶっ殺されても、終わらねえんだ。
未来のある少女に傷を付けるなんてできやしねえよ。
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「ごめん!前衛抜かれた!!怪我はない!?」
武道家の少女が魔術使いに駆け寄る。
「う、うん……ありがとう、助かったよ」
でも、と魔術使いの少女は顎から上が吹き飛んだ賊を見る。
「この人、私を攻撃するの止めていた気がしたんだ……何もかも諦めたみたいな哀しそうな……」
「賊に落ちた者です、悲哀の一つや二つ顔に浮かぶものでしょう」
鼠人の弓使いが生存者がいないかを確認しつつ応じる。
「どうあれ、戦いは終わった。
これでこの交易路も暫くは平和だろう。
さあ、街へ帰ろうじゃないか」
冒険者たちが『証拠品』を回収し、戻る。
死体は脇に纏めて置かれた。後々に掃除屋が来るだろう。
魔術使いはどこか腑に落ちない様子で帰り際にも振り返り、死体の山を見る。
だが、きっと明日には忘れていることだろう。
『そういうこともある』
それが世界共通の出来事だ。一つ一つを探究するほど、冒険者に暇はない。